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果実の牙 〜フルーツ・ガール桃子〜
第9話 「熱闘、激辛マーボー豆腐」
マーボー豆腐。
辛い。
マーボー豆腐。
熱い。
マーボー豆腐。
しびれる。
マーボー豆腐が中国(日本の山陽、山陰地方ではなく中華人民共和国のことです)の西南部にある四川省というところの発祥であることは、「中華一番」をお読みになってご存知の方も多いかと思いますが、この物語の舞台である大正時代のニホンにおいては、この美味しい料理はまだ一般的ではありませんでした。
ただし、ここ奥能登の門前町においては、明治後年にはすでに伝来しており、とくにたんぱく質を必要とする農家の人たちの庶民的な食べ物として人気を得ていたという説が、平成30年になって出てきた件は、記憶に新しい!
国際下品大学院の牛屎尿太郎教授が、その可能性について示唆する論文を発表したことは、皆さんご承知の通りかと存じます。
そこで今回はマーボー豆腐の拵え方を中心にご紹介しましょう。
講師は鳥畠ピーチャン先生です。
先生はまだ12歳です。
そういうと、若すぎる、というより、講師としては幼すぎる、みたいな意見が出がちですよね。
が、今回の鳥畠ピーチャン先生は麻雀が得意で、高等小学校に在校の頃から門前町のあらゆる雀荘を荒らし回っていたということです。
よって、中華料理にも凄く造詣が深いといえるわけですね。
だってアメリカへ行くと、なんと子どもでも英語を話しているじゃないですか。
ニホンでは、大人でもこれほど英語を喋れる人は少ないんじゃないですか?
私は最初、なんてアメリカは凄いんだ、小学生でも英語を話している……と思いましたけど、それと同じじゃないですか。
では、先生お願いします。
「アイヤー、ワタシがピーチャンあるよ、ニーハオ、ボンジュール、北京ダックも作れるあるよ」
先生はスガキヤのイメージキャラクターのような複雑な髪型をしており、上下ジャージ姿のようにも見えたのは、これも中国(日本の山陽、山陰地方ではなく中華人民共和国のことです)特有の民族服なのでしょうか。まさに中華の達人という印象しかありません。
「まずは宣言するある」
ピーチャン先生は、ニーハオ、ボンジュール、チンジャオロース、ホイコーロー、トンポーロー……と叫びはじめました。
さらに、ソレニクラベテ、マンジュエンノハホントウニタダノブタバラニコミ・シカモニコミガタリナイ……ゴリゴリシタシタザワリダ、メンタンピンドラ1、イーペーコー、マンガン……!! と1人で大声を出しています。
これはなぜ必要なのでしょうか?
なぜ調理前にこのようなことを叫ぶ必要があるのでしょうか?
筆者にはわずかに疑問に思えないでもありませんでしたが、いわばこれは、卒業式の前に校歌斉唱を行うようなものなのかも知れませんね。
ピーチャン先生は、ひとしきり叫び終えると、冷蔵庫をガボッと開けました。大正時代に冷蔵庫はないとお思いでしょうが、ここ北国の奥能登では、冬場は外がそのまま冷蔵庫なのです。野菜や漬け物など、冷たい納屋のなかへ安置すれば冷蔵庫などなくても何ヵ月でも持ちました。
それがひいては豊かな食文化にも繋がったわけでしょう。
それこそ、雪の降る石川県と、そうでない暖地との違いでしょう。
だから都会が本当に豊かだといえるのか、田舎は貧しいといえるのか(石川県が田舎かどうかは別の問題として)。必ずしも、都会が豊かであり、田舎は貧しいと、そう言いきることはできないと思うんですよね。
複雑で多面的な要素がからみあって、世の中は動いていますから。
「豆腐切るある」
先生は豆腐をパックから取り出しました。
木綿豆腐でした。
この豆腐をまな板の上に静かに寝かせると、先生は巧みな手付きで包丁をまずは側面に入れて、上下に二等分したところで次に縦に、横にと入れていきました。
「小角に切るあるね」
だいたい2cm角くらいでしょう。サイコロのようになりました。
先生はそれを水を張ったガラスボウルへ入れました。
「あとで煮るのに、水を切ることはないあるよ、豆腐は水のなかにいる、そこで旨味が保てるあるよ」
