もりさけてんTOP > 小 説 > 花の少女ガール綾 > 第15話

038−15
 
 の少女ガール

  第15話 「うまいっ! 回転寿司」


 回転寿司!
 外食は楽しいものですが、そのなかでも回転寿司は群を抜いて楽しい食事といえます。
 めくるめく回転している色とりどりのネタ。さて次はなにを取ろうか? 思い付きですぐに取ってもよいし、美味しそうだと思ったらタッチパネルでそれと同じものを注文してもよい。いわば回っている寿司は食べられるサンプルという贅沢さです。
 そして注文した寿司の皿が新幹線に乗ってさっそうと登場したときの期待感といったら、もうたまりません。
 綾子は親友のめぐみ一家に誘われ、回転寿司にお呼ばれしました。弟のケリーも一緒です。
 レーンと直角に配置されたボックス席のひとつを陣取って、箸と小皿、お茶の用意も完了。注文役を拝命された綾子がタッチパネルをたくみに操り、注文を入力していきます。
「ぐみちゃんのパパはなんにします?」
「すまんね、じゃおじさんはてりやきマックとポテトのLにしようかな?」
 めぐみのママが素早くハリセンを取りだし、無言でパパの頭を叩きました。
 バチーンと音がしました。
 ハリセンとは厚めの紙を山折り、谷折り交互に折って蛇腹状に仕上げ、一方を広げて扇状にしたもので、「張り倒す扇」ということで“ハリセン”と名付けられたと伝えられています。
「ごめんね綾ちゃん、パパはカッパ巻きが2皿よ、いつもそうだもの」
 隣に座っためぐみがフォローするように耳打ちしました。
 なお、この場合のフォローとは、SNSで繋がることを意味するフォローとは異なります。
「了解、じゃあケリーもおしんこ巻き1皿だから……」
 めぐみはお願いネと目配せしています。その横でケリーはハッピー! と嬉しそうです。
 向かいではハリセンを仕舞っためぐみのママがにこにこ笑っています。
「綾子ちゃんも自分の好きなものいくらでも注文してね、いつもめぐみがお世話になっているからお礼ざます」
「ありがとございます、じゃあ、わたしはさわらを……おばさんはなににします?」
「あら、わたしもさわらがいいわ、オホホ綾ちゃんとおそろいね」
「ほうほう、妬けますなぁ」
 とめぐパパはニヤけ調子で言いましたが、めぐママは無言でした。
 なお、当地ではこのように「さわら」と呼んでいますが、ほかの地方においてはこの魚を“カジキマグロ”と呼び、逆に「さわら」という名前の魚は全く別の魚のことを指すそうです。
 また、富山では石川でいうさわらのことを「ざす」と呼ぶそうです。
 (情報ご提供:はくとさん)
 県外で寿司や刺身を食べる場合は注意が必要ですね。
 電子音のチャイムが鳴って、寿司の流れるレーンとは別にしつらえられている上部のレーンに北陸新幹線が到着しました。
 新幹線がいくつか連結している赤いケースのなかに、注文した寿司の皿が載っています。
 いわば貨物新幹線とでもいえましょうか。
 最近の寿司屋はほんとうに進んでいることだと感心してしまいますね。
 さて目当ての寿司を配り終えたので、小皿に醤油をたらし、いただきます。
 さわらの身の方に醤油をちょっと付けて、待ちに待った最初の一口です。
 おいしーい!
 ……と、なるはずでした。
 しかし、そうはなりませんでした。
 サーモンの握りを口に含んだめぐみも、あれっという表情で目を白黒させています。
 ケリーも青い瞳を鳩のように丸くして、おしんこの巻物をなかなか飲みこめずモグモグやっていました。
 めぐみのパパが言いました。
「これはおかしい、醤油が変なんだよ、醤油が!」
 そうだったのです。なんと醤油が醤油ではありません。これは明らかにウスターソースでした。
「誰だ、こんなことをしたのは!」
 めぐみのパパがタッチパネルへ手を伸ばし、店員を呼ぶボタンを押しました。
 のれんをくぐって、厨房から板前風の男が飛んできました。よほど急いで出てきたのか、手には刺身包丁を握っています。
「板さんですか、すまんが、これはソースですよ、ここに醤油って書いてあるのに」
 めぐパパが「うまくち醤油」と書いてあるビンを手に訴えました。
 しかし、板前の答えはこうでした。
「やれやれ、しょうがないねぇ、味オンチの地球人は」
 ええっ?!
