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想い出のハロータウンモリモト

 IR森本駅前にある「マイモールモリモト」。

 キーテナントであった三崎ストアー森本店が閉店し、令和5年5月3日にそれを継承した「クスリのアオキ森本店」がオープンの日を迎えました。

 このショッピングセンターは、もともとは「ハロータウンモリモト」として建てられたものでした。

 

最終修正:令和6年4月1日 (7)

 「ハロータウンモリモト」は昭和49年(1974年)6月29日にオープン。地元で靴店などを営む(株)的場物産がデベロッパーとなり、食料品スーパーの「F.バザール」および衣料品の「福進チェーン」をキーテナントとしていました。

 当初は「三崎ストアー」ではなく、ライバルともいえる「バザール」(現在はアルビスに吸収されました)が入っていたわけです。

 昭和49年(1974年)5月12日付け北國新聞朝刊に掲載された「福進チェーン」の広告によると、計画時の仮称は「森本マトバショッパーズ」であったようですが、より親しみやすく「ハロータウン」という店名で正式決定し、マスコットキャラクターの「ハロー坊や」も誕生。

 そして「ハロー10」を合言葉に、昭和49年(1974年)6月29日(土)10時、10発の花火とともに華やかにオープンしているようです。

 オープン当日は「新造人間キャシャーンショーとサイン会」、「ミニSL」、「筏井はつみ(テイチク)新曲発表サイン会」が開店を祝い、「パンダちゃんのお腹から記念品がとび出す楽しいプレゼント」「よい子にさしあげるカラフルな風船」が子どもたちを楽しませたことでしょう。

『はじめまして。いよいよオープンです。森本ではじめてのスケールの大きさ。ファミリーなショッピングセンター、ハロータウンモリモトへぜひお越し下さい。売場は5,000uのスペース。駐車場は、250台収容可能。店内は新鮮な食品をおとゞけする食品ストアーの「バザール」おしゃれなファッションとくらしの用品「福進チェーン」をはじめ、楽しいお買い物ができる専門店がズラリ勢揃い。開店記念奉仕品や催しなどジャンボな企画がいっぱいです。どうぞご家族お揃いでハロータウンモリモトへ。あなたの呼びかけにさわやかにオープンです』

 開業当時のテナントは次のようになっていたようです。
 [1F]
 食品ストアー F.バザール
 大阪名物鉄板焼きそば ピーコック
 うどん そば ラーメン 百万石うどん
 コーヒー&ファミリーレストラン キリマンジャロ
 化粧品・帽子・女性ファッション専門店 りーべん
 レコードと写真の店 キバヤシ
 文具一式・スポーツ用品 つじむら
 生花園芸用品 サンフラワー小西
 ファミリーパーラー キャッスルJ.R
 ケーキ&ホームパン ボンジュール
 クリーニング 北日本のクリーニング
 味の北陸名産 味の十字屋
 銘菓、季節生菓子司 松井
 靴の店 マトバ
 寿司釜めし 若葉寿し

 [2F]
 衣料ストアー 福進チェーン
 電化ファミリーワシオ
 おもちゃの店 ピッコロ
 家具コーナー 的場

 オープン当時はおもちゃの店が「キノミ」ではないのと、書籍売り場がなかったのが意外に思われます。「北国書林」がハロータウンにオープンするのは昭和59年(1984年)のことのようです。

 2Fの「福進チェーン」は「ヤスサキ」が担当していたようです。昭和55年(1980年)の住宅地図では「福進チェーン ヤスサキ」と表記されていました。

 飲食街の顔ぶれは、ラーメン太郎がなく、代わりに寿司屋さんが。これはもしかすると小僧寿司のようなお持ち帰り寿司でしょうか。こうして見ると、開業時から現在まで残っているのは、「百万石うどん」さんだけですね。

 

 なお、この当時、のちに同店へ居抜きで入ることになる地元・森本の「三崎ストアー」は別の場所に店舗を構えており、ハロータウンとはライバル関係にありました。三崎ストアーは昭和53年(1978年)4月28日に森本ターミナルビル「ファ・ミ・レ」をオープンさせ、「ハロータウン」に対抗しています。

