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 の少女ガール

  第8話 「暗転! 日曜日のドライブ」


 今日は日曜日です。綾子は親友のめぐみの家族に誘われ、ドライブに出掛けました。
 ハンドルを握るのはめぐみのパパ。車はミニバンタイプの乗用車、ホンダ・オデッセイです。
 このタイプの車は昔はライトバンといったものですが、最近はオシャレにミニバンということが多いですね。
 車は小矢部市から高岡市へ入り、ちょうど『国道の渋滞は能越道無料化で始めから拡張は全く無!』と書かれた看板のあたりを通過しました。
「爽快なドライブね、綾ちゃん。弟くんも来れば良かったのに……」
 後部座席に並んで座っためぐみが言いました。
「ケリーね、ゆうべドラクエ2の復活の呪文が間違ってて今日一日で遅れを取り返したいって言って聞かないのよ」
 それを聞いためぐみのパパが、ルームミラー越しにチラッと2人を見ると、
「弟くんはドラクエ2をやってるのかい、渋いね」
 と言いました。
「そうなんです、変わってますから」
「私は最近、摩訶摩訶というソフトを始めたんだよ、綾子ちゃんの弟とは、話が合いそうだね」
 ホホホホホと助手席でめぐみのママが笑っています。
 この先、車は高岡インターチェンジから能越自動車道に乗り、氷見を目指すことになりました。
 めぐみのパパは私立高校で英語の先生をしているそうで、その運転は非常に慎重でした。
 めぐみが後部座席で綾子と食べていたソフトせんべいの袋から1枚つまんで、はいパパと渡しても、
「パパは運転中だから、片手になっちゃうでしょ。あとで貰うね」
 と断り、
「めぐみの気持ちだけもらっておいたよ」
 とフォローも欠かしませんでした。
 それほど真面目なパパなので、横断歩道があれば人がいなくとも徐行し、人がいれば必ず停まりました。
「ぐみちゃんのパパは優しいんだね」
「そうかな?」
「そうだと思う」
 あまり感心したので正直に伝えた綾子でしたが、めぐみのパパは、ハハハハいやいや……と顔を前に向けたまま照れるだけでした。
 そうしてめぐみのパパは半分照れ隠しのように、隣の助手席にいるめぐみのママに、
「道路が広くなってきたね」
 と言うと、ハンドルをくるくる回して車を右車線に入れました。
 すると後ろからビーーッと警音器の音が聞こえました。
「あらあなた……」
 めぐみのママがおろおろとパパを見ました。
「パパ、クラクション鳴らされた?」
「ああ、めぐみちゃん心配ないんだよ。パパが前に入ってきたのが嫌だったのかな? ハハハハ」
 そのあともパパは右車線を終始ゆっくりと走り、交差点にさしかかるとちょうど黄色に変わり始めたので、少し強めにブレーキを踏みました。
 なんと、またビビーッと警笛の音。
「あなた、またよ」
「どうしたのかねえ、ハハハ」
「パパこわいよ……」
 めぐみの表情がみるみる曇り始めたことに綾子も気づきました。
 左側の車線の車は、信号機がもう黄色も終わって赤に変わりかけているというのに、まだ2台、3台とかまわず直進していきます。
 赤信号なのに、と綾子は思いました。
 歩行者信号が青に変わり、車の目の前を右へ左へ人々が渡っていきます。
 その歩行者信号が短い現示を終えて点滅をはじめ、赤に変わりかけたとき、杖をついたお婆さんが右手からよろよろと渡り始めました。
「おばぁちゃん大変だね、待ってあげようね」
 めぐみのパパは誰にともなく、優しげに言いました。
 おばぁさんは完全に歩行者信号が赤になっても、ゆうゆうと自分のペースで渡っていき、やっとのことで綾子らの車の前を過ぎました。
 そこでビービーーー! とまた警笛の音が聞こえました。綾子とめぐみのすぐ後ろ、後方の車からです。
「あなた……」
 とめぐみのママ。
「なにをあせっているんだろうね、おばぁちゃんはまだ渡っているのだから……」
 と、これはめぐみのパパ。
 左の車線にいた軽トラックは、おばぁさんが渡り終えるか終えないかギリギリで車をスタートさせ、その鼻先はおばぁさんの足元スレスレでした。
 めぐみのパパは完全におばぁさんが渡り終えて左手の歩道に足を着け、やれやれとばかりに背筋を伸ばしたのを確認してから、ようやく慎重な手つきでギアーを入れ、左右を1秒ずつ確認してからしてから少しずつアクセルを踏みはじめました。
 と、その直前を、ビビビーッと激しくクラクションを鳴らしながら車が追い越してきて、綾子たちの車の目の前を割り込んで行きました。
 しかも、そのあとからも同じように車がまた1台。今度は警笛こそありませんが、その車はブレーキランプを激しく点滅させ、なにかを警告しながら去っていったように見えました。
