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味わいバス停は生きている

 柳 橋 やなぎばし

最終修正:令和5年12月8日 (74)


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 金沢市の北郊・柳橋町にある停留所で、北鉄金沢バス(株)北部営業所最寄りバス停となっています。営業所への入出庫も兼ねて多数の路線がここを起終点としており、金沢市北部の一種のターミナル的な位置付けともなっています。

 北部基地の裏手には北鉄自動車整備(株)を前身とする名鉄グループの名鉄自動車整備(株)北陸支店の工場があり、北鉄グループに所属するバスの整備や塗装・改修も多くはここで行われています。いわば北鉄の街という雰囲気も漂う柳橋町です。

 当バス停は北鉄グループバスのみが停車します。バスの車庫があるだけだったような時代ならいざ知らず、いまでは周辺に住宅も多く、店舗も進出するなど発展しているのですが、JRバスについてはライバル会社の“お膝元”ということもあってか停留所を設けておらず、まったく無視して通過となります。


 
 柳橋始発便は車庫側に設置されているシェルターのある停留所に停車します。北鉄公式サイトの時刻検索ページでは「柳橋(始発)」というのりば名称で登録されています。

 かつては「柳橋車庫」という停留所名ともなっており、「柳橋」と改称された現在も、車庫のあるバス停として金沢市北部の利用者の間ではよく知られているのではないかと思います。


 
 このシェルターは元々兼六園下の石川門向かいのバス停で使われていたもので、同のりばが和風デザインの東屋づくりの待合所に建て替えられるにあたって、平成6年(1994年)9月〜10月頃にこの場所へ移築されたものということです。ちなみにそれ以前は青屋根の旧式の上屋が設置されていました。

 先代の青屋根タイプの上屋は昭和59年(1984年)1月中旬〜3月末にかけて整備されていたようですが、それよりも以前は、どうやら車庫構内、当時の営業所管理棟横、現在自転車駐輪場となっている辺りにのりばが置かれており、そこには専用の待合室もあった模様です。かつて津幡線など国道をスルーする路線が「柳橋車庫」停留所を通過としていたのも、もとは国道よりもかなり奥まったところに停留所があったことの名残りだったのかも知れません。


 
 こちら側から見ると現在の兼六園下・金沢城の和風待合所と構造が酷似している様子が分かります。室内には太い柱が2本ありますが、兼六園下にて昭和51年(1976年)4月頃に竣工した当初は周囲の風除板がなく、2本の柱だけで支える単純な上屋だったようです。


 
 かつて兼六園下のシェルターだった面影を残す和のテイストの格子があしらわれています。


 
 電照式の丸板です。平成13年(2001年)3月4日のほくてつバス(株)開業により、停留所名はそれまでの「柳橋車庫」から「柳橋」に表記を変更されました。


 
 新バスシステムの接近表示はこの乗り場からの柳橋始発便には対応しておらず、国道359号線(城北大通り)沿いの停留所に発着する便のみ表示する方式となっています。


 
 チラシラックが備えられています。バス車内で使われていたもののリユースですね。


 
 シェルター内にあるご意見箱は平成16年(2004年)3月頃に設置が開始されています。停留所にご意見箱が設置されているのは、おそらく北鉄ではここだけではないでしょうか。


 
 シェルターの横には令和元年(2019年)11月中旬頃にダイドードリンコの自動販売機が設置されました。新しい駐輪場が完成したことにより、旧駐輪スペースだった場所が空いたためと思われます。ここで買えば少しは北鉄の収入になるのでしょうか。乗車前に少しのどを潤すのも良いですね。

 自販機の横にある看板が示している通り、国道359号線(城北大通り)と北部営業所敷地前の旧道の間の取り付け道路(バス停が設置されている道)は北陸鉄道(株)の私道であり、「私有地につき通行は御遠慮下さい」と看板でも明記されているのですが、実際には勝手に通り抜ける自家用車がしばしば見られます。


 
 (過去)「私有地につき通行は御遠慮下さい」の看板は、以前はこのように『右.車道方向 私道につき諸車通行禁止 ありがとうございます』という内容でした。しかし感謝まで示しているのに守らない一般車は結構いたようですね。この看板は柳橋の隠れた名物となっていましたが、平成28年(2016年)6月頃に更新されました。


