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043-6
 
 そうよ
 フューエル・ガール薪子 MAKIKO

  第6話 「戦いの前兆」

 つぎの日は、朝から細かい雨が降りました。
 きのうの蒸し暑さは、雨の前兆だったのでしょう。
 日野薪子は、ゆうべのあのかっこうのまま寝入ってしまったために、身体を冷やしてしまったのでしょう。起きぬけに、2度、3度とくしゃみをしました。
 のどの奥が、針山を刺されたように痛みました。
 頭がボーッとします。
 いやな寒気に、全身がぞくっとしました。
 薪子は急いでエアコンを切ると、厚手のトレーナーを着て、上からブレザーをはおりました。
 このブレザーと、昨日はいていたスカート。それは、薪子が1週間だけ登校した県立生神高等学校の制服でした。
 薪子がデスポリスの緊急特務協力隊員として活動する際、普段着でいるのもどうかということで、それを着ているのが定着しました。
 薪子が生神高校を中途退学した理由は、デスポリスの任務のためにほとんど授業に出られないことと、もう1つ、その授業でも、やたらとマザーにべったりな事柄ばかりを教えられることでした。
 マザーの考えの浸透してしまった町教育委員会というリモコンの指令に忠実な教師たちは、やれ「マザーの歴史」(それも、いつわりの)だの、「マザーに反する愚かな地域」だの、そういったくだらない授業をすることに余念がないのです。
 もちろん、なかには良識ある教師もいました。
 しかしそういう人達は、即座に配置転換され、マザーの手によって原子力関連施設や鉱山へ出向させられ、危険な仕事に携わらせられるのでした。
 薪子は、下はスカートでなく、スラックスにしました。
 こほっ、こほっ。
 のどの奥の異物感がなかなか取れず、せきは止めどなく続きました。
 薪子は、自分を抱きしめて、寒気をこらえました。
 そして、ふらふらとした足取りで、だだっ広い日野邸を食堂へと向かいました。
 元々、大豪邸だった日野邸ですが、1年前にデスポリスの拠点として周囲の廃工場を取り込んで要塞化し、もとの邸宅は、シェルター状のコンクリートに全体が完全に覆われています。
 それはウクライナにあるチョルノービリ原子力発電所の「石棺」を思わせました。
 いまやその建物面積は県立生神高校並み、敷地面積にすれば、その倍はあるでしょう。
 デスポリスの予算ではなく、デスポリスに賛意を示す協力者の方々が持ち寄った資金でとり行われた日野邸増築工事でしたが、薪子にとっては、プライベートな空間が自室のみとなってしまって、少し腹立たしくもあったようでした。
 新棟1階の大食堂は、いわば会社でいうところの社員食堂ですが、ここは地頭町にある鍋嶋定食のかぁちゃんが出張して切り盛りしています。
 なんでも、鍋嶋さんは、日野火ノ山博士のいとこなんだそうです。
 さもなければ、このような儲からない商売など、誰もやらないでしょうね。
 大食堂では、先客のデスポリス隊員らが制服を着用してガヤガヤと朝メシを喰らっていました。
 薪子は頭痛がしました。
 いや、実際に頭痛は症状としてあったのですが、それに重ねてさらに頭痛のする思いがした、という意味です。
 ここは、自分の家なのに……。
 しかし薪子は、そうつぶやくのはやめました。
「おや、マキちゃん、おはよう」
 カウンターのなかから、かっぽう着姿の鍋嶋のかぁちゃんが首をにゅうっと出しました。
 それはロクロ首を思わせました。
「朝、おまかせけ?」
 鍋嶋のかぁちゃんは、うるさい男たちの数倍の大声でしゃべりかけて来ました。
「いい。風邪薬出して」
「アラ〜、カゼひいたんけ〜。ほんでも朝は喰べたほうが、いいちゃ」
「いいから」
 食堂で風邪薬というのも変ですが、ここではそういうシステムになっています。
 口に入れるものとするならば、食事も薬も一緒ですからね。
 だってほら、クスリのアオキやゲンキーなど、いわゆるドラッグストアでも、薬と食べ物を一緒に販売しているじゃないですか。
 薪子は鍋嶋のかぁちゃんから東亜薬品工業の風邪薬「かぜピラα」を受け取ると、もうここに用事はないとばかり、足早に食堂を立ち去りました。
 そのさまを、少し離れたテーブルで観察していた2人の男……。
 ちょうど朝食を摂っていたデスポリスの隊員のようでした。
「なんやモグモグ、そっけない娘や、博士のお嬢さんはゴクン」
 1人は赤いろの眼鏡の志免〆汰隊員でした。牛丼をかきこみながら、そう吐き捨てました。
 いや、喰っているのに吐くというのは変ですが……。
「ほっておけまいや、あんなドスメロ」
 向かい側にいたのは、すでに食事を終えていたらしい森田有形外。先輩格である彼は、食後の煙草の煙を、向かいにいる〆汰にあびせました。
 意図的だったのでしょうか?
「ごほっ、ごほっ、でも、あれやろいね、ごほっ、森田さんも〜、あれやろ、あいつが博士の〜、ごほっごほっ、小娘やからて〜、ごほ、警機ロボットに乗っとるのが気に入らんがんでしょう?」
 〆汰は、森田のいたずら(いやがらせ)にも全く態度を変えぬ様子でした。
「フン、あれでも少しでもかわいくしとりゃ、まだ見れれんけどな。奴はかわいげちゅうもんがない。ほやろ? ほっで、いっちょまえの警察の真似事して、ほやろ。なんや、一般人のくせに」
「あ〜、だちゃかんだちゃかん、森田氏に〜、お嬢さんの話題をふったんが〜、ダラやったわ」
「フン」
 森田は、いまいましそうに、吸いかけの煙草をグチャ……と揉み消しました。
 そのときです。
「お嬢さんがどうかしたかって?」
 ダッシュで食堂に駆けつけてきたのは、加顔マメ彦でした。
 ひどく汗ばんでいます。
 森田も志免〆汰も、ぎょっと目を見張りました。
「シメにい、お嬢さんの話をしていたな? なんの話をしていたんだ!」
「いやいや、関係ないやろいや」
「お嬢さんの話をしていたはずだぞ、そう聞こえた!」
「わかった、わかったから顔を〜近づけるないや!」
 さしもの〆汰も、汗に濡れたカッターシャツを肌に張りつかせたことも気にせぬまま、やたら喰ってかかるマメ彦に、箸をやすめて、および腰になるしかありません。
「シメにいには、まさかマキの、ちがうお嬢さんの……」
「ちごて云うとるやろ!」
 〆汰はマメ彦の肩をつかんで押しやりました。
 森田はニヤニヤしながら、つぎのタバコをケースからつまんでいます。
 この男……、タバコをやめる気がないのでしょうか。
 タバコを吸うことで、吸う者本人が健康を損ねることは当然であり、吸う本人がタバコ死する結末を選ぶこと自体は当人の自由ですが、そのために副流煙を吸わされる周囲の人間には、たまったものではありません。
 しかもタバコの煙には、二酸化炭素やメタンガスも含まれています。量は少ないながらも、それらは温室効果ガスです。
「そんなことより〜、わりゃ、その“お嬢さん”本人が〜、いまそこにおったがいや、薬のまいてくれ云うとったぞいや風邪薬。風邪やいうて、ほんなが〜、われがそう思とるだけで〜、なんか〜、ほかの病気かも知れんよ? ほやろ。われ行かんでいいんかいや?」
「なんですって?!」
 森田が水を向けると、マメ彦はそれいけとばかりにピューッと飛んで行きました。
 食堂に静寂がおとずれました。
「あのダラは、なんや、口を開けば開くたんびに〜、お嬢さんお嬢さんやのう」
 森田があきれ顔でライターをカチッカチッとやっていす。
 カチッ、カチッ。
 いやな音です。
 〆汰は、どういうわけか眼鏡を光らせながら淋しそうに笑うだけなのでした。

