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 果実
 〜フルーツ・ガール桃子〜

  第13話 「炎を見よ,殺人そば対決」

 ここまで大正時代の鬼退治の物語をご紹介してきましたが、いかがでしょうか。大正時代といえば、そうですね、この時代の穴水町で知られていたのが、台座法師の辛子そばです。
 台座法師の辛子そばは、普通のそばですと麺のうえに唐辛子を振りかけるところ、逆に、唐辛子の丸のままをゆがいた上に粉のままのそば粉を振りかけるという、一風変わった料理法でした。
 唐辛子は丸のままですと、マイクロサイズのピーマンというか、パプリカというか、そうですね、ししとうです。ししとうに似ていました。そして火のように赤い……。
 この唐辛子をできるだけ山盛りにして電子レンジにかけ、柔らかく温野菜風になったところで、そば粉をそのまま振りかけます。
 これが一名、穴水の台座法師辛子そばでした。
 大正時代でありながら、すでに電子レンジがあるというところにも、当時の奥能登地方の文化の開け方の早さがうかがえるというものです。
 亡くなった赤塚不二夫先生の「天才バカボン」でも唐辛子の上にウドンを1本だけ載せた料理が登場しますが、まさにそれのそば版というしかない……。
 桃子ら鬼退治の一党は、勇者である桃子以下、家来の犬、猿、キジ、そしてヒキガエル、これらはそれぞれが動物の姿になったままで、台座法師のそば店の前までやって来ました。
 茅葺きの屋根に、土壁。格子をはめた窓。わびさびを感じさせる古風な店構えです。
 現代であれば思わずカシャッと撮ってインスタグラムに載せたくなるところでしょうけども、当時はまだこのサービスは開設されていませんでしたので、当たり前ですけども、桃子はそれをしませんでした。とはいえ、桃子の性格上、たとえインスタがあっても、そういうミーハーなことには手を出さないかも知れないですね。
 週刊誌のインタビューでのことですけども、タピオカはあまり好きではないと発言していた、という誌面の掲載されている広報誌のバックナンバーを奥能登地方のとある図書館で見たような記憶もあります。
 たしかではありませんよ。
 ウィキペディアには載っていなかったですからね。
 あしからずご容赦下さい。
 さて、物語に戻ります。この台座法師のそば店、インスタに上げたくなるほど味わい深い店構え。そしてその引戸には、『激辛挑戦で1円プレゼント』と書いた貼り紙が風に揺れていました。
 もちろんこれは、台座法師の辛子そばに挑戦という意味でしょうね。
「激辛といえばピーチャンだけど、いまはキジの姿だしね……」
 こう桃子がつぶやくのに呼応してか、キジであるピーチャンはキジの姿のままでピーっピーっと鳴きながら、羽根をバタバタさせています。
 やや不満そうな様子でした。
 しかし、その直後に桃子の顔がぱあっと明るくなったんですよ。というのは、よく見ると、その貼り紙の横手に小さな紙に丁寧な筆致で『どうぶつのお客様オッケー』と書いてあるではありませんか。
 桃子はこれを目ざとく見つけるや、
「あぁっ!」
 と声をあげました。
「これはいいわ!」
 桃子は猿と手を取り合って、キャッキャッと飛び跳ねはじめました。犬もクーンクーンと足元にすり寄ってきます。
 のれんを意気揚々とくぐって店内に入ると、甚平姿の店の娘が愛想よく一行を迎えてくれました。
 西洋風の眼鏡がとても似合っています。
「いらっしゃ〜い、何名様ですか」
「人間はわたし1人で、あとは犬と猿とキジです」
「かしこまりました、そちらの後ろの方は?」
 後方のたたきの地面でヒキガエルがゲロゲーロ、ゲロゲーロと鳴いていました。
 桃子はチラッとそれを見やってから、
「知りません」
 と答えました。
「かしこまりました、なににします?」
「辛いそばがあるって聞きましたけど、それを」
