町民文化館で「ロロの旅」を観賞しました
最終修正:令和5年3月7日 (1)
![]() 尾張町の「町民文化館」へ来ました。
明治41年(1908年)4月2日、「金沢貯蓄銀行本店」としてオープン。その後「北陸銀行尾張町支店」として継承されていますが、昭和51年(1976年)7月19日を持って同支店は金沢支店と統合され、銀行としての役目を終えています。 そして、昭和52年(1977年)11月1日より県立郷土資料館分館「町民文化館」として第2の歩みを始め、いまは県の手を離れて地元の尾張町商店街振興組合の手により保存・公開が続けられています。
外観は純和風なのに、内部は洋館のようになっています。舶来の要素が流れ込んだ明治時代らしく、また、尾山神社のようにさまざまな文化を取り入れてきた金沢らしくもある、遊びに富んだ建物です。
さて、じつはここを訪れたのは、演劇を観賞するためです。
尾張町の町民文化館で演劇を上演することができるなんて、まったく知りませんでした。かつて銀行だった建物内を舞台として演劇……。なんて新しいのだろう。 和と洋、新と旧、それらが渾然と同居する金沢らしい自由さです。
これは銀行時代の倉庫なのでしょうか。それとも、はじめは地下室ではなく、蔵を金庫として利用していたのでしょうか。
なお、「さざれ石」自体はわりと各地にあるらしく、県内ですと羽咋の妙成寺でも見かけたことがあります。小松の安宅住吉神社にもあるそうです。
白バラは本物ではなく、紙を折り曲げて広げたペーパーフラワーです。子どもの頃、文化祭や運動会でたくさん造りましたね。 定員は20人で、満席に近かったです。女性がやや多く、同じように演劇をされているらしい若い方や、夫婦で訪れた人、いかにも演劇の専門家のような年輩の男性など、さまざまな観客が1メートルほどしか離れていないところで演じられる少女ロロの旅を見守りました。 主人公ロロ役は越智さんという可憐な女性。まなざしが凄い。眼がキラっと輝いている。それ以外の全ての配役は大比賀さんが1人何役か数えられないほどの兼役で演じておられました。役者さんは越智さんと大比賀さんの2人だけなのです。 ストーリーが進むにつれて、どうやら演者が2人だけの劇らしいことに気付き、そのことにまず驚きました。 そして開演前には会場内に流されていたBGMも、劇中では一切なく、効果音などの演出もすべて大比賀さんの声帯と、椅子を叩く音の拍子だけ。 少女ロロのセリフ回しには独特のリズム感があり、まるで曲のない歌のようだなと思っていたら、しだいにラップになって、そして歌が始まり、しかもそれはもちろんアカペラで、主演の越智さんの歌唱面での才能も感じました。 演劇というと、多人数で演技して、衣装も凝ってというイメージでしたが、小道具の使い方や、大比賀さんのあくまで黒子に徹したような立ち位置には、劇として必要な口上と動作、所作だけで形づくられた、落語にも似ているような、なにか新しいジャンルの芸能が出てきたのではないかとすら思わせました。 あるいは能か。 能や落語に写実的なBGMや効果音があったらナンセンスです。それらがないことが、「Record´S」のつくりだした新しい世界を引き立てていました。 演技と少しの小道具だけで、うつりかわる旅の場面すべてが表現されている。黒い画面で死闘を想像したファミコン時代のドラクエのように、これは観ている側の脳内でも補完して楽しむ劇なのだ。
そしてまた、劇場が劇場として作られた施設ではないだけに、ときおり外の道路をバスの走る音や、通行人の話し声が聞こえ、車の行き交う影が舞台を影絵のように流れます。古い建物なので、バスが通るとミシミシときしむのです。 その揺れとともに、おっ日野だな、いまのはふそうだな、ピンポーンピンポーンと鳴ったのでJRか、いやエンジン音が小さいのでふらっとバスだ、などと、劇に向かっていてさえ、うしろの音で逐一なにが通っているか分かってしまう悲しい性の私……。正面ではロロ、後方ではバスの気配。内側では夢幻、外側では現実。それも含めての総合芸術か。 すぐ外に日常がある一皮内側で劇を観賞するという、不思議な体験でした。これまた文化都市・金沢らしい時間だったのかも知れない。
VHS……。 私や大比賀しりょうさんの世代にはストライク。若い演劇人の方々にとっては、古い洋館にふさわしいほどレトロなアイテムなのではないでしょうか。 最後に越智さんに握手を求めるというキモおじぶりを発揮し、会場をあとにしたことでした。 「ロロの旅」の台本およびパンフレットが大比賀しりょうさんのnoteにて公開されておりますので、ご興味のある方はご覧下さい。
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