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石川県の鉄道廃止
代替バス路線

 鉄道としての役目を終え廃線となった鉄道線を引き継ぐ代替バス。石川県では昭和30年代〜50年代頃に鉄道の廃止が相次ぎ、いまも各地でその代替バス路線が運行しています。そのなかには、すでに廃止から久しく、鉄道代替バス路線というイメージが皆無となってきている路線も。このページでは、石川県の鉄道廃止代替バス路線についてまとめています。

最終修正:2020.03.04 (11)


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 ・ 北陸鉄道松金線
 ・ 北陸鉄道粟津線
 ・ 北陸鉄道片山津線
 ・ 北陸鉄道市内線(金沢市電)
 ・ 北陸鉄道山中線
 ・ 北陸鉄道山代線
 ・ 北陸鉄道金石線
 ・ 北陸鉄道能登線
 ・ 尾小屋鉄道
 ・ 北陸鉄道能美線
 ・ 北陸鉄道小松線
 ・ 北陸鉄道金名線
 ・ のと鉄道七尾線(一部)
 ・ のと鉄道能登線
 ・ 北陸鉄道石川線(一部)

●北陸鉄道松金線 (野々市〜松任町)

 野々市から松任へと、現在の旧国道8号線伝いに走っていた鉄道路線で、松任の「松」、金沢の「金」をあわせて「松金(しょうきん)線」と名付けられたもののようです。当初は野町を起点とし、野町〜泉〜有松〜二万堂〜米泉〜野々市という経路で運行されていたようですが、戦時下である昭和19年(1944年)10月22日に野町〜野々市間が廃止になり、その後は野々市から石川総線に乗り入れて野町へと運行。しかし自動車交通が台頭しはじめた昭和30年(1955年)11月14日を最後に全線廃止となり、石川県内の鉄道廃止の嚆矢となりました。

代替バス :: 松任線(金沢駅前〜有松〜野々市〜松任)
 松金線の廃止に伴い、従来から運行されていた松任線を大幅に増強。鉄道松任町駅跡地は松任バスターミナルとして整備され、ここを新しい交通拠点として「松」「金」間の輸送にあたったようです。

現在…… [40]松任線

 現在も松任線は健在で、千代野線、金沢寺井線とともに日中も20〜30分間隔での運行をキープしています。当初の終点だった松任バスターミナルは昭和47年(72年)9月に廃止となっており、現在、松任線の終点は白山市役所へと延伸しています。


●北陸鉄道粟津線 (新粟津〜宇和野)

 加賀温泉郷にて運行されていた「加南線」を構成する鉄道線のひとつで、山代温泉近くの宇和野より国鉄粟津駅前の新粟津との間を結んでいたものです。国道8号線の拡幅工事のため、昭和37年(62年)11月22日を最後に廃止。正式な区間は新粟津〜粟津温泉で、粟津温泉〜宇和野間は「連絡線」という別の線の一部だったようですが、これもあわせて廃止となっています。これが加賀地区の鉄道廃止の皮切りとなってしまったわけですが、しかし、この年の7月にはロマンスカー「くたに号」が運転開始、翌年7月にはオールアルミニウム製の「しらさぎ号」が運転開始となっており、この頃はまだ加南線に将来性が見込まれていた時代でもあるようです。

代替バス ::山代B線(小松駅前〜粟津駅前〜粟津温泉駅〜山代東口)
 粟津線廃止翌日の昭和37年(1963年)11月23日より、既存の山代線を増発し、島経由(A線)と林経由(B線)の2本建ての系統により代替運行を開始しているようです。とくに旧鉄道線に沿った経路であるB線の林経由はこのとき新設されたもののようで、これが直接の鉄道代替路線ということができそうです。粟津線廃止の2ヶ月前には山代自動車区が新設されていますが、これもバス増発に備えてのものだったようですね。

現在…… 粟津A線

 現在は小松バス(株)により、島経由の粟津A線のみ運行されています。本数は1時間に1本が維持されており、小松駅〜粟津駅前〜粟津温泉間を結び、一部便は那谷寺まで運行していますが、那谷寺〜山代温泉東口間については一般路線バスがなくなっており、JR粟津駅から山代温泉への移動は不可能となっています。もっとも山代へは加賀温泉駅から多くのバスが運行していますので、JRとの乗り換えという点で不便はないといえます。

