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味わいバス停は生きている

 金沢学院大学,
 金沢学院大学附属中学校・高校

 かなざわがくいんだいがく / かなざわがくいんだいがくふぞくちゅうがっこう・こうこう

最終修正:令和5年8月31日 (4)


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:: 金沢学院大学

 金沢学院大は東部基地裏手の小高い丘の上に位置しており、バスはヘアピンカーブの続く坂道を登って頂上のキャンパスへと向かいます。

 このバス停は昭和62年(1987年)4月11日に「女子大学前」として開業。このときに、それまで終点であった「金沢女子短大前」は「女子大附属高校前」と改称されています(現:金沢学院大学附属中学校・高校)。

 平成7年(1995年)4月1日には金沢女子大学が男女共学となり「金沢学院大学」に。バス停名も変更されました。

 現在は北陸学院短大が4年制大学となって「北陸学院大学」が発足していますが、それでもやはり金沢で「学院大」といえば、普通は金沢学院大学のことを指すといっても良いと思います。

 近年は北陸学院と区別するため「金沢学院」という呼び方も見られるようになってきていますが、やはり単に金沢学院大のことを指して「学院」と呼ぶ人が多いように思えますね。


 
 金沢学院大学、花里経由便([18]番)用ののりばは通学用階段から直結した上屋の前にあります。北鉄公式サイトの時刻検索ページでは「金沢学院大学(花里方向)」で登録されています。

 この上屋は「女子大学前」時代の昭和63年(1988年)1月中旬頃に完成。同大学がバス通学生の利便を図って新設したものだそうで、ドーム式の強化ガラスを取り入れた屋根を持ち、授業終了後、一度に大勢の学生が集中しても充分対応可能なスペースを誇っています。


 
 上屋内はロープで仕切られ、スムーズに整列乗車できるよう工夫されています。


 
 花里方向のりばの丸板です。

 以前、こののりばは上屋の東側に設置されていましたが、小立野経由便ののりばが2号館前へ移設されたことにより、令和3年(2021年)12月8日からもと小立野経由便のりばだった西側の位置へと移設されました。


 
 小立野経由便([10][11][70]番)が停車する2号館前ののりばです。令和3年(2021年)11月1日より、混雑緩和のために現在地へ移設されました。北鉄公式サイトの時刻検索ページでは「金沢学院大学(小立野方向)」で登録されています。


 
 小立野方向のりばの丸板です。


 
 のりばの右奥、3号館側にも別の待合所が見えますが、こちらは現在、大学のシャトルバス用に使用されている模様です。しかし、かつては[10][11][70]番のバス停がこちら側に設置されていたこともありました。平成23年(2011年)4月1日改正でのりばが上屋前の1ヶ所へと集約され、この場所はシャトルバス専用となりました。それから約10年の月日が流れ、再び経由地別にのりばが分かれることになったわけですね。


 
 金沢学院大に到着したバスは2号館の学舎前で降車扱いを行います。


:: 金沢学院大学附属中学校・高校

 
 北鉄東部車庫の東側に位置する「金沢学院大学附属中学校・高校」停留所です。

 このバス停が開設されたのは昭和56年(1981年)3月29日のことで、同年4月1日に東部基地に隣接した丘陵地へ金沢女子短大が移転することにあわせ、はじめは「金沢女子短大前」という名称で設置されました。

 その後、昭和62年(1987年)4月11日に「女子大学前」(現:金沢学院大)停留所が新設されたことにあわせて「女子大附属高校」と改称。さらに平成7年(1995年)4月1日、金沢女子大学が男女共学化し「金沢学院大学」となったことにあわせて「金沢東高校」と改称されています(なお、女子大附属高校が男女共学化され金沢東高校となったのは平成5年(1993年)4月1日です)。


 
 金沢東高校は平成17年(2005年)4月1日に「金沢学院東高校」となり、さらに平成28年(2016年)4月1日には「金沢学院高校」と再度校名を変更。「東」の名が取れたためもあってか、停留所名も同日に「金沢学院高校」と改称されました。

 令和3年(2021年)4月1日に校名はまたも変更されて「金沢学院大学附属高校」に。この段階では停留所名は変更されませんでしたが、翌年の令和4年(2022年)4月1日より「金沢学院大学附属中学校・高校」と改称されました。附属中学校の開校にあわせたものです。これで実に5代目の名称となります。


 
 金沢東高校としての新校舎竣工後に旧校舎のあった場所の一部がロータリーとして整備され、停留所の移設が行われました。ロータリー内ののりばは2つ存在し、北側が[10][11]番用、南側が[18]番用と路線によって区別されています。


 
 ロータリー南側にあるのが[18]花里経由金沢駅ゆき専用のりばです。公式サイトの時刻検索では「金沢学院大学附属中学校・高校(花里方向)」という名称で登録されています。


 
 (過去)「金沢学院高校」時代の様子です。


 
 ロータリー北側ののりばは小立野経由の[10][70]錦町粟崎線、[11]錦町B線が使用するのりばとなっています。北鉄公式サイトの時刻検索ページでは「金沢学院大学附属中学校・高校(小立野方向)」となっています。


 
 (過去)「金沢学院高校」時代のバス停の様子です。


 
 (過去)さらに「金沢東高校」時代の様子です。


 
 ロータリーには横断禁止の標識に似せたデザインの丸板が設置されています。奥に見えるポールが学院大ゆきののりばです。


 
 なかなかのデザインで、本当にこんな交通標識ありそうです。


 
 金沢学院大学ゆきについてはロータリー外の北側に設置されている別のりばでの乗降扱いとなります。北鉄公式サイトの時刻検索ページでは「金沢学院大学附属中学校・高校(学院方向)」として登録されています。

 ただ、高校〜学院大間には学生や関係者が利用することのできる自家用の無料シャトルバスが10分間隔で運行されていますので、ここから路線バスで学院大へ向かう人はおそらく皆無に等しいものと思われます。


 
 (過去)「金沢学院高校」時代のバス停の様子です。


 
 バス停の西側には金沢学院大学附属高校のグラウンドが広がっていますが、じつはこのグラウンドになっているところも、元々は東部基地の敷地の一部だった場所に当たります。


 
 学院大へと登っていく階段の歩道には屋根が整備されています。かつてはこの階段の上り口あたりに旧「金沢東高校」バス停が置かれていました。その場所は当時、東部基地の敷地に接しており、バスは東高校停留所から直接、そのまま東部基地構内へ出入りすることができました。

 このため東部車庫と東高校との間の回送は非常に容易、というよりもむしろ東高校停留所が東部基地の構内の外れに位置するような形だったのですが、用地の東側が東高校へ売却されたことにより、東部車庫〜東高校間の回送はいったん公道に出て信号機のある交差点を経て迂回しなければならなくなりました。東部〜学院大間の回送も同様です。

 こういうこともあってか、平成28年(2016年)4月1日より金沢学院高校(現:金沢学院大学附属中学校・高校)始発の金沢駅ゆきは全て東部車庫始発に変更されています。


 
 高校の東側には、昭和7年(1932年)完成の「末浄水場」が広がっています。金沢市最古の浄水場で、小学校の社会見学で定番の施設です。


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\昔は女子だけだったんだね/
 


 こちらのページもどうぞ
 →東部車庫


参考文献
 「北國新聞縮刷版」各号
 「北陸鉄道五十年史」
 北陸鉄道社内報「ほくてつ」各号


*バス停は生きていますので、外観や表示類、風景などには変化が生じている可能性があります。あしからずご了承下さい。
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