 ●平成元年(1989年)1月当時のハロータウン

 平成元年(1989年)1月発行の「森本テレホンガイド(森本住宅地図)」にハロータウンの広告が載っており、当時のテナントが記載されています。

 [1階]
 バザール
 生花・園芸用品 サンフラワー小西
 薬ヒグチ
 写真の ミヤノ
 世界の毛糸 フタバ
 エレガントショップ りーべん
 ホープクリーニング
 靴の店 マトバ
 時計・メガネ・宝石 ムラタ
 丸八 寿保庵
 御菓子司 みろく 松井
 味の北陸名産 味の十字屋
 おかしの家 ボンジュール

 [1階飲食店]
 ファミリー喫茶αアルファ
 うどん・そば・ラーメン百万石うどん
 ラーメン太郎
 ファーストフードレストランピーコック

 [2階]
 ヤスサキ
 VALAN
 おもちゃの店 キノミ
 FRIEND SHOP EVE
 文具・書籍・事務用品 つじむら
 ターゲット
 あなたの生活と文化を結ぶ 書林

 「小西生花店」「靴のマトバ」「メガネのムラタ」など、森本地区で単独店舗を持つ店の支店が数多く入っていたことが分かります。1階キーテナントだった「バザール」は、いまでは富山県の「アルビス」に吸収され、「北国書林」も福井県の「勝木書店」に吸収。それとお菓子の「ボンジュール」も、以前は百坂町に店を構えていたものの、今はもうありませんね。

 管理人の幼い頃の思い出のなかの『ハロータウン』を思い巡ってみると、1階、まず店内入口の左手には喫茶店があり、よく放課後の高校生がたむろしていたもの。それにならんで「ラーメン太郎」「百万石うどん」。正面には、楽しげなネオンが輝くフードコート「ピーコック」。

 ピーコックでは、たこ焼き、チョコレートサンデーなどが売られており、ちょっと強面の、けれどいつも笑顔だった味のあるおじさんが独りで切り盛りしていたのを思い出します。祖母にせがんで、はじめて「サンデー」などというものを喰べさせてもらいました。

 この「ピーコック」は「スーパーセンターモリモト」へのリニューアル前後に退店されていますが、現在は金沢競馬場のパドック横軽食堂で「たこ勝」という屋号で営業されています。名物の「ペア」(焼きそば+お好み焼きハーフ)はピーコック時代の「ペアセット」がインポートされたネーミングですね。

 「百万石うどん」は最晩年まで営業されていた唯一の飲食店でした。祖母との買い物を終えて、腹ごしらえは大抵ここでした。うどんよりも、よく喰べたのはラーメン。ラーメン屋さんのラーメンとは違う、そば屋さんのラーメンでした。あの味が懐かしく思い出されます。食後にはよくソフトクリームも喰べました。いろんな味があり、選ぶのも楽しかったものです。

 管理人の幼いころから店を切り盛りされている、ひょろりとしたご主人はいまも元気そうですが……。

 エスカレーターを上がって、2階へ。2階には、最近まで営業していた洋服の「ヤスサキ」はもちろん、管理人のたのしみだった「おもちゃのキノミ」があって、なにか購ってもらえないかとワクワク。祖母にとってはメイワクという場所。

 ここではディスクシステムの書き換えをよくしたものです。ファミコンのディスクシステムといっても、いまではもう死語も死語で、通じないでしょうが、ファミコンにもフロッピーディスクの媒体があった時代がいっときあって、それはわずか500円でソフトの書き換えができたのです。ディスクを持ってなかった人でも、ディスクカードを持ち上げてマリオとルイージがダッシュする書き換え機のデモ映像に見入っていた人は多いはず。

 2階には、このほかにも書籍売り場「北国書林」があり、漫画の本や、テレビゲームの攻略本をよく購ってもらったものでした。

 2階から1階へはエスカレーターがなく、階段のみでした。その手すりに、当時なぜか「観音さま」の像の飾りがあって、信心深い祖母は、よく「観音さまやぞ、なんまんだぶしよ。」と言っていたもの。いま思えばちょっと天然なのですが――。

 その後、スーパーセンターになってから観音さまは姿を消したことをみると、ハロータウン時代の経営者の趣味または信仰だったのでしょうか。

 ●平成7年(1995年)12月当時のスーパーセンター森本

 平成6年(1994年)にキーテナントの食品スーパー「バザール」が撤退し、かわって平成7年(1995年)3月18日、(株)無量井ストアー(ムロイ)による「エム・バリュー森本店」がエム・バリュー2号店として進出。リニューアルが行われ、店名も「スーパーセンター森本」に変わりました。店舗外観もイエローの派手な塗料に変更されています。