 これはどういうことなのか。
 綾子はもうこの時点でバッグをさぐって、カスタネットに指をかけていました。
「味覚の張り手油地獄なんだよ、地球は!」
「なんですって?」
「スタミナ星では、寿司にはソースだ! それが常識なのだ。それも10年熟成させたものが好まれる! トマトやタマネギを煮込んでアップルのビネガーを加えてな! だいたい“Sauce”の語源を考えてもみろい! ラテン語の“Sal”よ! 塩とか給料って意味よ! それがなんだ? 地球の原住民のような甘い醤油で寿司などと、胸が悪くなるわ!」
 板前の口悪く言い放ったその内容に、周囲の客たちも、ここはスタミナ星人が経営する寿司屋だったのか、おかしいと思った、ソース寿司なんてあるかよ、等々、口々に騒ぎ始めました。
「黙れ! 悪食の豚ども! わがスタミナ星が統治することになった暁には、スタミナ星の舌に慣れていただく!」
 板前の肌がみるみる青く変化していき、正体があらわになりました。
 それを目の当たりにした客たちが悲鳴を上げながら逃げ出していきます。ほとんど蜘蛛の子を散らしたような様子でした。
「お姉ちゃんこわいよ!」
「ママ、わたしたちも逃げよ! パパ! 綾ちゃんも!」
 しかし綾子は冷静でした。カスタネットはすでに彼女の手のなかにあります。
「花開く! フラワースタート!」
 すぐに、綾子の細い身体の輪郭が見たことのない虹のようなさまざまな色彩に彩られて光りました。
 子どもの頃、目を閉じると幾何学模様のような帯のような青や黄色のギラギラしたものが万華鏡のように輝いていたことを憶えているでしょう。光はそれと似ていました。
 綾子がくるくるとその場で回転するとともに、虹色の身体に布状のものが巻き付いていき、自然にそれは着衣になっていました。
 同じように、美しい糸がいくつも集まり、絡まりあい、綾子の可憐な横顔を包む赤色の仮面となっていきます。
 花! 華! 花! 華! 花!
 とめぐみの眼には見えました。いいえ、それは網膜に直接焼き付いた像でなく、脳に入った波形のようなものの断片が、視神経を通じて視野にそのような文字を見せているのかも知れませんでした。
 詳しいことは分かりません。
「綾ちゃん!」
 めぐみの呼び掛けに綾子は静かにこう答えました。
「わたしは花の少女ガール綾!」
 そして覆面で隠した眼差しを悪の板前へ向けました。
「よくぞ正体を見せたな、少女ガール綾! お前がワシの回転寿司屋をまんまと訪れ、この罠にかかるのを待っておったぞ! 思えば寿司の修行は長かった! ほーちょーいーっぽん!!」
 板前は手に握った刺身包丁を投げナイフのように飛ばしてきました。
 綾子がそれを避けると、包丁は後ろの柱にビーンと刺さりました。
「客に包丁で攻撃するなんて……。誰もが安心してご飯を楽しんで帰る、それがお店でしょう!」
 綾子は手の平を上へ向けてひらきました。そこにはいつの間にか、咲き乱れてこぼれるように無数の花びらがありました。
 花はまるで意思を持った蝶かなにかのように舞い、一直線に青い板前の胸を貫きました。
「ぐぐぐーっ!!!」
 板前の胸から鮮血がほとばしりました。
 いえ、違います!
 血ではない!
 赤いガスのような気体が、シューと音をたてて噴出したのでした。
 スタミナ星人である証拠です。
 倒れた板前の青い身体は、まるでアイスクリームが溶けるようにドロドロと形を失っていき、やがてただの水溜まりになってお店の床に広がりました。
「お寿司にソース……それもひとつの文化かも知れないよ、でもここは地球。押しつけは許さない」
 綾子はおびえて涙を流しているめぐみに向き直りました。
「もうだいじょうぶだから、ぐみちゃん」
 綾子はめぐみの乱れた前髪を指さきですくいながら、その濡れた頬に仮面で包まれた自分の頬を合わせました。


 → 第16話「ママ、帰宅」

*この小説はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。

  令和2年(2020年)4月17日 公開 (4)


MORI SAKETEN.com SINCE 2003

もりさけてんTOP > 小 説 > 花の少女ガール綾 > 第15話 inserted by FC2 system