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 の少女ガール

  第9話 「悪の体育! 戦え死の暴力ドッジ」


 今日の6年2組は難航していた体育館のアスベスト(クリソタイル吹き付け及びクロシドライト含有断熱材ボード)除去工事が終了し、およそ3ヶ月ぶりの体育です。
 種目はドッジボールでした。
 玉をクラスメイトに激しくぶつけて、殲滅するのが目的のゲームです。
 綾子は内心あまりこの競技が好きではありませんでした。弱い者いじめを助長することになるからです。
 運動の得意でない子は嗜虐的な児童の攻撃に恐怖を感じながら避け続けなければなりませんし、暴力を望まぬ優しい子でも、無防備な相手を追い詰め、ボールという凶器でやっつけなければなりません。
 そのため、一部の児童には最初から勝負を下りて、わざと玉に当たって進んで場外へ出る者さえありました。
 めぐみもそれで、相手に玉をぶつけるのを嫌うあまり、留学生のジェシカさん(カナダ出身)が投げたゆるやかなスピードの玉にわざと当たりにいきました。
「やっ気あるのか!」
 暴谷先生の叱責が飛びました。
「いまのは避けれたやろ!!」
 暴谷先生は笛でプレイを停止させ、めぐみの方へと向かっていきました。
 綾子はとっさに、めぐみの前へ立ちはだかりました。
「先生、いまのはわざとじゃないと思います」
「なに?」
 そうだそうだと周りから声が上がりました。
 暴谷先生はいらだたしげに笛を吹いて黙らせました。
「こうなったら先生が参加します! 本場のプレイというものを見せてやる!」
 なんと先生は笛を投げ捨てると、コートのなかへキュッキュッと乱入してきました。
 手にはバスケットボールを所持しており、その場でさかんにドリブルしています。
「バスケットボールなどと!」
「綾ちゃん!」
 バスケットボールは綾子のほうへ弾丸のように飛んできました。時速700km/hは超えていたでしょう。おそろしいスピードでした。
 しかし綾子はそれをキャッチしました。
「なに?! 本場のシュートを捕っただと!」
 綾子はその場で大きくジャンプすると、身体をあたかも伊勢海老のように反り返らせ、弓のようにバスケットボールを叩き落としました。
 そしてゴーと轟音を立てながら、ボールは先生へ。
 しかし先生は、なんとそのボールを片手で掴みました。
 片手で、です。
 暴谷先生は手のひらを最大限に開いて、その親指と小指だけでボールを掴んでいたのです。
 バスケットボールは、パーンと音がして、一瞬にして弾き飛びました。
 破裂したのです。
 先生の爪がボールへ食い込んだのでした。
「私の爪は鉄だぞ!」
 怒り狂う暴谷先生は、悔し紛れ半分なのでしょうか、なんと茫然と立っていたジェシカさんの顔面を鷲掴みにしました。
 その強大な握力によって、ジェシカさんのこめかみから血が吹き出ました。
 残忍な握力です。
「先生のアイアン・クローをくらってみたまえ……」
 先生は乱暴な手つきでジェシカさんの身体を捨てました。
 刹那、綾子は暴谷先生に駆け寄ると、アイアン・クローの右手を掴みました。
「先生、ドッジボールではクローは反則です!」
「なにを、ガキのくせに、これがドッジだ!」
「これはドッジボールではない!」
 叫んだのは、果敢にも立ち上がったジェシカさんでした。
 白い体操服が鮮血で染まっています。
「お前、先生のアイアン・クローに耐えたというのか!」
 先生が驚愕の眼でジェシカさんを見やりました。
「こんなのドッジボールじゃないでしょうよ!?」
「生意気をいうな! これが本場のドッジボールだ!」
「それがあんたらの学校か!!」
 ジェシカさんはこのように叫びながら、大きく飛び上がりました。涙ながらでした。そして口から炎を吐きながら、先生に襲いかかっていきます。
 いつの間にか、ジェシカさんの肌は真っ青なブルーに変貌しており、その目は真っ赤なレッドでした。
「うわー」
 炎の直撃に顔を焼かれた暴谷先生はもんどり打って倒れ込むと、ゴロゴロと転げました。
 綾子はカスタネットを手にしました。
「花開く! フラワースタート!」
 綾子の体操服を身に付けた身体の輪郭が、体操服ごと見たことのない虹のようなさまざまな色彩に彩られて光りました。
 まるで万華鏡のようです。光はオレンジや緑や紫のムードランプのように煌めきました。
 綾子の身体はクルクルとその場で回転しました。それとともに、虹色に発光する身体に布状のものが巻き付いていき、それが着衣に変わっていくのです。
 花! 華! 花! 華! 花!
 こう児童らの眼には見えたことでしょう。それは網膜に直接焼き付いた像でなく、脳に入った波形のようなものの断片が、視神経を通じて視野にそのような文字を見せているのかも知れませんでした。
 このビジョンを目撃できなかったのは一人、顔を焼かれた暴谷先生だけだったでしょう。
「わたしは花の少女ガール綾!」
 そして赤の仮面で隠した凛とした眼差しをジェシカさんへ向けました。
「私はジェシカよ。私を倒そうっていうの、あなた……」
「そうよ。悲しいよ、あなたみたいな子が……」
 綾子はためらいませんでした。手の平の上にあふれる無数の花びらは、すぐに蝶のように舞い、一直線にジェシカさんの胸を貫きました。
「そ、そんなぁーー!」
 胸から噴出する赤いガスのような気体。やはり見まごうことなき異星人であった証拠を、クラスメイトの前で残酷に突き付けたというしかありませんでした。
 どうと倒れたジェシカさんは、すぐにドボドボと溶け出して、床に水溜まりを作りました。
「ジェシカさんまで宇宙人だったなんて……」
 まさかクラスメイトにまでスタミナ星人の工作員が入り込んでいるとは……。
 綾子はショックを隠せませんでした。
 かたわらで、その床の上をゴロゴロと転げ回る暴谷先生(37)の声にならない悲鳴だけがむなしく響いていました。


 → 第10話「恐怖のイノシシ! 眠れぬ住民」

*この小説はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。

  令和2年(2020年)3月14日 公開 (4)


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