 もう一つの路線だった林経由のB線は、“免許維持路線”的な運行と成り果てつつも長らく存続されてきましたが、ついに平成31年(2019年)3月31日を限りで廃止となりました。


●北陸鉄道片山津線 (動橋〜片山津)

 これも加賀温泉郷にて運行されていた「加南線」を構成する鉄道線のひとつで、国鉄動橋駅から片山津温泉へと伸びていたものです。動橋では国鉄動橋駅の北側に位置した専用ホームに発着していたそうです。昭和40年(1965年)9月に廃止となっています。

代替バス :: 片山津線(動橋西口〜片山津温泉)
 代替バスの片山津線は、動橋駅の旧北鉄ホーム跡に設けられた「動橋西口」を起点とし、片山津駅跡地に整備された片山津温泉駅バスターミナルとの間を運行していたようです。「小松・加賀・能美今昔写真帖」という本によると、『北陸鉄道はこのバスルートのために、北鉄初のワンマンカーを導入した。バス料金は片山津―動橋20円であった』とあります。方向幕は「片山津−動橋西口」の双方向表記だったようです。

現在…… 廃止

 現在、動橋駅前から片山津温泉へのバス路線はありません。平成20年(2008年)4月30日を最後に、動橋線(山代温泉東口〜動橋駅前〜片山津温泉)廃止により、代替バスもまた消滅の憂き目を見ることとなりました。この動橋線は山代線の代替路線でもあったのですが、最晩年は1日1往復のみという状態でした。加賀温泉駅が開業し、人の流れが大きく変わってしまった悲しみが見えます。


●北陸鉄道金沢市内線

 北陸鉄道が市内電車を廃止する方針を決めたのは昭和40年(1965年)12月27日のことですが、すでに昭和36年(1961年)頃には市電廃止の声が持ちあがっていたそうです。戦災を免れ都市改良の進んでいない金沢市街の交通渋滞は、この頃すでに激しくなってきており、車の洪水のなかをノロノロ走っていた路面電車は都市交通をマヒさせる元凶と決めつけられ、片町や香林坊の商店街近代化を進めるためにも何とかしてほしい、という声が主に沿線の商店主などから上がっていたといいます。

 これに対し北陸鉄道では、廃止に要する費用がかさむという理由で当初は廃止を拒否していたのですが、乗客は車に奪われ、ついに赤字に転落。他の地方都市でもちょうど路面電車が姿を消しつつある状勢でもあり、廃止に踏み切らざるを得なくなったようです。昭和42年(1967年)2月に、市内電車は全廃となっています。

・ 市電1番系統 (金沢駅前〜橋場町〜兼六園下〜小立野)

代替バス :: 小立野線(金沢駅前〜橋場町〜兼六園下〜工学部前)
 1番系統の代替としては、従来からの「小立野線」を橋場町経由とし、金沢駅前〜橋場町〜工学部前(56往復)、金沢駅前〜橋場町〜工学部前(快速)(10往復)、金沢駅前〜橋場町〜出羽町(快速)(8往復)、金沢駅前〜橋場町〜小立野(3往復)の陣営で運行されることなったようです。なお、同時に香林坊経由の「錦町線」も運行を開始しており、これも代替路線のひとつということができます。

現在…… [11]錦町B線

 現在、この小立野線は路線を錦町、さらには東部車庫、金沢学院大へと延長され、「錦町B線」として健在です。本数も多く、金沢市内の主要路線のひとつとなっています。金沢駅前〜武蔵ヶ辻間では、郊外方向はリファーレ前経由ながら、金沢駅方向は六枚町経由となっており、→武蔵ヶ辻→六枚町→金沢駅前→白銀町→武蔵ヶ辻→のラケット状の運行となっていたという市内電車の運行形態がいまもなお踏襲されているということができます。


・ 市電2番系統 (金沢駅前〜香林坊〜野町広小路〜寺町)

