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 果実
 〜フルーツ・ガール桃子〜

  第12話 「唖然、イカサマ雀荘」

 穴水の波止場からもほど近い一軒のめし屋……。
 軒に掲げられた木製の看板には『しめ んどう』と右から書かれ、実際に1階ではそれらの食事が供されてもいる、一見なんの変哲もない店のように見えましたが、この2階が闇の麻雀屋となっていたのでした。
 法外なレートのバクチが行われていたのです。
 もちろん非合法です。
 わけを知っている者だけがトイレ脇の薄暗いスペースにある梯子のように急な階段を2階へ上がり、秘密の雀荘へたどりつくことができました。
「どこへ行かれますか」
 ドアーを開けたところで立ちはだかっているチョッキ姿のマスターに、そのあまりにも小柄な来訪者は、
「雀のお宿アル」
 と告げました。
 マスターは、その客があまりにも幼いことをいぶかりつつも、暗号がたしかでもあることから、とりあえずといった様子で席へと通しました。
 その小柄な人影は、おだんご頭にチャイナ服。あどけない口元。正体はキジの鳥畠ピーチャンでした。
 奥の卓には、すでに3人がおのおのの席に腰掛け、残り1人を待っていたようです。
 マスターが盆に載せたおしぼりを渡しながら、
「レートは1000点5円ですが? 分かってますよね?」
 と告げました。
 ちなみに、5円といっても、この物語の舞台である大正の時代においては、現代でいう5,000円くらいの価値があります。つまりデカウーピン相当ということになりましょう。
 法外であり、誰がどうみても犯罪的なレートといえました。
「モチのロンでバッチグーアル」
 ピーチャンは手にした分厚い封筒のなかから、札束をのぞかせました。大黒様の図柄の10円札で、まず50枚はありました。
 おそろしい大金です。
「いいでしょう」
 マスターが頷き、ほかの3人も了承した様子で牌をかき混ぜはじめました。
 ジャラジャラジャラと小気味よい音が狭い店内に響き渡りました。
 対局者は、向かって左手の上家がつるつるのスキンヘッドに和服の見るからにやくざ風の男。対面も背広にサングラス姿で不気味な感じ。そして右手の下家は、これはなんとも下品な風貌の、髪はべたべた、無精髭に食べカスがベトっと貼り付いたような、脂ぎった中年男でした。
 しかし、この隠れ雀荘を知っているということは、ただのバクチ狂いではないということになります。
 ピーチャンの口のなかが、アドレナリンの味でいっぱいになりました。
 東1局、親は上家、左のスキンヘッドです。
 金色の指輪の光る指先でめくられたドラ表示は、7ピンでした。つまり8ピンがドラです。
 4枚ずつ順番に牌を取り合い、カチャカチャと理牌してみると、ピーチャンの配牌は順子がひとつ完成しているほか、2つ並びの数牌も複数あり、まずまず。しかし、字牌がやや多く、そのために聴牌までには手間取りそうな予感です。
「しかしかわいいねぇ嬢ちゃん、たべちゃいたいなぁ」
 下家の脂ぎった男がピーチャンの横顔を音がするほど凝視し、舌なめずりすらしています。
「たべたかったら、ちゃんとポンと発声するアル」
 ピーチャンは發を捨てました。
「じゃあ遠慮なくポンしちゃうよォ〜おじさん」
 下家の男は苔だらけの舌をベロォォーンと見せながら、その發をポンして横へ晒しました。
「だふふふふぎゅ」
 と鼻音を立てながら、おやじはピーチャンをニタニタ見ています。
「無視が一番アルね」
 ピーチャンは冷たいおしぼりで指さきを拭きました。
 一方、対面のサングラスをかけた男は寡黙な様子で、無言で盲牌しながらツモると、気にくわない牌だったのか、そのままバンと河へ切りました。
「ポォン」
 ピーチャンの下家の例のキモ男が、前のめり気味にそれを拾いました。
 なんとそれは白でした。
 1巡目から、一瞬にして下家は發と白を3つずつ揃えてしまったわけです。
 ピーチャンは困りました。まだ中が手のなかに残っているのです。
