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 の少女ガール

  第17話 「卑怯! 炎の卓球勝負」


 卓球……。
 それは実に興味深いスポーツです。
 縦に2.74m、横1.525mの長方形のテーブルを2つに仕切ってコートに見立て、互いに球を打ち合う。
 テーブルテニスとも呼ばれるこの競技は、その名の通り卓上ですべてが行われるにもかかわらず、選手はその小さなテーブルを前に全身の肉体を駆使し、全身を使って闘うのです。
 その魅力のひとつは、球のやり取りを長時間続けるラリーにあるでしょう。先にミスをした方が敗れ去るという、根比べにも似た闘いです。
 相手がここぞと放った力強いスマッシュを打ち返し、うまく敵陣に球を返せたときの快感はたまりません。
 この日、綾子たちの小学校は朝から全校集会でした。児童らはクラス単位で三々五々体育館へ集まっています。
 世界的に有名な元卓球プレイヤーで卓球王とまで呼ばれたチャールズ北作元選手が講演に訪れたのです。
 チャールズ北作は綾子たちの小学校の卒業生。ですから大先輩ということになりますね。
 チャールズ北作は全盛期から15年、いや16年を経ていることもあり、見た目は年齢相応でしたが、体幹の気迫というのでしょうか、立っているだけでも迫力をともなっていました。
 撮影係の教頭先生が盛んにデジタルカメラのフラッシュを光らせています。
 チャールズ北作の熱弁は40分ほど続き、卓球というスポーツの魅力と、そこから学んだ姿勢、これを学業に活かすには……といった内容にまで及びました。
 児童らの拍手に包まれながら講演を終えると、チャールズ北作は体育館の後方を指差して言いました。
「みんな、見てみたまえ!」
 児童らの座っている後ろには、いつの間にかブルーの卓球台がセットされていました。
「いまから私と卓球をやる人はいるかね?!」
 チャールズ北作の呼び掛けに、さっそく次々と手が上がりました。
 先生方はその様子を誇らしげに見守っています。撮影係の教頭先生が盛んにデジタルカメラのフラッシュを光らせました。
「よし、ではそこの眼鏡の男の子、キミに決めた!」
 選ばれたのは6年1組の胃村くんでした。
 胃村くんはチャールズ北作の用意したいくつかのラケットのなかからイボ高と呼ばれる粒ラバーのものを選びました。
「こうしてラケット交換をするんだ」
 チャールズは自分のラケットを胃村くんに手渡すと、胃村くんにもまた、そのラケットを差し出すよう促しました。
 相手のラケットを互いに手に取ることで、どのような特性のラバーなのか、不正はないか等をチェックするわけです。
 そして、握手とともに試合は開始されました。
 ジャンケンの結果、先行のサーブ権は胃村くんのほうになりました。
 胃村くんが打ったのは、ごく普通のサーブです。
 しかし、チャールズ北作は眼を鋭く光らせています。
 さすがはプロの姿勢といえました。
 チャールズはラケットに力を込めると、その球を弾くように返しました。
 するとなんと、球は炎の塊となって高速で胃村くんの側に飛んでいきます。
 バウンドした炎の球を、胃村くんのラケットは必死で追いましたが、無理でした。
 炎の球はそのまま先生方の席の方向へ転がっていき、火が長机にかけられた白い布に燃え移りました。
「火事やー!」
 先生方はあわてて飛び上がり、ある先生は児童らの方へ、ある先生は消火器を探して走りました。
 綾子はチャールズ北作の顔をにらみました。
 なんと、その相貌はコバルトブルーの絵の具で塗りつぶしたように真っ青でした。
「花開く! フラワースタート!」
 綾子の玉子のような肌の表面が、見たことのない虹のようなさまざまな色彩に彩られて光りました。
 綾子の身体はその場でクルクルと回転し、それとともに虹色の身体に布状のものが巻き付いていき、自然にそれは着衣になっていました。
 同じように、幾本もの糸がからみあい、綾子の可憐な顔を覆う赤の仮面に変わっていきました。
 花! 華! 花! 華! 花!
 と児童らの眼には見えたことでしょう。それは網膜に直接焼き付いた像でなく、脳に入った波形のようなものの断片が、視神経を通じて視野にそのような文字を見せているのかも知れませんでした。
「綾ちゃん! 気を付けて!」
 炎から逃げ惑いながらも、親友のめぐみは綾子を振り返りました。
「わたしは花の少女ガール綾!」
 そして綾子は覆面で隠した眼差しをチャールズ北作へ向けました。
「わたしはぐみちゃんを守ると決めたんだ! 守って守って、守りぬくんだ!」
「そうかい、なら俺と卓球で勝負してみろ!」
 チャールズは綾子へラケットを投げて寄越しました。
 綾子が空中でキャッチしたラケットは、シェイクハンドで片面が青、片面が赤、いずれも裏ソフトのラバーでした。
「俺から先だぞ!」
 チャールズ北作は炎の球を空中30cmへ投げると、ラケットを擦り付けるように鋭くサーブしました。
 綾子は素早く動きました。たしかな手応えです。炎の球はチャールズの方へリターンしました。
 チャールズ北作はなおも返します。炎の球のラリーは数分間続きました。
 しかし、卓球とは集中力を競うスポーツでもあります。チャールズの並外れた集中力に、さしもの綾子の戸惑いが見え始め、それがミスへの端緒となりました。
 綾子は何ターン目かのその炎を打ち返しはしたものの、相手側のコートには入らず、ネットで停まってしまいました。
 ネットはみるみるうちに炎に包まれていきます。
「見ろ! お前のミスでネットが燃えてしまった!」
 チャールズ北作は綾子をひどくなじりました。
「黙りなさい!」
 綾子はラケットを投げ捨てると、手の平をゆっくりと開きました。そこには無数の花びらがこぼれるように咲き乱れていました。
「花奥義、フラワー・ジャンボボール!」
 花びらの渦はまるでボールのように集合すると、そのまま一直線にチャールズ北作へ迫ります。
「俺に打ち返せない球などないぜ!」
 チャールズはラケットを構えました。しかし花びらの球はそれを貫通し、そのまま彼の胸を貫きました。
「反則だぁーっ!!!」
 チャールズの上半身がみるみる鮮血に染まっていきます。
 いえ、違います。
 血ではない。
 赤いガスのような気体が、シューと音をたてて噴出したのです。
「反則……だ……」
 チャールズはそのままガクッと膝から倒れると、まるでアイスが溶けるようにドロドロと形を失っていき、やがてただの水溜まりになって広がりました。
 綾子はさきほど捨てたラケットを拾いました。ラケットにはなんの細工もないようでした。
「スタミナ星人と、正々堂々スポーツができる日を……」
 誰もいなくなった体育館のなかで、綾子の声は淋しく響きました。
 遠くからサイレンの音が近付いてきます。


 → 第18話「大阪から来た少年」

*この小説はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。

  令和2年(2020年)4月28日 公開 (4)


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