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 果実
 〜フルーツ・ガール桃子〜

  最終話 「そして戦いはまた続く」

 桃子の駆る金色のロボットは、巨大化した鬼の大魔王と月面にて対峙し、じりじりと互いに間合いを取りながら、攻撃の糸口をさぐりあっていました。
 どちらも隙がありません。
 両者とも、月面というリングの上をぐるぐると回転するように、ズシーン、ズシーンと地響きを立てつつ歩き、歩きながらも間合いを取りながら、にらみ合いはいつ果てるともなく感じられるほど続きました。
 隙の生じたほうが先手を差されるでしょう。
 隙を見せず、つねに相手を睨みながら攻撃開始の機を図るとともに、相手の攻撃のチャンスは与えぬよう間合いを取り続けなければなりません。
 月の砂が、両者の歩行する震動にふるえ、それは星空のような宇宙空間に舞い散りました。
 刹那! 先手を制したのは、大魔王でした。
 月の大地をゆるがすかのような不気味な咆哮とともに、大魔王は中空にジャンプし、猛烈なフライングニールキックを仕掛けてきました。
 ロボットには再現できない芸当といえます。
 生身の身体を巨大化させた大魔王ならではの奇襲というしかありません。
 桃子の駆る金色のロボットは、その飛び蹴りを正面から受けて「く」の字に倒れ込むしかありませんでした。
 ともあれ単なる蹴りですから、ビームやミサイルと比較すれば、さほどのダメージはないといえますが、ロボットは転倒させられてしまうと、とかく不利です。
 大魔王は巨大化した身体にまかせて金色のロボットに馬乗りになりました。
 マウント・ポジションです。
 上から上から、桃子のロボットの鉄兜のような頭部に連続して張り手を食らわせました。
 右手、左手、次はまた右手、左手。交互に。
 張り手油地獄です。
 金色のロボットの頭部に施された装飾が折れ、剥がれ、カチャカチャになって崩れていきました。
「このドス大魔王くさん! なめるなよ!」
 こう叫んだのは桃子です。手汗に濡れる手先をたくみにあやつり、レバー側面のボタンを押し込みました。すると、ドギャーと額の部分に仕込まれたバルカン砲が炸裂しました。
「あいつ!」
 生身の顔面にバルカンの一斉掃射を受けた大魔王は、思わずのけぞりました。
 その一瞬の好機を得て、桃子はロボットの上体を起こすよう懸命にレバーやフットペダルを操作しました。
 そこへ、バルカンを正面から食らいつつも、貪欲に次なる一撃を狙う大魔王の拳!
 間一髪、金色のロボットはその攻撃をかわしました。
 そして、その金ロボは恐ろしいほどの勢いでエキゾーストを吹き上げ、襲い来る大魔王をなかば蹴散らすように上方へと飛翔しました。
 舞い上がった月の砂が、めらめらと熱気の陽炎の向こうで揺れています。
 犬の魂が叫びました。
『いまだぜ、桃子!』
 猿の魂は、こう言いました。
『桃子さん、あなたに任せます!』
 そしてキジの魂は、最後にこう告げました。
『勝てるアルよ、桃ちゃん!』
 桃子の心に、その3つの言葉がしみ入りました。
 桃子は、その3つの声が勇気を与えてくれるとともに、自らの意識のなかに3人の意志が加わるような、不思議な知覚を得ていました。
「きみたち……ありがとう。きみたちの力を借りて、最強の攻撃をしかけるよ!」
 桃子はレバーを上方に2回、下方に続けて2回、右、左、また右、左と交互に、さらにレバー側面の左のボタン、右のボタンと素早く操作しました。
 これが最強の技のコマンドでした。
「いい?! 最後よ、最強よ!!」
 そう、ついに桃子は決死の攻撃に打って出たのです。
「最強……最強攻撃っ!!」
 いい技名がとっさに思い付かなかったのか、技名を考える隙も惜しかったのか、結果的にそのようになった掛け声とともに、金ロボ最強の技、桃子にとって最後の技は月面の暗闇を切り裂くようにして発現しました。
 切り裂かれた月面の暗闇……。
 その暗闇よりもなお黒い暗黒……、すべての色彩を0に置き換えるほどの、黒の頂点をゆく黒、そうとしかいいようのない、さながらブラックホールの底のような暗黒のビームでした。
 宇宙空間に生じた暗黒の裂け目がぐんぐん広がるかのように、ブラック・オブ・ブラックの帯は太さを増しながら一挙に直進します。
 その帯の漆黒の先端が巨大化した大魔王の肉体に墨を塗り付けるようにして衝突し、そして身にまとった厚い鎧を貫きました。
 パリパリと大魔王の肉体がスパークしました。
 そしてその肉体は焼け焦げて暗黒のビームの黒に染まるかのごとく、黒く姿を変えていきます。
 それは鬼の大魔王の生身の肉体が煙を上げながら炭化していく過程でした。
 あの大魔王の巨体が、見よ! 焼肉屋の網の上にいつまでも残って真っ黒の炭と化した肉の切れ端のように、次第にモノへと変わっていきます。
 そのさなか、大魔王が最期の力を振り絞ってか、炭と変わりつつある舌を使って地響きのような声を発しているのを桃子は聞きました。
 その内容は、こうです。
