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038−10
 
 の少女ガール

  第10話 「恐怖のイノシシ! 眠れぬ住民」


 それは弟のケリーが5限を終えて小学校から帰宅するときのことでした。
 友人の一太廊と分かれたあと、ケリーは忠魂碑の横の角を曲がりました。
 そこで、犬にしてはやけに図体の大きな毛モジャが横切っていくのと鉢合わせしたのです。
「うはっ、あぶない!」
 なにしろ、ケリーが見たのは犬ではありませんでした。
 なんと、イノシシだったのです。
「こいつイノシシだ?!」
 100mほど離れていましたが、間違いないでしょう。明らかにイノシシでした。
 イノシシは猪突猛進という言葉もある通りで、自動車くらいのスピードでトトッ、トトッとリズミカルなひづめの音を立てて走っています。あんなのに襲われたらひとたまりもないでしょう。
 ケリーは息せき切って走り、なんとか、ようやくにも自宅へたどり着いたのでした。
「……ということなんだよ、お姉ちゃん」
 6限が終わって綾子が帰宅すると、すぐさまケリーは玄関先へバタバタやってきて、つくづく先刻の事案を報告したことでした。
「野性のイノシシがこんな街中にも出るなんて、こわいわね」
「お姉ちゃん、フラワースタートして、やっつけてよ!」
「それは無理よ、わたしの技は、異星人にしか……」
 とはいえ、その日は二人とも安心な自宅ということもあって、これで話は終わってしまいました。
 問題は翌日です。
 翌日の夕方、昨日と同じように学校がひけ、綾子は帰途に着いていたのですが、なんとその途中、畑の向こう側に得体の知れない動物らしき物がうごめいているのを見つけました。
 そう、イノシシがうろうろしていたのです。
 ケリーが見たのと同じ個体でしょうか。
 しかもそのイノシシ、やおら綾子の方へと向かってくるではありませんか。
「この子、来る?!」
 その通りでした。興奮したイノシシの鼻息が、畑をまっすぐ突っ切って、いまにも接近してきます。
 綾子はすぐに手提げ鞄からカスタネットを取り出しました。
 そして、カチ、コチ、カチと打ち鳴らしました。
「フラワー・ジャンプ!」
 掛け声とともに、その場で綾子は大ジャンプしました。だいたい3mほどです。これによりイノシシをかわし、その後も電線の場所に気を付けながら、たくみに大ジャンプを繰り返して家へと急ぎました。
 なんとか自宅に帰りつき、あわてて鍵をガシャンと閉めることができると、綾子はブラウスからなにから、もうびっしょり汗ばんでいることに気付きました。手のなかも汗でべたべたです。
 イノシシはなおも興奮状態のようで、バタバタと足音がすぐ近くで聞こえていました。
 そして、
 ドカッ!!
 と衝突音!
 なんとイノシシは玄関の外側の風除ガラスに体当たりしているようでした。
 ドカッ!!
 と、もう一回で風除室のガラスは大音響とともに砕けました。
 綾子はその様子を目視したわけではありません。しかし、なにせ音響が鉄の玄関ドア一枚の外で響いているのだから、そうなっているのは明らかです。
 そしてその鉄の扉も、すでに時間の問題といえました。
「このっ! 出てきなさい、異星人!」
 綾子は大声で怒鳴りました。するとその宣告を聞いてか聞かずか、鉄の玄関ドアーにはめた磨りガラスに黒い影が映りました。
 ピ〜ンポ〜ン、とチャイム。
 綾子がインタホーンのモニターを覗くと、そこには不気味な青い肌の男が立っていました。鞭を手に持ち、筋骨隆々なブルーの上半身には大きなマムシが巻き付いています。
「あ、あなたは異星人だね?!」
「そうだ、異星人だ。しかも特別なな……」
「特別?!」
「我こそはマッスル百獣使い、スタミナ星の四天王、アニマルマスター・アキド!」
 そのアニマルマスター・アキドなる者は玄関のドアーの取っ手をむやみにガチャガチャ揺り動かしはじめました。
 綾子は躊躇なくカスタネットを叩きました。
「花開く! フラワースタート!」
 綾子の汗ばんだ身体の輪郭が、光る汗とはまったく別の、あたかも虹のような色彩に光りはじめました。
 光はオレンジやブルーや、さまざまです。ネガとポジの反転を繰り返すようにピカピカと光りました。
 そして綾子の身体はその場で回転。それとともに、身体に布状のものが巻き付いていき、それが着衣に変わっていく……。
 花! 華! 花! 華! 花!
 そこに誰かがいたならば、あたかも綾子の身体の後ろには、そのような文字が浮かんでいるように見えたのではないでしょうか。これは網膜に直接焼き付いた像でなく、脳に入った波形のようなものの断片が、視神経を通じて視野にそのような映像を見せているのかも知れませんでした。
「わたしは花の少女ガール綾!」
 綾子は玄関のサムターンを解錠して、外へ出ました。
「お前が花の少女ガール綾だな? よし、自宅を突き止めたぞ!」
「動物を道具にするな! 花奥義、フラワー・コン・ヒーロ!」
 綾子は両手を突き出すと、そのまま胸の前でぐぐぅーっと大きく「の」の字を描くように回しました。その軌跡より少し遅れて、空中で花びらがパラパラと生まれては散っていき、花は渦を描きます。
 するとなんと、玄関先で振り子細工のように突進を繰り返していたはずのイノシシが、突如として向きを変え、まるでムササビのようにアニマルマスター・アキドへ飛びかかりました。
「ぐえ!」
 アニマルマスター・アキドの鼻から赤いガスが吹き出ます。
 イノシシは少しバックして、今度はアニマルマスター・アキドの腹めがけて突進。アニマルマスター・アキドのあれほど頑丈そうだった腹筋は裂け、そこから大量のガスがブーッと音をたてて漏れだしました。
 イノシシはアニマルマスター・アキドの身体を突き破って反対側へ飛びだし、そのまま着地。腹はトンネルに。そうなるともういくらマッスルでも立っていられるはずがありません。
 どうと倒れたアニマルマスター・アキドの身体が、どろどろと崩れて形を失っていきます。
 綾子は額の汗を玄関に吊るしてあったタオルでぬぐいました。
「おまえは山へ帰るんだよ……」
 綾子はやさしくイノシシに呼び掛けます。するとイノシシは大粒の涙を流しながらウンウンと頷き、タタタッと帰っていきました。
 あたかもイノシシと言葉が通じあったかのような瞬間だったというしかありません。
 翌日の百萬石新聞(かなざわ版)朝刊で、八塚町の住宅街で暴れていたイノシシは猟友会により無事、駆除されたと報じられました。


 → 第11話「絶望! 老人の館」

*この小説はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。

  令和2年(2020年)3月20日 公開 (4)


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