 
 ▲「スーパーセンター森本」の忘れ形見

 平成7年(1995年)12月発行の「森本テレホンガイド」に掲載されている住宅地図より、当時のテナント名を転記してみます。

 [1F]
 エム・バリュー森本店
 花どうらく
 写真のミヤノ
 化粧品りーべん
 靴のマトバ
 手芸のフタバ
 和菓子の松井
 百万石うどん
 北日本クリーニング
 タカラブネ
 ラーメン太郎
 薬のビッグ

 [2F]
 ファッションセンターヤスサキ

 
 ▲スーパーセンターモリモト時代の広告

 1階正面にあったフードコート・ピーコックがなくなり、それだけでずいぶん物足りなく感じられたものでした。2階もヤスサキだけになり、ずいぶん淋しくなっています。マイモールになってからは100円ショップの「ダイソー」が入居するのですが、当時はワンフロア全てヤスサキだったわけですね。

 お菓子屋さんは「ボンジュール」から「タカラブネ」に変わっています。現在同店は退店していますが、おそらく、この「タカラブネ」の後釜として「ベークファクトリー・カズ」(高松パン)が入り、イートインベーカリー兼洋菓子店として営業するようになったのではないかと思われます。

 そして間もなく、福久の「金沢サティ」の開店により、森本というマーケットの地図も大きく塗り替えられていきます。そのサティを平和堂が喰い、さらにその平和堂をイオンが喰い。……栄枯盛衰のサイクルは、年を追うごとに加速化しています。

 ムロイがあえなく撤退した後、平成9年(1997年)12月17日よりそれまでライバル関係であった「三崎ストアー」がキーテナントとして出店し、店舗名も現在の「マイモール・モリモト」となっています。

 一方、三崎ストアーが抜けた森本ターミナルビル「ファ・ミ・レ」はスーパーとしての機能が無くなったあと、洋服の「ミロク屋」、「みむら茶屋」といった一部テナントのみ営業を続けましたが、現在は大衆劇場「金沢おぐら座」として使用されるようになりました(ただし現在も建物は(株)三崎ストアーが所有しているようで、同社の本部はいまも上階に置かれている模様です)。

 
 ▲塔屋

 
 ▲森本駅側の入口


 ●平成12年(2000年)3月当時のマイモールモリモト

 [1F]
 三崎ストアー森本店
 ベークファクトリー・カズ
 薬のビッグ
 りーべん
 花どうらく
 ホワイト急便森本店
 写真のミヤノ
 和菓子の松井
 葉菜
 はんこ屋
 百万石うどん
 ラーメン太郎
 マトバ
 金信キャッシュコーナー

 [2F]
 ヤスサキ
 ゲームコーナー

 その後、平成16年(2004年)3月には2階フロアにヤスサキによるフランチャイズ店舗の「ダイソー&ヤスサキ森本店」がオープン。森本地区で初めての本格的100円ショップの上陸で人気を博しました。

 しかしそれも長くは続かず、平成22年(2010年)10月限りで、ハロータウン開店時からのテナントであった「ヤスサキ」および「ダイソー」は撤退――。2階はすべて空き空間となってしまいました。

 新規テナントの参入が見込めないなか、いっそのこと地域の交流の場として生まれ変わらせようということになり、平成23年(2011年)1月30日より2階が屋内グランドゴルフ場として開放されていた時期もありました。

 かつておもちゃ屋さんや本屋さんがあり、夢いっぱいの空間だった2階もとうとうこのように使われるしかなくなったのは淋しいことです。この頃、2階へのエスカレーターは封鎖されてしまいました。

 
 ▲三崎ストアー森本店

 ●平成24年(2012年)2月当時のマイモールモリモト

 [1F]
 三崎ストアー森本店
 ベークファクトリー・カズ
 薬のビッグ
 ホワイト急便モリモト店
 和菓子の松井
 百万石うどん
 花どうらく
 100円ショップ ボピア
 楽市(リサイクルショップ)

 [2F]
 グラウンドゴルフ場

 
 ▲マイモールモリモト

 1階も一時期、靴のマトバが撤退したあとの広大な空きスペースが淋しかったものですが、100円ショップ「ポピア」が入って少しは持ち直した感があります。らーめん太郎が廃業し、食事処は百万石うどんだけになってしまいましたが、らーめん太郎跡はリサイクルショップとなったため、1階はスペースが全て埋まっていました。

