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043-7
 
 そうよ
 フューエル・ガール薪子 MAKIKO

  第7話 「出動の前に」

 緊急放送の、耳ざわりな音がしました。
 風邪に負けて、蒲団の奥深くにうずくまって二度寝を決め込んでいた薪子は、頭にキーンとくるその音に起こされました。
『攻撃配備! 攻撃要員はただちに、警備本部へ迎え!』
 キャップの福田福三のいきいきした声が、天井の緊急放送専用スピーカーから朗々と流れていました。
 薪子は、トレーナーの下にびっしょり寝汗をかいていることに気づいていました。
「風邪だってのに……」
 嫌な気分で起こされたと思いました。
 しかし、薬を飲んで、あたたかくして少し眠ったおかげか、熱はひいているようです。
 寝汗がべとべとして気持ち悪いものの、頭がボーッとしないだけ、寝起きとしてはいいコンディションといえました。
 薪子は汗じみたトレーナーとスラックスを脱ぎすてて、ベッドの上へ放りました。
 そして、両胸のあいだの汗をタオルケットの端でぬぐいました。
 部屋の入口にある大きな姿見に、その半身がうつり込みます。
「かわいくない……」
 薪子は胸のあたりを揉むようにさすりながらしゃがみこむと、髪の毛を手櫛で軽くととのえました。
 そして、あまり急いだようすもなく下着を取り替えると、ハンガーにかけてあった洗いたてのカッターシャツとスカートを着用し、ネクタイを結びました。
 この格好になると、気分が引き締まりました。
 自分がごくわずかの間しか着用しなかった、高等学校の制服でした。
 県立生神高校。
 13Hが薪子のクラスでした。
 生神高校の特色は、校舎の外れの白い時計台でした。港町・福浦にある灯台をモチーフにしたというその時計台は、過疎のまちにたった1つある高校のプライドを示したようなシンボルでした。
 その灯台のような白亜の建物が、薪子がつよく記憶しているその日は、夕陽をめいっぱい受けてオレンジいろに染まっていました。
 西の空は海でした。
 校舎は高台にあるので海は遠いのですが、時計台の上からであれば、眺めることが容易であることは誰にも想像できることでした。
 予備入学のオリエンテーションを受け終えた薪子は、しぜん、この塔に惹かれ、登ってみたのでした。
 人気の時計台も、春休みの今日は生徒の影もなく、ただ静かでした。
 らせん階段を登るうちに、地平からせり出すように街の眺望が開けていきます。
 生徒の立ち入れるフロアでは一番高い展望台で、らせん階段は終わりました。
 丘の下には富来の港町が、つよい西日を受けて眼下に広がり、その向こうに、日本海が白く光っていました。
「新入生?」
 女……女子生徒の声がして、薪子は少し驚きました。
 眺めに見とれていて気付かなかったのですが、先客が一人いたようです。
 声のした方をみやると、この学校の制服をまとった女子生徒が立っていました。
 プリーツのあるスカートと、ブレザー。ネクタイのいろは……なにいろだったでしょうか。薪子に与えられた色とは別のカラーでした。
 長くのびる影をぬきにしても、手足はすらりと長い。
 薪子の胸のあたりがじわりとざわめきました。
「いい眺めでしょ?」
 広い窓から射す強い夕陽が、彼女の横顔をシルエットにしました。
 頬は丸く、髪はあまり長くない。
 ネクタイとスカートが、風にゆれている。
 女子生徒は、ちいさく会択しながら、それじゃ、とひとつ云って、階段を下りていきました。
 すれ違いざま、光の加減からまともに見えた顔は、なんだか哀しげで……。
 1年生で入学して、長くは在校しなかった薪子は、その生徒の姿を再び見ていません。
 しかし、あの凛々しくネクタイを結んだ制服姿の上級生の姿は、オレンジいろの光をまとって、神々しく薪子の脳裏に残っているのでした。
