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[能登半島定期観光バス]
おくのと号|北鉄能登バス
 Sightseeing Bus Oku-noto
 *このページは非公式ファンサイトです

 和倉温泉輪島駅前→千枚田→垂水の滝→聖域の岬→のと里山空港和倉温泉駅前

最終修正:2021.03.09 (26)

 
 加賀屋をバックに和倉温泉をゆく「おくのと号」


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●輪島朝市と“聖域の珠洲岬”へ

 ・ 愛称名
 ・ コース
 ・ 歴 史
 ・ 乗車のヒント
 ・ 参考文献

 朝に和倉温泉、輪島を出発し、奥能登を半島の形そのままにトレースして一周し、和倉温泉へと戻ってくる1日コースの定期観光バスです。

 のと里山空港を出航する午後の航空便に連絡しており、チェックアウトから飛行機の出発までのひとときを奥能登観光に充てるという賢い旅も可能です。

 輪島の朝市、揚げ浜塩田、さいはてと呼ばれる珠洲岬、内浦の美しい海に忽然と迫る軍艦島など、奥能登の文化と自然を魅力を余すことなく味わえるコースです。

 担当は北鉄能登バス(株)七尾営業所です。このコースにはガイドさんは乗務せず、観光案内は音声放送での対応となります。しかし趣向を凝らした放送の文面もまたバスファンにとっての楽しみの1つといえるのではないでしょうか。

 このコースは始発地の和倉温泉出発時刻までに予約がなく、乗車予定の利用者がいなかった場合は運休となります。

 *このページは郷土の定期観光バスに関して趣味として研究している非公式ファンサイトであり、コースの情報や時刻等を紹介しているものではありません。詳しい情報は北陸鉄道公式サイトをご覧になるようお願いします。


[▼]愛称名

 国鉄バスとの共同運行時代から続く伝統的な愛称で、奥能登を周遊するコース取りから名付けられたシンプルなネーミングです。“おくのと”という柔らかい響きが、素朴な旅情をかきたてます。

 一時期は和倉温泉からのチェックアウト後、フライトまでのひとときを観光に充てて貰おうということで「のとフライト号」という愛称だったこともあります。


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[▼]コース

          白千
  輪島キリコ会館 米枚  垂  道の駅
      ┌─○┐ 田  水  すず塩田村
      ↑  └→○─→○──○─→────→─┐
輪島朝市  |      ホテル          ├○聖域の岬・青の洞窟
輪島塗会館○┴┐     海楽荘          ↓
       |    (昼食)       ←──┘
       |              /
  輪島駅前○┤             /─○見附島
  (乗車のみ)|            /
       |           /
       ├──←───┬──←─
       |のと里山空港○
       |
       ├←─────┐
       |      ↑能
       |      |登
       ↓ ◎和倉温泉|島
       └→┼→───┘
       ┌←┘
  和倉温泉駅◎

 和倉温泉バスターミナル発→輪島駅前発→輪島塗会館発→輪島キリコ会館→白米千枚田→垂水の滝・ホテル海楽荘(昼食)→道の駅すず塩田村→聖域の岬・青の洞窟→見附島→のと里山空港着→和倉温泉バスターミナル着→和倉温泉駅着の順での運行です。

 コース番号は[N233]です。

 「あさいち号」「ななお号」についても同様ですが、和倉温泉での乗車場所は和倉温泉バスターミナル1ヶ所で、JR和倉温泉駅から乗車することはできません。

 和倉温泉出発後、輪島駅前までの区間では途中寄留地はないものの、能登島大橋→能登島→ツインブリッジという観光コースを経由しているようで、観光客の眼を楽しませていることでしょう。

 輪島からは半島の形を描くかのように、海に沿いながら外周をたどっていきます。コースの前半は荒々しい岩礁に白波が砕ける外浦の海、後半は波静かな湖のように優しい内浦の海と、それぞれに違った顔を持つ能登の海を眺め比べられましょう。

 昼食は外浦のほうで、奥能登絶景海道沿い、八世の洞門を抜けたところにある「ホテル海楽荘」で、潮騒の音に包まれながらの美味しい時間を迎えます。

 復路ののと里山空港、和倉温泉バスターミナルは降車希望がなかった場合は立ち寄りませんので、その場合は終点・和倉温泉駅の到着時刻が予定よりも早くなる場合があるそうです。

 毎月第2・第4水曜日など輪島朝市の休業日は代わりに穴水町旭ヶ丘の「能登ワイン」見学に変更となります。この場合「輪島塗会館」にも立ち寄りません。

 
 ▲輪島キリコ会館


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[▼]歴 史

 「おくのと号」の系譜
 ・ 黎明期の奥能登定観
 ・ 能登半島定期観光バスAコース「あすなろ号」
 ・ 能登半島定期観光バスBコース「わくら号」
 ・ 能登半島定期観光バスCコース「つくも号・そそぎ号」
 ・ 「おくのと号」(初代)
 ・ 「のとフライト号」時代
 ・ そして2代目「おくのと号」へ……

 その他の奥能登定観
 ・ わじま号(初代)
 ・ わくら号(2代目)
 ・ はくい号
 ・ ゆうとぴあ号→わくら号
 ・ のとれいんぼう号
 ・ ゆういち号
 ・ 能登さいはてめぐり号
 ・ 輪島ゆったり号
 ・ のと恋路号(初代)
 ・ わじま温泉郷号
 ・ のと恋路号(2代目)


●「おくのと号」の系譜

 ・ 黎明期の奥能登定観

 かつて「おくのと号」といえば奥能登の定期観光バスを代表するコースとして知られていました。開業以来、様々な時代を経て現在へと受け継がれていますが、その始まりは国鉄が運行していた「奥能登探勝定期観光バス」と、これに接続する形で北鉄が開始した「能登半島観光線」にあるといえるでしょう。この2つが交わることで、のちの北鉄・国鉄共同運行の「おくのと号」が成立していったわけです。

 昭和33年(1958年)7月20日、国鉄バスが穴水〜狼煙間の奥能登探勝定期観光バスの運行を開始。コースは穴水〜宇出津〜小木〜九十九湾めぐり〜松波〜飯田〜蛸島〜狼煙(50分)〜飯田〜小木〜宇出津〜穴水という往復ルートだったようです。

 昭和36年(1961年)の旅行ガイドブックによれば8月1日〜20日の間運行で、発時刻は8:35。料金は大人660円(九十九湾めぐり60円、灯台見学10円を要す)とあります。

 国鉄OBの方々の手記を集めた「青い道」という本によると、これは当時の国鉄バス能登飯田支所長だった方が、鉄道が建設されることにより最悪の場合はバス路線が廃止されるという状勢のなか、奥能登のバスが生きる道は「観光」だという考えから推進された取り組みだったようです。

 その後、能登半島が最後の秘境・陸の孤島として注目され、昭和30年代半ば〜昭和40年代にかけ、全国から大勢の観光客が集まった「第1次能登ブーム」が起こったそうです。

 そんななか、北陸鉄道(株)では昭和36年(1961年)5月15日〜7月31日の土日祝に輪島〜宇出津駅前間を運行する「能登半島観光線」Aコースを開業。宇出津駅前〜能登飯田間では国鉄バス(おそらく奥能登探勝定期観光バス)に連絡し、北鉄・国鉄の共同事業としての一歩を踏み出しています。

輪島駅前  
◎━━━━━━○曽々木口(昼食)
       ┃
     時国○
       ┃  九   能   ○狼煙
   Aコース┃  十   登   :
       ┃  九   飯   :国
       ┃  湾   田   :鉄
  宇出津駅前◎・・○・・・○・・・・

 これが、北陸鉄道(株)と国鉄バスが共同で運行し、能登ブームを支えた――のちに「おくのと号」を名乗ることになる定期観光バスのはじまりです。

 田川捷一氏が著した「和倉温泉のれきし」には、北鉄が定期観光バスの運行に参入していったことについて、
『「不敵に笑う男」の主演男優が不慮の事故で死亡した事により、若い女性が多く能登を訪れ、定期観光バス開始のふんぎりをつけさせたと、当時の北鉄七尾支社の岡田弘社長がよく言っておられた。』
 との記述がありました。

 映画「不敵に笑う男」の主演は赤木圭一郎。昭和36年(1961年)2月21日、撮影中の事故により亡くなっています。21歳という若さでした。

 いまでいうイケメン俳優の夭逝に、若い女性ファンたちは悲痛な思いで映画の舞台だった能登を訪れ、歩いたのでしょう。

 旅に不慣れな若い女性の感傷旅行……。なにかと事がおきる心配もあり、旅の道しるべとなり指南してくれる定期観光バスの導入は、北鉄にとって使命といえたかも知れません。

 
 ▲狼煙の灯台。能登、いや石川県の最先端だ

 昭和36年(1961年)発行の「お1人でも乗れる能登半島定期観光バス」というリーフレットによると、奥能登Aコースは輪島〜曽々木口〜時国〜宇出津駅前間の運行で、輪島〜宇出津間の運賃は大人190円(遠島山公園まで195円)とありました。