 
 車庫側のりばの向かい側には降車場があります。


 
 (過去)かつては降車場に隣接して、北鉄グループ会社の「北陸商事(株)」が運営していたガソリンスタンド「柳橋SS」がありました。

 この「柳橋SS」は昭和43年(1968年)3月の北陸商事(株)本社移転とともに柳橋給油所として開店したものだったそうで、ガソリンスタンドとしてはかなりの老舗ということができました。

 この地へ移転する前の北陸商事(株)本社は金沢市仙石町の(株)金沢丸善内に置かれていたそうですが、その初代北陸商事(株)本社のあった場所には現在も(株)金沢丸善キングオブステーション仙石SSが営業しており、香林坊に隣接したまちなかの老舗ガソリンスタンドとして親しまれているところです。

 平成6年(1994年)7月27日、柳橋SSは老朽化による改築が完了し、新装オープン。このとき、左右どちらでも給油ができる、当時としては最新式の給油設備が導入されたそうです。

 残念ながら平成29年(2017年)4月29日をもって営業終了となり、建物の解体や地下タンクの撤去が行われたのち、いまのような駐車場となりました。

 これで北陸商事(株)の手がけるガソリンスタンドは増泉交差点の脇にある「増泉SS」のみとなりました。

 また、令和4年(2022年)4月1日付で北陸ビルサービス(株)が北陸商事(株)を吸収合併したため、いまでは会社そのものがなくなりました。ガソリンスタンド事業は北陸ビルサービス(株)へ継承されていますが、もとは北陸商事(株)から独立して生まれた北陸ビルサービス(株)が、今度はその母体だった北陸商事(株)を吸収することになるとは、まったく数奇な運命です。


 
 この旧ガソリンスタンド跡の駐車場は、写真のように使用していないバスの駐車スペースとして利用されることもあります。


 
 3月の春闘の時期にはプロ級のイラストを取り入れた看板が立てられます。北部には優れた絵師がおられるらしく、毎年恒例のものとなっていますね。


 
 降車扱いを終え、車内の確認も完了。入庫していくバスです。


 
 旧管理棟横の駐車場だったスペースに屋根付きの駐輪場があり、そこには柳橋のシンボルである「柳の木」も植えられています。

 「柳橋」という地名の由来は、「千坂校下町会連合会50周年記念史」によれば鎌倉時代を発祥としているといいます。

 親鸞聖人の妻である玉日姫が、越後へと流された聖人を追って旅をしている途中、たまたま大雨で橋が流失。川が渡れず困った姫は、川沿いにそびえる柳の大木を見て、『柳に霊があれば川を渡してたもれ』と祈念したそうです。すると柳が自然に倒れ、橋になったというのです。

 この奇跡が伝説として語り継がれるうちに、いつしかこの地は「柳橋」と呼ばれるようになったということでした。


 
 柳橋の名の由来が記されています。柳の木は先代管理棟時代に植えられ、建て替えに伴ってこの場所へ移植されたもののようですね。


 
 現在は北鉄金沢バス(株)北部営業所として使用されている柳橋車庫。その前身は昭和37年(1962年)7月7日に営業を開始した「北陸鉄道(株)柳橋営業所」です。これは兼六園下にあった胡桃町営業所の機能の一部を移行したものだったそうです。

 柳橋営業所の開設後、旧胡桃町営業所は「胡桃町自動車区」と改称の上、柳橋営業所の管理下に置かれたようです。これが現在の兼六園下モータープールの前身です。

 「北陸鉄道の歩み」の年表によると、昭和48年(1973年)1月31日に管理棟が新設されたとあります。これが現在の2階建ての管理棟のことと思われます。

 その後、金沢地区の分社化により平成13年(2001年)3月4日に「ほくてつバス(株)北部営業所」となり、ここで北鉄本体の手を離れました。

 
 ▲令和4年(2022年)には復刻カラーバスツアーの舞台にも……

 平成15年(2003年)4月27日改正ではほくてつバス(株)から北鉄金沢中央バス(株)へ医王山線、旭町線など一部路線が移管されたことに伴い、北鉄金沢中央バス(株)北部駐在が設置され、一部車両が当地に常駐していたこともありましたが、これは平成17年(2005年)3月31日を最後に解消されています。

 平成24年(2012年)10月1日に実施された金沢地区のグループ会社合併により、ほくてつバス(株)は北鉄金沢中央バス(株)、加賀白山バス(株)野々市営業所と合併して「北鉄金沢バス(株)」に。これ以降は同社の北部営業所となり、現在に至っています。