代替バス :: 野田線(金沢駅前〜香林坊〜寺町一丁目〜平和町〜野田)
 2番系統の代替は、既存の野田線を増強し、金沢駅前〜野田(61往復)、兼六園下〜野田(2往復)、金沢駅前〜平和町(58往復)、金沢駅前〜平和町(快速)(13往復)、金沢駅前〜寺町一丁目(3往復)、兼六園下〜平和町(1往復)、合同庁舎前〜平和町(8往復)をもって代替としたようです。兼六園下発着便が用意されたのは、バスにおいては乗り換えごとに初乗り運賃となることから、できるだけ乗り換えが必要ないようにという意図があったのではないかと考えられます。

現在…… [20]平和町線・[21]野田線

 現在も平和町線、野田線、大桑線の3路線でもって金沢駅〜寺町一丁目間は日中でも15分〜20分間隔と頻発しており、金沢市内の主要路線となっています。兼六園下発着の便は無くなってしまいましたが、兼六園下〜寺町一丁目間の利用には[83]石引線を使うこともできます。金沢駅前〜武蔵ヶ辻間では、郊外方向は本町経由、金沢駅方向は六枚町経由となっており、→武蔵ヶ辻→六枚町→金沢駅前→白銀町→武蔵ヶ辻→のラケット状の運行となっていたという市内電車の運行系統が完全に踏襲されています。


・ 市電3番系統 (野町駅前〜香林坊〜兼六園下〜小立野)

代替バス :: 野々市線(野々市車庫〜香林坊〜兼六園下〜小立野)
 3番系統の代替としては、電車時代の野町駅発着を野々市車庫まで延伸した形の「野々市線」65往復を新設し、その代替としています。

現在…… [15][43]錦町野々市線

 現在、この野々市線を前身とする路線は「野町・小立野線」と統合されたことによりさらに延長され、「錦町野々市線」として、野々市車庫〜辰巳丘高校、北陸大学薬学部間を乗り換えなしで運行しています。野町駅への立ち寄りも継続して行われており、この系統もまた、電車代替時の運行形態を不足なく残しつつ延伸し、さらに利便性を向上させているということができます。


・ 市電4番系統 (鳴和〜武蔵ヶ辻〜香林坊〜野町駅前)

代替バス ::循環寺町線(柳橋車庫〜武蔵ヶ辻〜有松〜寺町〜兼六園下〜柳橋車庫)
 鳴和〜野町駅前間を運行していた4番系統の代替としては、発着点を柳橋車庫とし、市内を大循環する経路とした循環寺町線を89往復用意して対応しています。なお、このほか東金沢発着便も26往復用意されています。複雑なラケット循環路線であった循環寺町線ですが、電車時代は系統をまたいでの乗り換え利用が可能だったところ、バスの場合はそれができず、乗り換えのつど初乗り運賃が必要となってしまうことから、この循環寺町線はできるだけ乗り換えが必要ないよう、このように旧市電の運行区間をくまなく巡回する形としたのではないかと考えられます。複雑なラケット循環も、電車代替バス路線ならではの運行系統として工夫されたものだったのでしょう。

現在…… [32][80]柳橋円光寺線

 循環寺町線は平成11年(1999年)3月改正で分割され、4番系統の代替区間となる鳴和〜野町間は柳橋〜円光寺間の柳橋円光寺線へ継承されています。循環することのなくなったこの路線ですが、現在も金沢市内の北と南を結んでおり、市電代替の役割は忘れていない様子が伺えます。


・ 市電5番系統(東金沢駅前〜鳴和〜兼六園下〜香林坊〜寺町)

代替バス :: 循環寺町線(東金沢〜武蔵ヶ辻〜有松〜寺町〜兼六園下〜東金沢)
 この5番系統の代替としては、同じく循環寺町線の東金沢駅前発着便26往復がその役目を担っています。また、東金沢線(東金沢〜橋場町〜武蔵ヶ辻〜香林坊)33往復もあわせて運行され、本数の少ない東金沢駅前発着便の補完としていたようです。