 このままでは中をもう1枚ツモって頭にするか、あるいは上がるのは諦めて降りるしかありません。
 そこでピーチャンは手牌の端っこに据えた中を手のなかに隠すと、下家のキモおやじがツモるために腕をのばしている影で、素早く自分の山のなかの1枚とすりかえました。ピーチャンの手付きは非常に素早く、ほとんど自分の山を揃えたようにしか見えなかったでしょう。
 入れ換えに手のなかへ来たのは8ピンで、うまく678の順子が揃い、それはしかもドラでした。
 そのあともサクサクと必要牌をツモっていき、一挙に聴牌。ピーチャンの当たり牌は、一萬と四萬の2面待ちです。
「通ればリーチアル!」
 ピーチャンは1000点棒をバシッと音を立てて置きながら、もう片方の手で上家の捨て牌のなかにあった四萬をさっと手のなかに隠し持ちました。
 ほかの3人は1ソコ、三萬、西と捨てましたので、これらはすべて通りました。
 そしてピーチャンのツモです。
「ツモれ〜」
 と声を張り上げながらグリグリと右手の指で盲牌しつつ、左手をテーブルの下へ隠しました。
 そして左手のなかの牌と右手の牌を素早く入れ換えて、ドンッと叩きつけるように卓へ起きました。
「うわっ一発ツモアル!」
 四萬がホカホカと湯気をあげています。ほかの3人の視線が集まりました。 リーチ一発タンヤオドラ1で、裏ドラも1枚乗って満貫です。
「満州アル〜」
「おじょうちゃん、すごいねぇ、ぼくちゃんねぇ、大三元だったんだよぉーん?」
 下家のおやじは言われてもないのに手牌を倒して、すでに中が2枚あることをアピールしました。
 やはり奴は、大三元だったのです。
 ピーチャンは、にっこりと微笑みながら、
「惜しかったアルね」
 となぐさめました。
 なんと優しい子なんだと完全に骨抜きになっている下家をよそに、山がどんどん崩され、ジャラジャラとかき混ぜ始まりました。
 東2局。
 親はピーチャンです。
 ピーチャンは牌を裏返しながら字牌がひとかたまりになるように選り集めていきました。
 そして他家が山を詰み終わる頃合いに、あらかじめ2、3の目を上にしておいたサイコロを卓の上で横に捻りながら滑らせました。
 振ってはいないのです。
 当然に2、3の目で5になります。
「自5アル」
 ピーチャンは自分の山の右から5列10枚を横へずらすと、最初の4つを手に取りました。東が3枚、南が1枚です。ほかの3人が次々4枚ずつ取っていき、またピーチャンの番。今度の4枚は南2枚に北が2枚でした。これらは最初から、その部分にピーチャン自身が仕込んでいたのです。
 ただ、ここでピーチャンの山からは全て牌がなくなりますので、次の4枚は上家のスキンヘッドの山からの受け取りになります。
 ピーチャンももちろんそれは承知しています。
 ピーチャンは右手をのばして左側の山から4枚を取り、そののばした右腕の下に隠れる王牌のうちの左端4枚をひそかに左手で覆うと、右手に取った上家の山からの4枚は自分の王牌の右側に接続し、それと同時に左手に隠した左端4枚のほうを王牌から抜きつつ、同じ左手の人差し指でたくみにドラをめくりながら手のうちへ引き入れ、配牌に加えました。
 これらはほぼ1秒で同時に行われました。
 王牌から抜き取った4枚は、北1枚と西3枚でした。
 これで、東、南、西、北が3枚ずつ12枚揃ったわけです。
 ピーチャンは最初からそうなるように詰んでいたのです。
 最後にチョンチョンで凸型を作るように左手の山から2枚をつまみました。それは白と5ピンでしたので、迷わずピーチャンは5ピンを第1打としました。
 次に下家のキモ脂おやじが1枚ツモって、カチャカチャと入れ換えると九萬を捨てました。字牌が少ないのでラッキーとでも思っているのでしょうか。
 対面のグラサンも、1枚ツモって、端っこから白を捨てました。
「あーっ、ロンアル!」
 ピーチャンはすぐに牌を倒しました。
「大四喜、字一色、四暗刻単騎アル〜」