「チャレンジしますか?」
「はい」
 桃子は肯首しつつ、案内された空席に腰をおろしました。
「出来上がるまで、お待ち下さいませ〜」
 甚平姿の娘は伝票に注文を記し終えると、眼鏡の奥でニコッと笑いかけました。
「がんばってねっ」
「は、はい……」
 がんばってねっ、という娘さんの笑顔を何度か反芻するうちに、感じのいいひとだな、と桃子は思いました。
 出された番茶をひとくち飲むと、甘味があり、なかなか美味です。
 一息ついて、桃子は店内をぐるり見回しました。
 するとちょうど、少し離れたテーブルにいた2人組のスーツ姿の男たちが、辛子そばを見事に食べ終わった様子でした。
 丼をドンと置き、
「おーい、ねぇちゃん!」
 男のうち1人が手をたたいて店娘を呼んでいます。
「あっ完食おめでとうございます!」
 いかにも気立てのよさそうな娘は、まるで自分のことのように喜びの声を上げました。しかし、当事者である男のほうは無表情。いいえ、むしろ機嫌の悪そうな目付きでした。
「なにを言ってるんだ? もう1杯だ、おかわりを持ってこい」
「わしもやぞ」
 スーツの男たちがこう要求したことに、店の娘はびっくりした様子で、
「えっもう1杯ですか?」
 と聞き返しました。
「そうだ、もう1杯だ。2杯でもいいな。足りねぇからよ」
 娘もさすがに、この拷問のような辛子そばを2杯も3杯も食べようという客は初めてでしたので、
「本当によろしいのですか?」
 と尋ねました。
「当たり前だろ、客の言うとおり持ってこい! 4杯だ!」
 男2人は物凄い剣幕で怒鳴りつけました。1人など、よく見ると上着の内ポケットに手を差し入れており、そのあたりがやけにふくらんでいて、なにかを隠しているように見受けられす。
 ハジキの可能性もありました。
 娘はピューッと戻ってチャッチャと丼を受け取り、すぐにおかわりが運ばれました。
 それを2人の男たちは、丼ごと鷲掴みにして口元へ傾けると、ガボ、バボと一気に流し込んでいきました。
 ネクタイも緩めず、です。
「食ったぞー」
 男たちはドスンと丼を置きました。
「はやくしろよ、もう2杯ずつだ、はやくしろ!」
「もう2杯ずつですか?」
「生意気言わずにはやくしろよ、このドスメロ!!」
 男はカラッポになった丼を娘に向かって放り投げました。娘はとっさに身をかわしましたが、丼は床に落ちてドバッと2つに割れました。
 娘が思わず涙目になっていると、厨房からスキンヘッドに作務衣を着た壮年の男が鉈を片手に出てきました。
 どうやら店主の台座法師です。
「旦那様、このお客さん変なんですよ」
 娘が眼鏡の内側を水滴で濡らしたまま法師に泣きつくと、
「わかっておる!」
 法師はもうカンカンに怒っている様子です。
「あんたら、舌がアンドロイドなんじゃないのか?」
 手に持った鉈を振り上げながら、台座法師は客の男2人に対して威嚇の目を走らせました。
 鉈の尖端を突きつけられた男たちでしたが、ひるむことなくカラの丼の1つを突き出すと、
「いいから、もっともっと出せよ」
 と要求しました。
 台座法師は無言で鉈をおさめて厨房へ戻ると、すぐにお盆に丼をたくさん並べて引き返してきました。
 そこまでいうのならと意固地になってきた様子で、食えるものなら食ってみろとばかりに無数の丼をズラリとテーブルへ並べていきます。
 ガボ、バボ。
 それらを2人のスーツ男は一瞬で平らげていきました。
 ほとんど丸飲みです。
 唐辛子の塊を、丸飲みです。
 粉のままのそば粉もかかっていて食べづらいと想像されるのですが、それなのに一口でした。
 食べ終わった丼がどんどん積まれて、まるでくるくる寿司のようです。
 桃子はすでに無言でパラパラを踊りながら、手にしたペロペロキャンディー風の道具の赤と黄色の渦巻き模様にそって、指さきを滑らせていました。