 なお、営業所構内のバスが停まっているエリアへ勝手に入って行って車両の撮影などを行う行為は不法侵入となります。絶対におやめ下さい。


 
 北部営業所の管理棟は平成30年(2018年)12月22日、旧社屋向かい側に新築された新社屋へと移転しました。新しい管理棟は2階建てで、旧北国街道に面して建てられており、ICa、定期券の販売窓口も道路に向かって入口があります。格子をあしらった外観には、いままでの北鉄のバス営業所にはないモダンな雰囲気が漂っています。


 
 (過去)現在の管理棟が建てられる前、旧管理棟時代の柳橋車庫です。


 
 (過去)役目を終えた旧管理棟です。現在は解体され、車庫の一部となっています。耐震化などの問題もあってか、近年は北鉄関係に限らず、昭和40年代に造られた建物が次々と姿を消していきますね。


 
 (過去)現在の管理棟が建てられた一角には、元々給油所が設置されていました。新社屋の工事開始に伴い、給油所は基地の奥へと移設されています。


 
 (過去)新管理棟の建設工事が行われる前の様子です。


 
 (過去)工事たけなわの頃の現社屋です。


 
 国道359号線(城北大通り)沿いにあるバス停には、法光寺方面から来るバスが停車します。北鉄公式サイトの時刻検索ページでは「柳橋(森本から)」というのりば名称で登録されています。

 シェルターから離れていますので、到着前には必ずバス停の方へ移動してお待ちください。ガードパイプを組み合わせた通路が面白いです。

 この国道上の停留所は両方向とも平成10年(1998年)3月15日に増設されたもので、それ以前は柳橋車庫を起終点とする便のみが柳橋車庫での乗降扱いを行い、津幡線などは一切通過となっていました。


 
 令和3年(2021年)9月下旬頃に看板が設置されました。大通り側は「バス出入口につき横断の際は注意!」、車庫側は「一旦停止 左右確認」と書かれています。


 
 丸板は令和4年(2022年)4月下旬頃までに更新され、ローマ字入りになりました。


 
 このバス停は令和5年(2023年)6月頃より、予約制のデマンド交通「チョイソコかなざわ」の乗降場所にも指定されました。


 
 その向かい側、国道359号線沿いの郊外方向バス停です。[87]本津幡駅ゆき、[85]木越住宅ゆきが停車します。北鉄公式サイトの時刻検索ページでは「柳橋(森本方向)」として登録されています。

 こちらも平成10年(1998年)3月15日に増設されたもので、それまで津幡線や[85]番は神谷内の次がすぐに法光寺となっていました。増設当初は現在よりも南寄りにありましたが、柳橋町南の押ボタン式信号機が新設されたことにより、少し北側の現在地へ移設されています。


 
 令和2年(2020年)5月頃までに後背地が整備され、ベンチが置かれました。


 
 (過去)後背地が「超寝具店ヌノヤ」だった時代の同じのりばです。


 
 柳橋車庫の向かいには、能崎物産(株)の事務所・倉庫が立地しています。かつてはショッピングセンターだった建物で、もともとは富山県のアルビス(株)が平成6年(1994年)3月4日に直営スーパーマーケット「アルビス金沢東店」としてオープンさせたのが最初でした。同社にとっては富山県外初の店舗だったようです。

 柳橋バス停のすぐ向かいという立地条件もあり、パーク&バスライド専用駐車場「Kパーク」となっていた時期もありましたが、閉店。その後は居抜きで出店した「ゲンキー金沢柳橋店」となったものの、これも閉店――。長らく空き店舗となっていましたが、その建物が大改造を受けて企業の社屋へと変身を遂げたわけです。


 
 (過去)ショッピングセンターの空き店舗だった頃の同じ建物です。現在の写真と見比べると、当時と同じ建物とは思えないほどの大改造がなされていることが分かります。

 ここに店舗を開店した当時のアルビス(株)は卸売業をメイン事業としており、各加盟店への商品の供給のほか、各スーパーに対して研修などの店舗経営支援事業も展開していたそうです。

 オープンを報じた北日本新聞の記事によれば、この店舗は石川県内の地元業者に同社を認識してもらうためのモデル店舗という位置付けだったようで、同社はここを拠点に食品卸業務、情報提供や研修といった店舗経営支援事業を本格的に展開していく構想を持っていた模様です。

 その後、遅くとも平成12年(2000年)までには「スーパーストア チューリップ金沢東店」と改称されました。

 平成15年(2003年)11月10日(月)〜12月5日(金)までの期間には「交通実験2003」として同店の駐車場を活用し、パーク&バスライドが試行されました。モニター制で、駐車料金は無料、バス利用は通常運賃というものでしたが、好評だったようで、平成16年(2004年)10月1日より常設パークとなっています。

