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七尾駅前  ななおえきまえ
 Nanao sta.
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 再開発ビル「ミナ.クル」を背に

最終修正:2021.05.12 (94R)


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●能登半島最大のバスターミナル

至
・─━─━─━─━┫       ┃     至    西
金─━─━─━─━┫ JR七尾駅 ┠━─━─━・    ↑
沢    交番  ┗━━━━━━━┛    和穴  南← →北
────┐ ┌─────────────  倉水    ↓
───┐| やまびこ号   タクシー \       東
   || |              \
   |競【6】              |
━━┓|馬 |   ┌───────┐   |
 窓┃|【5】  └───────┘   |
  ┃| |               |
 口┃|加【4】              └──────
━━┛|越  \                 至・和倉
   |能   【3】【2】【1】─┐ ┌─────
   ||               | | 能登島交通・のとじま臨海公園
   ||┏━━━━━━━━━━━━━┓| |┏━━━━━
   ||┃             ┃| |┃
   ||┃  ミ ナ . ク ル  ┃| |┃ パトリア
   ||┃             ┃| |┃
   ||┗━━━━━━━━━━━━━┛| |┗━━━━━
───┘└──────────────┘ └──────
至・羽咋、脇        「ミナ.クル前」
───┐┌───────────────┐ ┌──────
                    | |
               能登島交通 |
            公立能登総合病院| |
                   至・食祭市場

 【1】 降車場

 【2】 羽咋駅前、小金森、若林

 【3】 崎山循環(鹿渡島・上湯川・大野木)

 【4】 高浜、大津西口七原口・吉田サンビーム日和ヶ丘七尾中学校直行便

 【5】 ぐるっと7まりん号(七尾城ルート)公立能登総合病院

 【6】 和倉温泉・石崎漁港

 【ミナ.クル前】 降車場、まりん号(等伯ルート)[丸一]グリーンライナー(東京方面)

 【能登島交通】 のとじま臨海公園

 【加越能バス】 わくライナー 高岡駅前

 【競馬場ゆき】 [無料]金沢競馬場

 美しい七尾湾に面した港町・七尾市は能登半島最大の都市として栄えており、「香島津」(かしまづ)と呼ばれた昔から、良港を控えているので各地との交流が盛んだったといいます。JR七尾線普通列車の終着駅、のと鉄道七尾線の始発駅として人影が絶えない七尾駅。この七尾の駅前に広がっているのが、七尾駅前バスターミナルです。

 このバスターミナルからはその七尾市のほとんど全域へとバス路線が伸びており、また七尾湾の海辺に湯煙を上げる和倉温泉、能登のフィッシャーマンズワーフといわれる能登食祭市場、花嫁のれんで知られる一本杉通り、山の寺寺院群など、七尾の観光地への足となるバスは、全てここから出揃います。

 「七尾」という地名は、かつて七尾城のあった山に7つの尾根が存在していたことが由来といわれています。中高のイントネーションで、2音目の「な」だけを高く「な[な]お」と発声するのが地元式です。


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MORI SAKETEN.com SINCE 2003

 ・ 七尾駅前バスターミナル
  ・ JR・のと鉄道七尾駅
  ・ 現在のターミナル工事中の頃
  ・ 島式時代のターミナル
  ・ ガレージ式のバスターミナル時代
 ・ 旧小丸山基地について
 ・ (付録)「パトリア」について


 ・ 七尾駅前バスターミナル

 七尾市は平成16年(2004年)10月1日、旧七尾市、鹿島郡田鶴浜町、中島町、能登島町の1市3町が合併し、新しい七尾市として発足しました。

 古びた島式ホームの乗り場だったのも今は昔で、平成18年(2006年)12月1日に供用開始された新生バスターミナルが、再開発ビル「ミナ.クル」とともに新しい風を呼んでいます。


 
 先代のバスターミナルでは駅舎から横断歩道を2つ渡ってアプローチする必要があったものですが、現在は東側から移動すれば大きな道路の横断なしでアクセスできる構造となり、お年寄りの利用が多いターミナルだけに喜ばれていることと思います。