 対面のグラサン男は、しばらく固まっていましたが、にわかに立ち上がって唸りはじめ、ついに怒鳴り声を上げました。
「ふざけんなよ、そんな手があるか、イカサマこきやがって、てめえなめてんのか!!」
「そんなぁー、ほんとに上がったアル、なんで、ちゃんと上がって、そんなに言われないといけないアル?」
 ピーチャンは涙ぐんで上目遣いを見せました。
「このガキ、どうやら俺が鬼だということを教えて欲しいらしいな!!」
 対面の男はサングラスを外すと、見る見るうちに姿を変えていきました。
 驚くべきことに上家の男も同じで、いつの間にか角が2本、スキンヘッドから生やしています。
 対面と上家は、なんと鬼だったのです。
 下家の脂ぎったキモ男だけは違うのでしょうか、
「ギエーッ、たすけてぇー」
 と泣き出しました。
 すぐに店のマスターが走ってきましたが、2人の鬼が正体をあらわにしているのを見るや、なんとマスター本人もニョキッと角を突き出して本性を表しました。
「ガキが俺たちの麻雀屋でなにイカサマしてんだよ!」
「鬼相手にイカサマしやがって!」
 3匹は卓をひっくり返しました。牌がバラバラと滝のようにピーチャンや脂おやじの身体へ降り注ぎました。
「おやじ、あんたは隠れるアル! 鬼はわたしが……」
 ピーチャンは、身をかがめて亀になっている脂おやじを無理やり立たせようとしました。
 すると亀おやじは、
「その必要はない!!」
 と言い放ちました。
 そして、その自らのキモい面の皮を鷲掴みにして、引きちぎるように破りました。
 な、なんと破れた皮の下から、桃子の可憐な顔が出てきました。
「どしゃー、桃ちゃんアル?!」
「ピーチャン、1人で危ない真似はやめるよう言ったでしょ?」
「はいアル、ごめんアル桃ちゃんー……」
「ふふ、ごくろうさま! あとはわたしに任せなさいね!」
 桃子はその場でパラパラを踊りながら羽織から柄のついたペロペロキャンディー状の用具を取り出し、その渦巻き模様にそって指さきを滑らせていきました。
 渦巻き部分がバネ仕掛けのようにパカッと開き、鏡になりました。
 桃!
 百!
 桃!
 百!
 桃!
 そのような文字が、空中に浮かんでは消えています。
 桃子は3匹の鬼どもにその鏡面を向けました。
「フルーツ・ミラクル! 鏡ボンバー!」
 桃子が叫ぶや、柄のさきの鏡面から透明な膜のようなものがみるみる膨らみだし、それはシャボン玉のように丸くなって、ついに鏡から離れて宙を漂いはじめました。
 そのシャボン玉が3匹の鬼たちの身体に触れるや、ジュワーとその皮膚を浸食し、白煙が上がりました。
「と、とけるぅー」
 桃子は、ドロドロと溶けゆく皮膚を手ですくいながら苦しんでいる鬼どもに背を向けました。
「爆発」
 桃子が宣告すると、鬼どもの肉体から火花が飛び散りはじめました。
 そして桃子の身体が1cmほど横へずれると同時に──3匹の鬼たちは爆発しました。
 そこから上がった火柱が雀荘の天井を吹き飛ばし、爆発が爆発を呼んで、雀卓もなにもかもが爆風に巻き上げられました。
 2階建ての店舗は猛火に包まれ、『しめ んどう』と書かれた看板も音を立てて落下し、それをも炎がなめつくしました。
 桃子とピーチャンは、燃え盛る店の建物と鬼どもの末路を見つめながら、きびあんころ(津幡名物)をモチモチとつまんでいました。
「食べたの、2人にはヒミツだよ?」
「モチのロンある!」
「それはおモチろい!」
 やがて火事場はガラガラと崩れ落ちて、形を失いました。
「卑怯な鬼どもめ……絶対に許さない」
 桃子は、羽織の桃の紋様に手をあてて、誓いを新たにしていました。


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*この小説は完全なるフィクションです。実在の人物・団体・地名・書籍名とは、なんら関係ありません。

  令和3年(2021年)5月24日 公開 (3)


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