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038−23
 
 の少女ガール

  第23話 「味噌汁の湖を救え!」


 波なき海や、河北潟
 入江の葦をぬう舟の……
 これは私の卒業した中学校の校歌です。
 この河北潟がいま、味噌汁の湖になってしまった……。
 この一件は、いまや全国ニュースで報じられるほど、世間からの耳目を集めています。
 いつもは雲を写して静かに光っているはずの潟の水面に、わかめが浮いている……。豆腐も!
 そしてそれは、CGかなにかではないのです。
 現実に起こっていることなのでした。
 最近の河北潟の恐るべき状況は、今朝のニュース番組「モーニング朝」でも取り上げられていました。
『石川県の河北潟、ここは本当に綺麗なところなんですけどね、いまここが大変なことになっています。今日のアップショーは、この河北潟を襲ったトラブルについてです』
 プロレスの実況中継なども担当している飲神アナのコールに続いて、VTRが始まりました。
 見慣れたはずの河北潟の風景、遠くにかすむ三国山や緑につつまれた干拓地。そしてそれとあまりにもギャップの激しい、潟の惨状……。
 潟の水面はドロドロとした味噌で濁っていました。具材の豆腐や揚げのまわりに、ポコ、ボコと小さな泡が立っています。
 その様子は緊迫感のあるBGMとともに、テレビのブラウン管にありありと映し出されていました。
 画面はスタジオに戻されました。大きなめくりパネルが用意されています。これから議論する話題について、重要なワードなどを隠した紙を少しずつめくりながら紹介していくための大道具です。
 コメンテーターの席には、難しい顔をして考え込む一同が連なっています。
 そのなかから、一番右の席に座っているコメンテーターの男性が大写しになりました。
 胸の辺りに『田鶴浜 道路』と字幕が出ています。
「僕ら人間がね、この1つの地球に暮らしてる。自分の家、土地だと思っていますよね。でも実はそれはマンションみたいなもので、そのマンションの管理人が怒って……、ぶち切れてって言葉は悪いですけどね、私もこうは言いたくないんだけど、まぁそういう態度になってさ、お前ら少し出ていけ! って、言ってるように、そう僕は感じます!」
 一番右に座っているコメンテーターの男性は、冷静な様子ながらも、言葉のはしばしで口調を熱くさせながら、そう言いました。
 司会のアナウンサーが、示野さんいかがですか? と声をかけ、カメラは示野さんと呼ばれた白髪の男性へ移動しました。
 示野さんは背広姿の真面目そうな紳士ですが、ネクタイは締めておらず、カッターシャツは第2ボタンまで外していておしゃれです。
 その開いた胸のすぐ下あたりに『示野 数』と字幕が出ています。添えられた肩書きは「ジャーナリスト」でした。
「いまタツルハマさんがおっしゃったようにね、自然からの驚異であると。しかし政治はなにをしているんだと。本来これは国が監督しなきゃいけないことですよね」
 示野さんは赤いボールペンを片手に、そうコメントしました。
 さきほどの一番右の男性が写り、
「いや僕はタツルハマじゃなくてタヅルハマだけどね、いやそうじゃなくてね、つまり、これは自然からの警鐘ですよ!!!」
 と断じました。
 その左に座っている美人の女性も、深刻げな表情をしています。なにかの記章を付けた白のドレススーツ姿で、その色っぽい胸のあたりを隠すように『テイチク 水谷内』と字幕が出ています。肩書きは「国際弁護士」でした。
 テイチク水谷内弁護士は白い綺麗な歯をのぞかせながら、
「自然界からどんな仕打ちを受けたとしても、例えそれが人間同士であれば犯罪だと断じることができるようなことであっても、自然相手であれば、人類は法律でそれを罰することはできませんからね……」
 とコメントし、最後に表情を引き締めていました。
「罰することはできる!」
 ブラウン管の前で朝ごはんを食べていた綾子は、箸をパチーンと置くと、すっくと立ち上がりました。
 弟のケリーが、どうしたのお姉ちゃんと青色の瞳を丸くしています。
「罰することはできるよ、異星人相手ならね……」
「がっこうは?」
「もちろん行くよ、すぐ終わる!」
