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森本の踏切

 幼かった頃、祖父や祖母に手をひかれて、よく踏切に連れていってもらった記憶があります。電車が見たいとせがんだのだろうと思いますが、いま振り返れば、踏切そのものに興味があったような感も、ないではないのです。

 道路であって道路でない、線路であって線路でない踏切は、それぞれを隔てながら、それぞれであってそれぞれでない。一種の魔境だといった人がいますが、その通りだと思います。

最終修正:令和5年2月22日 (4R)


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 そういうわけで、突然ですが我がふるさとの踏切を観光することとします。

 このページの写真はいずれも北陸新幹線金沢開業前、JR西日本時代の平成23年(2011年)〜平成24年(2012)頃にかけて撮影したものです。現在は踏切の警告灯や表示類などの更新されているところがほとんどすべてで、道幅も拡幅されている場合があることをご留意のうえ、アーカイブとしてお楽しみ下さい

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 弥勒縄手踏切| みろくなわて踏切 金沢市弥勒町

 JR北陸本線、森本駅から津幡方向へひとつ目の踏切で、旧国道「森本北」交差点を接骨院側に曲がってすぐにあります。

 「弥勒縄手」とは、森本駅の所在地である「弥勒町」の旧称です。このように昔ながらの地名が置き忘れたように残っているのも、踏切の魅力だと思います。

 踏切のある道路は県道201号・蚊爪森本停車場線。県道とは名ばかりの狭小な生活道路ですが、森本の中心街と国道8号線やイオン金沢店を結んでいるため、交通量は非常に多い道です。道幅の狭い当踏切は文字通りボトルネックで、渋滞の原因となっていましたが、平成24年(2012年)6月から拡幅工事が行われ、少しだけ緩和されました。
 *この写真は拡幅工事前のものです

 森本中学校が近いことから中学生の通学経路ともなっており、生徒の無謀横断が多いためか、多種多様な注意書きや「踏切カメラ作動中」という表示まであり、物々しい雰囲気です。

 
 旧国道8号側から弥勒町方向。「踏切カメラ作動中」。管理人の撮影姿も監視されているでしょう。

 
 弥勒町側から旧国道8号方向を見ます。この付近は北陸新幹線の高架が非常に高くなっています。北陸自動車道をアンダーパスする必要があるためです。


 塚崎道踏切| つかさきみち踏切 金沢市南森本町

 金沢市南森本町にある踏切です。北鉄バス「南森本」バス停の前になります。「塚崎道」とありますが、塚崎町からは離れています。南森本から塚崎へ向う道の途中にある踏切という意味でしょう。南森本と全く関係ない「塚崎」という地名が入っているのが面白いですね。

 この踏切は旧国道側の東森本町会から国道8号線バイパス方面へ抜ける車の交通が多く、また、森本中学校の生徒の通行も多い踏切のひとつ。交通量が多いため、踏切を越えて旧道(北国街道)までの間は一部が拡幅されています。

 
 旧国道8号側から南森本町方向を見ます。北陸新幹線の高架の影になっています。

 
 南森本町側から旧国道8号方向。踏切手前に歩行者・自転車の退避場所があります。


 観法寺踏切| かんぽうじ踏切 金沢市北森本町

 JR北陸本線にピッタリ寄り沿っていた北陸新幹線の高架が、徐々に別れて行くあたりにあります。観法寺北交差点と旧道を結ぶ道に位置し、北陸本線が森下川を渡った間際にあるため、線路の築堤が高く、踏切は中高なカマボコ型になっています。

 北鉄バス「観法寺」バス停や神経内科の「桜ヶ丘病院」が近くにあります。

 
 旧国道8号側から北森本町方向。中央が盛り上がったカマボコ型の踏切です。

 
 北森本町側から旧国道8号方向。高架の先に桜ヶ丘病院が見えます。


 梅田踏切| うめだ踏切 金沢市梅田町

 このあたりの旧国道は山側環状道路の梅田インター開通時に道路の線形が変えられ、線路に沿った道は文字通りの旧道になってしまい、通る車もほとんどありません。この踏切はそんな旧道区間から旧北国街道へとのびる道の入口にあります。

 旧国道のそのまた旧道になってしまった淋しい区間なのですが、自動車販売・修理の「タカラ自動車」は目の前の道路が打ち捨てられようと旧来のまま営業されており、津幡北バイパス開通で閉店する店も多いなか、ここには8号線だった頃の面影が、逆にいまも残っている気がします。また、令和2年(2020年)頃までは「鉢ノ木食堂」も昔通りに営業されていました。