現在…… [81]柳橋寺町線

 循環寺町線の東金沢発着は昭和58年(1983年)11月になくなり、さらに循環寺町線自体、平成11年(1999年)3月改正で分割され、5番系統の運行していた区間に相当する部分は柳橋〜泉野出町間の柳橋寺町線に継承されましたが、現在、当初の経路であった兼六園下経由便は朝ラッシュ時のみの運行に縮小されてしまい、ほとんどは金沢駅西口発着の駅西寺町線に置き換えられました。むしろ東金沢〜兼六園下〜小立野〜寺町一丁目〜平和町間の[83]石引線のほうが、もとの5番系統の代替という役割を帯びてきているような気がします。


 ・ 市電6番系統 (金沢駅前〜香林坊〜兼六園下)

 この系統は朝ラッシュ時のみ運行していたようです。

代替バス :: (金沢駅前〜香林坊〜県庁前)
 多くの路線の輻輳する区間であるため、明確な代替路線ははっきりしませんが、強いていえば錦町線の一系統として用意された金沢駅前〜香林坊〜県庁前(15往復)が該当しそうです。

現在…… 兼六園シャトル(?)

 現在、金沢駅前〜県庁前(現:広坂・21世紀美術館)間のみを運行する便はありませんが、兼六園シャトルが金沢駅〜兼六園下間をシャトル運行しており、これがいわば、現代版の市電6系統的なものであるとするのは、いささか強引でしょうか。もっとも、市電6番系統は朝ラッシュ時に運行されていたもののようですから、その趣旨と兼六園シャトルは合致しませんので、微妙なところですが。


●北陸鉄道山中線 (大聖寺〜河南〜山中)

 昭和46年(1971年)7月に加南線は全線廃止となりました。廃止前年の10月には国鉄「加賀温泉駅」が開業しており、これにより、大聖寺と動橋の二つに分かれていた特急停車駅が新設の加賀温泉へ統合され、温泉客の加南線が激減したことも、廃止の要因のひとつとされています。

代替バス :: 山中線(大聖寺駅前〜河南〜山中駅前)

 旧山中線の経路に沿う形で山中線が新設され、当初は大聖寺〜山中駅前間ノンストップの急行便も存在していたようです。

現在…… 温泉山中線

 直接の代替バス路線であった山中線は平成20年(2008年)4月31日を最後に廃止されてしまったため、現在は温泉山中線の派生系統が山代温泉東口経由で大聖寺駅前〜山中温泉間を運行しています。しかし本数は非常に限られており、大聖寺の市街地としての求心力低下の著しさを物語っています。なお、鉄道加南線に致命傷を与えることとなった加賀温泉駅からの山中温泉ゆきは、現在も1時間に1本程度の運行が守られており、加賀市内の幹線として健在です。


●北陸鉄道山代線 (河南〜山代温泉〜新動橋)

 山代線は、もともとは連絡線(河南〜宇和野〜粟津温泉)と動橋線(宇和野〜新動橋)の2路線だったものだそうで、粟津線廃止時に連絡線の宇和野〜粟津温泉間もあわせて廃止となったことにより、統合して河南〜新動橋間の一路線となった経緯があるようです。加南線全廃により、昭和46年(1971年)7月に廃止となっています。

代替バス :: 動橋線(山代東口〜動橋駅前〜片山津温泉)
 山代線の代替に際しては、旧連絡線部分(河南〜山代温泉〜宇和野)は加賀温泉駅発着の温泉山中線でまかない、旧動橋線部分(宇和野〜新動橋)は片山津線廃止時に開業していた片山津線(動橋西口〜片山津温泉)を延伸し、山代温泉東口発着としたうえで「動橋線」と改称し、代替運行に当たったようです。

現在…… 廃止

 片山津線の項でも述べましたが、平成20年(2008年)4月30日を最後に動橋線(山代温泉東口〜動橋駅前〜片山津温泉)廃止により、すでに代替バスは存在していません。特急停車駅でもあった動橋も、いまでは広い構内を持て余す無人駅となってしまいました。


●北陸鉄道金石線 (中橋〜大野港)