 また「能登半島観光乗車券」(北鉄・国鉄連絡きっぷ)としてバス・汽車とも1割引の企画乗車券を5月15日〜7月20日まで発売。価格は金沢駅から大人810円、小松駅から大人950円。金沢、小松の各駅と日本交通公社で発売とありました。

 ダイヤは次のようになっていたようです。
 ◆輪島10:45発→宇出津14:30着
 ◆宇出津11:00発→輪島16:35着

 1往復のみですが、同じ区間を運行する定期バスを組み合わせることで実質3.5往復の運行として案内されていたようですね。

 食事については曽々木海岸で希望者のみ100円程度の別払いで用意されていたようです。おそらく曽々木口バス停付近の食堂で供されていたのでしょう。

 途中の「時国」は「上・下時国家」の最寄りで、この当時の曽々木口〜宇出津駅前間は町野経由だったため、バスの順路上にある観光地となっていたようです。

 時国家は壇ノ浦の戦いのあと大谷へと流された大納言・平時忠の末裔で、源氏の詮索を逃れるために「平」の名を捨てて「時国」と名乗るようになったのだそうです。本家が上時国家、寛永11年(1634年)に分家したのが下時国家です。そして、定観ではこの両方を「上下・両時国家」とし、略して“カミシモ”と呼ぶのが当時の乗務員さんの間でよく使われた呼び方だったそうですね。

 最近では上時国家は「本家 時国家」、下時国家は「時國家」と名乗っています。

 

 一方、「能登半島観光線」Bコースのほうは同じく昭和36年(1961年)5月15日〜7月31日までの期間限定で和倉温泉〜輪島駅前間を運行していたようです。

 同じ「お1人でも乗れる能登半島定期観光バス」リーフレットによると、中能登Bコースは和倉温泉〜和倉駅前〜能登中島〜三明〜福浦〜富来〜増穂浦・波濤園〜関野〜門前〜輪島間の運行となっていました。

 三明を経由することで羽咋から伸びていた鉄道能登線からの連絡も行えるようにしていたのでしょう。

   ┌──┐
   | ◎┘
   | 輪島駅前
 門前○
   |
関野○┘
  |
  ○増穂浦・波濤園(昼食)
  |
  |
富来○
  | ┌──┐
福浦○─○三 ○能登中島
     明 |
       |
   和倉駅前○─◎和倉温泉

 ダイヤは次の1往復となっていました。
 ◆和倉温泉9:30発→輪島15:30着
 ◆輪島9:20発→和倉温泉16:20着

 和倉温泉〜輪島間の運賃は大人375円で、また「能登半島観光乗車券」(北鉄・国鉄連絡きっぷ)も5月15日〜7月20日まで発売。バス・汽車とも1割引で、Bコースのものは金沢駅から大人810円、小松駅から大人960円。金沢、小松の各駅と日本交通公社で発売とありました。

 昼食は当時まだレストラン巌門がオープンしていなかったため、富来の割烹「波濤園」を利用。価格は100円程度で、希望者のみ別払いの形だったようです。

 いまも外浦線に「波濤園前」というバス停がありますが、割烹の名前がバス停のランドマークとなっているのは、このように定観の休憩地だったことの名残りなのかも知れませんね。

 

 ところで、このリーフレットの『お1人でも乗れる』というタイトルには興味深いものがあります。まだ観光バスといえば貸切での団体旅行が当たり前の時代だったでしょうから、あえてこのフレーズを謳うことで、国民総レジャー時代の到来に応じ、個人で旅する若い層の心をキャッチしたいという狙いがあったのでしょう。

 のちにも車内放送で『お一人でも参加できる北鉄バスの旅が皆様をお待ちしております』という自社広告がかかっていましたが、このキャッチフレーズはそのようにして後年まで受け継がれています。

 昭和37年(1962年)4月21日より、これらの能登半島観光線A・Bコースは「能登半島周遊線」Aコース(中能登コース)、Bコース(奥能登コース)として再編され、このうち中能登コースのほうは曽々木まで延伸。運行期間も4月21日〜11月4日までの毎日運行に拡大されています。

 昭和37年(1962年)7月23日には「巌門観光センター」がオープン。外浦観光の拠点として華々しくデビューした同店は中能登コースのオアシスとしても親しまれるようになったのではないでしょうか。これがのちの「レストラン巌門」です。

 
 ▲巌門の海

 昭和37年(1962年)頃に萬歳楽の小堀酒造が作成したらしい「北陸の魅力」というパンフレットによると、「Aコース(中能登)」は下記のように記載されていました。

和倉→曽々木
 和倉温泉(9:20発)→和倉駅前(9:35発)→三明(10:50発)→巌門(昼食)→富来増穂浦→関野海岸→門前総持寺→輪島駅前(17:30着)→時国→曽々木(18:35着)
曽々木→和倉
 曽々木(9:30発)→時国→輪島駅前(10:40発)→門前総持寺(昼食)→関野海岸→富来増穂浦→巌門→三明(17:45着)→和倉駅前(18:35着)→和倉温泉(18:45着)

   ┌──┬────┬─◎曽々木
   | ○┘    |
   | 輪島駅前  ○時国
   |
   ○門前総持寺
   |
関野○┘
海岸|
  ○富来増穂浦
  |
  |
巌門○ ┌──┐
  └─○三明|
       |
       |
   和倉駅前○─◎和倉温泉

 運賃は和倉温泉〜曽々木間が大人505円、和倉温泉〜輪島駅前が大人400円だったようです。

 このほか、金沢→和倉および輪島→金沢の国鉄七尾線の列車と定期観光がセットになった観光乗車券(1割引)が大人830円で販売されていたようです。

 「Bコース(奥能登)」については次のように記載されていました。

輪島→宇出津
 輪島駅前(10:40発)→時国邸→曽々木(12:35着)(昼食)〜[徒歩連絡]〜垂水(14:00発)→大谷→飯田(15:15着)──国鉄バスに乗り換え──飯田(15:25発)→小木→宇出津駅前(17:15着)
宇出津→輪島
 宇出津駅前(10:40発)→小木九十九湾(車中食)→飯田(12:35着)──北鉄バスに乗り換え──飯田(12:55発)→大谷→垂水(14:05着)〜[徒歩連絡]〜曽々木(15:15発)→時国邸→輪島駅前(17:15着)

         曽
         々  垂
         木  水
 ┌─────┬─◎==◎────○大谷
◎┘     |  徒歩     |
輪島駅前   ○         |
       時国邸       |
           小木    |
宇出津駅前◎・・・・・○・・・・・◎能登飯田
         国鉄バス

 運賃は輪島駅前〜飯田間が大人225円。このほか金沢〜輪島間、宇出津〜金沢間の列車とセットされた観光乗車券(1割引)が大人950円となっていました。

 こうして見るに、バスそのものは輪島駅前〜曽々木間、垂水〜飯田間、それに能登飯田〜宇出津駅前間の国鉄バスの3区間に分かれており、これらを乗り継いでいくという仕組みになっていたようですね。

 曽々木〜垂水間は曽々木トンネルが開通前のため、やむなく徒歩連絡としていたようですが、この区間は大変眺めの良いところで、しかも「忘却の花びら」という映画の舞台として有名になったという「接吻トンネル」もあり、徒歩で通り抜けることそのものが一種の観光になっていたのかも知れません。

 最後に「1泊コース(能登一周)」があり、これは曽々木で宿泊する1泊2日の行程となっていました。

第1日
 和倉温泉(9:35発)→(Aコースに乗車)→曽々木(18:35着)
第2日
 曽々木〜(路線バスまたは徒歩)〜時国〜(路線バスまたは徒歩)〜曽々木〜(徒歩)〜垂水(10:40発)→大谷→飯田(11:50着)(昼食)──国鉄バスに乗り換え──飯田(12:35発)→狼煙→飯田(15:25発)→小木→宇出津駅前(17:15着)

           曽々木  垂水  大谷
   ┌──┬────┬─◎・・◎────○  ○狼煙
   | ○┘    |  徒歩     |  :
   | 輪島駅前  ○時国       |  :
   |            国鉄バス |  :
   ○門前総持寺 ◎・・・・○・・・・・◎・・・
   |      宇出津  小木    能登飯田
関野○┘      駅前
海岸|
  ○富来増穂浦
  |
  |
巌門○ ┌──┐
  └─○三明|
       |
       |
   和倉駅前○─◎和倉温泉

 料金は和倉→飯田が大人600円、金沢からの観光乗車券(1割引)は大人1,310円となっていました。

 行程を見るに、1日コースのためだけに走るバスは垂水→飯田間の北鉄バスだけで、あとは基本的にAコースと国鉄バスを組み合わせて完成する行程となっていた様子です。

 能登飯田から乗り換える国鉄バスもBコースの便と同じもので、宇出津駅前10:40発でBコース(輪島方向)の一行を乗せて出発、能登飯田でその乗客を降ろし、代わって1日コースの一団を乗せて狼煙へと往復したあと、戻ってきた能登飯田でBコース(宇出津方向)の乗客を受け、混乗の形で宇出津へと向かっていたと見ることができます。