 渦巻き部分がバネ仕掛けのようにパカッと上方へ開き、中身のコンパクトミラーが光を反射しました。
 桃! 百! 桃! 百! 桃!
 そのような文字が、店内あちこちに浮かんでは消えています。
 男たちの表情に、にわかに戸惑いの色が混じりました。
「まさか貴様が桃子か!」
 犬がワン! ワン! と鳴いています。猿は生意気に腕を組んだポーズで、チラッと桃子のほうを見やりました。
「フルーツ・電気!!」
 桃子が叫ぶや、コンパクトミラーから青白いスパークが飛び、あっという間に鏡を向けられた2人の男の額との間が黄色い稲妻で繋がりました。
 2人は完全に感電して直立したままバチバチと踊り、その合間に、骨格がレントゲン写真のようにあらわに浮かび上がりました。
 その頭蓋骨部分に、明らかに角らしき突起が見える!
 やはり鬼だったのです。
 バチバチとスパークする光のなかで、すでに力尽きている鬼どもはなおも電気の力により身体を支配されて、立ったまま虚しく踊り続けました。
 やがて雷撃がやみ、衝撃が途切れたと同時に、2人の鬼はゆっくりと倒れ込みました。
 台座法師は両手を合掌させました。
 鬼に対する哀悼か、桃子に対する感謝のしるしか、あるいは両方だったのでしょうか。
「いやはや、お嬢さん、ありがとうございました」
 台座法師は桃子へ向かってスキンヘッドのこうべを深々と垂れたことでした。
 しかし桃子は冷静でした。
 鏡を持ちかえながら、
「あんたもそうでしょ?!」
 そう叫びながら、今度は鏡を台座法師へ向けたのです。
「なぜだ! わしは違う」
「こんなものがそばのはずがないわ! こんな辛子そばを出しているあなたは鬼よ!」
「き、決めつけるなギャー」
 すでに雷撃は台座法師のヘッドスキンへとバチバチと飛んでいたところでした。
 そして感電したことによって台座法師の骨が透けて見え、なんとやはり頭蓋骨には角がある!
 従業員の娘は、これを目の当たりにして、うーんと唸りながら気絶してしまいました。
 すぐに桃子は犬、猿、キジを引き連れて店を脱出しました。犬がワン! ワン! としきりに吠えたて、店内へ向かって顎をしゃくっています。卒倒したままの娘が残ったままだと指摘しているのですが、桃子は首を振りました。
「あの子は感じが良かった。だから、これも武士のなさけよ……」
 桃子は涙を浮かべながら、その古風なたたずまいの玄関口を背に、次のように宣告しました。
「爆発!」
 と……。
 これを合図に店のなかから火花が飛び散りはじめ、やがて膨張して堪えきれず破裂するかのように、店は恐ろしい爆風とともに一瞬にして炎上してしまいました。
 そのあとからあとから吐き出される煙をかいくぐりながら、キジがピーッ、ピーッと飛び回っています。
「まさか、こうまで鬼がはびこっているなんて……。鬼を皆殺しにするまで、わたしたちの旅は終わらないのよ……」
 桃子はそう独りごちながら、懐中から竹皮の包みを取り出しました。もちろんそれは、きびあんころ(津幡名物)でした。
 それを見るや、現金なもので猿も犬も喜色満面といった様子でキャッキャッワンワンと鳴きはじめました。
 かたわらで、ヒキガエルがゲロゲーロ、ゲロゲーロと淋しく鳴いています。
 桃子は家来たちの頭をかわるがわる撫でながら、娘の甚平姿を思い返していました。
 娘は、気絶しているうちに、なにがなんだか分からないうちに死んだはずだ……。そうであってほしい。こう桃子は願いつつ、うるむ目蓋を閉じたのです。


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*この小説は完全なるフィクションです。実在の人物・団体・地名・書籍名とは、なんら関係ありません。

  令和3年(2021年)5月31日 公開 (3)


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