 
 JR七尾駅と北鉄能登バス。駅舎は昭和32年(1957年)10月25日に竣工したものだそうで、高度成長期の雰囲気を残す外観となっています。平成28年(2016年)12月に外壁と看板が更新されました。


 26-689。
 2番標識に停車する羽七東線の羽咋駅ゆきです。大型バスも幹線ルートを中心に乗り入れます。


 
 上屋の上部に設置されたのりば案内板。行き先ではなく、路線名で記されています。こののりば案内の看板は平成27年(2015年)春頃に整備されました。


 
 3番標識に停車する脇ゆき。3番は七尾市東部へと向かう路線が発着しています。いずれも旧七尾バス(株)発祥の頃の路線です。


 
 4番標識は高浜ゆきや満仁線、三階線が発着します。


 
 七尾市コミュニティバス「まりん号」と「ぐるっと7」は5番標識から。


 
 (過去)「まりん号」に小型ボンネットバスが投入されていた頃の様子です。


 
 6番標識で発車を待つ和倉温泉ゆき、後ろの5番標識に停車しているのは「まりん号」です。


 
 駅舎を出てすぐのところにバスのりば案内のインフォメーションボードが設置されました。


 
 なかなか分かりやすく、はじめて来た方には便利だと思います。


 
 のりばは小公園のような雰囲気です。木の温もりの感じられるベンチも備えられています。


 
 バス停標識は和モダンのデザインです。見易く色分けされた時刻欄が丁寧ですね。


 
 4番標識前の待合コーナーには、のりば案内とともに全のりばの時刻表がまとめて掲示されています。


 
 北鉄能登バス(株)七尾駅前センターです。バス乗車券や企画旅行の受付窓口となっています。ターミナル5番のりばから道路を挟んだ向かい側に位置しており、いまのターミナルへと改修される前から同じ位置に立ち続けている建物のひとつです。

 この七尾駅前センターは元の(株)北鉄観光七尾旅行センターを前身としています。

 平成11年(1999年)4月1日にまず乗車券窓口のみを七尾バス(株)へ移管、平成14年(2002年)4月1日に旅行関係についても移管され、これにより全業務が同社へと引き継がれました。

 いずれかの時期に現在の建物へと建て替えられていますが、路線関係は向かって右、旅行関係は向かって左と、建物の入口が左右2ヶ所に分かれているところに、かつて2社で営業していた時代の名残りを見ることができます。

 平成20年(2008年)4月1日、能登地区のグループ会社合併により、現在のように「北鉄能登バス(株)七尾駅前センター」となりました。


 
 (過去)以前は「ニッポンレンタカー七尾営業所」として受付カウンターも兼ねていましたが、平成30年(2018年)3月30日限りで同レンタカーの営業については終了となりました。レンタカーがあった頃の様子です。いまはなき「ミリオンツアー」の看板にもご注目下さい。


 
 (過去)現在の建物になる前は、このような建物でした。これが旧(株)北鉄観光七尾旅行センターだった建物で、昭和63年(1988年)4月〜5月頃に完成した改修工事により、窓口と同居していたバス待合室を建物後部へと移設し、かわって正面寄りに旅行・売札カウンターなどが設置されたということです。

 建物の前に写っているバス停は当時の特急バスのりばだった6番標識です。

 その後、もと駐車場だったスペースに新しい駅前センターが建てられ、代わってこの旧建物を取り壊した跡地が駐車場となりました。


 
 加越能バス「わくライナー」高岡駅前ゆきののりばは、ターミナル裏側、七尾駅前センター向かいに設置されています。

 さらに平成27年(2015年)4月1日より、金沢競馬場ゆき無料ファンバスののりばがターミナル内の1番標識から加越能バスのりば隣へ移設されました。加越能バスポールの右にある子ども用のような小さいポールが競馬用のポールです。以前、富山県内の競馬バス停車停留所に設置されていたものと同じ外見であることから、いずれかの停留所から流用されたものではないかと思われます。


