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 果実
 〜フルーツ・ガール桃子〜

  第10話 「栄光の恐竜伝説」

『嘆きたまいし 碓氷山 うがつトンネル26 夢にもこゆる汽車の道……』
 長野県の県歌「信濃の国」では長野・群馬の県境にある碓氷峠についてそのように唄われていますが、ここ門前町と輪島市との境にあたる地点にも、かつて交通の難所として恐れられた円山峠が存在しています。
 いまは1つのトンネルによって穿たれていますが、その昔は標高300mの起伏に富んだ山地に沿って狭いつづら折りの道が続き、「魔の坂道」とも呼ばれていたのです。
 そんな円山峠に「夢にもこゆる」トンネルの道が完成したのが、平成5年(1993年)8月12日のこと。全長1259.5mの「中屋トンネル」の開通でした。これにてようやく嘆きの坂道も平坦なるトンネルの闇のなかとなったわけです。
 このトンネルの工法は、オーストラリアのラブシェ・ビッツ博士が新しく開発したものだそうで、近年では山岳トンネルの標準工法として採用されてもいるということです。
 さて、その円山峠にまだトンネルが穿たれるよりもはるか昔──今度はこの物語の舞台である大正年間のことになります。
 その頃、円山あたりの峠道で岩盤にツルハシを入れ、ひたすら孤独に土を掘り進めていた人がいたのです。
 といっても、トンネルのように横へ横へ、ではありませんでした。その人の掘り進める方向は、縦へ縦へ、でした。
 この人物こそ、大正時代、恐竜文明を白日のもとに発掘しようと考えていた稀代の奇人・ザウルス竹田、その人です。
 ザウルス竹田と実際に会ったことがあるという門前町の古老が、平成5年(1993年)頃、ある地域の公民館の館報にかれについてのことを記した文章を寄せています。
『……私がザウルス竹田に会ったとき、私は恐竜に興味のあるただの子どもでした。
 ザウルス竹田は私に言いました。
「わしは、恐竜をハンバーガーに挟まれたピクルスのように一般的なものにしてやるのだ」
 と。
 ザウルス竹田はまた言いました。
「日本海に惑星が落ちてきたことがあるんや。それで日本海は深くなった! ほれで海が隆起して、陸を海が襲って、能登が黒い海に覆われた、もしそんなんなったら逃げないかんよ? 人のことはいいから逃げないかんよ自分が。ほやろ。そしてぇ〜え、ほれで恐竜が死ねたんや、ほやろ」
 ザウルス竹田は、これは自分が掘り当てたものだが、と前置きしながら、新聞紙にくるまれていた白い固まりのような何かを机の上に置きました。
「これが恐竜の卵」
 一見すると石膏か紙ネンドで作ったらしいそれは、たしかに卵の形をしていて、ところどころヒビも入っていたようには記憶しています。
「こういう卵がいくつか埋まっておるのや、この円山に。ほやろ。つまりここは恐竜王国の古墳のようなものなんやね、能登は恐竜の王国だったんや、ほやろ?」
 ザウルス竹田は、今度は壁際へ移動し、貼ってある石川県地図を指差しました。
「能登半島を地図で見てみろ、恐竜そっくりであります。鼻が珠洲のここ、口がここの七尾湾や。ほやろ。ガボーンと開けとるやろ口を。吠えとるわけやね、ここの口のところから火の玉を吐いているわけ。ほやろ?」
 ザウルス竹田は地図に描かれた能登島のあたりをトントンと指差しながら、つくづくそう語ったことでした。』

