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果実の牙 〜フルーツ・ガール桃子〜
第20話 「チリ・タワーの残酷」
チリ・タワー。
そこは異形のものが支配する難攻不落の要塞でした。
バウンドしながら襲いくる鬼どもをかいくぐり、あるいは抹殺しながらようやく階段を駆け上がって3階です。
塔は外観上、5階建てに見えましたので、まだ1/3でした。
しかし、その3階で一行は戸惑ってしまいました。
3階から4階へと上がる階段がどうにも見当たらないのです。
1階、2階にはあれほど潜んでいた鬼が、3階にはまったく出没しないのも妙といえば妙でした。
「さがすのよ!」
桃子の指示が飛ぶや、すぐに返事がありました。
「見つけたぜ!」
猫一郎でした。
「ネコちゃん!」
犬の猫一郎が見つけたのは、黒い壁にポツンと取り付けられた3つの丸いボタンでした。
それぞれ赤色、青色、もう1つ青色で、青の方は「A」「B」と刻印があります。
「これを押すと隠し階段が出現するのかも知れねぇぞ」
猫一郎はすでに指をボタンへのばしていました。
「まっ待ちたまえ、不用意にそんなものを触ると……」
猿の佐曲が急いで駆け寄ってきましたが、コンマ数秒ほど遅く、そのときには猫一郎の指さきに押されて、そのままボタンは奥へ引っ込んでいたところでした。
一度押してしまうと、「送信」ボタンを押下したときと同じように、もうあとへは戻れないのです。
天井がゴゴゴゴと動き、トラバーチン柄のひび割れのような石膏ボードの1枚がどんどんスライドしていきます。ついには、石膏ボード1枚分の黒い穴がポッカリと開きました。
「あそこから登れるのかも知れないアル」
キジであるピーチャンがぴょんぴょんと跳躍して、勢いをつけはじめました。
しかし、その希望は一挙に覆されました。
なんとその穴から、モワーン、モーッと不気味な音を立ててガスが吹き出してきたのです。
青い色のついたガスで、明らかに危険なものと見えました。
「きみら吸いこんではダメよ!」
桃子の叫びもむなしく、家来たちはバタバタと倒れていきました。
そして桃子自身も……。
ふわっと視界がホワイトアウトして、鉄棒で逆上がりをしたときのように真上の視界が一回転して、すぐに地面でした。
……それから長い間、桃子はなにか夢をみていたようですが、その夢がしだいにかすれ、眠っていたらしいことに気がついたあとも、桃子はしばらく目蓋をとじたままにしていました。どうやら、身体は布団にくるまれているようなのです。
桃子には状況がさっぱり呑み込めませんでした。
遠くからオルゴールの音色がきこえてきます。誰が鳴らしているのでしょうか、遠くからきこえます。部屋の外からきこえるようです。
なんのメロディだろう。
どこかできいたことのある曲だ……。
夢うつつの意識のなかで、オルゴールの音はすこしずつ遠ざかって行きました。
おかしい。オルゴールがじぶんで歩いていくわけないのに。
耳につたわる音がかすかになってきて、はじめてメロディの曲名がわかった気がしました。
すこし嬉しくて、かすかに唇をゆるませたかもしれません。
桃子は目蓋をまだ閉じていました。すると、その目蓋へむかって、なにかあつい感じがしました。
「――――、」
眼をあけると、目の前に瞳がありました。
となりで横になっていた親友のめぐみが、じっとこちらを見つめていたのでした。
つやつや透きとおる白い宝石のまんなかに、うすいぬばたま色の澄んだ瞳。すこしうるんで、きらきらひかっていました。
桃子は、まだ夢見心地の意識でぼんやりそれを見ていました。
「やっと、おきた?」
めぐみは、くすくす笑みを浮かべています。
「……ぐみちゃん?」
桃子がかすれた声でそう言うと、めぐみは何度かまばたきをしながら、
「ずっと見てた」
と言いました。
「……趣味わるいよ」
「おたがいさまよ」
布団のうえに、てんとう虫が遊んでいました。どこから入ってきたのでしょうか。赤に黒の水玉模様。ひさしぶりに、そのつくりものめいて見えるほどカラフルな虫の身体をみた気がしました。
「ぐみちゃん、さっき、オルゴールがきこえたね」
「さぁ……。夢じゃないの?」
「夢……?」
たしかに、夢うつつのなかの音色なのでした。
桃子は、夢だといわれて納得しました。ひどく綺麗な音でしたから。けれど、もうあの音は聴けないのか、そう思うと淋しく思いました。
めぐみは先に布団から這い出て立ちあがると、浴衣をととのえ、かるく前髪を指さきですいています。
障子のすきまから洩れる朝陽をあびて、髪の先端は琥珀いろに輝いていました。
健康的なふくらはぎが、桃子の目の前にありました。
しかし、目線をあげれば、浴衣からのぞいた胸元の手術痕は痛々しく、桃子は眼をそむけてしまいました。
「はやく、起きましょうよ」
めぐみが桃子の掛け布団を引きはがしました。
「もうすこし、寝ていたい」
と、桃子は枕を抱いてうずくまりました。
「だめよ。今日はみんなで太閤山ランドへ行く日じゃない」
あぁそうなのでした。
でも、ひどく、ねむい。
桃子は、急激におそいくる眠気にあらがうこともできずに、また眼をつむりました。
「死ね! 桃子!」
突如、怒声が響き、桃子は一瞬にして跳ね起きました。
ズドーンと巨大な杭のようなものが、一瞬前まで桃子が横たわっていた布団の上に突き刺さりました。
「これは幻ね!?」
桃子はとっさに、ふところを探りました。ありました、ありました。ちゃんと桃子はペロペロキャンディーを所持していました。
桃子はパラパラを踊りながら、その用具の赤と黄色の渦巻き模様にそって、指さきを滑らせていました。
渦巻き部分がバネ仕掛けのようにパカッと上方へ開き、中身のコンパクトミラーが光を反射しました。
桃! 百! 桃! 百! 桃!
そのような文字が、幻のしとねに浮かんでは消えています。
「鏡・ザ・ブレード!」
桃子がそう叫ぶと、手鏡から光が上方へとどんどん伸び、それはまるで光かがやく剣のようになりました。
桃子はその光の剣を構えると、半円を描くように打ち降りあげて、ニセめぐみを袈裟懸けに斬りました。
受傷するや、痛みのためにその神通力が薄れたか、みるみるうちに角が生えだし、鬼は真なる姿をあらわにしました。
「なんという桃子だ、なぜこのわたしがめぐみではなく鬼だと分かったのだ?!」
そのうめき声は、飛び散る激しい火花の音にかき消されました。
光の剣が次に鬼の胴体を突き刺したときには、その背中側から赤い火花がロケット花火のように激しく吹き上がりました。
桃子は剣を引き抜くと後ろへ向き返り、
「爆発」
と告げました。
鬼は爆発しました。
あっけないものでした。
その白煙が、薄暗い塔の内部をどんどん覆い尽くしていきます。
「わたしとめぐみの思い出をなんだと思っているの、鬼!!」
桃子は頬を伝うしずくを指さきでぬぐいました。
そうして、いつの間にか動物の姿に戻され、散り散りに横たわっていた家来の面々を介抱すると、犬、猿の2匹を脇に抱き、キジは頭にちょこんと載せて、ちょうど目の前に出現していた4階への階段を駆け昇りました。
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