 その後、平成24年(2012年)秋頃から2階のグラウンドゴルフ場と化していたフロアにリサイクルショップ「楽市」が移転し、再び店舗スペースとして活用の道が開けました。ただしこのお店は15時には閉まり、そのあとは2階への階段も閉鎖されます。

 一方で、1階にて営業されていたクリーニングの「ホワイト急便モリモト店」は平成28年(2016年)1月23日限りで撤退しました。

 この頃には「楽市」も営業されなくなっており、2階への階段も完全にクローズされてしまいました。

 
 ▲フグの切り身

 
 ▲自家製サバ寿司

 
 ▲かきごはん、これは美味でした

 
 ▲高松パンのパンも販売されていました

 令和元年(2019年)9月4日より、三崎ストアー全店で利用できたポイントカード「Mカード」に電子マネー機能が付与され、キャッシュレスでポイントを貯めながら利用できるようになりました。

 
 ▲ポイントカードリニューアルのお知らせ

 令和4年(2022年)7月1日より森本地区山間部を中心に予約制デマンド交通「チョイソコかなざわ」の試験運用が開始されましたが、このとき「マイモールモリモト」もまた、チョイソコの停留所として登録されました。

 
 ▲「マイモールモリモト」停留所

 令和4年(2022年)8月20日をもって「松井菓子舗」が閉店。このとき「100円ショップポピア」も同日に閉店予定でしたが、「諸般の事情」により9月20日までの営業継続を発表。その後、「暫定期間営業を継続」となりました。この頃には、なにかが起き始めているという前兆が感じられたものでした。

 そして、令和4年(2022年)10月4日付け北國新聞朝刊の報道で、(株)クスリのアオキが(株)三崎ストアーの食品スーパー事業を12月1日付けで買収することが明らかにされました。

 三崎ストアーへの地元からの信頼度は高く、とくに刺し身の活きの良さはピカイチ。寿司などは値引きシールが貼られる前に売り切れてしまうほどでした。三崎には森本の台所として末永く活躍を続けて欲しいと願っていたのですが……。

 「三崎ストアー森本店」は、令和4年(2022年)11月26日をもって閉店となりました。

 
 ▲電子マネー機能の導入など,頑張っていたのですが

 
 ▲全店閉店のお知らせ

 
 ▲最後はトレイや包装類まで販売されました

 商業施設としての「マイモールモリモト」は令和5年(2023年)春にリニューアルオープンすることが発表されており、「百万石うどん」「薬ビック」「100円均一ポピア」の3店舗は営業が継続されました。しかし、このうち「100円均一ポピア」は令和4年(2022年)12月31日をもって閉店。また「薬ビック」も閉店し、「百万石うどん」だけが営業を継続しました。

 そして改装工事ののち、令和5年(2023年)5月3日、「クスリのアオキ森本店」が華々しくオープンの日を迎えています。


 
 建物外装のリニューアルは必要最低限のもののみで、塔屋もそのままです。内部もアオキが入っている区画以外は基本的にそのままですが、著しく老朽化していたトイレだけは綺麗に改装されました。

 「百万石うどん」が営業を続けておられるほか、空きスペースを使って婦人服の行商販売をされている方が相変わらず営業されているようです。

 かつて、あんなに賑わっていて、いっぱしのデパートのようであった『ハロータウン』……。その思い出を胸に、これから「マイモールモリモト」がどのように生まれ変わってゆくのか、楽しみに見つめ、また利用させて頂こうと思います。そこに三崎ストアーのDNAが息づいていることを祈りながら……。

 だらだらと書いてきましたが、きっと皆さんの思い出のなかには、皆さんにとってのハロータウン的な思い出の店があるはずで、各地のそうしたスーパーが、あるいは倒れ、あるいは往時のかがやきを失って、気息奄奄と寂びれ果てている……という光景は、至るところに見られます。一栄一落、これ春秋。おう、昭和のショッピングセンターたちよ、思い出のなかで永遠に。

 こちらのページもどうぞ
 →伝説の三崎ストアー


参考文献
 「北國新聞縮刷版」各号
 「森本テレホンガイド」(平成元年版および平成7年版)
 「森本のあゆみ」森本公民館(平成12年)

  


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