040-25
果実の牙 〜フルーツ・ガール桃子〜
第25話 「戦いの月面」
前回、宇宙空間へ投げ出された桃子……。
どうなってしまったのか?
なにしろ宇宙には空気がないのです。すぐに窒息してしまいます。
しかし、桃子は無事でした。
息を止めたまま、くるくると宇宙空間を泳ぎ、金色のロボットの胸元へたどりついたのです。
するとどういう仕組みになっているのでしょうか、内側から幕がやぶれるように隔壁が自動的に開き、桃子の身体はそのロボットの内部へすべりこみました。
胎児が産道をくぐるようにして桃子が行き着いたのは、あのロボットのコクピットのようでした。
なんと、背もたれの高いバケットシートを中心としたそのコクピットには、U・Oと同様と見える全方位モニターや計器類、レバー、ハンドルが並んでいます。
「U・Oと一緒よ!」
操縦席に座った桃子がカチャカチャとレバーを操作すると、すぐにロボットの腕や脚が動きだしました。
「さっきは無人だったということなの?!」
桃子はシートベルトを締めると、さらにカチャカチャとレバーを操作しました。するとどこを触ってしまったのでしょうか、その操作によってロボットの頭部、ちょうど額にあたる箇所からバルカン砲が発射され、ダダダダダとU・Oの残骸を撃ち抜きました。
全方位モニターに映し出されたU・Oは、もうズタズタのゴミ切れのようになりました。
「すごい威力だ!」
桃子はさらにレバーを操作しました。ツー、カツーン、とエアの音がして、その音とともにギアが噛み合ったようです。桃子の操るロボットは両腕をたくみに動かして、宇宙空間を浮遊していた犬、猿、キジの小さな身体をキャッチしました。
「かわいそうに……もう息がないかも知れない」
ロボの手のひらで握りつぶしてしまわないよう丁寧に操作して、桃子は3匹を胸元へ送り届けました。
すると、本当にどういう仕組みになっているのでしょうかね、さきほどと同じようにシャッターが自動的にガーガーガー、グーグーグーンと開いて、3匹の動物たちの身体はコクピット内へ投げ込まれました。
3匹の意識は不明です。
あれだけ長時間、宇宙空間を漂っていたのですから……。
「つめたくはない……がんばるんだよ」
桃子は生身の3匹をぬいぐるみのように抱き締めて、的確な操作でロボットを加速させました。
アイドリング状態だったディーゼルエンジンが唸りをあげはじめ、ランドセルのように背負ったバックパックから排気ガスの青白い煙がとめどなく吹き出ます。
その煙が、真っ黒の宇宙空間を白くにごらせました。
「目指すは月よ!」
金色のロボットはフルスピードで月を目指しました。
月……。
まんまるお月さま。
地球の擁する唯一の衛星であり、地球からもっとも近い天体、それが月です。
いま私がこれを書いている季節は秋。中秋の名月という言葉もありますが、秋は空気が澄んでいますから、月がことのほか綺麗に見えますね。
そんな月には大気も存在していませんから、きっと地球上からも、桃子の金色のロボットがもうもうと排気をともなって月に着陸した姿は見ることができた……でしょうか?