 むろん、国鉄バスのみで宇出津駅前〜狼煙間を往復する観光客にも対応していたことでしょう。

 

 ――そしてこの2コースが昭和39年(1964年)4月20日より「能登半島定期観光バス」として組み込まれ、次のステージへと進んでいくことになるわけです。


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  + + + + +

 ・ 能登半島定期観光バスAコース あすなろ号

 昭和39年(1964年)4月20日より、北陸鉄道(株)による半島一周・1泊2日の「能登半島定期観光バスAコース」として新しい体制での運行が開始されています。

 Aコースは和倉温泉〜能登飯田間を走破し、さらに国鉄バスに乗り換えて宇出津へと抜ける能登一周コースとなりました。

              曽
              々  真浦
              木  センター前
   ┌──┬───────○──○────┐  ○狼煙
   | ◎┘               |  :
   | 輪島駅前             |  :
   |                  |  :国
総持寺○                  |  :鉄
   |      ◎・・・・・・・・・・・◎・・・
関野○┤      宇   国鉄バス    能登飯田
   |      出
増穂浦○      津
   |      駅
  ┌┘      前
巌門○
  └──○三明
     |
     └─┐
   和倉駅前○─◎和倉温泉

 昭和38年(1963年)3月25日の曽々木トンネル(曽々木〜垂水間)開通と、昭和38年(1963年)8月1日の「真浦観光センター」オープンで、奥能登のさいはてと呼ばれた曽々木、真浦、大谷は一躍、観光の表舞台に立つことになります。

 真浦観光センター――のちのホテルニューまうらは“能登の親不知”とまで呼ばれた人跡未踏の地に花開いたドライブインとして、バスの旅に憩いを与える存在となっていたことでしょう。

 
 ▲垂水の滝

 「国鉄監修交通公社の時刻表」昭和39年(1964年)9月号に能登半島定期観光バスAコースにあたる「1泊コース」が載っており、和倉温泉〜巌門〜輪島〜曽々木海岸〜真浦〜飯田(飯田〜狼煙灯台〜宇出津は国鉄バス接続)というコースとして掲載されていました。

 まだ高屋〜折戸間のラケット道路が開通していないため、真浦〜飯田間は大谷峠経由で、翌日の飯田より狼煙方面は国鉄バスに乗り換える必要があったようです。ダイヤは下記のようになっていました。
和倉温泉→飯田(泊)飯田→宇出津
 ◆和倉温泉8:50発→能登飯田18:10着(泊)8:00発→宇出津12:40着
 ◆和倉駅前9:30発→真浦17:50着(泊)9:35発→宇出津15:45着
宇出津→飯田(乗り換え)飯田→輪島(泊)輪島→和倉温泉
 ◆宇出津9:35発→輪島17:40着(泊)9:00発→和倉温泉15:10着
 ◆宇出津10:40発→輪島18:40着(泊)10:30発→和倉温泉16:50着
 ◆宇出津13:10発→飯田着

 運賃については和倉温泉〜飯田が大人630円、和倉温泉〜宇出津は大人955円となっていたようです。

 昭和40年(1965年)4月20日からは北鉄・国鉄の相互乗り入れの形で両者とも輪島〜宇出津駅前間を直通運行するようになりました。これにあわせて北鉄は能登飯田〜狼煙および能登飯田〜小木駅前〜宇出津駅前間を延伸、国鉄は能登飯田〜真浦センター前〜曽々木〜輪島間を延伸し、それぞれ乗り入れを開始しています。

 昭和40年(1965年)9月発行のパンフレットによると、この時点のAコースの経路は下記のようなものとなっていました。

              白    真セ 仁 鞍
      鴨ノ浦  千  崎  曽 浦ン 江 崎
        ○  枚  海  々  タ 海 海
        |  田  岸  木  | 岸 岸
      ┌─┴┬─△──△─┬○──○─△─△─○大谷 ○狼煙
      | ◎┘      |         |   |
      | 輪島駅前    ○上・下時国家   △大谷峠|
あすなろ元種△                   |   △能登双見
      |                   |   |
    門前○      ◎─△─○──△────○┴───┘
      |      宇 田 小  恋    能
関野鼻パーク|      出 の 木  路    登
 ハウス┌○┘      津 浦 駅  海    飯
    |        駅 海 前  岸    田
    └─┐      前 岸
    富来○
      |
   増穂浦○
      |
   機具岩△
      |
巌門観光○─┘
センター|
    △大蛇松
    |
 福浦港○  三明
    └──○
       |
       └──┐
          |
          └─◎和倉温泉
△は一旦停車観光地

 寄留地のうち、「鴨ノ浦」は輪島市の“鴨ヶ浦”のことと思われます。竜ヶ崎灯台の置かれている輪島岬の先端に位置し、現在はのらんけバス海コースが通っています。奇岩に囲まれた海辺を定観バスはゆっくりとたどっていたのでしょうか。

 
 ▲輪島,鴨ヶ浦

 また、寄留地のほかに“一旦停車観光地”として大蛇松、機具岩、あすなろ元種、千枚田、白崎海岸、仁江海岸、鞍崎海岸、大谷峠、能登双見、恋路海岸、田の浦海岸ではバスをいったん停め、車窓から観光できるようにしていたようです。

 こうしてみると、現在ではあまり見かけない観光地名もいくつか見受けられます。

 「大蛇松」は“だいじゃまつ”と読むのでしょうか、巌門の近く、ヘアピンカーブ手前の見晴らし台付近にあったようなのですが、現在はまったく聞かれない景勝地名です。これは昭和44年(1969年)の定期観光バスパンフレットにも掲載されています。

 「あすなろ元種」のほうは門前と輪島の間の浦上にある「アテの原木」(あすなろ公園)のことと思われます。ここは現在の国道249号線より一本西側の道路沿いにあるのですが、元々はこちらが旧道だったのでしょうか。

 「白崎海岸」は南志見を過ぎて大川の手前、崖の上から海を見下ろす景色の良いところがその場所です。かつてこのあたりには温泉もあったそうですね。

 「鞍崎海岸」は大谷の手前ですが、いまは新鞍崎トンネルでショートカットされており、旧道は通行止に。かつてを偲ぶことはできなくなっています。

 「能登双見」は寺家の金剛崎よりやや北側の海岸線に見ることができるそうです。いまは能登金剛の「能登二見」こと機具岩があまりに有名で、金剛崎のほうはむしろ“聖域の岬”という通称のほうがよく知られているでしょう。バスは現在の狼煙ポケットパークあたりに停めて、車窓から海岸線を見せていたのでしょうか。

 
 ▲大川から眺めた外浦の浜辺

 昭和42年(1967年)3月20日には前年の暮れに高屋〜折戸間の「ラケット道路」が開通したことにより、輪島〜真浦センター前〜狼煙〜能登飯田の半島外周ルートが一本に繋がり、真浦センター前〜能登飯田間は大谷峠経由から狼煙経由に変更されました。

 「国鉄監修交通公社の時刻表」昭和42年(1967年)10月号によると、能登半島定期観光バスAコースとして和倉温泉→巌門→増穂浦→関野鼻→総持寺→輪島→時国家→曽々木→真浦→狼煙→飯田→小木→宇出津というコースが掲載されています。「ラケット道路」開通により、真浦から直接、狼煙へ出る半島周回ルートが確立されていることが分かります。

               曽
               々  真浦
               木  センター前
    ┌──┬─────→┬○─→○─────→○狼煙
    | ◎┘      |          |
    ↑ 輪島駅前    ○時国家       |
    |                    ↓
 総持寺○                    |
    |     ◎←──○←──────○←─┘
関野鼻○┤     宇   小       能
    |     出   木       登
    |     津           飯
 増穂浦○     駅           田
    |     前
  ┌─┘
巌門○
  └─┐
    |
    └─┐
  和倉駅前○─◎和倉温泉

 この時点では3便が存在し、いずれも「あすなろ号」という愛称が付けられていたようです。3便とも飯田または真浦で1泊する2日間コースとなっています。
◆あすなろ1号 和倉温泉7:30発→飯田18:20(泊)8:00発→宇出津10:10着
◆あすなろ2号 和倉温泉8:50発→真浦17:13(泊)7:55発→宇出津12:40着
◆あすなろ3号 和倉温泉9:40発→真浦18:18(泊)9:40発→宇出津14:25着

 2日がかりの定期観光バスというのも、いまでは考えられないものですが、雄大な能登半島の魅力を余さずに体感するには、1日ではとても無理で、少なくとも1泊2日はかかるというものでしょう。

 真浦泊の場合は「真浦観光センター」(ホテルニューまうら)、飯田泊の場合は「ホテル能登」という旅館が宿泊指定地となっていた様子で、定観の旅人はこれらで一夜を過ごしていたものと思われます。

 Aコースの和倉温泉〜宇出津間の運賃は大人1,040円と記されていました。

 
 ▲ゴジラ岩

 昭和44年(1969年)3月に北陸鉄道(株)により発行された「やさしい人情・美しい自然 国定公園能登半島」というパンフレットによると、能登半島定期観光バスは3月20日〜11月30日まで毎日運行。1泊2日のAコースは、次の通りとなっていました。
 七尾駅前〜和倉駅前〜和倉温泉〜巌門観光センター〜関野鼻〜門前総持寺〜輪島駅前〜時国家〜曽々木〜真浦観光センター〜大崎島レストハウス〜狼煙〜能登飯田〜喜兵衛どん〜小木九十九湾〜宇出津駅前