 
 旧国道8号側から北森本町方向を見ます。「カジナイロン」の大きな社屋が目立ちます。

 
 北森本側から旧国道8号方向。線路に並行する道は、この区間では旧道化しており、ほとんど通る車はありません。


 豆田踏切| まめだ踏切 金沢市梅田町

 森本校下の梅田町と、花園校下の今町の境目にあります。「豆田」という地名は地図には載っていないのですが、そういえば管理人の祖母がこのあたりを「マメダ」と呼ぶのを聞いた記憶があります。いまは消えてしまった小字でしょう。

 ごく狭い農道に位置する踏切で、軽車両(自転車、リヤカー、馬)、小特(トラクター、コンバイン)以外の自動車は通ることができません。というか物理的に無理でしょう。冬季間は踏切自体が閉鎖となる小規模なローカル踏切です。

 
 旧国道8号側から旧道方向を見ます。自動車通行禁止の標識が色褪せ傾いていました。

 
 旧道側から旧国道8号方向。農道側はコンクリ舗装ですが、かつては未舗装で、ただのアゼ道でした。

 
 農作業車以外の車両は通行禁止とされています。なお、誤解されている人があるようですが、歩行者については農作業車でなくとも通行できます。


 田近踏切| たぢか踏切 金沢市今町

 今町の外れに位置する踏切です。「田近」とは、この踏切のある道が、かつて今町の東の山間地に位置した「田近村」へ通じる「田近往来」であったことから付いたものと思われます。

 明治40年まではひとつの自治体であった「田近村」ですが、そのうち「四坊町」は廃村、役場のあった「四坊高坂町」は1世帯のみという限界集落となっています。

 
 旧国道8号側から今町方向。左奥に見える高架は終点近い山側環状です。

 
 今町側から旧国道8号方向。旧国道を越えて直進し、山間の道を進むと、徒歩20分ほどで四坊高坂です。

 
 特急サンダーバードがフルスピードで通り過ぎました。いや、特急だけではなく普通列車さえ、この花園地区を黙殺して通り過ぎるのです。駅のない花園の人々にとって、列車は乗るものではなく見るものなのです。駅の設置を強く願っています。


 高坂踏切| たかさか踏切 金沢市今町

 花園小学校近くの踏切。八幡神社の裏手にあります。

 この踏切の道から旧国道を越えて山手へ進むと、やがて曲がりくねる山道を経て四坊高坂へ出ます。南側からの田近往来と並び、北側から四坊高坂へアクセスする道で、このことから「高坂」踏切と名付けられたものと思われます。

 
 旧国道8号側から今町方向。バックに花園小学校の校舎が見えます。踏切警報灯は2方向4基設置されていました。また、踏切前には最近はあまり見かけなくなった可変式の標識が設置されていました。

 
 今町側から旧国道8号側を見ます。分かりづらいですが、この道は旧国道を越え、左奥方向へと山間部まで続いています。

 
 この踏切からは、線路沿いに「和風レストラン 瑞扇」の遺構が見えます。跡地は廃品置場になり、この壁のみが残ります。かつて国道沿いに多く存在していた、昭和の香りのする、ちょっとゼイタクなファミリーレストランでした。

 ここ花園でも同様のレストランとして「サントス」「十字屋」などが国道沿いに出店していたものですが、いまではもう……。

 
 この踏切から撮影してみた唯一の鉄道写真です。


 八幡踏切| やはた踏切 金沢市二日市町

 旧北国街道側の二日市町と、山側の花園八幡町を結ぶ道に位置する踏切です。旧国道8号「二日市町」信号機前にあります。バス停では「八幡」停留所の前ということになります。

 この道はもともとは八幡にある「波自加彌神社」の参道だったようで、線路や旧国道がなかった頃は、二日市町から神社まで真っ直ぐ伸びる閑雅な道だったのではないかと思います。

 「波自加彌神社」は日本で唯一というショウガを祭る神社で、花園地区ではもっとも大きいお社です。

 
 旧国道8号側から二日市方向。道幅がやや広く、遮断棒が左右にあります。

 
 二日市側から旧国道8号方向を見ます。この踏切の警報灯はランプではなく矢印を表示するタイプとなっており、列車の方向を示す表示灯が設置されていませんでした。

 
 踏切の二日市側に、古びた柵と用地跡があります。かつてここに「花園線路班」が置かれていたようです。また、古くは「花園信号場」がこの辺りにあったといいます。

 信号場の多くはのちに「駅」へ昇格し、旅客が乗り降りできるようになった場所が散見されるのですが、ここ花園ではそうはならず、ただの複線の線路になってしまいました。


 榎尾踏切| えのきお踏切 金沢市二日市町

 二日市町に存在するもうひとつの踏切です。この踏切のある道を、さらに山手へ徒歩40分ほど狭い林のなかの道を登っていくと榎尾町に至ります。榎尾は、かつては浅丘町とともに「浅丘小学校」の校下だった山間集落で、やはり過疎化が進んでいます。

