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038−26
 
 の少女ガール

  第26話 「異星人よ、さらば」


 月の裏側……。
 ここにスタミナ星人たちの前線基地があるわけでしょう。
 地球侵略軍のワルバーガー長官は、この基地の最高指令官執務室でテレビモニターを眺めながら、手にしていたワイングラスの角氷を次々と口中へ入れ、ボリボリと噛み砕き始めました。
 ワルバーガー長官が、もっとも機嫌を悪くしたときの悪癖です。
 副官のバナナ中佐が青い顔をますます青くさせながら、
「いかがなさいましょう?」
 と伺いをたてました。
「お前はそれしか言えんのか?」
 ワルバーガーは苛立たしげに指摘しました。
 バナナ中佐は恐縮して、
「と、おっしゃいますと?」
 と汗を拭く仕草を見せながら問い返しました。
「これで良いと貴様は思っているわけではなかろう? お前も管理職として高い給料を貰っているのなら、一人前になにか考えてみよ」
 バナナは額の汗をぬぐう格好をしつつ、頭を深々と2回、3回、おや4回も下げました。
 そして頭を上げたときには、卑屈げな笑みを浮かべていました。
「私ならばですが」
 とバナナは前置きしました。
「地球に土星式のガス砲をぶちこみましょう……、そうして人間をドメストのように根こそぎにしてから、いただくのです、この青い星すべてを……」
 ワルバーガーは鼻で笑いました。
 そして、バナナのほうをじろりと睨み付けると、唇の端をゆがめて、笑いはじめました。
 嘲笑したのです。
「そんなことをしたら、かの星はカビの生えたザーサイも同じになってしまうわ……。すぐ腐ってしまう。いままで通り、いったん地球人をクリアにしてから入植する。この目標は大前提であり、当然だ。それに尽きる」
 ワルバーガー長官は断言すると、手にしていたグラスを放り投げました。
 パシャーン、ガリガリガリガラ……コッココ……
 と、大きな音を立ててガラスが割れました。
 次の瞬間、バナナ中佐は懐にしていた拳銃に指を入れました。
 音響が密室を支配しました。
 一瞬でコトが終わったあと……、周囲にはべっていた兵士らも、その思想や考えによらず、みな等しく同じ目に遭わされました。
 バナナの拳銃は、麻雀でハコテンになったのと同じになりました。つまりカラになったのです。
 弾はどこへ消えたのか? そうです、すべて回りじゅうに伏している死体の額に、それらはめり込んでいました。
「ワルバーガー長官ではあてにならん! ワシに考えがある!」
 誰一人、生きている者のいなくなった執務室で、バナナは吠えました。
 さて、ちょうどそのときです。
 綾子の家の電話が鳴りました。
 電話の主は国際浜北大学の表教授でした。
『綾子くん、話したいことがあるので、私の研究所へ来てくれたまえ』
 表教授はそのように告げました。
 綾子は電話を置くと、すぐにトイレへ急ぎました。
「フラワー・タクシー!」
 トイレの窓から飛び出した綾子は、花びらに乗って研究所への空の旅にとりかかりました。
 表博士の秘密研究所は高松駅近くの上伊丹町にありました。
 その商店街の路上にある特定のマンホールの蓋を開いて、もういちど閉じることで、秘密の階段が空中に姿を現します。
 綾子はそれを昇りました。
 博士はちょうど食事中で、その箸を置いて綾子の応対をしてくれました。
「異星人の宇宙船がついに来た! 綾子くん、最終決戦だ!!」
「わかりました」
 博士は綾子に手を差しのべました。
「はい握手〜」
 2人は短い握手で体温を交換させました。
 そのとき、ガボーンと激しい音がして、研究所は物凄く揺れました。
 異星人の宇宙船が乗り入れてきたのです。
 研究所の天井はほとんど陥没し、アスベストの内張りが露出し、パラパラと白い糸屑のような繊維が飛び散りました。茶色の部分が見えたので、毒性の強いアモサイトの疑いもあります。
 そこかしこで切れた配線が、パチパチと火花を散らしていました。
 燃え出さないのはアスベストのおかげと思えば、怪我の功名とも言えましょうか。
 とにかく宇宙船は、まるでコンビニエンス・ストア(便利な店という意味)にノンブレーキで突入してきたかのような惨状です。