いやいや、そんなことはないでしょうね。
地上から見上げる月は月の表面まで綺麗に見ることができますし、実際にウサギが餅つきをしている様子もありありと分かるのですが、たった10mほどのロボットが月の大地に立ったとしても、それは本当に野球のボールの表面にビフィズス菌が歩いているのを見よというようなものであり、ちょっと見ることは無理でしょうね。だって、ビフィズス菌を肉眼で見ることなんてできないじゃないですか。それができたらヤクルトなんて飲めませんよね。ウヨウヨ、ウゴウゴ、ヤクルトの肌色の液体のなかに菌がうごめいているさまを想像してください。
とくに最近発売された「ヤクルト1000」などは凄い密度で菌が含まれていますから、そんな菌の一群が肉眼に見えたら、ちょっと飲むのに抵抗が起きても仕方がないですよね。
この「ヤクルト1000」は1本140円と高く、ヤクルトレディから買うしか購入方法がないのですが、同じくヤクルトレディからしか買えない「ヤクルト400」よりも2.5倍ものヤクルト菌が含まれていて、ということはスーパーで市販されているヤクルトの5倍も効くということです。ですから、私はヤクルトさんが職場へ売りに来たら必ず求めていますけどね、ストレスや睡眠の向上にも効果があるそうです。高いですけども。
さて、なんの話でしたかね。
そうそう、桃子です。
桃子の操る謎のロボットは、月の表面にガボーンと着地しました。
二本の脚の足の裏に土煙が舞い、重力が軽いために、その月の砂はどこまでも浮き上がって、金色のロボットの機体をカーテンのように遮蔽しました。
背後には『うさぎインテリア』と大書した看板が掲げられていました。どうやら家具屋の広告のようです。
ほら、月の“かぐや姫”。あれと音韻を合わせて、“月の家具屋”で売り出しているらしい。笑ってしまいますけど、うまいですよね。
広告って、そういう風に知恵をしぼってつくられているんだなと思います。
こうした広告を考える人たちは、きっと発想のプロで、思い付きは無限大なのでしょうね。しかし、世の中は複雑で、本当に複雑で、もし思い付きが無限であっても、無限であるから勝ち! とは決してならない。鼻っ柱を折るように、それを“有限”にするものがあります。
いかめしく腕を組んだ常識的な思考を持つ50代の上役、そして、まじめなクライアント。
これらの人たちに無限大の発想で生まれたものを通せるかどうか、これが肝要です。
これをクリアしなければ、世に出ることはないわけです。
まぁ、当たり前です。
50代の上役、クライアントは、しばしば存在する、というよりは、その特性から目立って顕在化する批判的な“客”の言葉を自ら代弁しています。むしろ努力して代弁しなければならない立場といえます。もし批判的な客がいるとすれば……と想像しながら、視点を高いところに据えて、あえて厳しく俯瞰している。そうしなければならない。もしやっかいな客の怒りの琴線に触れてしまったら、大変なことになる。責任重大です。だから厳しくなるのも当然ですよね。
ただ、このような役目から来る職務上の目線と、たまたま当人が本来持ち合わせていたサディスティックな目線を履き違えて、好んで攻撃に走ることに執心しだす人もいるように見受けられます。
まぁ、それも含めて人間社会なのでしょうね。
そして、これらのグチャグチャをくぐりぬけたサバイバルの末に、世の広告物、広報物は存在する……。そうではないでしょうか?
そういう視点で広報物を受け止めると、また違った印象を受け、そして裏側で睡眠を削ってまでガンバっている方々の姿をも想像できませんか。
さて、それはどうでもいいのです。いまお読み頂いているこれは広告でもないし、消費者も存在しない、ましてや上役もクライアントもクソもない、単なる個人小説ですから。さっさと本題に戻りますね。
そうです、そこへ、です。そこへ、敵ユニットがポコンと出現しました。
いかにも悪そうな外見の、色の黒いロボットでした。
目が顔面の中央に1つしかありません。
ドラクエ2のロンダルキア台地で登場するモンスター『ギガンテス』のような風貌といえました。
桃子はその敵ロボの突然の出現に目を見張りました。
「敵のロボットなの?!」
桃子はとっさにレバーをツー、カツーンと操作し、自分の操縦するロボットの手持ちの武器を持ち替えさせました。
銃からビームサーベルに変更です。