『桃子よ、貴様は間違ったことをしている! まんでダラなことをしているぞ!! 間違っている!! このドスメロめが!! だいたい、わしが死んでも、地球にはすでに何万人もの鬼がおる! 浸透している! 1人ずつ殺してみろ、何十年かかっても終わらんわ! ほやろ!! そのうちに桃子よ、おまえは年老いてくたばるだろうよ! ただのざっかしいババになっとるお前の顔がワシには見えるわ!! それでもやるがか? おお?』
 炭の人形のようになっている大魔王でありながら、意識は残っているのか、炭の口がとめどなく動き、地響きのようなメッセージは月の大地に続きました。
『鬼たちはそのDNAですでにニホン人になりかわりつつある! いずれは政権を握り、官僚、参謀になりかわり、ニホンを破滅の戦いに導いてやる! それは今後、15年ほどで実現するだろう……。そして100年後、わしはこの国の内閣総理大臣として転生し、この国をカッチャカチャのワヤクチャの骨抜きにしてやるぞ。いいか桃子、お前が悪いげんぞ! お前が点けんでもいい火を〜点けてんぞ!!』
 そこまで言い放ったちょうどその直後、大魔王の身体の終末が始まりました。
 炭と化した巨体は、それ自体が燃料であるかのように、多量の火薬を仕込んでいたかのように破裂し、おびただしい火花と煙を発しながら、あたかも活火山の爆発のようにして宇宙空間へ火柱を噴出させました。
 夜空のように静かだった宇宙が赤く燃えます。
 その大爆発は月面の大地をもえぐりました。
 舞い上がったチリが漆黒の宇宙空間へ放出されていき、地球光を反射してきらきら光りました。
 おそらくこの衝撃波は地球にまで届いたことでしょう。
 とにかく、とてつもない巨大爆発です。
 その破滅的なメガトン爆発のあと、そこには新しいクレーターが形成されていたほどでした。
「大魔王は、死んだ……」
 桃子は金ロボのコクピットのなかで、そうつぶやきました。
「大魔王は死んだが……鬼はまだ滅んでいない……」
 桃子はレバーをガチャガチャと動かしていました。
「なぜ?!」
 桃子はコクピットのなかで孤独に叫びました。ぬいぐるみのように冷たく固まっている犬、猿、キジ、3つの亡骸をだきしめつつ……。
「私には鬼は絶滅させられないと、なぜそんなことを言うの?!」
 桃子の脳裏に、大魔王の残した呪いのようなメッセージが電光掲示板のように繰り返されます。
 桃子のことを研究している多くの歴史学者は、このときの桃子に起こった心境の変化を、容易に解説できないでいます。
 これは研究者の間でも謎とされてきた事柄でした。
 いや、しかし、しかしです、ところが私は作者なのです。私は作者ですから、全部知っているんです。そう、このとき、桃子は真実を自ら悟ったのです。
 多分、まぁおそらく、そうだと思います。
 このとき桃子の味わった虚無感は、そうですね、日本全国のバス路線に全部乗ってやろうと思って努力し、休みを費やして、お金も費やして、自分を投げ打ってどんどん乗り続け、乗り続けた末に、小学生専用とか、中学校の構内にバス停があるとか、しまいには部外者の乗り降りできない工場の構内にバス停があるとか、そういう事実を知り、あえなく挫折していく……その瞬間に近いんじゃないですかね。
 桃子はしかし、新しい決意に燃えていました。
 それが3人の家来へのとむらいになる!!
 桃子は金ロボでそのまま地球の大気圏へ突入し、成層圏を経て、雲のなかを自然降下して、ついに大地へ降り立ちました。
 着地地点は、奥能登、輪島の白崎の海岸線でした。
 桃子が地球で一番先にしたことは、墓づくりでした。金ロボの手先をたくみに使って穴を堀り、3匹の動物たちの冷たいなきがらを埋葬しました。
 それが終わると、桃子はまっすぐな足取りで波打ち際をたどるように歩きました。
 そして、白崎からも近い曽々素と呼ばれる浜辺へたどりついたのです。
 砂浜の波打ち際に腰を下ろして草履を脱ぎ捨て、砂のお城を作るでもなく、ただ投げ出した脚を波間に浸すだけの男児とその母──。
 このひとつの光景は、まるで1枚のスナップのように、長い時間そこで時計の針が停まったかのように続いていました。
 能登の輪島の曽々素海岸の近くには、陸をえぐる格好でまるで潟のように凪いだ入り江があり、そこにはわずかばかりの砂浜もありました。
 一名、「巨川」とよばれていたその場所は、現在はすでに埋め立てで消滅してしまいましたが、この物語の舞台である大正時代当時のその砂浜は、近在の人々にとっての海水浴場といってよかったでしょう。
「ここにも鬼のにおいがする」
 桃子は親子の姿を遠目にみとめ、そこへ歩いていきました。
「鬼はすべて滅亡させてやるからね?」
 波濤は次から次へと白く打ち寄せ、波打ち際を黒く濡らします。曇天をうつして鉛のように広がる水平線の果てから、新しい波は絶え間なく押し寄せてくるのが見えました。


  おわり


  To be continued?

*この小説は完全なるフィクションです。実在の人物・団体・地名・書籍名とは、なんら関係ありません。

  令和3年(2021年)11月5日 公開 (2)


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