 
 ミナ.クルの裏に設置されているミナ.クル前のりばです。一般路線バスの降車場およびコミュニティバス「まりん号」の「ミナ.クル」停留所となっています。七尾駅前再開発の進展による経路変更後、平成18年(2006年)12月1日に新設されました。

 コミュニティバス「まりん号」等伯ルートはターミナルには入りませんので、こちらから乗車することになります。

 川原町方面からの七尾駅ゆきは2ヶ所停車となっており、ここで降車扱いをしたあと、ミナ.クルの周囲を回り込んで、ターミナル内の降車場が終点となります。「まりん号」の停留所名は「ミナ.クル」ですが、一般路線バスは「七尾駅前」になっています。

 平成28年(2016年)春頃より一般路線バスにおいても車内放送のみ「七尾駅ミナ.クル前」とコールされるようになりました。

 なお「ミナ.クル前」で降りたあとミナ.クルのなかを通り抜ければすぐ七尾駅前降車場ですので、バスより速く着けます。


 
 七尾駅前第二地区市街地再開発ビルとして建設された「ミナ.クル」は、平成18年(2006年)7月1日にオープンしました。1階に大和サテライトショップ、居酒屋、カフェなどのテナント、2階に七尾市市民課、税務課、上下水道料金お客さまセンターの各窓口やフィットネスクラブ、3階に七尾市立図書館、4〜6階にはホテル「アリヴィオ」が入居し、商業ビルと公共ビルを兼ねています。

 なお、七尾市立図書館は平成30年(2018年)4月1日、七尾市立中央図書館から改称されました。本府中、田鶴浜、中島の各図書館がコミュニティセンター図書室に変更されたことにより、七尾市唯一の図書館となったためです。


 
 ミナ.クル3階からは「あいあいばし」と呼ばれる渡り廊下でショッピングセンター「パトリア」と接続しています。

 広報「ななお」平成18年(2006年)3月号によると、「ミナ.クル」という名称は公募により561件のなかから選ばれたものだそうで、『一度来たらまた来たくなる、老若男女こぞって皆来る、ミラクルなビルになる』という意味が込められているそうです。

 平成31年(2019年)4月25日、ミナ.クル1階の旧ローソンが入っていた区画に「大和 七尾サテライトショップ」がオープンしました。大和はパトリア破産に伴い、同年3月5日よりギフトのカタログ販売に特化の上、小区画を利用した仮設店舗で営業していましたが、約2ヶ月間の充電期間を終え、食品やファッション雑貨を充実させて再オープンを果たしたわけです。


 
 能登島交通(株)が運行する能登島方面へのバスのりばは、ターミナル外、パトリア前にあります。お間違えなきよう……!


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 ・ JR・のと鉄道七尾駅

 七尾ゆきの電車に乗ると、七尾の市街地に差し掛かる手前で左へ左へと大きくカーブして七尾駅へ到着しますが、開業当初の七尾線は、このカーブの部分を曲がらずに直進して、矢田新にあった「七尾港」駅へ向かう線形となっていたのだそうです。後年には貨物線として転用された七尾港への線路ですが、その途中の本府中町付近に置かれていた「七尾」駅が、現在の七尾駅のご先祖様ということになります。

 現在の場所に七尾駅が移設されたのは、大正14年(1925年)12月15日、七尾線が前述のカーブ部分より分岐する形で「和倉」へと延伸されたときのことだそうです。その後、七尾線は和倉から能登中島、穴水、輪島へと延伸していき、新しい「七尾」駅は七尾市の中心駅に。一方、元々のメインルートだった七尾港への線路は貨物専用線となっていったわけです。

 現在の駅舎は昭和32年(1957年)10月25日に完成したもののようです。北陸地方に残るコンクリート造りの駅舎としては、かなり古い部類のものということができます。