 きのうのマザーによる演説会及びチャリティは、富来の人々の心をマザー側に動かすことに充分だったようです。
 これまで、デスポリスの本拠地ということで、多少なりとも反マザー的なところがあった富来の町議会も、これで完全にデスポリスを見放す格好です。
 そんななかでも、そんななかでもです。
 デスポリスの顧問ともいえる日野火ノ山博士は、今日もまた暗い部屋にこもって、なにかの執筆に熱中していました。
「博士」
 若くきこえる女性の声が、ドアに備え付けられたインターホーン越しに話しかけてきました。
 明らかに、まだ幼さを残す声です。
「富来町長の、伽野蝶腸氏がお見えです」
 火ノ山は、キーボードから手を離しません。
 カチャカチャやりながら、重々しく口を開きました。
「わしは出られん。お前が代わりに受け答えてくれ、ガス美」
「かしこまりました」
 インターホーンの音声はプツンと切れました。
 火ノ山は、切れてからはじめてキーボードをたたく手を休め、ため息をつきました。
「ついに、天涯孤独か……」
 博士は、近くにあったリモコンを手に取ると、テレビの電源をONにしました。
 それはテレビではなく、応接室のなかを写した監視カメラのモニターでした。
 伽野蝶腸町長は、応接室のソファーに偉そうにふんぞりかえっています。
 町長……。
 その肩書きを聞かねば、みるも見苦しい外見というしかありませんでした。
 ウシガエルのような体型に、不気味なくまのあるギョロリとした眼。脂にぬれる極厚の唇。あからさまなヘアウィッグに、一目でわかるシークレットブーツ。
 吐き気がしそうな中年でしたですね。
 そこへ、博士の不在を機械的に冷たく告げたのが、さきほどインターホーン越しにその確認を取っていた女……天念ガス美でした。
 じつはこの女、博士の秘書です。
「日野博士がおいでになれないとおっしゃるのですか。ならば仕方ない。またの機会にでもさせてもらうかな」
 伽野町長は、ドッコイショと2、3度勢いをつけてから、柔らかいソファーから立ちあがろうとしましたが、
「お待ち下さい」
 火ノ山の不在といいますか、居留守ですよね。居留守を伝えた天念ガス美が、町長を引き留めました。
「秘書の私くしが、御用件をお伺い致します」
「いや、よい。姉ちゃんじゃ話にならん」
 天念ガス美は、たしかに、本当に「姉ちゃん」です。
 まだティーンエイジャーなのではないかと見えました。
 そのような少女が、化粧をして、ワンピースを着用して、博士の秘書をやっているのです。
 伽野には、日野火ノ山という博士は、完全に変な男だと思えました。
「町長、私くしは万が一、日野が指揮する力を失ったときには、デスポリス顧問の代行をさせていただくことになっている者です。日野からも、私にお伺いするよう指示されております」
 ガス美は、顔色を変えないまま、すらすらと述べました。
「ほほお?」
 伽野は、けげんそうな様子を見せつつも、再びドシーンとソファーにつきました。
「ウム、それじゃ、用というのはな……」
 天念ガス美は、無言でテーブルの上にテープレコーダーを置くと、カチッとスイッチを押しました。透明なカバーの内側で、カセットテープが回りはじめています。
「これ以上、君たちデスポリスに協力できんという声明だよ」
 ガス美は、全く表情を変えていません。
「昨日のマザーの演説で、町民は完全にマザーに動いた。いや、町としても、これ以上キミらに協力することは町民、いや全県民が許すまい」
 ガス美は、ここまで聴いて、ようやく表情を変えました。
 冷たく笑って見せたのです。
「なぜ、可笑しいか?」
 伽野町長は、この幼い女秘書を全く不気味だと思いました。
「ようやく、ご自分に嘘をつかなくてよくなりますわね」
 町長は、何を言われているか判らなかったでしょう。
 その程度の回転数なのです。
「町長も大変でいらしたでしょう。県から圧力がかかっているというのに、町民の感情を気になさって、これまで我々デスポリスにつくしていただきました」
「そんなことはない。わしとて、本音でデスポリスに協力した」
 不気味な笑みをやめない女秘書に、伽野は背筋が寒くなりました。
「まぁ、次期町長選……いえ、県知事選は、安泰でございましょうね」
 伽野は、机をガボーンとたたいて、立ち上がりました。
 ガス美は、こんどは引き留めませんでした。
 笑みをたたえたままです。
 その表情を見たくないらしく、きびすを返しながら伽野は云いました。
「日野さんも変わったお人だ! お前のような、小娘を秘書につけるほどとはな! わしゃ失礼する!」
 そして伽野は、最後にこうつけ加えました。
「痛い目を見せてやるぞ? お前たちに」
 そう云い放つと、わざと大きく音を立てて扉を閉めて出ていきました。
 無言でモニターを見つめていた博士は、ふん、と鼻を鳴らしながら、リモコンのスイッチをブチッと押しました。そして眼鏡を外すと、疲労した眼球をいたわるように、しきりと目蓋を指で揉むのでした。