 日帰りのBコースは上記ルートの輪島駅前までのものとして記載されていました。

 また、Cコース(日帰りまたは1泊2日ルート)については上記ルートの輪島駅前以降のものとなっていました。

 この時点では七尾駅前が始発となっていたようですね。

関           真観  大レ
野           浦光  崎ス
鼻            セ  島ト
パ    鴨が浦   曽 ン   ハ 木
|  門   ○   々 タ 大 ウ ノ
ク  前   |   木 | 谷 ス 浦
ハ┌─○───◎──┬○─○─○─○─○─○狼煙
ウ|  輪島駅前  ○          |
ス|        時国家        |
○┤                   |
 |        九十九湾○─○─○─○蛸島
 ○増穂浦        /  喜 飯
 |   宇出津駅前◎─○小木 兵 田
 ○富来            衛
 |              ど
 ○夫婦岩           ん
┌┘
○巌門観光センター
|
○大蛇松
|
└──○三明
   |
   └───┐
   和倉駅前○─◎和倉温泉
       |
       |
   七尾駅前◎

 このほか、同じパンフレットによると「曽々木・真浦→和倉温泉(内浦コース)」というコースが北鉄交通社による会員募集コースとして設定されており、7月20日〜8月31日までと9月20日〜10月27日までの毎日運行とありました。
 コースは曽々木→真浦観光センター→大崎島レストハウス→狼煙→能登飯田→喜兵衛どん→小木九十九湾→宇出津→穴水城山→和倉駅前→和倉温泉とありました。

 あすなろ号の後半と同様のコースをたどりつつ、そのまま和倉温泉へと向かうものとなっていたのでしょう。

 「国鉄監修交通公社の時刻表」昭和47年(1972年)3月号でも、あすなろ2号、3号にあたる便は七尾駅前が始発となっているほか、翌朝の真浦センター発宇出津ゆきは真浦7:55発→宇出津12:40着の1便のみとなっており、2号、3号とも同じバスへの混乗となっていたらしいことがダイヤから読み取れます。

 石川県立図書館所蔵の社内報「ほくてつ」平成8年(1996年)7月号に掲載されている「長らくご苦労さまでした」という定年退職者からの言葉を紹介するコーナーでは、一人の方から、
『能登観光ブームのときは、定観の増発便が多く出ました。和倉温泉駅から輪島、曽々木方面へ1日15〜16台も出発するため車両が足らず、路線バスに事務員を車掌として乗務させ、お客様の輸送をしたことが心に残っています』
 とのコメントがありました。

 このコースは昭和49年(1974年)4月22日以降、「おくのと号」へ編入され、のちには真浦センターや喜兵衛どん発着の形に発展していくことになります。

 
 ▲鳴き砂の浜


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  + + + + +

 ・ 能登半島定期観光バスBコース わくら号

 昭和39年(1964年)4月20日のシーズン開始時より、和倉温泉〜輪島間の中能登コースは「能登半島定期観光バスBコース」として継承されました。

 「国鉄監修交通公社の時刻表」昭和39年(1964年)9月号には「中能登コース」として、和倉駅前〜和倉温泉〜巌門〜増穂浦〜関野海岸〜鴨ノ浦〜輪島駅というコースが掲載されています。運行は4月20日〜11月15日の間で、2往復となっていました。ダイヤは下記の通りです。
 ◆和倉温泉8:55発→輪島15:10着
 ◆和倉駅前9:30発→輪島16:05着
 ◆輪島駅9:10発→和倉温泉15:20着
 ◆輪島駅10:35発→和倉温泉16:50着

 和倉温泉〜輪島間の運賃は大人420円となっていたようです。

 昭和40年(1965年)9月発行のパンフレットによると、この時点のBコースの経路は下記のようなものとなっていました。

      鴨ノ浦
        ○
        |
      ┌─┴┐
      | ◎┘
      | 輪島駅前
あすなろ元種△
      |
    門前○
      |
関野鼻パーク|
  ハウス○┤
      |
    富来○
      |
   増穂浦○
      |
   機具岩△
      |
巌門観光○─┘
センター|
    △大蛇松
    |
 福浦港○  三明
    └──○
       |
       └──┐
          |
      和倉駅前○─◎和倉温泉

△は一旦停車観光地

 寄留地のほか、一旦停車観光地として大蛇松、機具岩、あすなろ元種、千枚田、白崎海岸、仁江海岸、鞍崎海岸、大谷峠、能登双見、恋路海岸、田の浦海岸ではバスをいったん停め、車窓から観光できるようにしていたようです。

 「国鉄監修交通公社の時刻表」昭和42年(1967年)10月号によると、能登半島定期観光バスBコースとして、Aコースで輪島へ向かい、輪島で乗り換えて和倉温泉へ向かうコースが掲載されています。「わくら号」という愛称が付けられており、これが「わくら号」を名乗る定期観光バスの元祖だったものと思われます。
 ◆わくら1号 輪島9:10発→和倉温泉14:45着
 ◆わくら2号 輪島10:35発→和倉温泉16:30着
 ◆わくら3号 輪島13:30発→和倉温泉19:00着

 なお、上記のわくら2号は実際には真浦8:40始発、同3号は飯田8:00始発で、それぞれ前日に国鉄バスで真浦または飯田に到着して一泊したのち、翌日の朝に出発して輪島、和倉温泉方面へ向かうという利用にも対応していた模様です。

 Bコースの輪島〜和倉温泉間の運賃は大人510円となっていたようです。

 「国鉄監修交通公社の時刻表」昭和47年(1972年)3月号によると、この時点の「わくら号」は輪島〜総持寺〜関野鼻〜巌門〜和倉温泉というコースで、和倉温泉発輪島ゆきの逆コースも記載され、3往復体制となっていることが分かります。この時点で単なるAコースの接続バスから脱却し、単独の定期観光バスとして成立している様子がうかがえます。

    ┌──┐
    | ◎┘
    | 輪島駅前
    |
 総持寺○
    |
関野鼻○┤
    |
 増穂浦○
    |
   ┌┘
 巌門○
   └──┐
      |
      └──┐
         |
         └◎和倉温泉

 このコースは昭和49年(1974年)4月22日以降、「あすなろ号」とともに「おくのと号」へ編入されることになります。

 
 ▲風景よりも多くの言葉を語る看板が、
  しかし風景の前では押し黙る


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  + + + + +

 ・ 能登半島定期観光バスCコース つくも号・そそぎ号

 昭和39年(1964年)4月20日より国鉄・北鉄共同事業の奥能登定観は、奥能登日帰りコースの「能登半島定期観光バスCコース」として組み込まれることとなりました(Aコースは半島一周・1泊2日、Bコースは中能登・日帰り――詳しくはこちらを)。

 「国鉄監修交通公社の時刻表」昭和39年(1964年)10月号によると、定期観光バス「奥能登コース」は輪島〜飯田間4往復で、これに連絡して飯田〜宇出津間の国鉄接続バスがやはり4往復運行されていたようです。ダイヤは輪島駅前発が8:00、9:10、10:35、13:40。宇出津駅前発が8:00、9:35、10:40、13:10となっていました。

 国鉄七尾線の輪島駅、同能登線の宇出津駅の両駅を拠点として、これを結ぶ形で鉄道より先の“奥地”をめぐる定期観光バスは、奥能登1周を手軽に実現できるコースとして喜ばれたことでしょう。

         曽
         々  真浦
         木  センター前
 ┌───────○──○────┐  ○狼煙
◎┘              大|  :
輪島駅前            谷|  :
                峠|  :国
                 |  :鉄
宇出津駅前◎・・・・・・・・・・・◎・・・
         国鉄バス    能登飯田

 輪島〜飯田間の運賃は大人230円となっていたようです。

 昭和40年(1965年)4月20日からは北鉄・国鉄の相互乗り入れの形で両者とも輪島〜宇出津駅前間を直通運行するようになりました。これにあわせて北鉄は能登飯田〜狼煙および能登飯田〜小木駅前〜宇出津駅前間を延伸、国鉄は能登飯田〜真浦センター前〜曽々木〜輪島間を延伸しています。

 昭和40年(1965年)9月発行のパンフレットによると、この時点の奥能登Cコースの経路は下記のようなものとなっていました。

       白    真セ 仁 鞍
    千  崎  曽 浦ン 江 崎
    枚  海  々  タ 海 海
    田  岸  木  | 岸 岸
 ┌──△──△─┬○──○─△─△─○大谷 ○狼煙
◎┘       |         |   |
輪島駅前     ○上・下時国家   △大谷峠|
                   |   △能登双見
                   |   |
      ◎─△─○──△────○┴───┘
      宇 田 小  恋    能
      出 の 木  路    登
      津 浦    海    飯
      駅 海    岸    田
      前 岸