 金沢駅近くの中橋を起点として金石街道に沿って走っていた金石線は、昭和46年(1971年)9月に廃止となっています。

代替バス :: 普通大野線(香林坊〜中橋〜金石〜大野口)
 鉄道金石線が運行していた頃から、現在の[61]番に相当する「準急大野線」が運行していたようですが、鉄道廃止により、新たに現在の[63]番にあたる「普通大野線」が新しく開業しています。大野口は現在の「大野港」で、鉄道時代の大野港駅跡です。かわりに現在の「大野」が当時は「大野港」を名乗っていたようですが、昭和49年(1974年)に大野港が「大野」に、大野口が「大野港」にそれぞれ改称され、現在の停留所名となったようです。

現在…… [63]三馬大野線

 現在もこの大野港発着便は健在で、金石までは[60]番、[61]番も輻輳し、日中でも本数は潤沢です。いずれも鉄道時代のような中橋といわず、金沢市内、さらには南郊の金沢工業大学方面や四十万方面へ直通しており、市内でも非常に利便性の高いエリアとなっています。


●北陸鉄道能登線 (羽咋〜三明)

 国鉄七尾線羽咋駅から外浦沿いに北上、志賀町を経て三明というところを終点としていた鉄道線ですが、本来はさらに北へ富来、門前、輪島への延伸が構想されていたようです。昭和47年(1972年)6月に廃止となっています。

代替バス :: 富来線(羽咋駅前〜富来)
 能登線廃止により、従来から運行されていた富来線を大幅に増強し、荒屋経由11往復、福浦経由6往復、羽咋〜高浜間10往復(うち4本は通勤快速)、羽咋〜柴垣間2往復の大所帯となったようです。同日には金沢〜高浜間の「急行高浜線」、羽咋駅〜青年の家間の「青年の家線」も開業しており、鉄道廃止後の充実を図るための大改正となっていたようです。なお、途中駅のうち比較的大規模な駅であったという能登高浜は鉄道廃止から1年後の昭和48年(73年)2月に高浜バスターミナルとして改装されています。

現在…… 富来線

 現在も富来線は健在で、羽咋駅前〜高浜〜富来間を結ぶ生活の足として地元の方々から愛用されています。最近まで存在した三明どまりの便はなくなり、羽咋駅〜高浜、羽咋駅〜富来の2本だてでの運行。1時間に1本程度が運行されています。


●尾小屋鉄道 (新小松〜尾小屋)

 「尾小屋鉄道」は現在の「小松バス」です。銅の生産量が日本一になったこともあるという尾小屋鉱山も、戦後は次第に衰え昭和46年(1971年)に閉山となったそうで、珍しい軽便鉄道(レールの幅の狭い鉄道)として全国的に有名だったという尾小屋鉄道も、後を追うように昭和52年(1977年)3月に廃止となっています。なお、最後は折悪しく雪崩のために尾小屋まで運行できず、やむなく倉谷口折り返しでの最終運行となったうようです。

代替バス :: 尾小屋線(小松駅前〜尾小屋)
 廃止翌日より、鉄道代替バスの尾鉄バス尾小屋線が発足しているようですが、鉄道が現役の時代にも、小松駅〜尾小屋間を走る路線バスは鉄道を補完する形で存在していたようです。鉄道廃止の3ヶ月後、昭和52年(1977年)6月24日に、尾小屋鉄道は「小松バス」と社名を変更しています。

現在…… 尾小屋線

 現在も尾小屋線は健在です。本数が3往復しかないことが鉄道廃線跡探訪者を悲しませることも多いようですが、この本数は少なくとも15年以上変わっていません。尾小屋までの国道は非常に改修が進んでおり、しだいに鄙びた雰囲気は失われつつあります。


●北陸鉄道能美線 (新寺井〜鶴来)

 国鉄寺井(現:能美根上)駅前の新寺井から、現在の能美市域である寺井町、辰口町を経て鉄道石川線鶴来駅へと至っていたもので、鉄道石川総線を構成する線区のひとつとなっていたということです。昭和55年(1980年)9月に廃止されています。