   国鉄七尾駅は昭和62年(1987年)4月1日の国鉄民営化によりJR七尾駅に。その後、平成3年(1991年)9月1日に電化工事が完成し、車両はディーゼルカーから電車へと変わり、大阪などから特急列車が直通できるようになりました。引き換えに、非電化のまま残ることとなった和倉温泉〜輪島間はのと鉄道(株)へ移管されています。


 
 令和3年(2021年)1月16日より、カメラやマイクでオペレーターと会話しながら窓口と同じように切符を購入できる「みどりの券売機プラス」の運用が開始され、これにより本駅の窓口営業は廃止されました。駅員さんは引き続き配置されています。

 なお、JR七尾駅ではJR西日本の駅としては珍しく、いまも昔ながらの列車別改札が行われています。改札開始の案内があるまで改札口は閉じられていますので、時間までお待ちください。


 
 1番のりばには「33kgレール」が展示されています。旧ロシア帝国製で、明治31年(1898年)に日露戦争の戦利品として七尾港に陸揚げされたものだそうです。説明書きによると、全国の国鉄線で唯一、七尾線にのみ使用されていたとあります。また一部は国鉄から北陸鉄道(株)へ譲渡され、能登線で廃線まで使用されていた模様です。


 
 (過去)JR七尾線の普通列車は国鉄時代に製作された重厚な電車が長らく活躍を続けていましたが、令和2年(2020年)10月3日、いよいよ新車の投入が開始。そして令和3年(2021年)3月13日改正で全便が新車による運行となりました。


 
 七尾駅の和倉方にある「のとホーム」に停車するのと鉄道七尾線・穴水ゆきです。和倉温泉〜穴水間は石川県内で唯一の非電化区間となっており、軽油を燃料とするディーゼルカーが活躍しています。のと鉄道では改札業務が行われていませんので、乗車券を購入後、そのままホームへ出て、整理券を取って乗車します。

 のとホーム付近では列車の出発前に同社の係員が案内に立ちます。「奥能登まるごとフリーきっぷ」などのフリー乗車券などはこのとき係員の方から購入することが可能です。


 
 昭和61年(1986年)3月、駅舎の一角に国鉄直営喫茶「マイタウン七尾」がオープン。民営化後は「ラポール七尾」と改称され、定食なども供されていましたが、少なくとも平成25年(2013年)春頃には閉店しています。


 
 駅舎の西寄りにトイレがありますが、そのトイレの横の自動販売機などが設置されている小部屋は、もとはなんのスペースだったのでしょうね?? 携帯電話が普及する以前、公衆電話機が並んでいた場所だったのかも知れません。

 七尾駅の待合室には長らく(株)ジェイアールサービスネット金沢が経営するコンビニエンスストア「ちゃお」が営業していましたが、平成28年(2016年)5月8日にいったん閉店。同年5月26日より「セブン-イレブンキヨスクJR七尾駅店」としてリニューアルオープンしました。

 「セブン-イレブン」化に伴い、「ちゃお」時代に販売されていた「松乃寿し」謹製の駅弁(玉宝、幕の内弁当、ちらし寿司、寿司盛り合わせ)の取り扱いは廃止となってしまったようです。和倉温泉駅で駅弁を販売していた「キヨスク」も同時期に閉店となったため、残念ながら七尾地区の駅で駅弁を求めることはできなくなりました。


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 ・ 現在のターミナル工事中の頃

 
 現在のターミナルがまだ工事中の頃のスナップです。


 
 仮設の待合室。木材とトタンを組み合せただけという、非常に仮設感の強いものとなっていました。


 
 各のりばには、古い丸板にペンキを塗って手作りしたと思われるのりば標識が設置されていました。


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 ・ 島式時代のターミナル

 
 七尾駅前再開発が行われる以前は、島式ホームのバスターミナルでした。


 
 現在、ミナ.クルがあるあたりから旧バスターミナルを見たものです。鉄塔が位置関係のいい目印ですね。


 
 1番標識に停車する羽咋駅ゆき。現在との位置関係は分かるでしょうか……? こののりばではドア位置の関係で、後ドア車の場合はよくこのようにはみ出して停車する姿が見られましたね。左手に車が走っていますが、当時はここが国道249号線の本線で、JR七尾駅と駅前ターミナルは交通量の多い国道により分断されていました。