 ケリーはふぅんと事も無げに返しながら、綾子の皿から素早く漬け物を盗んで、たて続けにポリポリ食べています。
 綾子はトイレへと走りました。
 トイレのドアーに鍵をかけると、カスタネットを取り出しました。
「フラワー・タクシー!」
 綾子はトイレの窓から飛び出して、巨大な花びらに着地しました。あたかも花びらはそこで待っていたかのようでした。
 いえ、たしかにそこで待っていたのです。綾子のカスタネットによって、花びらは呼び出されたのでした。
 まるでキントウンのように、花は綾子を乗せて空を走りました。
 およそ3分も経たぬうちに、海沿いに作られた七福神センターをも越えて、イオンかほくショッピングセンター近くにある宇ノ気水辺公園へ来ました。
 ここは、かつて河北潟を行き交った駄賃船の船着き場だった場所だそうです。
 味噌汁の湖と化した潟を望む広い駐車場に、不審な赤色の自動車が停まっていました。
 最近は珍しくなってきたセダンタイプの乗用車です。
「花開く! フラワースタート!」
 綾子の細い身体の輪郭が、見たことのない虹のようなさまざまな色彩に彩られて光りました。
 子どもの頃、目を閉じると幾何学模様のような帯のような青や黄色のギラギラしたものが万華鏡のように輝いていたことを憶えているでしょう。光はそれと似ていました。
 綾子がくるくるとその場で回転するとともに、虹色の身体に布状のものが巻き付いていき、自然にそれは着衣になっていました。
 花! 華! 花! 華! 花!
 その場にもしも誰かがいたならば、例えでいえば、そこに停まっている車に眼があるとしたならば、きっとそう見えたのではないでしょうか。
 綾子は突然、さきほどから駐車場に停まっている不審な赤い車を蹴りました。
 一発、二発。三発。
 ミドルキック、ローキック、ローキック、ローリング・ソバット。
 やがて赤い車のフロントガラスにヒビが広がり、そしてついには粉々に割れ、宝石なようなガラス片がボンネットに散乱しました。
 綾子は蹴りとともに、パンチも何度か繰り出しました。弓引きストレートです。
 そのうちに、ガラスの散らばるボンネットさえも、紙屑のようにめくれあがりました。
「フラワー・ニールキック!」
 綾子は宙に舞い、身体を反転させて車に飛び蹴りを浴びせました。
 その一撃で車の屋根が剥がれ、後方へ飛んでいきました。
 凸型だった車の形は、いまや□になっています。
 形が凸型になっている乗用車のことを、セダンと呼ぶそうです。
 しかし私は、大学生くらいまで、セダンというのは車の名前なのだと思っていました。
 例えばテレビCMで「トヨタの新型セダン」と流れていたら、トヨタのセダンという車種の新型タイプが出たという意味なのだろうなと思い込んでいたのです。
 両親とも車に乗らない家庭に育ったためもあるでしょう。
 恥ずかしい話です。
「フラワー・ニールキック!」
 再び綾子が空中にジャンプし、ひねりを加えた飛び蹴りを食らわせたところで、バンパーが外れました。
 タイヤの1つがふっとんで、駐車場の上をクルクルとひとりで転がっていきます。
 配線がショートし始めたのでしょうか、床下のあたりから、シューと煙が立ちのぼりはじめました。
 綾子がとっさに身を翻して伏せたその直後、車はボウンと黒煙を上げ、炎上。その勢いたるや、はるか後方に伏せた綾子にもメラメラと炎の熱さが伝わってきたほどでした。
 後輪に片方だけ残ったゴムタイヤが、強い臭気の帯びた黒煙を上げて燃えています。
 車は火柱のなかで、焼きすぎた魚のように黒く形を崩していきました。
 綾子は、ふう……と息をつきました。
 これでよし。
 綾子は待たせていたフラワー・タクシーなる花びらの上に飛び乗ると、すぐに離陸させました。
 綾子を乗せた花びらは、紙飛行機のように空をゆきます。
 その眼下に、すっきり綺麗に浄化された河北潟が青空の色そのままを写して静かに光っていました。


 → 第24話「綾子の涙」

*この小説はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。

  令和2年(2020年)6月6日 公開 (3)


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