代替バス :: 能美線(根上〜倉重〜鶴来駅前)
 廃止翌日から運行を開始した「能美線」は、当初は2種類の系統が用意され、鉄道時代の運行経路に忠実な系統である「根上(寺井駅前)〜新道寺井(現・寺井中央)〜佐野〜倉重〜鶴来駅」というものと、末寺経由の「寺井車庫(-現:寺井史跡公園)〜末寺〜倉重〜鶴来駅」という系統に分化されていたようです。

現在…… のみバス 連携バス

 バスの能美線は平成19年(2007年)12月31日限りで廃止されたものの、JR能美根上駅〜辰口町内〜鶴来駅の区間を能美市のコミュニティバス「のみバス」連携バスが1時間に1本の間隔で運行しています。当初、こののみバスはJR寺井駅(現:能美根上駅)〜辰口地区内のみの運行でしたが、平成26年(2014年)4月より鶴来駅への乗り入れが開始され、再びJR寺井駅(現:能美根上駅)〜鶴来駅間が結ばれることとなりました。運賃は100円で本数もまずまず多いため利便性は高いといえます。


●北陸鉄道小松線 (小松〜鵜川遊泉寺)

 国鉄小松駅の裏手からまっすぐ東へ運行していた小松市内の郊外電車でしたが、昭和61年(1986年)5月に廃止となっています。廃線跡の多くは道路用地として収用されています。

代替バス :: ハニベ線(小松駅前〜鵜川遊泉寺〜ハニベ)
 鉄道小松線廃止翌日より、小松バス「ハニベ線」がスタートを切りました。開業当初は約20分間隔という高頻度運行で、加賀地区ナンバー1の頻発路線となっていたそうです。北陸鉄道による運行とならず小松バス(株)による代替路線の開設となった理由は、ルートの大部分が小松バスの既設路線と重複しており、不用意な競合をまねく恐れがあったためといいます。

現在…… ハニベ線

 往時に比べて本数はぐっと減ったものの、沿線に高校が多いことからラッシュ時は利用も多く、小松バスでは珍しく大型バスが多く使われる路線となっています。


●北陸鉄道金名線 (加賀一の宮〜白山下)

 金沢と名古屋を白山ルートで結ぶ壮大な夢を物語る鉄道線でしたが、中島地区の鉄橋に崩壊の危険があるとして昭和59年(1984年)12月に休止となり、昭和62年(1987年)4月、結局復活することなく自然廃止となっています。

代替バス :: 河原山線(鶴来駅前〜白山下)
 廃止翌日より代替路線としてこの河原山線が開業したわけですが、鉄道金名線は休止以前から乗客が僅少であったため昼間の時間帯はバスで代行運転していたそうで、この鉄道代行バスが、事実上、河原山線のプレ運行であったということになります。なお、金名線の当初の目的であった金沢と名古屋を直結するという野望は、廃止3ヶ月後の昭和62年(1987年)7月の特急名古屋・金沢線開業により果たされ、当時の「ほくてつ」には金名鉄道創業者の小堀氏のご子孫が感慨深げな文章の感謝状を寄せておられます。この高速バス名古屋線も、広義では金名線の代替バスといえる……といっては大袈裟でしょうか。

現在…… 河原山線

 現在、河原山線は鉄道時代の終点だった白山下よりさらに奥の瀬女(道の駅瀬女)へと延伸されています。朝夕には高校生や中学生の利用も多い路線となっています。


●のと鉄道七尾線 (穴水〜輪島)

 もともとJR七尾線は津幡〜和倉温泉〜穴水〜輪島という区間だったのですが、平成3年(1991年)9月の津幡〜和倉温泉間電化に伴い、和倉温泉〜穴水〜輪島間をのと鉄道へ移管、このうち穴水〜輪島間が、平成13年(2001年)3月31日を最後に区間廃止となりました。