 
 特急バスと「ぐるっと7」はこの位置に。左奥に現在もあるパトリアが見えます。いま「ミナ.クル」が建っている場所の様子がよくわかるかと思います。小規模なビルが並んでおり、すし店やゲームソフト販売の「カメレオンクラブ」、「Yショップ」などが入居していました。


 七尾-801。
 バス待機場に停泊中の七尾-801号車。この当時の七尾バスらしいトップドア車です。右奥に現在と同じ位置の七尾駅前センターが見えます。金沢バス実況さんによると、古い時代には案内所の係員が発車ブザーで合図をしていたこともあったそうです。
 (情報ご提供:金沢バス実況さん)


 
 いまはなき羽七西線の良川ゆきが5番標識に発着。かつての金沢駅の雰囲気とも似ていますね。島式のホームは懐かしさを感じさせます。

 平成9年(1997年)12月24日から、毎年7月と12月にターミナルにおいて七尾バス乗務員親睦会主催の「もちつき大会」が地域密着サービスとして行われていた時期があったようです。交通安全を呼びかけるとともに日頃の利用に感謝するという趣旨で、夏はもちに加え、冷えたスイカやかき氷も振る舞われていたといいます。


 35-929号車。
 珍しいトップドアのエアロスター、35-929号車です。かつては金沢で競馬輸送などにも使われていたワンロマは、ここ七尾にだけ残っていました。


 36-413。
 和倉線専用のホームだった7番標識です。当時は本数も多く、ここにはいつもだいたいバスが停まっていました。懐かしい36-413号車。一般路線バスでは北鉄初(?)の中古車で、千葉県の成田空港交通からの移籍車です。


 
 JR駅舎側からターミナルを見ます。バスは急行免許センター線の特急タイプ車です。手前の広い部分は国道249号線の車道です。早朝で車通りがなく、反対側から上手く向こう側が見渡せる写真を撮ることができました。


 退役後は福井県のコミバスで活躍したらしいです。
 まりん号は、ターミナルではなく駅のロータリーのほうで発着していました。のりば前のラーメン屋さんは現在も営業されていますね。


 
 まりん号のりばから、ターミナルを望む。


 
 七尾バス担当に変更された頃のまりん号と、旧まりん号のりばです。この組み合わせはかなり短い間しか見られなかったことになります。


 
 当時はターミナル入口の羽咋寄りに信号機があり、その名も「七尾北鉄前」! いまは道路付け替えにより車通りも僅少になり、信号機は撤去されました。


 
 能登島交通ののりばは、同社が公立能登総合病院へ乗り入れる前は「小西タイヤ商会」さんの前にありました。現在も同じ位置に能登島交通の七尾駅前での降車場が立っていますが、ターミナルとは現在以上に離れていたことになります。写真をご覧になってお分かり頂ける通り、当時の能登島交通の丸板は北鉄ソックリでした。

<平成17年(2005年)頃までの旧ターミナルの図>

━─━─━─━─━┫       ┃
━─━─━─━─━┫ JR七尾駅 ┠━─━─━   
  降車場    ┗━━━━━━━┛ 
──────────────────────
───────┐  まりん号    タクシー  \
至・羽咋、脇 |   /[1]           \
   ┏━━┓|  /  \            |
   ┃ 窓┃|  \   [2]          |
   ┃ 口┃|  [5]   \          |
   ┗━━┛[6]   \   [3]        |
       | /[7] \  /         |
       | \ \ [4]/          └───至・和倉─
       |  \/
       |┌──────┐┌──────┐ ┌─能登島交通―
       ||      ||  降車場  | |┏━━━━┓
       ||      ||       | |┃    ┃
       ||      ||       | |┃パトリア┃
       ||      ||       | |┃    ┃
       ||      ||       | |┗━━━━┛
                        | |
                        | |
                       | |
                   能登島交通| |
                    旧のりば| |
                        | |
                      至・食祭市場

