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 そうよ
 フューエル・ガール薪子 MAKIKO

  第5話 「地球回復の呼び声」


 マザーの演説の会場である「ふれあい温泉センター」の大ホールは、富来の町民で満員になっていました。
 じつは演説を聴きにきたのではない人も含まれていたのかも知れません。
 いえ、多くの人々は、演説は二の次であったに違いありませんでした。
 演説のあとの“チャリティ奉仕”が目的で、大ホール超満員の3,000人が詰めかけたのでした。
 そうなると、羽咋郡富来町の人口の、実に3分の1以上がやってきたことになります。また、おそらくは近隣の市町村からも遠路はるばる来たという人も多かったことでしょう。
 過疎の町の大ホールにとって、ここまでの客を入れたのは、おそらく初めてだったのではないでしょうか。
 大ホールは寿司詰めでした。
 男、女、老人、子ども、犬を連れている女。ネクタイを締めたサラリーマン。制服姿の消防士。白衣の医者。ターバンを巻いたカレー店店主。縞々の服を着たミュージシャン。チャイナ服姿の少女。乳母車を押す老婆。重いローラーを引く球児。浴衣姿に彫り物を入れた力士、それに全身毛むくじゃらのイエティまでいます。
 座れなかった人が通路にまで押しあうように立っています。
 突然、照明が消え、館内は映画館のように闇に包まれました。
 人々がどよめきます。
 スポットライトが、舞台の中央を照らしました。
 そこにはまだ誰もいません。
「どうしたというのじゃ……?」
 生中継のテレビ画面を観入っていた日野火ノ山博士は、首をかしげました。
 しばらく、沈黙がつづきました。
 放送事故にも思えるような数分でした。
 テレビの右上の「LIVE -生中継-」という表示がしらじらしく感じられます。
 こういうとき、いったんテレビ局のスタジオのほうへ差し戻されるのが常ですが、それもなく、アナウンスも皆無です。かといって「しばらくお待ちください」というような画面に切り替わることもないまま、数分間が過ぎました。
 この沈黙をやぶったのは、町民たちの驚愕の極みというしかない歓声でした。
 なんと、1人の青年が、空中から降りてきたのです。
 どよめきが、ホールの天井や壁を、激しく振動させました。
 その振動の音が、テレビのマイクにも伝わっています。
 別室でテレビに見入っていたデスポリスのキャップ・福田福三は、思わず、
「よくやるものだ、全く……」
 と、呆れとも感心ともつかない言葉をもらしました。
 ワイヤーによって天井から降りてきた青年は、長身で、ギラギラと光り輝く派手すぎるスーツをまとい、サングラスをかけています。
 その顔は、誇らしげなほどに怜悧でした。
 青年が、マイクを握りました。
 そして絶叫しました。
『海磁天下レイジ様の妙技を味わいやがれ!!』
 彼を観ていた全員が、あっけにとられました。
 ですが、自分の部屋でこれを観ていた薪子だけは、ただ1人、その身を小刻みにふるわせていました。
 映像のなかの海磁天下レイジは、あたかも間を楽しむように、じっと押し黙っていました。
 その間、町民たちの大喚声が、ただホールをうめつくしました。
 海磁天下レイジが、マイクを口元へかかげました。
『うるさい! だまれ!』
 海磁天下レイジは、眉を上げながら、マイクを持たぬほうの腕を観衆らに差し出すようにすると、細い指さきをピンとのばして、人々の1人1人を、一周するように指さしました。
『……1年前、我々マザーの聖なる一揆、解放のための蜂起が始まって、貴様らはずっと悩まされ続けていたはずだ』
 静かにレイジは語りはじめています。
『この富来には老人たちが固執した権力を暴力的に行使する腐った連中が凝り固まっていて、そいつらはいまや、戦いにやぶれ、権力でもなんでもなく、単なるレジスタンスに過ぎない。それなのに、勝ち目もない癖をして、我々マザーに、この海磁天下レイジ様に、いつまでも歯向かって来やがる』
 海磁天下レイジは、手のひらを上へ向け、空中へと弾くように突き上げました。
『お前たちは……その双方の板挟みにあい、1年もの間、双方どちらにつけばよいかさまよっていただろう……バカな奴らだぜ!!』
 海磁天下レイジは、突如トーンを上げました。
『デスポリスとかいうクソどもが、貴様たちに何をしてくれたというんだ!? ボランティアか!? 食料の給付か! 家の修繕か!? 答えてみろ!!』
「貴様ら犯罪者から住民を守った!!」
 福田がこらえきれず、テレビに対して激高しました。
 しかし、画面のなかで、観衆たちは、つまり住民たちは、あちこちから、
「なにもしてくれなかった」
「戦場を作っただけだ」
「ブー」
「ワン」
 と口々に声をあげていました。
『うるさい! そんなことはどうでもいいんだよ!! いいか、よく聴け! 耳の穴をかっぽじってな! 鼓膜までほじるなよ、聞こえなくなるからな……!! いいか、我々マザーは! 海磁天下レイジ様は!! お前らを……俺様を助けてくれる貴様らを、見捨てない!! デスポリスのクソ共が、万一貴様らに害を与えるようなことがあれば、俺様が貴様らを全力で護ってやる!!』
 おおーっ!!
 と、歓声が高まりました。
『命にかえてなーっ!!!』
 おおおーっ!!
