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 の少女ガール

  第16話 「ママ、帰宅」


「花開く! フラワースタート!」
 綾子の身体の輪郭が、虹のようなさまざまな色彩に彩られて光りました。
 綾子がくるくるとその場で回転するとともに、虹色に光る身体に布状のものが巻き付いていき、自然にそれは着衣になっていました。
 花! 華! 花! 華! 花!
 対峙する異星人の眼にも、そのビジョンは映ったでしょうか。
「わたしは花の少女ガール綾!」
 綾子が手の平をひらくと、そこからあふれる無数の花びらが、まるで意思を持った蝶かなにかのように舞い、一直線に異星人の胸を貫きました。
「ギーギーフー!!!」
 異星人の胸から赤いガスのような気体が噴出しました。
 その場で倒れ、動かなくなった異星人の身体はドロドロと形を失っていき、やがてただの水溜まりになって広がりました。
 いつものように異星人を退治した綾は、その足でスーパー「ピーマン」を訪れて買い物を済ませ、自宅へ帰りました。
 リビングでは、さきに帰っていたらしい弟のケリーがテレビに見入っていました。
「ただいま〜、ケリー手伝って」
「おかえりお姉ちゃん、わっ凄い!」
 どさっと置いたマイバッグのなかから山ほどの肉のパックが見え、ケリーは思わずすっとんきょうな声を出しました。
「今夜は焼き肉よ、ママが帰ってくる日なんだから」
「ほんと!?」
「お仕事お疲れ様って言うんだよケリー」
「もち! ママ今回は3週間も出張だったんだから、大変だったろうなぁ」
 牛カルビ、ロース、豚バラにシロ。鶏のスライスも。たくさんのパックをかかえて、ケリーは冷蔵庫へ1つずつ納めていきながら、舌なめずりしています。
 お手伝いを終えると、ケリーはリビングへ小走りで戻っていきました。
「テレビなに見てるの?」
「女子プロレス!」
 綾子も、それならたまには観戦してみようかと思い、ケリーの隣に座りました。
 テレビはちょうど、その日のメインイベントである多古さし美、ティッシュ桜木 VS マスク・ド・ヒステリー、暗黒ババア闇のタッグマッチを映し出しています。
 多古さし美とティッシュ桜木は中央女子プロレスを代表するベビーフェイスで、とくにティッシュ桜木は売り出し中です。
 対する覆面の二人組はまともなファイトをしたためしのない古参のヒールでした。
 わけてもマスク・ド・ヒステリーは凶悪で、まだレフェリーが試合開始を宣告していないというのに、サーベルを握って赤コーナーの多古さし美に襲いかかりました。
 まだリング上には投げ込まれた紙テープが散乱したままのなか、マスク・ド・ヒステリーはまさにヒステリックに長い髪を振り乱し、多古さし美の黒髪を掴んでサーベルの柄の部分で幾度も殴っています。
 黒いマスクを被っているため素顔は不明ですが、ほっそりとした体格で髪も長く、さながら女豹のようでした。それなのに外見とは真逆の卑劣な戦い方なのです。
 そのあともマスク・ド・ヒステリーは技らしい技といえばニーリフトとヘッドロックくらいで、あとは椅子やゴング、鎖など凶器攻撃一辺倒。会場からも、
「老いぼれヒステリーババアめ! それしか能がねえのか!」
 と怒号が飛んでいるのを解説者のマイクが拾っていました。
「マスク・ド・ヒステリーめ、ほんとに悪いやつだ。お姉ちゃん、フラワースタートしてやっつけてよ!」
 ケリーが本気でくやしそうに顔をしかめています。
「だーめ、お姉ちゃんの能力は異星人にしか効力がないんだから……」
 綾子はそう言って弟をあしらいつつ、このレスラーは……と感づくものがあり、テレビを観る目元を引き締めていました。
 そのあいだに試合は進み、ベビーフェイス側が快進撃に転じています。