代替バス :: 穴水輪島線(穴水駅前〜輪島駅前)
 廃止翌日より、能登中央バス(株)による代替バス「穴水輪島線」が開業しました。穴水総合病院または穴水駅前〜輪島駅前間の系統をメインとしつつも、高校生の通学時間帯には輪島実業高校のある塚田まで延長するなど、鉄道ではできなかった柔軟な運行体系が敷かれています。停留所の数は、途中に「能登三井」「能登市ノ瀬」の2駅しかなかった鉄道時代と比べれば格段に増えており、ローカル利用に限ってみれば、鉄道時代よりもかえって便利になったという声もきかれます。また当初からバリアフリーに優れたノンステップバスが多く使われていることも、高齢者からの好評の要因のひとつでしょう。

現在…… 穴水輪島線

 現在も穴水輪島線は健在で、のと鉄道に接続して地域の足を担っています。日中の便は市立輪島病院経由となり、高齢者の通院利用に喜ばれています。


●のと鉄道能登線 (穴水〜蛸島)

 奥能登の深刻な過疎化による人口の減少は歯止めがかからず、平成13年(2001年)3月の穴水〜輪島間廃止だけではのと鉄道の経営改善には繋がらなかったようで、平成17年(2005年)3月31日を最後に、のと鉄道発祥の路線である能登線(穴水〜蛸島)も廃止となりました。これにより、のと鉄道の残存区間は、会社発足当時はまだJR西日本の運行していた七尾(和倉温泉)〜穴水間のみとなってしまいました。

代替バス :: 奥能登線ほか
 穴水〜蛸島間という、61km、29駅にも及ぶ鉄道の代替ということで、路線も先に転換された穴水〜輪島間の穴水輪島線とは比較にならないほど長距離となり、県内でもトップクラスの超長大路線となりました。このため系統は、鉄道時代の運行区間に忠実に通しで運行するものと、区間区間で細かな支線的経路を経由するものに分化され、非常に複雑化されてしまいました。反面、路線バスの特性を生かした利便性は穴水輪島線以上に追求されており、沿線の各高校へのダイレクト便や、小型バスを用いた奥まった集落への巡回、既存系統の大幅延長など、これ以上ない工夫が要所要所に盛り込まれています。

現在…… 穴水・宇出津線、穴水・珠洲線宇出津・珠洲線

 現在は複雑で分かりにくかった系統が整理されており、一部のみ穴水〜珠洲間を通し運行する便があるほかは、ほとんどが宇出津駅前で分割され、穴水〜宇出津間の「穴水・宇出津線」と宇出津〜珠洲間の「宇出津・珠洲線」が奥能登地区の運行を担っています。


●北陸鉄道石川線 (鶴来〜加賀一の宮)

 鉄道石川線の末端区間である鶴来〜加賀一の宮間は、お正月の初詣輸送においては終夜運転の電車が威力を発揮していたものの、平常時は利用客が極めて少ない状況となっており、石川線全体として収支状況の悪化が深刻なものとなるなか、平成21年(2009年)10月限りで区間廃止となりました。

代替バス :: 白山線(鶴来駅前〜一の宮)ほか
 廃止翌日の平成21年(2009年)11月1日より、「白山線」の派生系統として「鶴来駅〜つるぎ病院〜一の宮」便が運行を開始しました。途中、つるぎ病院最寄りであった「中鶴来駅」利用客の利便を図るため、つるぎ病院に立ち寄る経路での運行としています。鉄道代替系統とはいえ、利用が著しく少なかった区間の代替ということで、朝夕を中心とした4往復(土祝は4.5往復)のみの運行となりましたが、鉄道廃止による特例措置として、鶴来駅〜一の宮間のみで使用可能な特殊回数券(10枚綴り1000円)が発売されました。

現在…… 白山線ほか

 平成22年(2010年)4月から、この鉄道代替系統の経路を踏襲し、白山線全便がつるぎ病院・一の宮経由に経路変更されたほか、金名線の代替路線である河原山線でもつるぎ病院経由便が新設されています。もともと利用客の少なかった区間であったこともあり、基本的に代替の役目は既存の路線でまかなわれています。なお、旺盛な需要がある毎年正月の初詣輸送については、鉄道石川線と完全接続する初詣バスを終夜運行することで対応されています。


参考文献:「北陸鉄道五十年史」
     北陸鉄道社内報「ほくてつ」各号
     「北國新聞縮刷版」各号


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