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 の少女ガール

  第6話 「守れ、命の水を!」


 今日、綾子たちのクラスは社会見学で町立浄水場を訪れています。水道の水をつくっている工場です。
 八塚町の浄水場は八川の表流水を水源としており、「緩速ろ過方式」により給水されています。
 最初に取水口から取り入れられた水は沈殿池に溜められ、水のなかの小さなゴミや砂を沈めて取り除かれます。
 そのあとで次の緩速ろ過池へ移し、細かい砂や砂利の層にゆっくりした速度で通して、目に見えないゴミや細菌を取り除くのです。
 最後に浄水集合井へ溜め、塩素を加えて消毒すれば、立派な飲み水になるというわけです。
「この水を濾過しては溜め、溜めては濾過し、皆さんの飲めるおいしい水にしていくわけですね」
 水道局のおじさんがみんなの方に向き直って、解説を終えました。拍手に送られながら、おじさんはペコリと頭を下げています。
「なにか質問はありますかね?」
「はい!」
 男子のリーダー格である山黒が勢いよく手を挙げました。
「カンソク・ロカ池というのは、いま見とるこの池ですか?」
「そうです、これが緩速ろ過池です。プールは全部で6つあります」
 たしかに、その緩速ろ過池という貯水槽は学校のプールの2倍くらいの面積で、6つ並んでいました。
 底まで深いためか水の色は濃く、岸壁から見た海面のような濃い紺色です。
「この池の一つ一つで、1日に4〜5m/hのゆっくりした速度で濾し取り、約1日半もかけて水道管へと送られていくわけです」
 おじさんがにこやかに答えました。
 別の男子が手を挙げました。
「この池の水が、いずれは家の水道から出てくるわけですか」
「そうです。あさってくらいには、君たちの学校の蛇口から出てくるかもね……」
 おじさんは目を糸のようにしながら答えていました。
「もしもこの浄水場の池に毒でも放り込んだら、八塚の街は大変なことになるね」
 綾子が親友のめぐみの耳元でささやきました。
「よしてよ綾ちゃん、こわいことを言うのは」
 めぐみがやけにすっとんきょうに声をあげたので、担任の森先生が大きく咳払いをしました。
 その夜、家へ帰ると、綾子はさっそく肉じゃがの準備にかかろうとキッチンに立ちました。
 お気に入りの阿修羅の柄のエプロンをして、上機嫌です。
 まずはまな板を洗おうと、水道をひねりました。
 しかし、な、な、なんと、蛇口から出てきたのは真っ黒なドロドロの液体でした。
「ええーっ?!」
 一度栓を締めて、もう一度ひねってみても……同じです。
 どす黒いドブのような粘液が流れ出すだけでした。
 これはどういうことかと思い、綾子は急いで洗面台へ。同じように蛇口を回したところ、出たのは同じ液体。念のためお湯のほうをひねっても同じでした。
「お姉ちゃんどうしたの?」
 リビングでゲームをしていたケリーも、さすがに変に思ったのか洗面所へやって来ました。
「ぎょっ……?! お姉ちゃんなにこれぇー……」
「知らないわよ!」
 綾子はケリーが黒いドロドロを指さきで触ろうとするのをやめさせながら、
「ケリー、夕ごはんは三崎ストアーで買ってきてくれる? お姉ちゃん行くところができた」
 と、千円札とMカード(ポイントカード)を渡しました。
「肉じゃが無理?」
「中止」
「ちぇーっ、かじりっ子くん買っていいでしょ?」
「1本だけよ」
「ハッピー!!」
 現金なものです。
 綾子は急いでトイレに入るとガチャンと鍵をかけ、カスタネットを取り出しました。
「フラワー・タクシー!」
 綾子はトイレの窓から飛び出して、巨大な花びらに着地しました。あたかも花びらはそこで待っていたかのようでした。
 いえ、たしかにそこで待っていたのです。
 綾子のカスタネットによって、花びらは呼び出されたのでした。
 まるでキントウンのように、花は綾子を乗せて空を走りました。