 場外に落ちた暗黒ババア闇に対し、多古さし美がトップロープを越えてのフライングボディアタックを敢行。暗黒ババア闇はカウント17まで数えられたところで辛くもリング内へ復帰しますが、そこで多古さし美とタッチしたティッシュ桜木が得意のサンダーファイヤーパワーボムを繰り出し、そのままカバーの体制に入りました。
「いける! ワン! ツー!」
 しかし、そこで背後から迫ってきたのがマスク・ド・ヒステリーでした。
 彼女はレフェリーの死角をついてティッシュ桜木へ近付くと、なんと口から巨大な炎を吹いて、パートナーである暗黒ババア闇もろとも業火に……。
 そのとき、もがき苦しむティッシュ桜木の脚がカウントを取っていたレフェリーの丈・ヒロの頭にスマッシュヒット。丈レフェリーはそのまま倒れ込んで失神してしまい、マット上は混乱の極みとなりました。
 カン、カン、カン、カンとゴングが鳴って、リングアナウンサーがヒール側の反則負けを宣告しました。
「こ、これで終わりなの?!」
 ケリーはあっけにとられています。
「反則負けだったわね……」
「ほんとにゆるせない、マスク・ド・ヒステリー!」
 あまりに唐突すぎる試合終了に、ケリーはプロレス番組が終わってCMに変わってからも、テレビの前を動きもせずに憤慨しているようでした。
「こんな極悪なマスク・ド・ヒステリーにも家族とか子どもとかいるのな?」
「さぁ……どうかな。そろそろママ帰ってくるから、鉄板とお皿を用意しようよ」
 綾子が立ち上がりかけたとき、まるで小説のようなタイミングの良さで、ちょうど玄関のチャイムが鳴りました。
「ママじゃない?!」
 ケリーがバネつき人形のように飛び上がって、玄関口へなだれ込みました。
 ドアーを開くと、やっぱりママでした。
 3週間ぶりの再会です。
「ママ、おかえり!」
「おかえり、ママ!」
 ママはサングラスを外しながら、ただいま〜と上機嫌そうに2人の顔を覗き込みました。
「今回はもう札幌から福岡から、全国じゅう回ったでしょ、もう移動だけでくたくただわ。ケリー、おみやげは飛騨の山見屋の赤かぶ漬けね」
「ほんと?! ハッピー!!!」
 綾子が大きなボストンバッグを、ケリーがおみやげの紙袋をそれぞれ受け取りました。
「持ってくれてありがとう、あ〜重かった」
「ケガとかしてないママ?」
「ぜんぜん。ピンピンしてま〜す」
 ママがスェーターをまくって力こぶを作ってみせると、ケリーがおおっと喜びながら、
「ママならマスク・ド・ヒステリーを倒してくれるのになぁ……」
 と唇をとがらせました。
 ママは笑顔のまま、ケリーとふざけあっています。綾子はそれを見て、そっと眼を伏せました。
「ねぇ、焼き肉、たくさん買ってあるんだ。いま鉄板出すね。ママ食べよう」
「その前にお風呂に入りたいわぁ、長旅だったから。ケリー、ママと一緒に入ろうよ」
「えっ、やだよぼく」
 ケリーはあわてて首をぶんぶん振っています。
「最近ケリーわたしとも入ってくれないんだよ、お風呂」
「だってぇ……」
 ケリーは白皙の頬を紅くして、うつむいています。
 ママはうふふふふと笑いながら、成長したんだねぇとケリーの金いろの髪をくしゃくしゃ撫でました。
「つぎのとき、お土産に写真集でも買ってきてあげようか、ヌード?」
「いらないってば!!!」
 綾子も2人の様子を見ているうちに、また笑顔が戻ってきました。
 3人でひとつの鉄板を囲んでの焼き肉は、笑顔の絶えない、とてもハッピーな夕食となりました。
 けれど、久々に家族3人で笑い合って、うれしいのに、たのしいのに、綾子は最後で少し涙が出ました。


 → 第17話「卑怯! 炎の卓球勝負」

*この小説はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。

  令和2年(2020年)4月23日 公開 (4)


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