 [1] 羽咋駅、後畠住宅、急行免許センター
 [2] 鹿渡島、上湯川
 [3] 脇、水上、大野木
 [4] 吉田、七原口、高浜
 [5] 良川、西谷内
 [6] 特急金沢・兼六園下、ぐるっと7、(無料バス)三国競艇、金沢競馬
 [7] 和倉温泉、石崎漁港前

 
 かつて、羽咋、崎山、脇方面からの降車場があった付近。現在はこの道路自体が旧道となっており、車通りもわずかです。写真前方の「横断歩道」の標識のある場所に、「七尾北鉄前」の信号機が設置されていました。

 なお、この写真の右手にあたる場所に、後述のガレージ式のバス乗り場があったようです。

 駅前広場を通らずに直線で北側をスルーする現在の道路は「都市計画道路・川原松百線」として平成18年(2006年)4月27日に開通。その後同年5月頃から駅前広場の工事が本格化し、平成18年(2006年)6月16日より従来のコースで駅前を通り抜けることができなくなりました。これにより、七尾駅前〜川原町間の経路が現行のように変更されています。


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 ・ ガレージ式のバスターミナル時代

 島式ホーム時代のターミナル以前には、現在のターミナルの位置に面して北鉄が広い敷地を擁しており、営業所に併設されたガレージ式の大きなバスターミナルが設置されていたようです。

 現在、この敷地のあった一角には北鉄能登バス(株)の案内所「七尾駅前センター」だけがわずかに残っていますが、その周囲一帯の、現在ビルなどになっている辺り全てが、元々は北鉄の持ち物だったわけです。

 ここは元々は丸中汽船(株)のバス車庫だった場所のようで、七尾交通(株)を経て北陸鉄道(株)へと継承された土地だったのでしょう。

 「北陸鉄道の歩み」によると、昭和25年(1950年)12月1日、七尾駅前に七尾営業所完成とあり、このときガレージ式のターミナルが完成したのではないかと思われます。

 その後、昭和45年(1970年)6月10日に七尾営業所は津向町の現基地へ移転。のりばとしての機能のみが残されたものと思われます。「北陸鉄道五十年史」には昭和50年(1975年)6月8日に七尾駅前ターミナル改築とありますので、このときから先代の島式ホームのターミナルへ移行したのでしょう。

 ただし、島式ターミナルになった当初は旧ターミナル(ガレージ式)のあった敷地は売却されていなかったようで、石川県立図書館に所蔵されている昭和50年(1975年)の社内報「ほくてつ」によると、旧ターミナル跡地に木造モルタル平屋建ての案内所が建てられ、待合室及び従業員休憩室、事務室などのほか、新たに売店やレンタカー七尾駅前案内所も設置されていた模様です。

 この建物がいずれかの時期に取り壊され、敷地の大部分を売却し、残る一部の土地に現在の「七尾駅前センター」を建て直したという流れのようですね。

 昭和55年(1980年)の住宅地図では、旧案内所の裏は「北鉄自動車置き場」となっており、また現在「フラワービル」になっている道路に面した角は駐車場となっています。これが昭和59年(1984年)の地図になると、すでに現在地に「フラワービル」が建っており、裏にあった「北鉄自動車置き場」は「有料駐車場」に変わっています。この間に、何らかの変化があったのではないかとも考えられます。

 なお、この時代は国鉄バス鹿島線が七尾に発着していたようですが、国鉄バスののりばは「能登半島の昭和」という本に掲載されている写真を見たところ、駅舎の前にあった様子です。ちょうど現在のタクシーのりばの後方あたりに相当するようです。