 あたかも観客席側にもマイクがセットされているかのように、テレビのスピーカーからの音声は、レイジの声の末尾をかきけすかのような町民らの喚声が層をなし、ゴォーッと響きました。
「フン……ふざけおって!」
 テレビの電源を切ろうとした福田福三をとめたのは、福田の部下で、“〇暴”時代のかつての後輩、森田有形外でした。
 剃りこみの入った角刈りに口ひげを生やした、“武闘派”のイメージをにおわせる中年の男です。
「キャップ、参考になります。観ておきやしょう」
 森田は、福田よりもドスの利いた、凄味のある声でそう進言しました。
 画面のなかでは、住民の喚声が最高潮に達していました。
 女は海磁天下レイジの美しく華麗でありながら凛々しい姿に、黄色い声を絶やしません。
 男も強いカリスマ性を持つ大ヒーローの姿に惚れこみ、熱狂しました。
 性別を超えて、魅力が人々を包み込んだのです。
『う・る・さ・い・ーッ!!! 黙ってこの俺様の話を聞かねぇか!!』
 そう海磁天下レイジが叫べば、たちどころに住民たちは静まりました。
 熱狂のなかで、完全に、海磁天下レイジのとりことなってしまっているというしかありません。
 ステージの袖から、卑弥呼のような衣装に身を包んだ美女が姿を見せ、レイジにそっと紙のようなものを差し出しました。
 それは手紙のようでした。
 レイジはその手紙を巻物のように広げると、カッと両手で、観衆へと掲げました。
 それは弁護士が「勝訴」と墨書された紙を広げる動きに似ていました。
 しかるに、この場合の紙は手紙ですので、観客席からはなにが書いてあるのか見えません。
 ただ、文字が赤黒くにじんでいることだけは、テレビ画面からも見て取れました。
『これを見るがいい!! 鮮血でしたためられた激励文だ!!』
 レイジがそう誇示すると、卑弥呼のような女が手を叩きました。
 それが引き金となって、あちこちで拍手が広がり、拍手が拍手を呼び、ついにホールの天井を突き破るほどの拍手の渦が巻き起こりました。
『だまれぇーーっ!!!』
 レイジが一喝すると、拍手はピタッと停止しました。
『……いいか、いまから貴様らに、マザーからプレゼンティングをくれてやる』
 わあーっ!!
 レージ!
 レージ!!
 レージ!!!
『そのためには、唱えろ! “地球回復”とな!』
 地球回復!
 地球回復!!
 地球回復!!!
 卑弥呼がパチンと指を鳴らしました。
 すると、舞台の脇から水着姿の美女たちが、布のかけられたテーブルを次々と運んできました。
 海磁天下レイジは、大げさな身振りで布を払いました。
『オイ! 一揆、我々の解放のための蜂起で、つら〜い思いをしてやがるクソガキ共! 手前らに、おいしいお菓子をくれてやる!! チョコレートでもバナナでも、好きなものをくれてやるぜ!!』
 子ども達の目が、輝きました。
 無邪気な声で、海磁天下レイジ、海磁天下レイジ!と、喚声を張り上げました。
『うるせぇ! 黙ってサルの乳でも飲んで待ってろ! つぎは薄汚い大人共!! クソガキやボケ老人を養って、大変だろうよ……。貴様らには日用品を用意してやった。低反発マットレスでも卓上クーラーでもポータブルDVDプレイヤーでも、いくらでも持っていくがいい。ポータブルカラオケもな! ここのぶんがなくなっても、トラック10台が外に待っている。あぶれるやつはいない!! ただし並ぶんだ!! 並んで順番を待て。やぶった奴ぁ、八つ裂きにして、便器にぶち込んでやるぞ!! さぁ並びやがれ!!』
 テレビ画面に相対していた福田と森田は、かわるがわる怒声を上げました。
「民衆はたわけだ!!」
「富来のやつらは、ダラんないかいや!! アチャラカパーでないかいや!!」
「デスポリスに歯向かうものは、すべて逮捕してやらなければならぬ!!」
 一方、書斎にこもったまま、独りでテレビを見つめていた日野博士は、この異様な光景を目の当たりにしながらも、至って冷静でした。
 不穏な騒乱の渦中で、心強い指導者がなく不安な時、強力なカリスマにひかれるというのはよくわかります。
「……にしても、マザーもよくやる。これは、ショーじゃ」
 火ノ山の歯が、わずかにのぞきました。

  

 薪子はベッドの上で、着衣をなにも身に付けぬまま、写真立てに入れられた写真を見つめていました。
 そこには、いまより幼い薪子と、いまの薪子と同じくらいの年齢と見える少年が仲良く並んでいました。
 幼い薪子が、写真のなかで幸せそうに微笑んでいます。
 銀いろの涙が、写真の表面へしたたりました。
「あのとき自分は、絶対に殺してやるってちかったのに……未だにヤツは、生きている」
 薪子の涙は、さまざまな感情が入りまじった涙でした。
 悲。悔。恨。怒。淋。
 幼い自分の幸福の表情が、いまの薪子の涙に含まれる感情のすべてを増幅させました。
 薪子は、シーツにくるまって、髪の毛をくしゃくしゃにかきむしりながら、泣きくずれてしまいました。


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*この小説は完全なるフィクションです。実在の人物・団体・地名・事件とは、なんら関係ありません。また、犯罪行為及び刑罰・法令に抵触する行為を容認・推奨するものではありません。
*この小説の執筆にAIは使用していません。

  令和5年6月7日 公開


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