もりさけてんTOP > 小 説 > 花の少女ガール綾 > 第5話

038−5
 
 の少女ガール

  第5話 「許せない、先生のいじめ」


 綾子が焼き上がった目玉焼きをトーストにはさみ終えると、ちょうど弟のケリーが起きてきました。
「おはよう、お姉ちゃん」
「おはようケリー、漬け物あるわよ」
「ハッピー!!」
 弟のケリーは乳白色の頬を紅潮させて飛び上がりました。
「さぁニュースでも見ましょう」
 リモコンでテレビを点けると、ちょうど「モーニング朝」をやっていました。
 レギュラーコメンテーターの元野球選手と、弁護士の女性が大声をあげて憤慨しています。
『いままさに、いじめが問題になっているというのに、この先生はなにを考えているのでしょうね?!』
 一番右の席に座っているコメンテーターの男性が声をあげました。元野球選手も、
『だからさぁ、俺たちの時代は野球でいうと、こういうのは監督なわけよ、子どもたちは選手でしょ? それをさぁ、いじめっていうのはガバナンスとしては違う』
 と発言していました。カメラは元野球選手の日焼けした顔を大写ししています。
 どうやら議題は、小学校教諭によるいじめの問題のようでした。
 画面の右上にも『(唖然)小学校教諭がいじめ』『そのあきれた言い訳とは?』と二段組みで文字が表示されています。
「物騒ね……ケリーのクラスは大丈夫?」
 綾子がちらっとケリーを見ると、彼はわなわなとうつむいていました。
 表情は金色の前髪で隠れていましたが、頬には雫がつたって光りました。
「ケリー、まさか……」
「お姉ちゃん、ぼく……」
「わかったわ、なにも言わないで……お姉ちゃんに任せて」

 4年生のクラスは3階にありました。綾子も2年前まではここで学んでいた、勝手知ったる廊下です。
 綾子が3階の廊下を突き進むごとに、すれ違う下級生から、6年や、6年だぞと声が上がりました。
 廊下の一番奥が、4年1組の教室でした。
 綾子は無言で引き戸を開けると、その手で閉めて、つかつかと部屋のまんなかあたりの席へ向かいました。
 ケリーの席です。
 席には菊の花の一輪がささった花瓶が置かれていました。
「こんなものを……」
 綾子はまわりの児童らを一瞥しました。
 クラスの下級生らは、みんな下を向いて黙っていました。
 黙りながらも、なにか言いたそうにしている子が、男子を中心に何人かいることに綾子は気付きました。
「私は……」
 眼鏡をかけた女子がなにか言おうと口をひらきかけたとき、
「あなた6年でしょ、何をしてるの?!はやく自分のクラスに戻りなさい!!」
 ヒステリックな女王のような声が、まわりの児童のざわめきをも封じるかのように響きわたりました。
 その声は先生でした。
 そう、4年2組の担任の刺尾先生です。
 先生は半裸でした。
 その褐色の肌を彩るかのように、まるで紅孔雀のような、七面鳥のような飾りを至るところに身に着けていました。
 異様ないでたちといえます。
 頭の鳥の羽根のような巨大な髪飾りをなびかせながら、刺尾先生は綾子をにらみつけました。
「あなたは4年のクラスになんの用だというの?!」
 濃い香水の匂いが漂います。先生のものでしょう。
「先生ですね、うちのケリーをいじめてるのは……」
「ケリー?」
「弟ですよ!」
 綾子は言うが早いか、ケリーの机に置かれている花瓶を叩き落としました。
 周りの児童たちが、ああっ……と声を上げます。
「あんたねぇ……」
 先生が、きらびやかな手袋をした手を振り上げました。
「あんたねぇ、花瓶のなかのおしっこがかかったじゃないか!」
 先生が金切り声をあげながら、きらびやかな手袋をした手のまま、自分の腰のあたりに巻いた装束をささっと払いました。
「花瓶のなかにおしっこを……? あなただね、こんなことをしているのは」
「先生に向かってあなたとはなにさ!」
「あんたが先生か!」
 綾子はポケットからカスタネットを取り出すと、これを打ち鳴らしました。
「花開く! フラワースタート!」
 綾子の玉子のような肌の表面が、まるで雲間から覗く虹のようなさまざまな色に彩られます。
 そう、布団に入って目を閉じたときに見える幾何学模様のような青や黄色のギラギラしたベルトのように……それは万華鏡のように広がっていきます。
 綾子がくるくるとその場で回転しました。すると、虹色に輝く身体に布状のものが巻き付いていき、自然にそれは着衣になっていきます。
 花! 華! 花! 華! 花!
 周りの児童たちは、みなそのようなビジョンを見たことでしょう。それは網膜に直接焼き付いた像でなく、脳に入った波形のようなものの断片が、視神経を通じて視野にそのような文字を見せているのかも知れませんね。
 赤い仮面の奥底に、凛と2つの眼差しがきらめきました。
「わたしは花の少女ガール綾!」
 綾はサンバのような異様な風体の女教師を蔑むように指差しました。
「先生、あんたは異星人だね?!」
 先生はわなわなと震えだしました。
 いいえ、それは違いました、笑っていたのです。
 先生は笑いを堪えきれなくなって、高らかに哄笑しました。
「よくぞ見やぶったな、花の少女ガール綾!お前の弟のケリーをいじめていれば、いつかお前をおびき出すことができるとの考えだったが、さて、お前はそれに気付いたかな?」
 綾子は無言のまま、手の平を上に向けて、ポーンと弾くような動きを見せました。
 なんと手の平からこぼれたように、あふれる無数の花びらが、まるで意思を持った蝶かなにかのように舞い、そのまま一直線に先生の胸を貫きました。
「ええーっ!!!」
 先生の褐色の胸から鮮血がほとばしりました。
 いえ、違います!
 血ではない!
 赤いガスのような気体が、シューと音をたてて噴出していました。
 ムラサキキャベツのように真っ青な肌に、赤ピーマンのような色の歯、赤いトマトのような目玉。その場で倒れ、動かなくなった女教師は、真の姿をあらわにして、まるで煮込みすぎたロールキャベツが溶けるようにドロドロと形を失っていき、やがてただの水溜まりになって広がりました。
 児童たちは唖然としています。
 おそらく、スクール・カウンセリングが必要になってくるのではないでしょうか。
「異星人……異星人が……!」
 綾子は握りしめた拳をギリギリとわななかせました。
 あたりに、糸の切れたように泣き出した女子たちの泣き声が二重、四重に重なって、教室のなかを渦まいていくようでした。


 → 第6話「守れ、命の水を!」

*この小説はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。

  令和2年(2020年)2月27日 公開 (3)


MORI SAKETEN.com SINCE 2003

もりさけてんTOP > 小 説 > 花の少女ガール綾 > 第5話 inserted by FC2 system