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  奥能登の少女の声は風に消え


 富来をすぎて、高爪山のふもとを走るあたりから、風がにわかにつよくなってきた。雨はまじらないものの、風だけがつよい。水石は、慎重にハンドルをにぎった。
 車が峠をこえると、白波のくだける海が見えた。海といっても、青さなどない。空とまったく同じ、薄墨いろだった。海は空のいろをそのままうつす。どこが海か、どこが空かも分からない重くるしい白黒の濃淡は、水平線もなくひろがっていたが、海には絶えず白波が高く打ち寄せ、防波堤にくだけるために、そこが海であると知れた。
 海岸沿いに出ると、風はさらにつよくなった。つよいどころではなかった。ふきこむ強風はやむ気配なく、浜の砂は舞いあがり、国道に砂だまりをつくっていた。砂まじりの風が、車の窓をたたく。水石は車のワイパーを動かした。わたくずのような、白いホコリの玉のようなものが、強風にまぎれ飛んで、窓に付着し、ワイパーにのぞかれた。波の花だった。打ち寄せてはじけた波の泡は強風にあおられて、浜の上で転がって、やがて風に乗って宙を舞うのだった。
 歩いている人もいない。走っている車もいない。
 この世の終末の、誰もみな消えてしまった世界をおもわせた。
 剣地という村に入った。踏むと泣くような音をひびかせる砂浜は、この近くにあるという。家々は、冬の風をふせぐために、裂いた竹でつくった垣を、軒より高く囲っていた。夏にくると、冬を知らない観光客は、車をとめながら、こんな時代に大仰なことと見てあるく。わざと観光用に残しているものと思い込み、写真を撮っていく人もある。しかし、この垣は、必要なのだった。なければ家屋は、冬のこのような日に、ふきこむ砂まじりの風によごれ、粗末な板壁はやぶれるだろう。低い屋根の木造の家々のうち、何軒かは、すでに無住となっているらしく、壁はこわれ、屋根がつぶれているものもあった。
 この海岸にある漁村から、川沿いの小路に入り、さらに、山手へと車をすすめる。風にいよいよ雨がまじってきた。断続的につよまる雨脚が、フロントガラスを白くにごらせた。集落が途切れ、のぼり坂になる。老婆が傘もささずに、坂道をくだっている。これが、高爪山の峠をこえてきて、やっとはじめて見た通行人だった。頭まで雨合羽に身体をくるめて、一歩一歩、ふみしめるように、足をさしだし、さしだし、歩いている。老婆と見えたのだったが、そう高齢でもなさそうなのだった。腰もまがっていない。暖地にいれば、日傘をさして、ブランドのバッグなど提げながら、デパートで買い物に興じていてもおかしくない年代の女性といえた。それなのに、この能登の海岸沿いでは、そのような人も、傘もささずに風雨にうたれて歩いている。傘はさしても意味がないのだった。させば壊れるだけだろう。それほどの強風なのだ。
 しばらく谷をさかのぼって、ひっそりと家並みが身を寄せ合う集落が見えてきた。山かげの薄暗いところに、群れるように、くすんでツヤのない黒いろの瓦屋根の家があつまっている。何軒かの家は、その瓦のいくつかが剥がれて、赤い地肌をみせていた。淋しい海岸沿いより、さらに川に沿って坂道を上がった奥地の村だった。先人はなぜ、このようなところに住もうと考えたのか、なぜ、このようなところに住まなければならなかったのか。
 伏原奏恵は、この村にうまれた生徒だった。落ヶ原というこの集落から、金沢の高校へ、下宿生として来ていた。水石が顧問をつとめる合唱部に所属し、無口ではあるが、歌においては声量もゆたかで、ソプラノのパート内では重要な役割をになっていると思われた。
 その奏恵が、冬休みが明けたあとも、出席してこない。担任の教師にきくと、休んでいるという。おどろいたことに、年末から正月のあいだ、病院に入っていたそうだ。三ヶ日明けないうちには退院したものの、まだ家に寝ているという。静養が必要な病気だということだった。そのような兆候を、なにひとつ感じ取れなかった自分を、水石はくやんだ。
 合唱部の生徒たちは、部員ひとり居なくなっても、代わりはいる、かまうことはないという顔で、練習に来ていた。能登までわざわざ、見舞いに行ったという者もいないようだった。もとより、口数のすくない子なのだった。あまり部のなかでも、友人といえる仲間は、つくれなかったのかも知れない。だから、私などに懐いてきたのだろうか――。
 車のドアは、強風の風圧のために、なかなか開かなかった。見舞いの品を、風にさらわれないように注意しながら、伏原の表札の家の前に立った。呼び鈴がないので、重い玄関の引き戸をわずかに開けて、隙間から来意を告げる。祖母と思われる高齢の女性が、すぐ玄関さきにきた。
「これはこれは先生様……。奏恵は、眠っておりますです。いま、起こしますので、はぁ、」
 水石は、どうかお構いなく、と云った。見舞いの品をささげ出す。すると老婆は、でしたら先生様……、顔を見るだけでも、と云い、水石の手を引くようにあがらせた。
 家のなかは、煙草のヤニの臭いがした。水石は喫煙者ではない。かすかにではなくあからさまに漂うヤニの臭いは不快に思われた。病人の寝ている家で煙草か、と思う。眉をひそめながら、板のきしむ廊下を歩いた。我慢していたが、おもわず咳が出る。
「タバコの煙がひどいでございましょう。はずかしいがですが……この子の父親でございます。肺を病んどるもんがおるがに……」
 老婆もまた、そう云ったあとで咳払いをした。「この子の父親」という呼び方に、針のようなつめたさも感じられた。
