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 の少女ガール

  第22話 「悪の牛乳工場へ潜入せよ!」


 そのとき、綾子たちのクラスは授業中でしたが、突如として入ってきたおじさんには担任の森先生も含めて一同呆然としてしまいました。
「牛乳だ! 牛乳を飲め!」
 と、おじさんは声高に言い放ちながら、教壇に割り込んできたのです。
「牛乳を飲め!」
 おじさんは繰り返しました。
 著しく殺気立っており、いかにも剣呑な様相です。
 綾子は思わずポケットのカスタネットに手をかけてしまいました。
 しかし、どうやら違うようです。様子が妙でした。
 おじさんは殺伐とした表情をみるみる弱めて、急に泣き出してしまったのです。
 ウオーッ、ウオーンと、もう堰が切れたように野太い声で号泣しています。
 一瞬前には想像もしえなかったような豹変ぶりでした。
「わしの牛乳が売れなくなったんじゃあー!!」
 そう訴えながら、おじさんは教卓に突っ伏して嗚咽しています。
 大の大人、それもおじさんが泣きわめく姿に、クラスじゅうの児童らは圧倒され、完全に静まり返ってしまいました。
 森先生がおじさんの背中をさすりながら、
「分かりました、分かりましたが、ここは教室ですよ、子ども達がいますから、どうぞこちらへ……」
 となだめました。
 おじさんはようやく落ち着きを取り戻した様子を見せながら、
「わしの牛乳はうまいですよ」
 と弱々しく先生に告げました。
「ええ、分かってますよ旦那さんの牛乳はうまいですよね、分かってますよ」
 先生がおじさんをなだめながら肩を叩いて移動を促そうとしたときです。
「分かるもんか!!!」
 突如おじさんは激昂して、森先生を突き飛ばしました。
 突き飛ばされた森先生は、そのままバランスを崩して転倒。ゴツーンと音がして、そのまま沈んでしまいました。
 とろっとした血液が木の床に吸い込まれ、もう動きません。
「ええかガキどもよ!!」
 おじさんが教室全体を見回しながらアジりました。
 手には割れた牛乳瓶を掲げています。
「異星人がな、異星人の野郎が牛乳を1本1円で売るものだから、牛乳は売れなくなってしまったんだよ!!」
 おじさんは涙ながらに訴えました。そしてその直後、駆け付けた警官らに取り押さえられ、御用となりました。
「綾ちゃん、怖かったね……」
 隣の席のめぐみが震えています。
「ぐみちゃん、大丈夫。逮捕されたわ」
「逮捕……」
「おまわりさんに捕まったということよ……」
 綾子はめぐみの手に手をぎゅっと合わせました。つめたく冷えています。
 よほど怖かったのでしょう。
 綾子はめぐみの手をもう一度ぎゅっと握ると、すっくと立ち上がりました。
「綾ちゃん、どこへ行くの綾ちゃん」
「ごめんね、用事ができたみたい」
 そう言い残すと、綾子は廊下を駆け出しました。かたわらで『廊下を走るな』と筆で書かれた貼り紙が風に揺れています。
 綾子が向かったのは、かねがね異星人が経営しているのではないかと噂になっている牛乳工場でした。
 鉄工団地の一角にあるその古びた工場には、周囲に牧場らしき付随施設はまったく見当たらず、また牛の鳴き声も聴こえません。
 異様な重苦しい空気が、ねずみ色の建物を覆うようによどんでいます。
 綾子が入口の受付で来意を示すと、すぐにその工場の職員らしい壮年の男性がやってきました。
 案内してくれるということです。
 男性は作業着にネクタイをきちんと締め、口元には髭をたくわえ、一見して工場のキャプテンらしいことが想像されました。
「私は課長の病本です」
「綾子です」
「では、こちらへ」
 綾子はその病本と名乗った壮年の男性の案内で、工場内部へ進みました。
 工場内は薄暗く、蛍光灯はいくつか外してありました。ほのかに塩素のような匂いが鼻をつきます。
 牛乳を加工している工場のはずが、なんの物音もせず、天井からピチャーン、ピチャーンと雫の落ちる音だけが、やたらと鮮明に響いていました。
『PCB汚染物保管施設』と書かれた鉄の扉を、病本課長はギギィーと開けました。
 そこは作業場全体をガラス越しに見通せる部屋となっていました。
 綾子はそのなかへと通されました。
「ここが搾乳室でございます」
 綾子は案内してくれた病本さんに会釈し、ガラス越しにフロアーの様子を見渡しました。
 牛の姿はそこにも全く見当たらず、四角い大きな金属製のボックスがフロア狭しと敷き詰められているだけです。
 ボックスは1つの高さが5メートルほどでしょう。その妻面には小さな扉が多数取り付けられており、さながら巨大なコインロッカーのようでした。
 そして、そのコインロッカー状のボックスの扉にあたる部分はよく見ると透明で、なかには毛モジャのなにかがモゾモゾと蠢いている様子が見てとれました。
「私どもでは、こうやって経済的に、衛生的に、乳牛どもを管理しているわけであります」
「ああ、そうですか、よく分かりました、花開く、フラワー・スタート!」
 綾子のあどけない身体の輪郭が、さまざまな色彩に包まれたのはもう一瞬のことでした。
 綾子の身体が、くるくるとその場で回転します。それとともに、虹のように輝く身体に布状のものが巻き付いていき、自然にそれは着衣になっていました。
 それは頭部も同じで、きらびやかな色彩の糸が見る間に素敵に交わって、綾子の可憐な横顔を隠す覆面になっていきました。
 花! 華! 花! 華! 花!
 と、おそらく病本課長の眼にも見えたのではないでしょうか。
「わたしは花の少女ガール綾!」
 そして綾子は覆面で隠した眼差しを病本課長と名乗った壮年の男性へと向けました。
「あなたは宇宙人ですね!!」
「ワシはこの工場の……」
「言い訳は黙りなさい!」
 見よ! すでに綾子の手の平からこぼれたように、あふれる無数の花びらが、まるで意思を持った蝶かなにかのように舞っています。
 そしてそれは一直線に病本なる者の胸を貫きました。
「バグジーマグローっ!!!」
 病本の胸から鮮血がほとばしりました。
 いえ、違います!
 血ではない!
 赤いガスのような気体が、シューと音をたてて噴出しました。
 ムラサキキャベツのように真っ青な肌に、赤色の歯、赤色の目玉。
 やはり異星人だったのです。
 仰向けに倒れた病本は、いまや真の姿をあらわにして、まるでアイスクリームが溶けるようにドロドロと形を失っていきます。
「花奥義、フラワー・ストアコンパリソン・アフター!」
 もうそれは、麻雀でリーチをかけるときに“リーチ” と宣言するようなもので、発声するが早いか、綾子はすでにシューっと中空へとジャンプし、そのまま亜空間を越えて魔の工場を脱出しました。
 綾子はそのまま、地上20メートルほどの空をダイビングヘッドバットのような体勢で滑空して去っていきます。
 その綾子を尻目に、主を失った工場はそれが命運であったことを悟ったかのように大爆発を遂げました。
 その爆発が爆発を呼び、4回目の大爆発であたり一面が閃光で染まるや、巨大なキノコ雲が青空へと突き出しました。
「ここにも異星人がはびこってきている……わたしは……」
 綾子は無心に飛びながら、腕で涙をぬぐいました。
 はるか眼下に見える警察署の拘置所に、あの牛乳会社のおじさんはいるのでしょうか……。


 → 第23話「味噌汁の湖を救え!」

*この小説はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。

  令和2年(2020年)5月31日 公開 (3)


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