△は一旦停車観光地

 寄留地のほか、一旦停車観光地として、千枚田、白崎海岸、仁江海岸、鞍崎海岸、大谷峠、能登双見、恋路海岸、田の浦海岸ではバスをいったん停め、車窓から観光できるようにしていたようです。

 

 昭和42年(1967年)3月20日には前年冬に高屋〜折戸間の「ラケット道路」が開通したことにより、輪島〜真浦センター前〜狼煙〜能登飯田の半島外周ルートが一本に繋がり、真浦センター前〜能登飯田間は大谷峠経由から狼煙経由に変更されました。

 奥能登をあますことなくぐるりと一周できる北鉄・国鉄相互乗り入れでの定期観光バス事業の実現には、やはり前述の能登飯田支所長だった方が尽力されたということでした。

 昭和42年(1967年)7月13日には珠洲市の南町バス停前に「喜兵衛どん」が開館しています。おそらくすぐに定期観光バスのコースとして取り入れられたのではないでしょうか。

 “能登記念館”とも銘打ち、藩政時代からの豪農・櫻井喜兵衛家に伝わる製塩、漆かきの資料や道具、さらには古美術品などを展示。藩政時代の奥能登に住んだ上層農民の生活を再現した歴史と文化の殿堂となっていたそうです(平成14年(2002年)3月20日に閉館)。

 印象に残る「どん」というのはこの地域での敬称だそうです。もちろん“首領”の意味の「ドン」ではなく、おそらく「殿」が変化したもので、つまり“西郷どん”のようなものでしょう。

 
 ▲喜兵衛どん

 昭和42年(1967年)7月16日には曽々木口バス停前に北陸鉄道(株)輪島営業所曽々木支所が新設されています。能登半島定期観光バスの宿泊地であった「ホテルニューまうら」にも近く、定観の一大基地として能登ブームを支えたことでしょう。同時に旧宇出津支所は統廃合の形で廃止となっています。

 「国鉄監修交通公社の時刻表」昭和42年(1967年)9月号及び10月号によると、この当時の奥能登定期観光バスは便によって「つくも」「みつけ」「そそぎ」といった複数のコース名が付けられ、以下のように運行されていた模様です。
穴水→宇出津→輪島
 ◆つくも1号(北鉄) 宇出津7:30発→輪島15:15着
 ◆つくも2号(国鉄) 穴水8:20発→輪島17:00着
 ◆つくも3号(国鉄) 宇出津10:40発→輪島18:10着
 ◆つくも4号(国鉄) 宇出津13:10発→曽々木18:13着
 ◆つくも5号(国鉄) 宇出津14:40発→飯田16:55着

輪島→宇出津→穴水
 ◆みつけ1号(国鉄) 飯田8:00発→宇出津10:10着
 ◆そそぎ1号(北鉄) 曽々木7:55→宇出津12:40着
 ◆そそぎ2号(国鉄) 輪島7:30発→穴水15:54着
 ◆そそぎ3号(国鉄) 輪島8:20発→宇出津15:45着
 ◆そそぎ4号(北鉄) 輪島9:10発→宇出津17:10着
 ◆そそぎ5号(北鉄) 輪島10:35発→宇出津18:10着

 北鉄では能登半島定期観光バスAコース、Bコース、Cコースとして、下記のように分類して案内していた模様です。
 ・ Aコース(1泊)  あすなろ号+つくも号の乗り換え利用
 ・ Bコース(中能登) あすなろ号わくら号の乗り換え利用
 ・ Cコース(日帰り) そそぎ号、つくも号

 時刻表には、Cコースの輪島〜宇出津間の運賃は大人540円として記されていました。

 なお、このシーズンから宇出津近くの「遠島山公園」が寄留地として新設されているようです。

 遠島山は昔、棚木城という城のあったところで、アカマツの老木の美しい台地です。ここには「奥能登ユースホステル」が建てられたことから、若い旅人たちのベースキャンプとしての機能もあったのでしょう。

 この翌年である昭和43年(1968年)3月11日の北國新聞朝刊に掲載された同年の定期観光バス時刻表によると、この時点のコースは穴水〜城山〜宇出津〜遠島山公園〜つくも(日和山口、北九十九)〜喜兵衛どん〜飯田〜狼煙〜大崎島〜真浦〜曽々木(はしご坂、窓岩)〜時国〜輪島塗〜輪島というコースで、運行期間は3月20日〜11月30日までとなっていました。

         白    は 真セ 仁 鞍
       千 崎 曽窓 し 浦ン 江 崎 大  し
輪島塗    枚 海 々岩 ご  タ 海 海 崎  し
(漆器陳列所) 田 岸 木前 坂  | 岸 岸 島  岩
○─┬────△─△─┬○─○──○─△─△─○──△─○狼煙
  |        |                |
 ◎┘        ○上・下時国家          △能登双見
 輪島駅前                       |
                            |
穴水◎───────◎─○─△─○─┬─△─△─○─○─┘
  :       宇 遠 田 日 ○ 恋 谷 喜 能
  ・・○城山   出 島 ノ 和 北 路 崎 兵 登
          津 山 浦 山 九 海 海 衛 飯
          駅 公 海 口 十 岸 岸 ど 田
          前 園 岸   九     ん
△は一旦停車観光地

 輪島市内の「輪島塗」は“漆器陳列所”なる場所への寄留となっていたようです。当時まだ輪島漆器会館がオープンする前になりますので、どこか別の場所に寄留していたのでしょう。

 これらの寄留地のほかに「一旦停車観光地」として田ノ浦海岸、恋路海岸、谷崎海岸、能登双見、しし岩、鞍崎海岸、仁江海岸、白崎海岸、千枚田が挙げられており、これらの場所ではいったん停車して車窓から景勝を見学する形となっていたようです。

 新しく見られるようになった「しし岩」はラケット道路への経路上の高屋にあります。最近は馬緤にあるゴジラ岩が有名になり、あまり観光名所として着目されなくなってきているように思えますね。

 当時のパンフレットによると輪島駅前〜宇出津駅前間の運賃は大人540円だったようです。昼食や拝観料は含んでいない価格でしょうか。国鉄が発売していた「周遊券」でも利用することができるとあり、九十九湾、喜兵衛どん、時国家では別途料金が必要とのことでした。

 この昭和43年(1968年)のシーズンではおおむね前年の時刻と同様の便が運行されているのに加え、新たに「のろし1号」「のろし2号」が加わっています。これは飯田〜狼煙〜真浦・曽々木間で夏季のみ運行されるものだったようで、注釈には「快速便」と記されていました。ダイヤは以下の通りです。
 ◆のろし1号 曽々木窓岩6:10発→飯田8:02着(7/11〜8/26のみ)
 ◆のろし2号 喜兵衛どん17:05発→曽々木窓岩18:57着(7/10〜8/25のみ)

 このシーズンにおいては、そのほか穴水町の寄留地として「城山」へ一部の便が運行するようになっていたようですが、欄外には『城山は不定期で運行するとき公示します』と書かれています。臨時運行に近い形だったのかも知れませんが、あまり人気がなかったのか、その後の時刻表ではこの寄留地は見られなくなっています。

 昭和43年(1968年)6月4日には「大崎島レストハウス」が開業し、景勝の地・大崎島での休憩に一役買うこととなります。この「大崎島レストハウス」を経営するための会社として、のちにバス事業者に転ずる「奥能登観光開発(株)」が設立されたわけです。

 昭和44年(1969年)に発行された定期観光バスのパンフレット「やさしい人情・美しい自然 国定公園能登半島」には、大崎島について、
『面積20ヘクタールの島全体が大きな岩で、怪石が転げでたような洞穴が無数にあり、ここから眺める外浦海岸の景色は一幅の絵を見るようなすばらしい感じがします。島を背景に六角形の殿堂、市営のレストハウスが建設され、潮が満ちたときは休憩室の下まで海水が打ち寄せ、ちょっとした竜宮城気分が味わえます』
 と紹介されていました。

 
 ▲現在は道路拡張用地に消えた大崎島レストハウス跡

 昭和46年(1971年)より通年運行が開始され、冬季にも運行されるようになっています。冬の能登半島という感傷的なイメージから、これに共感する若者世代の需要が高まっていたようで、これに呼応するのは必然的な流れだったのだったのでしょう。

 この昭和46年(1971年)には国鉄のディスカバーキャンペーンも影響し、全国から奥能登に観光客が殺到。同年の北鉄運行の能登半島定期観光バスは全コースあわせて37万3,000人もの利用があったそうで、北陸鉄道五十年史においても『まさに絶頂期であった』と記されています。

 なにしろ、バスを増発しても増発してもキリがないほどの利用客が駅に押し寄せ、1つのコースに10両以上の続行便が付き、車両もガイドも足らないため、バスはビニール張りのシートが並ぶ一般路線車、ガイドにはアルバイトの女性や運転士としてデビューする前の男子が乗務するのはまだ良いほうで、管理職が動員されるケースすらあったそうです。