「ほんとに、ダラ親です。……この七、八年も働きもせんと……新しいカァカにパートさせて、自分は家でひきこもって、……日に十箱も二十箱も、ひまさえあれば……タバコを吸うておるだけでござります。……昼間は寝て、夜さり起きるがです。夜さり物音で起こされると、そのときタバコの煙が家じゅう満ちております。……ヤニの臭いで、てきなぁなって、もうと眠れんわいね……」
「…………。」
 老婆は、しきりに咳をしながら早口でぶつぶつと云う。水石は、はじめ相槌を打っていたが、途中からはやめた。
「ほんとにダラ親です。……えらそうなことばっかり云うて、働きもせんと……。病院の料理人で雇ってもらえとったんやから、そのまま世話になっとりゃ良かったんに、のぞみばっかり高こうて、……人をみくだして。ケンカして終わりです。それから……人のためにめしを作ってやるなんてダラくさい云うて。……ヤニにまみれた舌で、たいしたもんも作れんくせに……。甲斐性もない、家族をつくる資格もないようなダラ親です。家族をめちゃくちゃにしてくれた……。」
 独り言のように喋りながら、どこか相談にのって欲しげなようにも思えるし、訪ねてきた教師にここぞとばかり告げ口してやろうという腹の見えるようにも思えた。早口の合間にかならずといってよいほど咳をする。この咳も、おそらくは奏恵の父親の煙草のせいかと想像できた。
 奏恵の部屋は、家の一番奥だった。老婆は、かなちゃん、と一声かけてから、返答もきかずに、ふすまをしゅっと開けた。さぁさ、と老婆が枯れ枝のような手をのばして水石をまねく。
 部屋の畳は、すこししめっているように思われた。晴れた日の一日とてない奥能登の日本海沿岸の、しかも日の当たりにくい山かげにある村の家なのだった。そこに敷かれた布団のなかで、奏恵はねむっていた。血色のかんじられない白い寝顔に、長いまつ毛が伏せられていた。わずかにひらいた唇は、見なれた赤い色づきを見せず、あおざめている。
「くすりがきいて、眠っておりますでございます。」
 静かな部屋にも、吹きつける風と、遠く海岸からの波涛が響き、息づかいの音はきこえなかった。まるで人形のようにねむっている。事切れているのではないかと、不吉な予感がよぎった。まくらに沈んだ小づくりな頭の、さらりと細い髪の毛の何本かが、白い布地の上にあそんでいた。そのまくら元に、目覚まし時計が置いてある。車輪のついた、玩具めいたものだった。下宿している奏恵が遅刻しないように、水石が与えたものだった。
「先生、こんなおもっしい、……ねんねみたいな時計を、金沢の下宿から大事に持ってきとるんですよ。ダラな子……。胸の病気でねとるんやから、目覚まし時計でもないやろうに、……なんでか、これを持ってこい云うて、継母に頼んで頼んで、きかんかったがですよ。おもっしい子や。」
 水石は、だまってその寝顔を見ていたが、いつまでもそうしているのもおかしく、見舞いの果物と、ハードカバーの書籍を一冊、まくら元に置いて、立ちあがった。立つとき、畳の下の、おそらく板を敷き詰めた床が、ぎしっと音をたててきしんだ。水石はふすまの音を立てないように、そっと閉じた。閉じたほとんどそのときに、先生、と細い声がした。
「伏原、」
 ふすまをもう一度開けて、布団のほうを見たけれど、奏恵は前のように、眼をとじたままだった。
「伏原、」
 とまた呼びかけるが、返答はない。水石は、空耳だったのかも知れないと思い、ふすまをしずかに閉じた。
 帰り道、いてつく坂道を慎重に走らせた。圧雪の上で、車はよく滑った。
 その坂道の途中、左カーブにあわせて前の視界が開けて、その開けた灰いろのけしきのなかで、波が白く防波堤にぶつかってはくだけていた。波があることで、海と分かるのである。この海のみえる坂道を、奏恵は、中学まで九年間、毎日歩いて降りて、学校へ通っていたものか。下りていく道すがら、剣地の在所の外れにさしかかるあたりで、さきほど行きに見た婦人が歩いているのを追い越した。さきほどの歩いていた場所と比べると、だいぶ進んだとはいえ、まだまだバス通りまでは遠かった。
 剣地海岸は、淋しい海だった。電線も、木々も、吹き止まぬ風にみな揺れていた。道路ぎわの松の木は、みんな山のほうに傾いで曲がっている。風の吹かない日はなく、みんなそのように育ってしまっていたのだ。このような冬をあるいていては、人はみな、口数もすくなくなってしまうのかも知れない。口をひらけば、砂の舞い込む強風なのだった。
 水石が、無口だった奏恵の声をきいたのは、この日が最後だった。いや、それはほんとうに奏恵が口にした声だったかどうか。やはり、空耳であったのかも知れない。風のつよい日だった。外で荒れくるう風の音が偶然、先生、という声にきこえただけなのかも知れなかった。
 奏恵とのことは、それきりだった。しかし水石は、金沢にいてさえ、湿った冬の、風の強い日がくると、あの少女の声を思い出す。ふだん口数のすくない、風がふけば消えてしまうほど声のちいさい子だったのに、歌になれば、声量はゆたかなのが不思議だった。
 伏原奏恵の家は、この二ヶ月後に全焼している。命からがら逃げおおせた男性の寝煙草が原因だったと、新聞は報じていた。焼け跡から、焼けてなお燃えのこる湿った布団のなかで、彼女は見つかったという。





*この小説はフィクションです。実在の人物・団体とは関係ありません。

   平成25年(2013年)1月18日


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