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 ・ 旧小丸山基地について

 かつて、七尾駅からほど近い小丸山に七尾バス(株)の車庫が置かれていたのも、いまでは忘れられつつあります。

 ここは昭和38年(1963年)7月23日に北陸鉄道(株)の「小丸山基地」として新設。当時は駅前にあり手狭だったという七尾営業所を補完する、いわばモータープール的な役目があったようです。

 しかし昭和45年(1970年)6月10日に津向の七尾営業所が完成すると多数の車両を配置する必要がなくなったためか、昭和48年(1973年)7月20日にボート関連事業の「ジャンボマリン」七尾店として使用されるようになり、平成元年(1989年)7月8日からはニッポンレンタカー能登営業所も置かれていたようです。

 このようにバスの車庫としては使われなくなっていた同敷地ですが、これが平成3年(1991年)11月8日の七尾バス(株)営業開始にあわせて、同社の本社および車庫として改装。再びバスが集う場所となっています。七尾バス(株)の開業後、「ジャンボマリン」七尾店は津向の北陸鉄道(株)能登営業所構内へ移転し、平成3年(1991年)12月1日より営業を開始している模様です。

 いま小丸山基地跡を見ても、非常に手狭な土地のように感じられますが、当時の七尾バス(株)は規模もさほど大きくなく、また津向の北陸鉄道(株)能登営業所(現在の七尾車庫)に現地駐在車両も置くなどし、工夫して車両管理を行っていたようです。

 平成13年(2001年)3月4日、北陸鉄道(株)能登営業所が七尾バス(株)へ全面移管されたことにより、営業所機能を津向に一元化。車庫跡地は売却され、現在は幼稚園の駐車場になっているほか、敷地の一部は道路改修の用地となってしまいましたが、小丸山城址公園に面した斜面などに、往時の面影もうっすら残っているような気がします。

 
 ▲小丸山基地跡


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 ・ 「パトリア」について

 
 七尾駅前第一再開発ビル「パトリア」は平成7年(1995年)4月29日にオープン。当初、建物の管理は第3セクターの「七尾都市開発(株)」という会社が行っていました。

 平成18年(2006年)7月1日にオープンした第二再開発ビル「ミナ.クル」とは3階部分から「あいあいばし」と呼ばれる渡り廊下で接続しています。

 元々、昭和48年(1973年)12月13日に開業した「ユニー七尾店」などがあった跡地に建設された複合商業施設で、当初は「ユニー七尾店」(のちの「ピアゴ七尾店」)をキーテナントとしていました。パトリアが開業した頃、量販店(ユニー七尾店)、百貨店(大和ギフトショップ)、専門店街が1つの建物内に同居するスタイルは県内でも珍しいものだったといいます。

 
 ▲ピアゴ時代のパトリア。こんなに賑わっていたこともありました

 「ユニー七尾店」は店舗ブランドの統一に伴う名称変更により、平成21年(2009年)2月21日から「ピアゴ七尾店」となっていました。「ピアゴ」という名称はイタリア語で楽しいを意味する「ピアチェヴォーレ」と場所を意味する「ルオゴ」を合わせたネーミングで、『楽しい場所』という意味が込められているということです。

 パトリアの核店舗として、旧ユニー時代から数えると実に44年にわたって七尾駅前の顔として営業を続けてきましたが、運営会社の合理化により、平成29年(2017年)2月12日を最後に撤退となりました。

 「ピアゴ七尾店」撤退により、後継テナントの確保が急がれていましたが、平成29年(2017年)4月29日、食品スーパー「カジマート七尾パトリア店」と書籍売り場「うつのみや七尾店」が開店し、リ・オープン。5月上旬には衣料品の「M・ネクスト」(ますや衣料)とゲームコーナーがオープンし、さらに6月23日にはホームセンター「ロッキー パトリア店」がオープンしました。

 また平成30年(2018年)1月4日には3階の空きフロアに七尾市役所の窓口のうち、福祉課、子育て支援課、保険課、健康推進課、七尾市福祉協議会が移転し、行政施設としての色彩も強まってきました。

