038−2
花の少女ガール綾
第2話 「謎の転校生」
その日の6年2組は転校生が来るという噂で持ちきりでした。
綾子もまた、となりの席のめぐみと、女子なのか男子なのか? 容姿は? 性格は? と、あれこれ空想も交えて転校生の人物像に思いをめぐらせていました。
チャイムが鳴ったあとも、担任の森先生が来るのは遅く、おそらく転校生を引率してクラスまでの経路や特別教室の場所なども含め、案内がてらに向かっているのだということは容易に想像できました。
と、ドアががらりと開いて、私服姿の少女がつかつかと教室へ入ってきました。
担任の森先生の姿は見受けられません。
女の子は教卓の前に立つと、
「富山県から来ました、夢本りずむです」
と言いました。
一瞬静まっていたクラスが再びざわめきたちました。
「森先生はどうしたんでしょう?」
隣席のめぐみが首をひねるまでもなく、男子らが
「先生はどうしたんだ」
「お前だけか」
と声を矢継ぎ早にあげました。
なかでも、ガキ大将の山黒がひときわ大声で、
「先公がいないなら、こっちのもんだ」
と言い放つやいなや、勢いよく立ち上がって飛び出しました。
夢本りずむの私服のプリーツスカートに、山黒の太い腕がのびます。
「アイヤー、ギャーオー!」
しかし叫んだのは山黒でした。
山黒は雷に撃たれたかのような叫び声とともに、その場に倒れました。
最前列の金子、大浦が椅子ごとのけぞるようにして音も荒々しく廊下へと逃げ出しました。
「死んでるぞ!」
山黒は黒く焼けただれた相貌から白い眼を見開いたまま息絶えていました。
それでもう児童は蜘蛛の子を散らすようにワッと逃げ出しました。
しかし綾子は残っています。
「綾ちゃん、逃げないと! 逃げないと、綾ちゃん!」
その間にも、夢本は無表情のまま一番後ろの綾子の席へと向かってきます。
「夢本さんといったね?」
綾子は臆することなく、毅然とした態度で問いました。
「先生はどうしたの?」
かたわらではめぐみが震えながら綾子の腕を握っています。
もうこのタイミングになってしまえば、逃げることはできません。
けれど綾子は冷静でした。不思議なほどに。ゆっくりとした手つきで机の横にかけた小物入れからカスタネットを取り出すと、これを打ち鳴らしました。
「花開く! フラワースタート!」
綾子の細い身体の輪郭が、見たことのない虹のようなさまざまな色彩に彩られて光りました。
子どもの頃、目を閉じると幾何学模様のような帯のような青や黄色のギラギラしたものが万華鏡のように輝いていたことを憶えているでしょう。光はそれと似ていました。
綾子がくるくるとその場で回転するとともに、虹色の身体に布状のものが巻き付いていき、自然にそれは着衣になっていました。
そして同じように、きらびやかな糸が絡まりあい、いつしか赤い仮面となって、綾子の可憐な素顔を覆いました。
花! 華! 花! 華! 花!
とめぐみの眼には見えました。いいえ、それは網膜に直接焼き付いた像でなく、脳に入った波形のようなものの断片が、視神経を通じて視野にそのような文字を見せているのかも知れませんでした。
詳しいことは分かりません。
「綾ちゃん!」
めぐみの呼び掛けに綾子は静かにこう答えました。
「わたしは花の少女ガール綾!」
そして覆面で隠した眼差しを夢本りずむへ向けました。
「宇宙人! 先生を……」
言うが早いか、綾子の手の平からこぼれたように、あふれる無数の花びらが、まるで意思を持った蝶かなにかのように舞い、一直線に夢本りずむの胸を貫きました。
「うぐぐーっ!!!」
夢本りずむの胸から鮮血がほとばしりました。
いえ、違います!
血ではない!
赤いガスのような気体が、シューと音をたてて噴出しました。
ムラサキキャベツのように真っ青な肌に、赤色の歯、赤色の目玉。その場で倒れ、動かなくなった夢本りずむは真の姿をあらわにして、まるでアイスクリームが溶けるようにドロドロと形を失っていき、やがてただの水溜まりになって広がりました。
めぐみもまた、気を失って倒れていました。
綾はめぐみを抱き寄せて、みだれた前髪を指さきでととのえてやりながら言いました。
「森先生は……、いまの異星人に殺されたのよ……。ぐみちゃん、あなたは私が守る」
その頃、月の裏側ではスタミナ星の暗黒長官、ワルバーガーがTVモニターを殴りつけていました。
「おのれ、花の少女ガール綾め……、あのドスメロさえおらんければ、金沢はわしらスタミナ星人が侵略できたというのに……!」
ワルバーガーはガラスの刺さった拳を青色の舌で舐めると、
「地球はワシの手だ!」
と高笑いしました。
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