 夜の浄水場は、昼間クラスのみんなと来たときとはまったく別の場所のように真っ暗で、静まり返っていました。
 貯水槽の黒い水面が、いびつな形の月を浮かべてゆらゆらと揺れています。
「こんばんは、こんなところへ夜のお散歩ですか?」
 男性の声でした。
 綾子が振り向くと、そこに立っていたのは昼間、綾子たちのクラスを案内してくれていた水道局のおじさんでした。
 月夜にもかかわらず影がありません。
 妙です。
「こんばんは、おじさま……」
 わずかに会釈しながらも、綾子はすでにポケットからカスタネットを取り出していました。
「あなたは水道局のおじさんではありませんね?」
「なにっ?! なぜそれが分かった!? 町立水道局の緩速ろ過池にスタミナ星の科学的権威であるガドドドギ博士の開発した暗黒バイオミラクル猛毒液を混ぜ、八塚町の家庭の飲み水を汚染させてやろうという計画が、なぜ分かったのだ!! 貴様さては何者だ! 警察か! えぇっ! 刑事なのか!? 答えてみせろ! 私の計画を見破るなどと!」
 綾子はそれには答えませんでした。
「花開く! フラワースタート!」
 カチ、カチとリズムよく打ち鳴らされたカスタネットの音色とともに、綾子のあどけない身体の輪郭は、赤、黄、紫、橙……、さながら虹のようなさまざまな色彩に輝きました。
 光ははじめ、まるで水面に浮かべた油のようにさまざまな紋様を描き、それらが波のように繋がっていくうち、ついには万華鏡のような幾何学模様を成していき、きらめくのです。
 綾子はその場でクルクルと回転しました。それとともに、虹色に光る身体に布状のものが巻き付いていき、自然にそれは着衣となりました。
 花! 華! 花! 華! 花!
 とおじさんの眼には見えたことでしょう。いいえ、それは網膜に直接焼き付いた像でなく、脳に入った波形のようなものの断片が、視神経を通じて視野にそのような文字を見せているのかも知れませんでした。
「わたしは花の少女ガール綾!」
 そして真紅の仮面で隠した眼差しをおじさんへ向けました。
「異星人は消えてもらいます!」
「なにが少女ガールか! 調子に乗るなよ! 私はプロレスラーでもあるのだ! このハーフハッチスープレックスをくらえ!!」
 しかし、それよりも綾子は速かった。
 綾子の手の平から無数の花びらがあふれだし、まるで意思を持っているかのように舞って、やがて一直線におじさんの胸を貫きました。
「ウシーっ!!」
 おじさんの胸から鮮血がほとばしりました。
 いえ、違います!
 血ではない!
 赤いガスのような気体が、シューと音をたてて噴出したのです。
 真っ青な肌に、赤色の歯、赤色の目玉。その場で倒れ、動かなくなったおじさんは真の姿をあらわにして、まるでアイスクリームが溶けるようにドロドロと形を失っていき、やがてただの水溜まりになって広がりました。
「水道は命の道! それを大切にしない異星人に、八塚町を渡すことはできないよ!」
 綾子は再びカスタネットを打ちならすと、不思議な力によって猛毒液を全て除去、その後塩素消毒を施して、帰途に就きました。
 自宅に帰ると、リビングには弟のケリーが待ちくたびれた様子で待っていました。
 テーブルの上には、たくわんを巻いた細巻き寿司のパック(半額引き)が2つに、つぼ漬けのパック(30%引き)、それに和風キムチのパック(30%引き)でした。
「ケリー、あんたほんとうに漬け物好きだねぇ」
 綾子が一件落着で気が抜けた安堵もあって、うんざりした顔を見せると、ケリーは金髪を揺らしてころころと笑いました。


 → 第7話「スーパーマーケットの死角」

*この小説はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。

  令和2年(2020年)3月1日 公開 (4)


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