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 果実
 〜フルーツ・ガール桃子〜

  第22話 「邑知潟湖上戦」

 いまの邑知潟はそのほとんどが干拓されてしまい、水面が残っているのはわずかな部分のみですが、万葉の昔、大伴家持が「羽咋の海」とうたったのは、日本海ではなく、この邑知潟だったのではないかといわれています。
 越中伏木から峠を越えて志雄を経て、はじめて出会った広大な湖の風景に、大伴家持は思わず「羽咋の海」とうたったのではないでしょうか。
 この物語の舞台である大正時代には、まだ邑知潟の干拓事業は始まっておらず、いまのJR金丸駅付近にまで湖面は広がり、千路や鹿島路あたりには漁業で生計をまかなう家庭もあったそうです。
 その邑知潟の湖上に未確認飛行物体(U.F.O)のような円盤が浮かんでいました。
 桃子らの手に入れた“気球”である「U・O」でした。
 チリ・タワー5階から浮上した桃子操縦のU・Oは、ある程度の高さまで舞い上がったあと、今度は水平に滑空をはじめ、羽咋町上空を鳥のように飛び、この邑知潟上空にまで達したのです。
 その間、わずか3分でした。
 日清カップ焼きそばUFOが出来上がるのと同等の時間で、そこまで来れたのです。
 U・Oの窓がわりといえる全方位モニターからは、邑知潟が作り出した地溝帯が地図で見たそのままの地形でパノラマに広がり、そのはるか先には七尾の街が青白く光って見えます。
「すげぇな、家があんなに小さいぞ、田んぼも!」
「犬くん、おちつきたまえ」
「これが落ち着いていられるかよ!! 見ろよあそこ、露天風呂だぞ!!」
「えっ、本当でしょうね?!」
 佐曲は急にキョロキョロと全方位モニターが写しだす外の画像を見回し始めています。
 現金なものです。
 しかし、やっと見つけた露天風呂ですが、人影はゴマ粒でした。
 現在のU・Oの飛ぶ高さは、地上から500mほどでしょう。ちょうど現代でいうヘリコプターほどの高度といえましょう。
 さよう、機内の大きさ自体もちょうどヘリと同等のものであり、4人がやっと乗るともう満員というようなものでした。操縦席に2人、タクシーでいえば後部座席といえる後ろのシートが3人掛け、上下左右の寸法もタクシーよりは少し広いかな、という程度ですね。
 しかし、いわゆる籠だけの普通の気球と比べれば、屋根もあって座席もあり、もちろん雨風もしのげるわけですし、相当に立派なものです。
「あっ桃ちゃん!!」
 ピーチャンがすっとんきょうな声をあげました。
 前方の全方位モニターに異常が検知されているのを、ピーチャンは見つけたのです。
「敵アルよ! 敵アル!」
 たしかに敵機です。
 桃子らのU・Oへ敵機が迫ったのでした。
「3機アルよ!」
 たしかに3機です。
 それらは目視では紙飛行機のような三角形の飛翔体に見えました。
 紙飛行機というものがいつ頃からあるのか分かりませんが、飛行機という存在が身近になるにつれ、鳥のように空を飛ぶ夢をかなえてくれるエア・プレーンという乗り物への憧れから、人々は紙を折り、飛行機の形に整えて、それを空へ空へと飛ばしたのでしょうか。
 しかし、じつは紙飛行機というものそれ自体は飛行機が発明される以前から存在しており、まだ飛行機が一般的でない頃、それは「紙ダーツ」と呼ばれていたという説もあるそうなんですね。
 まぁ、それはともかくとして、この敵飛翔体は現代の我々がいう紙飛行機に酷似しているわけだ……。
 それは確かなのでした。
 大正時代の羽咋の空に、桃子の駆るU・Oとともに、そのような物体が展開した──、それだけが事実でした。
 そして敵機は予告もなく攻撃を仕掛けてきました。
「桃子さん来ましたよ?!」
「わかってる!」
 紙飛行機のような三角形の先端から、稲妻状の光線がビビビビビと発せられました。
 それは空中を稲妻型に切り裂きながら、U・Oに襲いかかります。
「あーっ、あたるぞぉー!!」
 猫一郎が悲鳴をあげました。
 桃子は操縦桿をガクガクと前後に動かして、邪悪なその光線を避けながら、レバー側面にあるボタンを握りこみました。
 おう、するとU・Oの機体のてっぺんにある殿様のチョンマゲのように伸びているチューブ状のものがウネウネ動き、この先端に取り付けられているピストルのような火器から、無数の火球が弾き出されました。
「いけっ!!」
 桃子が叫びました。まだ技の名前を考えていないのか、考えるひまもなかったのか、単に掛け声だけです。
 火球はほんらいは丸い弾のようですが、あまりのスピードで射出されるためでしょうか、あたかもキャプテン翼におけるサッカーボールの描写のように楕円形に見え、それが一列に連続して、あたかも光の矢のようになって敵へ襲いかかりました。