 そのザウルス竹田がいま、なんと門前の役場前の広場で暴れていました。
 しかも、おそるべき凶器──拳銃を片手に、なんの罪のない町娘を縛り上げているのです。
 娘は門前の竪町通りの荒物屋さんの看板娘でした。
 可哀想に、ちょうど能興信用金庫のATMに両替金を下ろしに行こうとした道すがらを、ザウルス竹田は卑劣にも拉致したのです。
 大正時代にATM(現金自動預払機)など、あるわけがないと思ってしまいますよね、しかし、それは今回の物語とは関係がありませんので、ちょっとそっちへ置いておきませんか?
 桃子と犬、猿、キジの一行は、町娘拉致の知らせを受けてすぐに役場前広場へ駆け付けたのですが、しかしそれは少なからず遅かったというしかありませんでした。
 町娘は見るも無惨に荒縄で拘束され、その縄を片手に掴んだザウルス竹田は近付く者に銃口を向けては威嚇し、すでに誰も手出しできない修羅場となっていました。
 集まった群衆たちも、なにもできませんでした。あくまで野次馬に過ぎず、傍観しているだけです。
 町娘は縄の猿ぐつわのために唇の端を鮮血で染めながらも、もはや泣きつかれて猿ぐつわなどされなくとも、もとより喋る気力すら喪失している様子でした。
 桃子は歯噛みしつつも、役場の高い塀を背に人質とともに広場を陣取るザウルス竹田を見据えました。
「ザウルス竹田さん、あなたの要求はなんなの?!」
 桃子が声を張り上げると、ザウルス竹田はそちらに拳銃を向けながら、
「せっかくあのぉ〜能登に観光をもたらしてあげようと思ったのに、あんた観光ってどういう字を書くかしっとるか、光や、しかし光なんてないんや、光なんてな元から存在せん、水商売みたいなものや! 嘘でもアレでも、人がきてくれてからや、お金を持っとる人がきてくれてから! あとは人がきてくれてから考えればよいがや!」
 と、まくしたてました。
「ちっ、ワケのわからねぇことを言ってやがる」
 いつの間にか、人間の姿に戻っていた犬──金子猫一郎が吐き捨てました。
「ザウルスさん! けっきょく要求はなんなのです、あなたの要求は!?」
 これも人の姿に変わった猿──佐去佐曲が我慢しきれずに問いました。
 するとザウルス竹田は、
「龍の穴を観光案内書に載せろ! 龍の穴を観光案内書に載せろ! 載せたらワシが恐竜伝説を実現させてやるちゅうんや、何度も言うとるけどいや!! 載せろ! 龍の穴! 町長にそう伝えろ、町長に! 次席でもいいわ!」
 と、まくしたてました。
「龍の穴……?」
 首をかしげる桃子に、やはり人間に姿をかえていたキジ──鳥畠ピーチャンがこうささやきました。
「ザウルス竹田は、円山峠で恐竜を発掘しようとしていたアル。その穴のことアルよ」
「おい聞いとるんか! 動くな!」
 ザウルス竹田は拳銃の銃口を町娘のこめかみにギュッと押し当てました。
 町娘の着物の裾からのぞくまっすぐな素足に、とめどなく水が流れはじめ、したたり落ちました。
 ついに飛び出したのは桃子でした。
「それ以上のはずかしめはやめなさい!」
「町長にあわせろぉ〜!」
 ピストルの銃口が桃子を追いました。
「町長はあんたなんかには会わないって言っていたよ!」
 銃声!
 ピストルが何発か発射!
 凶弾はついに放たれてしまったのです。
 群衆がオー、シットと叫んで逃げ出します。
 かろうじて弾は誰にも当たらなかったようでした。
 それは幸いでしたが、ザウルス竹田はすぐにも次の引き金を引こうとしている!
 そこで、ワン! と威勢の良い掛け声が響きました。
 猫一郎でした。
 犬の猫一郎がとっさに口から吹き出した吹雪が、見事にピストルを包み込みました。
 ピストルは先端から凍りつきました。
 そして、粉々に砕けました。
「よし! 見たアルか! 犬の猫ちゃんの吹雪は−196℃アルよ!」
 ピーチャンが、まるで自分のことのように得意気に言い放ちました。
「おのれぇ〜」
 拳銃を失って、やけになったのでしょうか。ザウルス竹田はその身体をみるみる変えていきます。
 顔は緑に、腕はウロコだらけに。口からは牙がのび、しかも舌が凄く長い。
 ついに、角が生えはじめ、明らかな鬼と見てよい風貌に変身し終えました。
 皮肉にも、かれが発掘を夢見ていた恐竜王国の主人であるかのような、一名、鬼ザウルスと呼べるような威容でした。
 しかし、桃子はまるでそれを無視するかのように、その場でパラパラを踊り始めています。
 さかんに両手両腕を使って踊りつつ、桃子は羽織から柄のついたペロペロキャンディー状のなにかを取り出し、その手に保持しました。
 ペロペロキャンディー状といいましたが、本当にキャンディーであるかのように、柄のさきには赤と黄色で渦巻き状になった丸いものがありました。大きさはちょうど回転寿司屋の皿くらいのサイズでしょう。
 桃子はその渦巻きにそって、指さきを滑らせていきました。するとその渦巻き部分がバネ仕掛けのようにパカッと上方へ開きました。渦巻き模様のある面は蓋だったのです。中身は鏡で、それはコンパクトミラーでした。
 桃子は、緑色のトカゲのような鬼めにその鏡面を向けました。
 桃!
 百!
 桃!
 百!
 桃!
 そのような文字が、空中に浮かんでは消えています。
 広場に集まった野次馬の誰もが、その文字を見ていました。
 それは実際に空間に投影されたものではなく、人々の網膜に直接、焼き付いたものだったのかも知れませんでした。
「フルーツ・ミラクル! 鏡の刺身!」
 桃子が叫ぶや、鏡から光線が一瞬でのび、鬼ザウルスのウロコに包まれた硬い皮膚も、みごとに貫かれました。
 桃子は断末魔の声を上げている鬼ザウルスに背を向けました。
「爆発」
 そう桃子は宣告しました。
 そして鬼ザウルスのウロコから火花が飛び散りはじめ、桃子の身体が2cmほど横へずれると同時に──ザウルスは爆発しました。
 その爆風が役場の背の高い建物すらも全て包み隠します……。
 そこへ、町長がATMの透明なドアーをガチャっと開けて出てきました。
「ありゃ?」
 町長はキャッシュカードを財布へ仕舞いながら、とぼけた声でキョロキョロ見回しています。
「なんや?」
 すりガラスになっていて分からなかったのですが、じつはずっとATMのなかにいたようでした。明細票の数字と群衆をかわるがわる見比べています。
「町長〜」
 群衆がワーっと町長のもとへ駆け寄りました。
「なんじゃ、なんじゃ」
 町長はわけもわからないうちに町人たちに抱え上げられ、わっしょい、わっしょいと宙を舞っていました。
 その胴上げは、いつまでも続きました。
 しゃがみこんで独りで泣いている町娘の縄をほどきながら、しきりとなぐさめる言葉をかけ続けている桃子たちの姿とは対称的でした。


 → 第11話「サンクトペテルブルグから来た女」へ

*この小説は完全なるフィクションです。実在の人物・団体・地名・書籍名とは、なんら関係ありません。

  令和3年(2021年)5月8日 公開 (3)


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