おだんご頭の下でおくれ毛が揺れています。
私はなるほどと思いました。幼い風貌に似合わず、なかなかの含蓄です。
「次、調味料ある」
先生は金属製の深い皿に、まずは醤油、酒、豆板醤の順に入れました。そのつぎは甘みのある甜麺醤です。
そこへ鬼がやってきたのです。
明らかな赤鬼で、角が生えていました。
鬼は調理台をいきなりひっくり返すと、ピーチャン先生へ襲いかかりました。
「きゃー人殺しあるーっ!!」
そこへ桃子です。
「鬼がよくも!」
桃子は柄のついたペロペロキャンディー状のなにかを手にしていました。それは本当にキャンディーであるかのように、柄のさきには赤と黄色で渦巻き状になった丸いものがありました。
桃子はそれを手にしたまま、おもむろにパラパラを踊り始めました。
さかんに両手両腕を使って踊ります、踊ります、そして踊ります。
そして桃子はペロペロキャンディー的なそれを持ち変えると、その丸い部分の渦巻き模様にそって、指さきを滑らせていきました。
するとどうでしょう。
なんとその渦巻き部分がバネ仕掛けのようにボワッと上方へ開きました。渦巻き模様のある面は蓋だったのです。中身は鏡で、それはコンパクトミラーでした。
この仕組みは、おそらくいまでいう指紋認証みたいなものですよ。
桃! 百! 桃! 百! 桃!
そのような文字が浮かんでは消える!
異様な光景というしかありませんが、それは事実でした。
桃子は赤鬼に鏡面を向けました。
「フルーツ・ミラクル! 鏡の刺身!」
桃子が叫ぶや、鏡から光線が一瞬でのび、赤鬼のまがまがしい肉体をみごとに貫通しました。
まさに一気通貫みたいなものですよ。
桃子は、あろぱるぱ……と苦しんでいる赤鬼に背を向けました。
「爆発」
そう桃子は宣告しました。
そして鬼の背中から火花が飛び散りはじめ、桃子の身体が1cmほど横へずれると同時に──。
──鬼は爆発しました。
その爆風がめちゃくちゃに壊れた調理台を包み隠します……。
その爆風がすべて失せたとき、あとに残っていたのは一羽のキジでした。
鮮やかな赤と黄色の羽根をバタバタさせています。
綾子じゃなかった桃子の肩に、そのキジが止まりました。
「あんた、キジかい?」
桃子の問いに、キジは振り子細工のようにうなづいています。
「あんた気に入ったよ、食べる?」
桃子はふところからきびあんころの竹の皮の包みを取り出すと、指さきで紐をとき、楊枝に刺した餅をキジのくちばしへ差し出しました。
キジはパクッ、バクッとくちばしを動かし、餅を長良川の鵜のようにウッと呑み込みました。
キジは羽根を盛んにバタバタさせ、喜んでいます。
「鳥畠ピーチャン、あんたも人間に変えられていたんだね……」
桃子の足元に、白い犬と、賢そうな猿が寄ってきました。
「これで仲間は、そろったわ」
桃子と2匹と1羽の後ろ姿が、暁の砂浜に長い影を引いています。
マーボー豆腐は絹ごし豆腐の方が美味しいですよね。
さて、その頃のことです。剱地沖の日本海に浮かぶ謎の孤島──能登鬼ノ島では、鬼の王国の大魔王とそれを補佐する首席助役ペッぺが大きな水晶玉をじっと見つめていました。
水晶には、なにかが映し出されていました。
それは桃子一行の姿のLIVE映像でした。
「ついに果実のガール桃子は、仲間を揃えてしまいました……、なんとも憎たらしい。あのドスメロがいなければ、今ごろ能登は我々が完璧に侵略できていました」
首席のペッぺが水晶玉に黒い爪の目立つ手をかざして、映像をかき消しながら言うと、大魔王は無言で葉巻を取り出し、その熊のように太い指にはさみました。
首席のペッぺは、マッチの種火を大魔王の葉巻に移しながら、
「鬼の殺し屋……毒殺者Rに任せましょう」
と、また言いました。
大魔王は葉巻をくゆらせ、その巨大な嫁脅し肉付きの面のような複雑な形状の顔を大きくゆがめながら、ウウムと低い声で唸りました。
「Rか……よかろう」
これだけをつぶやいた大魔王は、眼を閉じて煙を漂わせました。非常に威厳に満ちた態度というしかありませんでした。
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