 石川県立図書館所蔵の社内報「ほくてつ」平成8年(1996年)7月号に掲載されている「長らくご苦労さまでした」という定年退職者からの言葉を紹介するコーナーでは、一人の方が、
『昭和40年代の能登ブームで輪島駅前はたくさんの観光客でごったがえし、定期観光バスは毎日満席の状態で、増発また増発の連続で、客層は若い女性が多く、今思えば信じられないような思い出です』
 と述懐されていました。

 新婚旅行が熱海や宮崎の時代、都会から遠く離れ、日本最後の秘境とまで謳われた能登半島への旅は、当時の若者にとっては、現代における海外旅行のように特別なものだったのではないでしょうか。

 きっといまでいえばシンガポールやバリ島を旅するような感覚で、若い女性グループやカップルが多く訪れていたのでしょう。

 昭和46年(1971年)5月4日付け北國新聞朝刊に掲載されている「忍耐と苦難の連休ラッシュ 能登周遊」という記事によると、
『北鉄では午前十時までに四十台のバスを連続投入し定期乗客を送りだしたが、それでもバスがたりず同十一時すぎまで七、八百人ものバス待ちの長い列ができ、なかには三時間も待たされた人もいた』
 と、連休真っ最中の輪島駅前の様子が報じられています。

 輪島ではこの昭和46年(1971年)5月3日、定期観光バスの発車台数が実に55台を数えたそうで、記事でもこれは「新記録」とされていました。この前日の5月2日には、宿泊者は予約客だけでも約4,000人もの超満員。その上に予約なしの約3,000人もの人が詰めかけ、輪島市では公民館、神社、寺院など20ヶ所を仮宿泊所として開放。それでも収容しきれず、記事によると、
『夜おそくまで一般民家へのなだれこみが続いた』
 とまで記されていました。一般の民家にまで、泊めてくれという観光客が押し寄せたというのです。まったく現代では考えられない超バブル状態です。

 乗せた利用者が今晩の宿がないというので厚意で自宅に泊めてあげるということを繰り返すうち、いつしか客をもてなす妙味に目覚められたのでしょうか、本当に民宿を開いたという元運転士の方もおいでるそうです。

 
 ▲輪島の朝市

 昭和46年(1971年)7月24日には「輪島漆器会館」がオープン。輪島塗の殿堂として定期観光バスを迎えるようになり、これを機に「輪島塗」への寄留はこちらの会館を利用するようになったものと思われます。

 なお、同会館の3階には北鉄のグループ会社である輪島開発(株)が「レストランわじま」をオープンさせています。

 まさに、この頃が能登ブームの最盛期であったようで、石川県立図書館に所蔵されている昭和47年(1972年)の「ほくてつ」には、昭和46年(1971年)の能登半島定期観光バスの利用者は前年より3割増し、5年前と比べるとなんと2.5倍という急増ぶりであると紹介されていました。

 そして奥能登の定期観光バスA・B・Cの各コースは「おくのと号」へと集約されていくのです。

 
 ▲狼煙の禄剛崎


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  + + + + +

 ・ おくのと号(初代)

 昭和49年(1974年)4月22日より、能登ブームの過熱化に伴う観光客の積み残し対策のため、能登半島定期観光バスに予約制が取り入れられています。

 おそらく、これにより国鉄の「みどりの窓口」で使用されているオンライン予約システム「マルス」へ収容する必要性から、北鉄・国鉄共通の「おくのと号」という愛称名が使われ始めたのではないかと思われます。

 これを報じる社内報「ほくてつ」(石川県立図書館所蔵)の記事によると、「マルス」を使用しての国鉄と民間での共同予約実施は全国初のものだったとありました。本当に初だったのかどうかは分かりませんが、実際、当時としては非常に珍しい取り組みだったのではないでしょうか。

 座席指定については穴水、宇出津駅前、輪島の各駅から乗車の場合のみ受け付け(指定券100円)、途中から乗車の場合は空席のある場合に限り自由席で乗車できるという「東名ハイウェイバス」方式での運行だった模様です。

 その一方で、昭和49年(1974年)3月29日の北國新聞朝刊には「観光ブームも一段落」とし、前年の能登地域への観光客の伸びが過去五年間で最低となったとの記事が掲載されています。

 観光バブルの終焉が数字上では表れていたといえますが、しかし定期観光バスの受け入れ体制としては逆にこの頃から昭和52年(1977年)頃までがピークだったようですね。

 

 「国鉄監修交通公社の時刻表」昭和50年(1975年)3月号によると、「おくのと号」は穴水〜宇出津〜遠島山〜九十九湾〜恋路浜〜喜兵衛どん〜能登飯田〜狼煙〜大崎島〜真浦センター〜曽々木〜時国家〜輪島という経路で、この時点では以下の便が運行されていた模様です。
穴水→宇出津→輪島
 ◆おくのと1号(北鉄) 宇出津7:30発→輪島15:10着(冬季運休)
 ◆おくのと3号(国鉄)  穴水7:25発→輪島15:18着(冬季運休)
             (*「のりくら7号」運転日のみ運行)
 ◆おくのと5号(国鉄)  穴水8:15発→輪島16:40着
 ◆おくのと7号(国鉄) 宇出津10:35発→輪島17:39着
 ◆おくのと9号(北鉄) 宇出津13:05発→曽々木18:05着(冬季運休)
 ◆おくのと11号(国鉄) 宇出津14:30発→曽々木19:06着(冬季運休)
             (*閑散期は能登飯田どまり)
 ◆おくのと103号(北鉄) 真浦8:00発→輪島8:50着(冬期運休)
 ◆おくのと105号(北鉄) 真浦8:50発→輪島10:20着(冬期運休)
 ◆おくのと107号(北鉄) 飯田8:20発→輪島12:50着(冬期運休)

輪島→宇出津→穴水
 ◆おくのと2号(国鉄) 輪島7:25発→穴水16:00着(冬季運休)
 ◆おくのと4号(国鉄) 輪島8:10発→宇出津14:51着(冬季運休)
 ◆おくのと6号(北鉄) 輪島9:00発→宇出津17:10着
 ◆おくのと8号(北鉄) 輪島10:30発→宇出津18:05着(冬季運休)
 ◆おくのと10号(北鉄) 輪島13:30発→喜兵衛どん18:05着(冬季運休)
 ◆おくのと102号(国鉄) 飯田8:05発→宇出津10:01着(冬期運休)
 ◆おくのと104号(国鉄) 曽々木7:00発→宇出津11:37着(繁忙期のみ)
 ◆おくのと106号(北鉄) 曽々木7:50発→宇出津12:40着(冬期運休)

 「のりくら7号」というのは名古屋から高山本線を経由して金沢まで運行されていた夜行の座席急行列車で、これが季節運行の形で穴水まで延長されていたもののようです。

 この時刻表の時点の停留所と寄留地は、穴水駅前、宇出津駅前、遠島山公園、九十九湾、恋路浜、見付海岸、喜兵衛どん、能登飯田、葦ヶ浦(現:葭ヶ浦)、狼煙、木ノ浦、高屋、大谷、真浦センター、曽々木、曽々木口、時国家、輪島漆器会館、輪島駅前となっており、このうち太字で表記してある場所については途中下車が可能だったようです。

 このほか、この当時には旧「あすなろ号」「わくら号」であったコースについても「おくのと号」に編入されているものと思われるのですが、国鉄監修時刻表においては「和倉温泉〜輪島〜宇出津コース」として別表に掲載されていました。内訳は和倉駅前発真浦センターゆきが7:45、8:40、9:20の3便、和倉駅前発輪島ゆきが13:35の1便。反対方向では輪島駅発和倉温泉ゆきが8:00発の1便、真浦センター発和倉温泉ゆきが8:00、8:50、11:05の3便となっていました。

 運賃については、いずれも観光料金は現地払いで、穴水〜輪島間が大人1,800円、宇出津〜輪島間が大人1,400円、輪島〜飯田間が大人1,000円。

 また「和倉温泉〜輪島〜宇出津コース」については、和倉温泉〜宇出津が大人2,750円、和倉温泉〜真浦センターが大人1,650円、和倉温泉〜輪島駅前は大人1,350円と記されていました。

 以後も少なくとも北鉄側においては、和倉温泉〜宇出津間を踏破する場合を「Aコース」、和倉温泉〜輪島間で利用する場合は「Bコース」、輪島〜宇出津間で利用する場合は「Cコース」という区分けで案内され続けました。なお、「Aコース」は超長距離であり、途中で宿泊を挟む必要もあることから実際には直通する便の設定はなく、必ずどこかで乗り換えをする形となっていた模様です。

 昭和51年(1976年)3月10日からは、クーポン料金の改訂にあわせ、利用客に手提げバッグとパンフレットをプレゼントするサービスが開始されています。

 能登ブームの余韻の残る昭和52年(1977年)7月発刊の旅行ガイドブックを開くと、同年6月現在という「おくのと号」の時刻表が掲載されており、逆コース・区間便あわせて何と18便もの「おくのと号」が運行されていたことが分かります。北鉄バスには真浦〜輪島〜和倉温泉間で運行するもの(10、103、105、107、108号)と、七尾駅前→和倉温泉→輪島→真浦というアレンジコース(112号)もあり、ニーズにあわせて木目細かく便が設定されていた様子が分かります。