 「スーパーストア チューリップ金沢東店」は、平成18年(2006年)3月20日に閉店し、その後はドラッグストア「ゲンキー柳橋店」が平成18年(2006年)4月20日に居抜きで出店しました。


 
 (過去)往時の「ゲンキー柳橋店」です。左にはブックスなかだが見えます。


 
 現在の同じ場所です。

 Kパークについてはチューリップ閉店に伴い、一旦は神谷内バス停付近にある「ナルックスかみやち店」に引き継がれましたが、平成19年(2007年)10月29日より「ゲンキー柳橋店」もKパークに指定され、その後ナルックスの方は指定を解除。結局は元の場所に回帰しました。平成20年(2008年)11月28日からは駐車台数もそれまでの20台から一挙に56台へと拡大されています。

 しかし、同店は平成29年(2017年)7月23日をもって閉店――。Kパークも供用中止となっています。

 また、このゲンキー跡の左隣には平成8年(1996年)8月にやはり富山県を本拠地とする中田図書販売(株)が「ブックスなかだ柳橋店」をオープンさせ、元々アルビス第2駐車場として使われていた用地が同店とアルビス(のちにチューリップ)の共同駐車場になりました。1年後の平成9年(1997年)12月4日には2階部分に文具専門店「オフィスボックス柳橋店」が営業を開始しています。

 このほか同店の駐車場内の一角にはラーメン店「ちりめん亭金沢東店」も開店しましたが、このお店は遅くとも平成17年(2005年)までには美容室に変わっています。

 バス基地最寄りの書店らしく(?!)、バスや鉄道に関する書籍も豊富に取り揃えられ、長年親しまれた「ブックスなかだ柳橋店」でしたが、平成26年(2014年)9月7日に閉店。平成27年(2015年)8月には駐車場内にあった美容室だった建物も取り壊されました。


 
 (過去)元なかだの建物にはこれまた富山資本の(株)布屋商店が入り、平成26年(2014年)10月31日に「超寝具店ヌノヤ金沢柳橋店」がオープンしましたが、こちらはあまり根付くことなく、平成30年(2018年)9月頃に閉店となりました。

 その後、旧なかだの建物は大規模な改装工事が行われ、(株)サンレーによる葬祭会館「柳橋紫雲閣」へと転身を遂げました。令和2年(2020年)6月13日にオープンの日を迎えています。


 
 工事が完成し、供用開始間近となった頃の「柳橋紫雲閣」の様子です。大改造を受けて全く別な建物であるかのように生まれ変わりましたが、よく見ると、どことなくかつての面影が残っていますね。


 
 柳橋基地に隣接して「名整」こと名鉄自動車整備(株)北陸支店および金沢工場、金沢車体工場があります。北鉄バスの点検・整備を一手に引き受ける同社の石川県での最大拠点となっており、能登地区や加賀地区のバスがはるばる整備のために訪れることもあるということです。

 その敷地面積は名古屋の名鉄整備本社(鳴海工場)に次いで2番目の規模を誇っているといいます。

 この工場は柳橋営業所の開設に続いて、昭和38年(1963年)2月1日に「北鉄自動車整備(株)」の工場として設立。当初は北鉄グループ直営の整備工場だった模様ですが、昭和47年(1972年)3月9日に名鉄グループの自動車整備システム化の一環として名鉄自動車整備(株)へ移管され、以後は整備業務を同社へ全面的に委託する形となったようです。

 なお、整備業務が移管されたあとも北鉄自動車整備(株)は会社としては残り、「北鉄産業(株)」という社名に改め、のちには加賀地区のバスターミナルにて売店などの営業を手掛けることになります(平成15年(2003年)1月23日付けで清算)。


 
 (過去)名鉄自動車整備(株)北陸支店もまた、平成29年(2017年)に建て替えられています。写真は旧社屋時代の様子です。


\神社へ行こうかな/
 


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参考文献
 「北陸鉄道五十年史」
 「北陸鉄道の歩み」
 北陸鉄道社内報「ほくてつ」各号
 「バスラマ・インターナショナル17号」(ぽると出版)
 「千坂校下町会連合会50周年記念史」
 「北日本新聞」各号


*バス停は生きていますので、外観や表示類、風景などには変化が生じている可能性があります。あしからずご了承下さい。
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