 まさに乱入というしかない、荒々しい突っ込み方というしかありませんでした。
 宇宙船の側面にある小型のハッチが音もなく開き、なかから拳銃を手にした宇宙人らしき者が姿を見せました。
 綾子はつばを飲み込みました。
 宇宙人らしき者は、青色の肌をあらわにした不気味な顔で、その表情は綾子と同様に、やや緊張している様子に見受けられました。
 もみじこのような唇を固く引き締め、目付きは前方を凝視し、全くゆるがないのです。
 男はついに口を開きました。
「こんにちは」
 日本語です。
 意外にも、日本語の挨拶でした。
 綾子は一瞬、コンニチワという語が宇宙人にとってなにを示す言葉なのかと考えてしまったほどです。
「私はスタミナ星人の軍人、バナナ中佐……」
 綾子は次になにが飛び出すか、警戒しながら奴のもみじこ状の唇の動きを監視していました。
 次の瞬間、なんとバナナ中佐は身を前方に投げ出しました。
 綾子の手がカスタネットを探ります。
 いや、しかし、それは杞憂だったようです。
「花の少女ガール綾! 頼む! お前こそ、わしの仲間じゃ! 仲間になってくれ!」
 バナナはいきなり身体を前方へビタンと投げ出すと、冷たい床のタイルに両手を着いていたのでした。
 バナナは土下座して請うたのです。
「たのむーっ!!」
 バナナはさらに、綾子のほうへ拳銃を放り投げました。
「ワシは綾子さん、あんたを殺しはしない。なぜなら綾子さん、オレはあんたの仲間だからだ!」
 綾子は無言で、投げ捨てられたピストルを拾いました。
 これが、ピストルの重さか……。
 どっしりとしたその拳銃は綾子には冷たく、持ち重りがします。
 綾子はバナナへ向けて狙いを定めると、断続的に撃ちました。
 ドガッージューン!!!
 と破裂音がしました。
 奴は死にました。
「やったぞ! 敵のボスは死んだ!」
 博士が驚くべき勢いで、綾子に駆け寄りました。
「すぐにパーティーの手配だ!!」
 綾子はしかし、まったく喜んではいませんでした。
 いくら次の瞬間、このバナナなる者がヘソのスイッチでも押して自爆するか分からない状況だったとはいえ、こうも簡単に、抹殺して善かったのだろうか……。
 綾子は冷蔵庫を開けてビールで喉をうるおし始めた表教授の後ろ姿を見つめながら、さようなら、と一言つぶやきました。
 平和になったこんにちもなお、このようなやり取りは、実は毎日のように秘密裏に繰り返されているのかも知れませんよね。
 ちょうどファミコンのゲームのメモリの裏側はテレビ画面からは見えないのと同じで、常人には見えないところで、世界は常に緊迫の瞬間、激動の一瞬を繰り返しつつ、表面上では円滑に回っているように見せているのでしょう。
 ほら、毎日たのしく、それなりに健康で暮らせているように見えても、実は内臓はカチャカチャで、いまにも動脈瘤破裂直前なのかも知れないじゃないですか……。でもうまくそうならずに、たいていは毎日を息災に過ごすことができている。
 もしかすると毎朝飲んでいるヤクルトが良い働きをして食い止めているのかも知れないし、好物の納豆が血液を良くしているおかげかも知れない。でも、なにが作用しているのか、そもそも緊張の瞬間が訪れているかどうかすら、倒れていない段階では、表面からは全く分からないですよね。
 が、それが全て把握できてしまうと、かえって怖い。
 綱渡りにほかならなかったことが丸見えになって、地上500mの高さだったことが分かってしまうわけでしょう。
 その瞬間、いままで平気で歩いていたのが、歩き出せなくなる。
 結果だけが結果として見えるところにあって、自分の内臓を自分で見ることはできないというのは、そうすると救いなのかも知れませんよ。
 そして、これと同じようにして、私たちの世界では見た目、平和な日常が平和に保たれているように見えているだけということなのかも知れません。
 それは幸せなことだと思いますよ。


  名古屋(おわり)

*この小説はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。

  令和2年(2020年)7月12日 公開 (2)


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