                曽  真  大レ
                々  浦  崎ス
              曽 木  セ  島ト
              々 窓  ン   ハ   木
     輪島       木 岩  タ 大 ウ 高 ノ
     漆器会館     口 前  | 谷 ス 屋 浦
    ┌○─┬────┬─○─○──○─○─○─○─○─○狼煙
    |  |    ○ |              |
    | ◎┘   南惣 ○時国家           ○葭ヶ浦
    | 輪島駅前                   |
 総持寺○                        |
    |  ◎───◎─○───┬──○─○─○─○──┘
関野鼻○┤  穴   宇 遠   ○  恋 見 喜 能
    |  水   出 島   九  路 付 兵 登
  ┌─┘      津 山   十  浜 海 衛 飯
巌門○        駅 公   九    岸 ど 田
  |        前 園   湾      ん
  └┐
   └──┐
      |
      └─┐
    和倉駅前○─◎和倉温泉
        |
    七尾駅前◎

 この時点までに「南惣」への立ち寄りが開始されているようです。能登集古館「南惣」は昭和46年(1971年)11月オープン。天領・大野村の庄屋だった南家が開いた施設で、白壁の土蔵造りの建物は築200年の米蔵を改装したものだそうです。

 代々、南家は田畑、山林の大地主であるのみならず、製塩、製茶、養蚕、売薬などを手掛け、北前船の船主としても栄えた大富豪だったそうです。町野川を挟んで、川の向こうは時国家、川のこちら側は南家が支配していたのだそうで、背後の山々も全て南家の持ち山だとか。

 そんな南家が300年にわたって集め続けた絵画、茶道具、仏像などが南惣の展示品です。奥能登の文化面における新たな観光スポットが誕生したといえるでしょう。

 この南惣では見学後、お茶の振る舞いも行われていたようですね。

 
 ▲南惣

 昭和52年(1977年)6月現在の時刻が掲載されている旅行ガイドブックによると、当時のコースは次の通りとなっています。
穴水→宇出津→輪島→和倉温泉
 ◆おくのと1号(北鉄) 宇出津7:30発→輪島15:00着(冬季運休)
 ◆おくのと3号(国鉄)  穴水7:25発→輪島15:18着(冬季運休)
             (*「のりくら6号」運転日のみ運行)
 ◆おくのと5号(国鉄)  穴水8:15発→輪島16:40着
 ◆おくのと7号(国鉄) 宇出津10:35発→輪島17:39着
 ◆おくのと9号(北鉄) 宇出津13:05発→曽々木17:40着(冬季運休)
 ◆おくのと11号(国鉄) 宇出津14:30発→曽々木19:06着(冬季運休)
             (*閑散期は能登飯田どまり)
 ◆おくのと103号(北鉄) 真浦センター8:00発→和倉温泉13:40着
             (冬季は輪島駅前9:00始発)
 ◆おくのと105号(北鉄) 真浦センター8:50発→和倉温泉15:30着
 ◆おくのと107号(北鉄) 能登飯田8:20発→和倉温泉17:35着
 ◆おくのと109号(国鉄) 恋路浜8:00発→輪島14:55着(4/11〜11/4運行)

和倉温泉→輪島→宇出津→穴水
 ◆おくのと2号(国鉄) 輪島7:25発→穴水16:00着(冬季運休)
 ◆おくのと4号(国鉄) 輪島8:10発→宇出津14:51着(冬季運休)
 ◆おくのと6号(北鉄) 輪島9:00発→宇出津17:10着
 ◆おくのと8号(北鉄) 輪島10:30発→宇出津18:05着(冬季運休)
 ◆おくのと10号(北鉄) 和倉温泉8:15発→喜兵衛どん17:45着(冬季運休)
 ◆おくのと106号(北鉄) 曽々木7:50発→宇出津駅前12:30着
 ◆おくのと108号(北鉄) 和倉温泉8:15発→真浦センター15:35着(冬季のみ)
 ◆おくのと112号(北鉄) 七尾駅前8:45発→真浦センター16:30着(冬季運休)

 入場拝観料、昼食代を含むクーポン料金は、和倉〜輪島〜宇出津間が大人4,900円、和倉〜輪島間が大人2,600円、輪島〜宇出津間が大人3,300円となっていたようです。ただし、輪島、宇出津、穴水から乗車の場合はバス指定券100円が必要とありました。七尾駅前、和倉駅前、和倉温泉から乗車の場合も座席料100円が必要となっていたようです。

 なお、バスのみの利用もできたようで、その場合の運賃は和倉〜輪島〜宇出津間が大人3,100円、和倉〜輪島間が大人1,500円、輪島〜宇出津間が大人1,700円とありました。この場合もバス指定券や座席料は必要だったものと思われます。

 黄金の能登ブームの余韻もこのあたりまでで、70年代の終焉とともに奥能登への来訪者は減少。能登定観の運行本数はこの頃から下り坂に差し掛かることとなります。

 この直後の昭和52年(1977年)7月の夏シーズン開始時には真浦→和倉温泉間の運行だった103号が輪島駅前始発として短縮されています。

 昭和53年(1978年)6月16日からは、それまで北鉄側で案内されていたA、B、Cコースの区分けが廃止され、すべて「奥能登コース」として統一されたようです。また、この改正で「おくのと105号」が廃止され、代わって旧107号が新しく「おくのと105号」となったようです。
 (情報ご提供:ぽんさん)

 昭和54年(1979年)7月20日には珠洲市馬緤町に奥能登観光開発(株)による「レストラン奥能登」がオープン。新しい寄留地となっています。一方、従来営業されていた「大崎島レストハウス」のほうは道路拡張の予定地となったことにより、昭和54年(1979年)10月31日限りで閉店となっています。

 
 ▲レストラン奥能登

 昭和55年(1980年)3月10日には「おくのと103号」(輪島→和倉温泉)が廃止に。「おくのと112号」は4月27日〜5月6日、7月15日〜8月31日および9月と10月の日祝日のみの運行で、しかも輪島が終点となりました。ただしこの112号は冬季に限っては真浦センター前まで毎日運行という変則的な形態となっていたようです。これは冬季は運休となる「おくのと10号」(和倉駅前→能登飯田)を補完するための措置だったようです。
 (情報ご提供:ぽんさん)

 昭和55年(1980年)6月発行の北鉄時刻表に掲載されている「おくのと号」のコースは、以下の通りとなっていました(同時刻表では国鉄担当の穴水発着便について、穴水の時刻が記載されていませんが、他停留所及び寄留地の時刻が昭和52年(1977年)の時刻から変更ないことを勘案して推定しています)。
穴水→宇出津→輪島→和倉温泉
 ◆おくのと3号(国鉄)  穴水7:25発→輪島15:18着(冬季運休)
             (*「のりくら9号」運転日のみ運行)
 ◆おくのと5号(国鉄)  穴水8:15発→輪島16:40着
 ◆おくのと7号(国鉄)  宇出津10:35発→輪島18:03着
 ◆おくのと105号(北鉄) 能登飯田8:20発→和倉温泉16:35着(冬季は真浦センター始発)

和倉温泉→輪島→宇出津→穴水
 ◆おくのと106号(北鉄) 曽々木窓岩8:00発→宇出津12:40着(冬季運休)
 ◆おくのと2号(国鉄)  輪島7:25発→穴水16:00着(冬季運休)
 ◆おくのと4号(国鉄)  輪島8:10発→宇出津14:51着(冬季運休)
 ◆おくのと6号(北鉄)  輪島9:20発→宇出津17:10着
 ◆おくのと8号(北鉄)  輪島10:30発→宇出津18:05着(冬季運休)
 ◆おくのと10号(北鉄)  和倉駅前8:30発→能登飯田17:48着(冬季運休)
 ◆おくのと112号(北鉄) (夏)七尾9:00発→輪島駅前14:20着(繁忙期のみ)
 ◆おくのと112号(北鉄) (冬)和倉温泉9:20発→真浦センター16:25着(冬季のみ)

 「国鉄監修交通公社の時刻表」昭和55年(1980年)10月号によると、この時点の「おくのと号」のバス指定券は400円となっており、以前と比べると4倍に値上がりしている様子が分かります。

 このほかの運賃については、穴水〜輪島間が大人2,300円、宇出津〜輪島間が大人1,750円、輪島〜飯田間が大人1,300円となっていたことが読み取れます。これらはいずれも食事代などの付帯料金を含まない価格だったようです。

 また、和倉発着の場合の運賃については、和倉温泉〜穴水間は大人3,900円、和倉温泉〜宇出津間は大人3,350円、和倉温泉〜輪島間が大人1,600円となっていた模様です。

 
 ▲能登観光の基地・和倉温泉

 昭和56年(1981年)のシーズンからは、和倉温泉〜真浦・能登飯田方面間の直通便が輪島駅前で分断され、これでかつての「Aコース」のような動きを取るコースはなくなり、「おくのと号」は和倉温泉〜輪島駅前間の旧Bコース系統と輪島駅前〜宇出津駅前・穴水駅前間の旧Cコース系統に完全に分断された形になりました。