「パパ、こわいよ……」
「大丈夫だよめぐみちゃん、パパはゴールド免許だからね」
「あの車のひと、なにをあんなに怒っていたのかしら?」
 めぐママが明らかに取り乱した様子でめぐパパの左手に手を重ねています。
「分からない……、ひどく怒っていたようだったが、どうしてあんなに怒っているんだろうな?」
 めぐパパは時速30km/hの慎重な運転で車を進めていきます。
 左側の車線を次々とほかの車が追い越していき、多くの車は綾子らの車のすぐ前に入ってきては、どの車も一気に見えなくなっていきました。
「そろそろ八塚町を出てから2時間になる……小休止しよう」
 一行は高岡インターチェンジに上がる前に、手前にある「道の駅万葉の里高岡」で休憩しようということになりました。
 さて駐車場に車を停めると、なんと、風体の善しからざる60過ぎの男性がノシノシと寄ってきました。
 上半身こそ、しわの寄ったツイードの背広を羽織っていますが、なぜかズボンはずいぶん昔に買ったらしい汚れたジャージで、履き物は黒いゴム長靴です。
 男性はくわえタバコを指に挟むと、
「おい! てめえか、さっきのライトバンは!!」
 と怒鳴り散らし始めました。
 めぐパパはしかし冷静な様子で後部座席の2人を振り向きながら、
「あおり運転だ、ぜったいに外に出てはだめだよ」
 と言い含めました。
 ところが、綾子は素早くドアロックを外すと、スライドドアを勢いよく開けてしまったのです。
「あっ綾子ちゃんだめザマス!」
 めぐママが身をのり出して綾子を止めようとしましたが、それは無理というものでした。
 綾子は前方へ1回転しながら車から飛び降りると、男性に飛びかかり、その汚れた指からタバコを奪い取りました。
「なにする!」
「わたしはタバコが嫌いなんだ!」
 綾子が男へタバコを勢いよく投げ返すと、そのタバコはちょうど男の口のなかへ転がり込みました。
「ぐええーっ!」
「公共の場でタバコを吸うやつ、許さないよ!」
 綾子は素早くカスタネットを手に取ると、カチ、カチ、カチと打ち鳴らしました。
「花開く! フラワースタート!」
 綾子の細い身体の輪郭が、かつて見たことのないような数百種類の色彩に彩られ光りはじめました。
 綾子がくるくるとその場で回転するとともに、虹色の身体に布状のものが巻き付いていき、自然にそれは着衣になっていました。
 花! 華! 花! 華! 花!
 と車に乗っているめぐみやめぐパパ、めぐママの眼には見えたことでしょう。
 それは網膜に直接焼き付いた像でなく、脳に入った波形のようなものの断片が、視神経を通じて視野にそのような文字を見せているのかも知れませんでした。
「わたしは花の少女ガール綾!」
 そして赤色のマスクで隠した凛とした眼差しを男へ向けました。
「異星人にマナーはないんだね!?」
「なにっ?!」
「マナーはないんだろ、異星人には!!」
「そうだよ、たしかにワシは異星人だ。……おまえら地球人をおびえさせたりイラつかせて車に乗る気を失くさせ、ついには地球上から交通の自由を奪うという計画だったものを……」
 綾子はそんな口上は聞いていませんでした。すでに手の平からこぼれたように、あふれる無数の花びらが襲撃を待っています。
「わたしは公共の場所でのタバコのことを言ってるのよ!」
 叫んだ綾子の命を受け、花びらはまるで意思を持った蝶かなにかのように舞い、一直線に男の胸を貫きました。
「ぐわあー!」
 男の胸から噴出する赤いガスのような気体。
 倒れた異星人は、まるでアイスクリームが溶けるようにドロドロと形を失っていき、やがてただの水溜まりになって広がりました。
 残忍なる異星人にはぜったいに容赦しない花の少女ガール綾でした。
「綾ちゃん! 綾ちゃん!」
 後部座席の窓が開き、めぐみがしきりと呼び掛けています。
「ぐみちゃん、ちょっと待っててね、お手洗いで着替えてくるからね……」
 綾子は足早に道の駅の建屋へと消えていきました。
「綾ちゃん……」
 めぐみは、あっけにとられている様子でした。それは助手席に座っているママも同様といえました。
「そうか、少女ガール綾か……」
 パパだけは正面を向いたまま、きわめて厳しい表情で綾子の後ろ姿をうかがっていたのを、このときめぐみは気付いたでしょうか。


 → 第9話「悪の体育、戦え死の暴力ドッジ」

*この小説はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。

  令和2年(2020年)3月8日 公開 (4)


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