 そして、その矢のような銃弾の連発が敵のうち1機に命中。見事、撃破しました。
 すると、どこからともなく『ストラーイク!』と声が響きました。
 野太い男性の声で、それは搭乗している誰の声にも似ていませんでした。
 どうやらU・Oにはアラームやブザーなどの警告音を発振する電子警音器に、こうしたサンプリング音声を再生する機能も備わっているのかも知れませんね。
 それにしても、「ストライク」ですか。
 おそらくこれは、野球の用語での「ストライク」のことでしょう。
 おりしも、いま夏の高校野球甲子園大会が開かれているようですが、私(作者)はほんとうにまったく野球に詳しくなく、実はルールもよく分からないくらいなのですが、もう少し子どもの時分に野球に興味を持っていれば良かったなとも思っています。なにしろ、実況の人が「宇宙間に飛んだ!」と叫んでいるものと思い込んで、“宇宙空間に”とは大げさな、慣用句なのかな? と思っていたくらいですから。中学生くらいまでその思い込みは続きました。野球に縁のない子どもでしたから。これは本当は「右中間に飛んだ」と言っているのだそうですね。“宇宙空間まで飛んだなんて、比喩にしてもそんな大げさな言い方はないだろう……”と笑っていたような子ども時代を送ってきたことに、当時は腹立たしくさえ感じたものでしたが、いまでは笑い話です。
 そう、それくらい、野球のルールはなにも知らないのです――。
 いとこの子が持っていた「ファミスタ」くらいでしか知らなかったんですからね、野球のことを。
 私事で恐縮ですが、ほんの小さいころなど、ボールは高く投げれば実際に“ヒューウウー↑ウウーン↓”とボールの高さに沿った音程の音がするものと思っていたくらいですから。ホームランになったら花火が上がるものだと思っていましたし。ときどきチャンネル権の関係で、同居していた伯父の強い意向によって、本当は観たい番組を我慢して仕方なくテレビで野球を観ることになると、おや? 妙なことに(と当時は感じました)これらの演出がなく、ガッカリしました。
 さきごろ、東京2020五輪を職場のテレビで観ていて気付いたのですが、最近はゴルフ競技の試合中継では、ボールの飛んだ軌跡をCGで表現しているらしいですね。ボールの飛んでいったあとに残像のように弧が描かれていく。これが私(作者)には非常に斬新なものに思えたので、ちょうど一緒に観ていた上司に、
「さすがは五輪ですね、こうした斬新な演出」
 と言ったところ、
「いや、こういうのは〜、けっこう前からじゃないか? このボールの飛んでいった方へ〜線を〜こうして入れるコレのことやろ? これは前からでないかいや、こうして線で見れた方が〜、観とるもんには分かりやすいし、ほやろ?」
 との由。
 なるほど、わりと以前から、こうしたボールの軌跡を描画する演出がテレビのゴルフ中継では行われているのだなと初めて知ったことですが、これなどはテレビゲーム的な演出方法といえましょう。
 野球でもこうした演出を取り入れればどうでしょうか。
 さて、桃子ですが、U・Oのコクピット内では猫一郎が叫んでいます。
「おい次がきやがったぞ桃子!!」
「わかってる!!」
 仲間をやられて躍起になったか、紙飛行機のような敵は、やにわにスピードを上げて体当たりをしかけてきたのでした。
「きやがったぞ、あーっ! あーっ!!」
 猫一郎は両目を手で覆いはじめています。そうしてそのまま、身を低くかがめてしまいました。こうなると意外と小心のようです。
「犬くん、大丈夫。桃子さんを信じたまえ」
 佐曲は猫一郎の丸まった背中をさすっています。コクピットの無機質な床に、ぽたぽたと水滴が垂れました。そのあとの猫一郎の挙動の一部始終については、本人から書くなと作者へ通告があったため、描写は省略することにしましょう。
 桃子は必死に両手を動かします。
 そして無事、弾は2機目、3機目と命中。飛行機の群れは黒煙を流しながら斜めに墜ちていき、ついに潟の水面へ叩きつけられました。
 大きな水しぶきがまるで柱のように上がりました。
 桃子はフロントモニター越しにその様子を見つつ、ため息をもらしました。
「邑知潟はコハクチョウの楽園だった。また潟が汚された……、ゆるさない」
 桃子は操縦桿を倒してU・Oのスピードをさらにあげました。
 羽咋上空を旋回し、目指すは日本海に近い街、富来です。


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*この小説は完全なるフィクションです。実在の人物・団体・地名・書籍名とは、なんら関係ありません。

  令和3年(2021年)8月30日 公開 (3)


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