 踏切を渡った近くには「花ぞの食堂」があり、国道8号線時代からの昭和の雰囲気を色濃く残す食堂として賑わっていましたが、残念ながら経営者の方が急逝され、令和4年(2022年)秋頃に閉店してしまいました。

 
 旧国道8号側から二日市方向を見ます。八幡踏切に比べると狭い踏切ですが、榎尾道は田近往来と並び、古い時代の花園地区では主要な道路だったと伝えられます。

 
 二日市側から旧国道8号方向。ここも踏切部分だけが狭くボトルネックに。


 岸川踏切| きしがわ踏切 金沢市岸川町

 岸川町にある踏切で、線路より西側、旧道に沿って集落が形成されている町の多い花園にあって、ここ岸川町は、東西に広い構造を持ち、集落内を線路と旧国道が横切っている恰好になります。

 踏切の脇に地蔵尊の小さなお堂があるのが特色です。

 
 旧国道8号側から旧道方向を見ます。手前右側に地蔵尊のほこらがあります。

 
 旧道側から旧国道8号方向。岸川バス停にも近い場所です。

 
 ここの遮断棒は中折れ式になっています。


 高道踏切| たかみち踏切 金沢市岸川町

 岸川町にもうひとつある、農道上の小規模な踏切です。豆田踏切と同じく軽・小特を除き自動車は通行不可。さらに冬季は遮断機の動作が停止するとあります(実際には作動しますが、柵がされて通行止になります)。

 「高道」という地名は聞いたことがないのですが、豆田のような地区民のみが知る小字なのでしょうね。

 近くには花園地区の貴重なコンビニ「ファミリーマート金沢岸川町店」があります。旧オートレストラン「サンスイ」だった場所です。

 
 旧国道8号側から旧道方向。かなり小規模な踏切です。この手の踏切につきものの自動車通行止の標識が立っています。

 
 旧道側から旧国道8号方向を見ます。ほぼ歩行者専用の踏切というしかありません。

 
 冬季間は遮断機が作動しないことを警告した注意書きです。「日本国有鉄道」をペンキで消した跡が年月とともに風化してしまい、読める状態に。


 岩端踏切| いわはた踏切 金沢市利屋町

 高道踏切同様、狭い路地にある小規模な踏切で、ここも軽・小特以外の自動車は通行禁止です。

 「味の十字屋」本社の前にあり、かつては「レストラン十字」と「サントス」という、2つの郊外型レストランが並んで立地していました。こんな立地でもそれぞれ商売が成り立つほどに、かつての8号線は大動脈だったということでしょう。

 
 旧国道8号側から利屋町方向を見ます。踏切部分だけが極端に狭いですね。またここは「制限高4.5m」の警告が架線ではなく独立して立てた看板に表示されています。

 
 利屋町側から旧国道8号方向。左奥に味の十字屋が見えます。かつては併設して「レストラン十字」がありました。

 なお、「岩端」は利屋町のいまはあまり使われることのなくなった小字です。


 十段田踏切| なたんだ踏切 金沢市利屋町

 金沢市最北端の踏切で、利屋町信号機および利屋町バス停の前にあります。「十段田」と書いて「なたんだ」とはなかなか読めない名称です。

 なぜ「十」を「ナ」と読むのか分からないのですが、もしかしたら本来は「ナ段田」だったところ、旧国鉄の担当職員が「ナ」を「十」と間違えて登記してしまい「十段田」となってしまったのではないでしょうか。

 十段田という名称の由来は分かりませんが、おそらく岩端同様、小字の名称ではないかと思われます。

 そして、この踏切を最後に金沢市の区間は終わり、この先は津幡町に入るのです。

 
 旧国道8号側から利屋町方向を見ます。岸川踏切以来の広めの踏切で、遮断棒は両側にあります。

 
 利屋町側から旧国道8号方向を見ます。踏切のすぐ西側がカーブしています。

 
 あまりにも読みにくいためか、踏切名にルビが振ってあります。



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