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花の少女ガール綾
第14話 「魂の音楽、うたごえの力!」
音楽。
とても興味深い授業です。
なぜ音楽を学ぶ──歌や楽器の訓練をする必要があるのかを、皆さんも一度は疑問に感じることがあるのではないでしょうか。
想像するに、音楽の授業は、合唱や器楽による合奏を通じて、社会との繋がりにおいて絶対不可欠な協調性や、一体感といった精神面を養うのが目当てなのでしょう。
その日、学校が終わって帰宅した綾子は、おやつにフルーチェを作っていました。
味は綾子の好みのストロベリーです。ボウルによく冷えた牛乳を注ぐと、それはプルプルに固まりました。
そこへ、弟のケリーが後ろから抱きついてきました。
「なによケリー、ひじ打ちするよ!」
「お姉ちゃん、音楽の叫木先生ひどいんだよ!」
ふざけているのかと思った綾子は、ケリーの深刻げな金切り声を意外に思って、振り向きました。
乳白色の頬を紅潮させているのは分かりますが、目元は金いろの前髪に隠れて見えません。
しかし泣いている可能性は高いように思われました。
ケリーの言うことには、こうでした。
今日の4年生は2クラス合同で連合音楽会へ向けて練習を行っていたそうなのですが、そこで叫木先生は、
「一人だけ歌ってない子がいる、ケリー、あなたよ!」
と決めつけ、2クラス全員の前でつるし上げにしたというのです。
もちろんケリー本人は声を出して歌っていたそうです。
それがなぜ、そのように言われなければならないのか、なぜ先生には自分だけが歌ってないと認定できるのか、というようなことをケリーは切々と訴え、嗚咽しました。
綾子のクラスも音楽は同じ叫木運子先生です。叫木先生が合唱の指導に熱心で、音程や発声にも非常に厳しいことは綾子も承知していましたが、いままでは、そこまで変な様子はなかったのですが……。
もしかしたら、叫木先生は異星人と入れ替わっているのかも知れない。
綾子はそう直感しました。
それはもう、脳のなかにパチッと火花が通じて電気が流れたかのようでした。
「ケリー、フルーチェ食べてて。お姉ちゃんね、行くところができた」
「ぬか漬け食べたいよ!」
「なら食べていいよ、冷蔵庫ね」
「グッド!」
現金なもので、もう泣き止みました。
綾子はトイレに入ると鍵をかけ、カスタネットを取り出しました。
「ライドオン! フラワー・タクシー!」
綾子はトイレの窓から飛び出して、巨大な花びらに着地しました。あたかも花びらはそこで待っていたかのようでした。
いえ、たしかにそこで待っていたのです。綾子のカスタネットによって、花びらはタクシーのように呼び出されたのでした。
花は綾子を乗せて空を走りました。
行き先は小学校です!
綾子は花びらからジャンプして屋上へ下り立つと、4階の音楽室へ直行しました。
音楽室ではだれかがピアノを弾いているようでした。
部屋が近づくごとに、ピアノの音色は近くなってきます。
綾子はそのメロディーがすぎやまこういち先生の作曲した「エレジー」であることに気付きました。
ドラクエ4のアッテムトの町で流れる音楽です。
ガラッと音楽室の引き戸を開けると、黒光りするグランドピアノの鍵盤に向かっているのは、思った通り叫木運子先生でした。
先生は鬼気迫る様相で鍵盤を叩いています。長い髪の毛を振り乱し、ほとんど鬼女というしかありませんでした。
「叫木先生! 先生は入れ替わっていますね!」
綾子が問いかけると、叫木先生は鍵盤をデタラメに叩き、立ち上がりました。
「地球人のガキ! 気が散るじゃないか!!」
「やはり……」
綾子はカスタネットを手に取りました。
「花開く! フラワースタート!」
綾子の身体の輪郭が虹のような色で輝きはじめました。光は赤に黄色、さまざまです。
そして綾子の身体はその場で回転し、これに合わせるかのように、その身体には布状のものが巻き付いていき、きらびやかな着衣、そして可憐な顔を隠す仮面へと変わっていく……。
花! 華! 花! 華! 花!
叫木先生の眼には、そのような文字が浮かんでいるように見えたのではないでしょうか。これは網膜に直接焼き付いた像でなく、脳に入った波形のようなものの断片が、視神経を通じて視野にそのような映像を見せているのかも知れませんでした。
綾子は先生に対峙して、こう告げました。
「わたしは花の少女ガール綾!」
先生はピアノの脇にあった音叉を手に、向かってきました。
「音楽は、うたごえの力は侵略の邪魔だ! だから嫌いにさせて、文化をカチャカチャにしてやる! 文化をな!!」
「先生が!」
綾子は近くにあったシンバルでその攻撃を受け止めました。
ジャアァ〜〜ンという音が防音の施された部屋のなかに響きます。
「先生がそんなことを言っていいのですか!!」
綾子はカスタネットを5回叩きました。
すると、綾子の真上に突き上げた手の指さきの先に、雲のようなものが立ち込めました。
いえ、それは雲ではない!
それはすべて花びらでした。花びらの雨雲です。
花びらの雨は一挙に降り注ぎ、真っ青なソーダのような顔をした先生の身体は、その無数の花びらに埋もれていきます。
やがて花びらは完全に先生の身体を隠してしまい、やがてかたわらのグランドピアノすらも覆ってしまいました。
花びらの雨はなおも降りやまず、音楽室は、まるで花びらの雪原のように変わってしまいました。
綾子は再びカスタネットを鳴らしました。
すると花はすべて消え、あとには黒々と新品のように光るピアノと先の曲がった音叉だけが残っていました。
「これが花奥義、フラワー・マヒストラル……」
綾子は、そう言い残すとピアノに向かいました。
しなやかな指さきを操り、ゆっくりと弾いたのは「不思議のほこら」でした。
それが、異星人と入れ替わり、おそらくは亡きものにされた本物の叫木運子先生へのレクイエムでした。
→ 第15話「うまいっ! 回転寿司」
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