 その、いまではなつかしい生神高校の制服。それこそが、薪子の身につけたブレザーとスカートでした。
 しかし、今日の薪子は、その制服を覆い隠してしまうかのようにして、上から無粋なグレーの防弾チョッキを身につけました。
 身につけるといえば、頭部を守る鉄カブトもです。
 機動隊のそれのような、まったく実用本位の造形でした。
 実戦であり、これらは必要です。
「仕方ないからね……」
 薪子は多機能ノート・パソコンをデイパックに押し込み、それをかつぐと、警備本部として供用されている場所への廊下をマイペースに歩きました。
 なぜか、あの夕方の時計台で見た女子生徒の制服姿が思い浮かびます。
 ひょっとしたら、もういないのかも知れないな……。
 薪子は急にそんな思考がひらめくように横切って、当惑しました。
「なにを考えているんだ、自分は!」
 薪子は首をぶんぶんと振りました。
 そして、そのときからはじめて急ぎ、走り始めました。
 一方、その警備本部では荒くれ男たちが先着しており、キャップの福田から指令書を受け取っては出動していきました。
「実戦やぁ! 肉が沸く! 血が踊るぅ〜!!」
 はしゃぐ〆汰に、森田が氷のにらみをきかせています。
 福田も、警告混じりの流し目をほぼ同時にくれました。
 この2人のシベリア発かと思えるほどの視線を同時に食らった者は、たとえ〆汰のような脳天気でも、おしだまることになりますよね。
「指令書を受け取ったらはよ急がんかいや!! 敵ゃぁ、敵っきゃなぁ、すぐそこまで来とるんげんぞ敵は!!」
 森田がドスを利かせて叫びました。
 心なしか、うきうきしているようにも見えました。
 指令書の列に、おくれて薪子がつきました。
 それを知ってか知らずか、キャップの福田は、誰にでもなく怒鳴りはじめました。
 当たり散らした、という表現が合っています。
「鵜入だよ! 40キロ北の輪島・鵜入のアジトだよ! あそこを潰しとかんさかい、こんなダラんことになる!!」
 腹心の森田も、薪子のことをギロリと睨みながら、
「博士がなぁ、博士がぁ〜、いまのキャップのいうた鵜入叩きに反対しんとけばぁ〜良かったんや! くさん!!」
 と声を上げました。
 薪子は、福田キャップから指令書を奪うように受け取ると、地下の警機ロボット格納庫へ走りました。
 そして走りながら、指令書にチラチラと目を向けました。
『攻撃対象:敵機。 ※敵機は鵜入から発進。本部へ接近中』
 たった2行、いや1行と少しの文章が、B5の用紙の5分の1ほどの面積に、書かれているだけでした。
 どうして口で云わないのかと、薪子は疑問に思いました。
 と、そこへ騒々しい足音が追いかけてきました。
「おーいマキ!」
 薪子は振り向きもせずに、マメ彦らしき追走者に対し、
「マメりんにかまっていられないでしょ?!」
 と断じました。
「マメりんって呼ぶのは以下略、マキ無理はするなよ! 無理だけはな!!」
「マメりんも緊急特務協力隊員なら、緊急特務協力隊員らしくするんだね!」
 薪子は怒鳴るように言い捨てながら、ICカードをドア横のカード読み取り部に押し当てました。
「あたりまえだろ! 皮肉なのか?!」
 マメ彦の金切り声をよそに、ピンポーン、パンポーンと間延びした音がして、シャッターがガタガタ、ガーと開きました。
「マキちょっと待てよ! ほんと無茶するなよ! ちゃんと帰ってき」
 ガーガーガーグーグーグ〜ンと機械的な動作音とともにシャッターは閉じられ、マメ彦の甲高い声は遮断されました。
 そしてプシュと減圧する音が聞こえ、分厚いシャッターの内側と外側は完全に隔てられました。
 ここにおいては、シャッターは絶対に必要です。
 シャッターは隔壁でもあるのです。
 この分厚いシャッターで遮られなければ、きっと基地の内部は排気ガスで満ちてしまうでしょう。
 なぜなら、シャッターの奥は格納庫でした。