 
 ▲七尾市役所の窓口が入るようになった頃

 なお、ピアゴ撤退後もエスカレーターの自動音声はユニー時代のものが継承されており、
『危ないから、良い子はエスカレーターで遊ばないのよ? ねっ?』という特徴的な放送を引き続き聴くことが可能でした。

 残念ながら、パトリアを運営する七尾都市開発(株)は平成31年(2019年)2月15日に行われた取締役会で破産の申し立てを行うことを決議したそうです。ユニー撤退後、新たなテナント開発が模索され、再生への道を歩み始めたかのように見えたのですが、薬石効なかったということなのでしょうか……。

 当初、平成31年(2019年)3月3日でパトリアは営業を終了することが発表されていましたが、各テナントより「急すぎる」という声が上がったことから、閉店の期日は5月6日まで延期となりました。

 しかし、テナントのうち「ロッキーパトリア店」や100円ショップ、ゲームコーナーは当初の予定通り3月3日で閉店。「大和ギフトショップ」についても同日で退店し、ミナ.クル1階へと移転することになりました。

 さらに「うつのみや七尾店」は3月7日閉店。キーテナントとなっていた「カジマート七尾パトリア店」までもが3月10日を最後に――。さらに「ドコモショップパトリア店」も3月11日に閉店し、ナッピィモールへ移転していきました。

 その後もミスタードーナツや地元テナントの一部は営業を継続していますが、資金不足のためにエスカレーターは停止し、あたかも2階は営業していないかのような雰囲気が漂い、2階のテナントは正常に営業を続けるのが難しい状況となっているように見受けられます。

 

 平成31年(2019年)3月13日にはパトリア存続を求める市民の署名や寄せ書き約2,000人分が七尾市役所へ寄せられたものの、市長の回答は『受け取る立場にない』だったそうです。

 「パトリア」とはイタリア語で「故郷」を意味する名前だそうです。七尾の人々が“故郷の駅”に降り立って最初に目にする思い出の場所、それがパトリアだったのではないかと思うのですが……。

 運営会社が示していた閉店期日は令和元年(2019年)5月6日となっていましたが、5月7日以降も一部テナントが営業を続け、七尾の玄関口を守っています。

 しかし、令和元年(2019年)5月31日を最後にパンの「ラ・パルマ」が閉店。ついに食べ物を購入できるのはミスタードーナツだけとなってしまいました。


 
 ▲廃墟のようになってしまった頃のパトリア

 写真は、テナントの相次ぐ撤退で看板類が全てなくなり、淋しい状況となってしまっていた頃のパトリアです。

 その後、結局パトリアの建物は七尾市が取得することになり、医療、介護などの行政サービス、食品、衣料の買い物や散髪などの日常生活を支えるサービスをワンストップで提供できる施設としてリニューアルオープンする方向で動き出しました。商業スペースは「七尾駅前にぎわい館」、駐車場は「パトリア市営駐車場」となるようです。

 よって、生ける廃墟のような最悪の状況からはまもなく改善されていくものと思われます。

 パトリア1階には今後「ドン・キホーテ」が出店する予定となっており、令和3年(2021年)7月30日にオープン予定。建物全体としての再オープンは工事の終了する令和3年(2021年)3月下旬が予定されており、1階には食パン専門店や弁当店、美容室などの出店が固まっているそうです。2階については当面の間、イベントスペースや創業希望者に低廉な価格で貸し出す「チャレンジショップ」として活用されるほか、フードコートと飲食店が整備される方向で検討されているということです。また3階には学習塾、英語教室、保険会社が出店しています。


参考文献
 「北陸鉄道五十年史」
 「北陸鉄道の歩み」
 北陸鉄道社内報「ほくてつ」各号
 「七尾市・鹿島郡明細区分図」昭和55年・59年(日本地政協会)
 「能登半島の昭和」平成26年(いき出版)
 「北國新聞縮刷版」各号
 「北陸線のあゆみ」金沢鉄道管理局
 広報「ななお」各号

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