「痛い目を見せてやるぞ……、伽野を怒らせて、ただですむと思うなよ」
 富来の伽野蝶腸町長は、ズンズンと肩を怒らせながら、警備の巡査が立哨している通用門を突進していきました。
 そして、駐車場に待たせていた自分の運転手つき高級車(黒塗りのセドリック)に乗り込むと、思いくそふんぞりかえりながら、自動車電話の受話器を手にしました。
「あー、もしもし、ハロー。メイビア中村ですかな? ……はい、デスポリスの本拠点の富来町日野邸のこと、町長の私が容認いたします。……は、ええ、そこは幸いほかの人家から外れておりまして。ま、2、3軒はありますが、……はい、そういうことです。それでは、失礼します」
 伽野町長は、電話を切ると、うわー、と声を上げてあくびをしました。
 不快なあくびでした。
 そうして、シートの前にある網ポケットからカンロ飴の袋を取り出すと、一粒つまみ、口のなかへ放り込み、すぐにボリボリと噛み砕きました。
「フン、莫迦な奴らよ。デスポリス……なにが死の警官じゃ、半分、非合法の組織のくせして、権力をはきちがえおって。なにが死のポリスじゃ。阿呆のボキャブラリーじゃわ。ムングハハハハッ!」
 伽野とて本来、県知事の方針通り、さっさとデスポリスを潰したかったのです。
 それが、富来町民がデスポリス寄りな姿勢を示すものですから、長くジレンマにおちいっていたのでした。
 このあたり、所詮は小物というしかないでしょう。
「ムングハハハハハ、ギヒヒヒ、ウィヒヒヒヒ、バヒヒヒヒヒ、フゴッ、ギャハー!!!! ギャッハッハー、ギャッハッハー、ギャッハッハッハッハー!!!!!!」
 伽野町長の下品な哄笑は、いつ終わるともなく続きました。
 狂っている。
 完全に狂っていますね。


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*この小説は完全なるフィクションです。実在の人物・団体・地名・事件とは、なんら関係ありません。また、犯罪行為及び刑罰・法令に抵触する行為を容認・推奨するものではありません。
*この小説の執筆にAIは使用していません。

  令和5年7月11日 公開


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