 警機ロボット──ナタジーヘンが、そこにしゃがんでいます。
 くすんだクリーム色に赤のアクセントが散らばった、鉄でできた巨大な人形です。
 立ち上がれば5、6mほどはあろうこの鋼鉄の人形の顔にあたる部分には、太古の昔に活躍した武者の兜のような造形がほどこされていました。
 右腕の先端は、手とは別にかぎ爪が生えています。
 これが警機ロボット、ナタジーヘンでした。
「自分は日野薪子! 開けろ!」
 音声認証で、胸部のハッチが開きました。
 そして薪子はナタジーヘンのコクピットに坐ると、多機能ノート・パソコンをジョイントへセット。インカムを装着するとほぼ同時に、無線のザラザラとした音声をヘッドホーンが再生しました。
 隊員同士の交信のようです。
『デス4から直接デス9』
『デス9です、どうぞ』
『了解、デス9、メリット交換願います、本日は晴天なり本日は晴天なり本日は晴天なり、メリットいかが? どうぞ』
『貴局メリット5で入っております』
『了解、貴局もメリット5。以上デス4』
 晴天なのか……?
 と、無線を傍受していた薪子は思いました。
 液晶画面には『エンジン起動?』と表示されています。
 すぐに薪子はリターン・キーをたたきました。
 ブルルルルン! ガロンガロンガロン……。
 鉄の人形が背負った、リュックサックさながらのエンジン・ユニットからのびたマフラーから黒い煙が吐き出され、エンジンが目を覚ましました。
 ギャリギャリギャリギャリとシャフトが回り、ロボットは轟音とともに煙をつよく吹き上げ、上部が高く開口している格納庫内には、煙がどんどん巻き上がりました。
 鋼鉄の肌がみるみるうちに温まります。
 過給機の空気音が格納庫のなかに反響しました。
 エンジンをふかし、煙をあとに残しながら基地から外へ飛び出すと、北陸の沿岸部特有の、いまにも泣き出しそうな曇り空が、モニター越しに広がっていました。
「なにが晴天だよ!」
 薪子の独り言は最高出力のエンジン音にかきけされました。
 そしてそこへ、無線が入りました。
『特務1から直接……特務2』
 特務2は薪子の無線機……つまり移動局の番号でした。
 薪子はしばらく操作に集中するため、だまっていましたが、あまり間をあけずに、
『特務1から特務2!』
 とさきほどよりトーンの高い声の呼び掛けが入りました。
 特務1は、マメ彦の警機ロボットの無線であることを薪子は知っています。
『特務1から特務2!!』
 立て続けに呼び掛けは発信されました。
 しばらくして、
『本部から特務1』
 と別の声が入りました。
『特務1です、どうぞ』
 そのマメ彦の声は、心なしかしょげているようにも聴こえるものでした。
 すぐに別の声の無線が発信されます。
『特務2は不感地帯にあるものと思料される、本部より中継する、用件おくれ、どうぞ』
『了解……、メリット交換のための通話のみでした。用件終了します。以上特務1』
 薪子はキーボードをカチャカチャと操作して、エンジンを「変速」から「直結」へ切り換えました。
 ガン! と機体が揺れ、エンジンの響きがフラットなものに変わりました。
「自分も……いいかげん性格わるいな」
 先行の機体が吐き出した排気ガスのために、青白い煙に見通しの悪くなる視界……。それを切り開くように、薪子のヌタジーヘンはまっすぐ滑空していきました。


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*この小説は完全なるフィクションです。実在の人物・団体・地名・事件とは、なんら関係ありません。また、犯罪行為及び刑罰・法令に抵触する行為を容認・8推奨するものではありません。
*この小説の執筆にAIは使用していません。

  令和5年8月13日 公開


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