「銃からビームサーベルに変更よ!」
そう叫ぶや、桃子の駆る金色のロボットは、サーベルのまばゆい光を輝かせながら敵のロボットへ肉迫しました。
上段に振りかぶって、袈裟懸けに斬りかかります。
しかし、しかしです……。そのギガンテスのような敵ロボは少し後ずさると、まったく一瞬に見える速さ、コマ送りにしても、そのコマがおそらく2コマで収まるような速さでビンと構えたビームサーベルでもって、これを受けました。
バリバリバリ……ガリガリガリガリ……とサーベル同士が火花を放ちながら拮抗します。そして、桃子のサーベルは、ついには打ち払われてしまいました。
「踏み込みが足りなかった!」
桃子は舌打ちしながらこう叫ぶと、ガチャガチャとレバーを操作、もう一度間合いを取って体勢を立て直します。
ギガンテスのような敵はビームサーベルを手にしていたときと同じ構えのまま音もなく少し後ずさると、何秒かの“間”のあと一瞬で銃に持ち替え、ビシェーンと放ちました。
桃子の眼にはその銃口からあふれだす光の先端がたしかに見えました。
が……、そのコンマ数秒後の瞬間には……、そのビームは数10メートルを一瞬で走り抜け、桃子の駆る金色のロボットに命中していたのです。
見えた、しかし操作が遅かった。
残念ながら、この一撃はスマッシュ・ヒットといえました。
ストライクともいえます。
あるいはジャストミートか。
ビームの光はバチッと跳ねて、桃子の金色のロボットの装甲を焦がしました。
金色のロボットがあくまで頑丈なのが救いでした。
敵の残虐なるビームは金色のロボの装甲の表面をえぐるように焼き込みましたが、人間の皮膚でいう真皮の部分までで焼損は止まったようでした。
「こいつ!」
次なるビーム攻撃は矢継ぎ早に襲いかかります。桃子が巧みなレバーさばきでそれらを全て回避できたのは、はっきりいって彼女の腕ではなく、僥倖といって良かったでしょう。
「回避できたら次は!」
回避できたら次は……その次を桃子は言葉にしませんでしたが、きっと、こう言おうとしたのではないでしょうか。
“攻撃だ”
と……。
そしてその通りに、桃子は避けたときの体勢のままでビームサーベルの刀身を展開させたのです。
「さぬすせ! でしょう!」
こう叫んだ桃子はロボのバーニアをふかし上げ、一気に加速させて敵に詰め寄ると、サーベルを敵のギガンテス的な顔の1つ目玉の正面から突き立てました。
メリメリメリ、とサーベルは先端から1つ目の瞳孔へ食い込んでいきました。
そしてそこから赤い血のごとくオイルが吹き出し、やがてそれに引火して、ドドド、ガボーン、といった轟音をともなって、敵の顔面は大爆発を遂げて砕けました。
「やった?!」
桃子の叫んだ声の通りです。顔からはじまった爆発が、すぐに敵の全身へと誘爆していき、燃える敵の機体はやがて火柱と化しました。
「やった!」
桃子は上唇を舌のさきで舐めました。
ところがそこへ大魔王です。
なんの前触れもなく、いきなり月面にその姿を見せた鬼の大魔王は、月の乾いた大地を揺るがすほどの怒りに震えていました。
「やられメカでは駄目や、こうなりゃ私が!!」
鬼の大魔王は突如、ちょうど手に持っていた一升瓶をガボ、バボとラッパ飲みしました。するとどうでしょう、みるみる身体が巨大化していきます。
大魔王は、あっという間に金色の巨大ロボットと同じ程度のサイズに膨れ上がりました。
「このワシは大魔王じゃ!!」
恐るべき巨大な姿に変貌した大魔王は、そのように高らかと宣言しました。
そして一升瓶を投げ捨てました。
『友白髪』とラベルにしたためられていました。
そのラベルは、巨大化した大魔王の巨体と比べると、本当にごく小さなものに見えます。
見ているだけだった桃子の噛み締めた唇から血が流れます。
「大魔王、あんたを倒して、鬼を滅亡させてやる!!」
怒りに燃える桃子はレバーを握り込み、一気に前へと倒しました。ツー、カツーンとエアーの音が鋭く響き、おびただしい量の黒煙が排気口から吹き出しました。
「ぶち殺してやる!」
桃子の大声がコクピット内に反響しました。桃子の胸のなかにいる犬、猿、キジの身体は、すでに体温を失いつつあるようでした。硬くなっていく3匹の肉体を、桃子はさらに強く抱き締めました。
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