 分断された便のうち、能登飯田→和倉温泉で運行されていた「おくのと105号」は「おくのと13号」(能登飯田→輪島駅前)と「おくのと11号」(輪島駅前→和倉温泉)に分かれました。

 和倉温泉→能登飯田で運行されていた「おくのと10号」は輪島駅前までに短縮の上で新しく12号が設定されました。よって「おくのと10号」(和倉駅前→輪島駅前)と「おくのと12号」(輪島駅前→喜兵衛どん)に分離されたことになります。

 この合理化により、「おくのと112号」は廃止され、一方で国鉄担当の「おくのと109号」(喜兵衛どん→輪島駅前)が新設(復活)となっています

 昭和56年(1981年)6月当時の時刻表に掲載されている「おくのと号」のコースは、以下の通りとなっています(なお、同時刻表では国鉄担当の穴水発着便について、穴水の時刻が記載されていませんが、他停留所及び寄留地の時刻が昭和52年(1977年)の時刻から変更ないことを勘案して推定しています)。
穴水→宇出津→輪島→和倉温泉
 ◆おくのと11号(北鉄) 輪島12:45発→和倉温泉17:45着
 ◆おくのと13号(北鉄) 能登飯田8:20発→輪島漆器会館11:45着(冬季運休)
 ◆おくのと3号(国鉄)  穴水7:25発→輪島15:18着(冬季運休)
             (*「のりくら9号」運転日のみ運行)
 ◆おくのと5号(国鉄) 穴水8:15発→輪島16:40着
 ◆おくのと7号(国鉄) 宇出津10:35発→輪島18:03着
 ◆おくのと109号(国鉄) 喜兵衛どん9:10発→輪島15:09着(繁忙期のみ)

和倉温泉→輪島→宇出津→穴水
 ◆おくのと106号(北鉄) 曽々木窓岩8:00発→宇出津12:35着(繁忙期のみ)
 ◆おくのと2号(国鉄) 輪島7:25発→穴水16:00着(冬季運休)
 ◆おくのと4号(国鉄) 輪島8:10発→宇出津14:51着(冬季運休)
 ◆おくのと6号(北鉄) 輪島9:20発→宇出津17:05着
 ◆おくのと8号(北鉄) 輪島10:30発→宇出津18:00着(冬季運休)
 ◆おくのと10号(北鉄) 和倉駅前8:30発→輪島漆器会館12:50着
 ◆おくのと12号(北鉄) 輪島13:30発→喜兵衛どん17:45着

 時刻表で確認することのできるコースは宇出津駅前、九十九湾遊覧船、喜兵衛どん、能登飯田、狼煙、レストラン奥能登、真浦観光センター、曽々木窓岩、時国家、南惣(6・8・12号のみ)、輪島漆器会館、輪島駅前、総持寺、関野鼻パークハウス、レストラン巌門、和倉温泉となっていました。

                曽  真
                々  浦  レ
                木  セ  ス
                窓  ン  ト奥
     輪島         岩  タ  ラ能
     漆器会館       前  |  ン登
    ┌○─┬────┬─┬─○──○───○─────○狼煙
    |  |    ○ |              |
    | ◎┘   南惣 ○時国家           |
    | 輪島駅前                   |
 総持寺○                        |
    |  ◎───◎─○─○─┬─○─○──○─○──┘
関野鼻○┤  穴   宇 遠 小 ○ 恋 南  喜 能
    |  水   出 島 木 九 路 鵜  兵 登
  ┌─┘      津 山 駅 十 浜 飼  衛 飯
巌門○        駅 公 前 九      ど 田
  |        前 園   湾      ん
  |
  └──┐
     |
     └─┐
       └─◎和倉温泉

 和倉温泉〜輪島間のみの運行となった「おくのと10号」「おくのと11号」は実際には同一のバスでの往復運行となっており、和倉からの10号は輪島駅前12:45に到着、これと同時に和倉ゆきの11号として同じ12:45に出発し、次の輪島漆器会館に12:50に到着。ここで10号の乗客、11号の乗客いずれも漆器会館3階の「レストランわじま」で昼食を取り、食事後に10号の乗客はその場で解散、11号の乗客は13:30分に漆器会館を出発し、一路、和倉温泉への旅を開始するという流れになっていたようです。

 また国鉄担当の「おくのと109号」は13号の後を追うようなコースですが、食事なしのまま輪島に到着する13号と異なり、真浦観光センターでちょうどお昼どきを迎えることから昼食がセットされていたものと思われます。

 「能登の旅`82」というパンフレットに掲載されている昭和57年(1982年)3月末現在の「おくのと号」のコースは、以下の通りとなっていました。
穴水→宇出津→輪島→和倉温泉
 ◆おくのと11号(北鉄) 輪島12:45発→和倉温泉17:45着
 ◆おくのと13号(北鉄) 能登飯田8:20発→輪島漆器会館11:45着(冬季運休)
 ◆おくのと3号(国鉄) 穴水7:25発→輪島15:18着(冬季運休)
            (*「のりくら9号」運転日のみ運行)
 ◆おくのと5号(国鉄) 穴水8:15発→輪島16:40着
 ◆おくのと7号(国鉄) 宇出津10:35発→輪島18:03着
 ◆おくのと9号(国鉄) 宇出津14:30発→曽々木19:06着(繁忙期のみ)
 ◆おくのと109号(国鉄) 恋路浜8:20発→輪島15:15着(繁忙期のみ)

和倉温泉→輪島→宇出津→穴水
 ◆おくのと106号(北鉄) 曽々木窓岩8:00発→宇出津12:35着(繁忙期のみ)
 ◆おくのと2号(国鉄) 輪島7:25発→穴水16:00着(冬季運休)
 ◆おくのと4号(国鉄) 輪島8:10発→宇出津14:51着(冬季運休)
 ◆おくのと6号(北鉄) 輪島9:20発→宇出津17:05着
 ◆おくのと8号(北鉄) 輪島10:30発→宇出津18:00着(冬季運休)
 ◆おくのと10号(北鉄) 和倉駅前8:30発→輪島12:45着
 ◆おくのと12号(北鉄) 輪島13:30発→喜兵衛どん17:45着(冬季運休)

 宇出津を午後に出て曽々木へと向かう「おくのと9号」(国鉄担当)が繁忙期のみとはいえ復活、また同じく繁忙期のみ運行の109号(国鉄担当)は始発地が「恋路浜」に延伸されています。この「おくのと109号」のみ、「見付海岸」と「須須神社」に寄留するように記載されていました。

 入場拝観料、昼食代を含むクーポン料金は和倉〜輪島間が大人3,700円、輪島〜宇出津間が大人4,700円となっていたようです。また輪島駅前で乗り換えた利用の場合の価格も設定されており、和倉〜真浦間大人4,500円、和倉〜飯田間大人5,300円とありました。

 
 ▲山伏山の山裾、寺家の須須神社
  源義経が奉納したとされる「せみおれの笛」が伝わっています

 昭和58年(1983年)より、輪島を昼に出て和倉温泉へ向かう「おくのと11号」はレストランわじまでの昼食を取り止め、出発時刻が繰り下げられています。旅行者のニーズの変化から、輪島市内で自由に食事を取ってから乗り込む形に改めたのかも知れません。一方、「おくのと10号」のほうは輪島に到着後「レストランわじま」で昼食を取ってから解散するという形が継続されたようで、このときから10号と11号は料金に差が生じるようになっています。

 昭和58年(1983年)2月に発行された「交通公社のポケットガイド 金沢・能登」には、「おくのと号」について、
『普通の路線バスにガイドがついたもので、バスの停車地であれば、自由に乗下車できる。しかし夏のシーズンには始発地以外では満員で乗れなくなることもあるので注意』
 と記されていました。

 ほかの定期観光バスが「要予約」とあるのに対し、「おくのと号」だけは便指定・座席定員制となっており、宿泊・見学のため輪島、曽々木、真浦センターで下車する場合は車内でほかのバスへの乗継券を発行してくれると記載されていました。本数も豊かだったことから、いまの加賀周遊「キャン・バス」のように、観光したい場所では任意で途中下車しながら進んでいく形態に近かったのかも知れないですね。

 昭和59年(1984年)3月10日改正で「おくのと10号」と「おくのと12号」の号数が入れ替わり、それまでの12号が10号に、10号が12号に変更されたようです。
 (情報ご提供:ぽんさん)

 「能登の旅`84」に掲載されている昭和59年(1984年)4月1日現在の「おくのと号」のコースは、以下の通りとなっていました。
穴水→宇出津→輪島→和倉温泉
 ◆おくのと11号(北鉄) 輪島漆器会館13:25発→和倉駅前17:25着(冬季運休)
 ◆おくのと13号(北鉄) 能登飯田8:20発→輪島漆器会館12:10着(繁忙期のみ)
 ◆おくのと5号(国鉄) 穴水8:15発→輪島16:40着
 ◆おくのと7号(国鉄) 宇出津10:35発→輪島18:03着

和倉温泉→輪島→宇出津→穴水
 ◆おくのと2号(国鉄) 輪島7:25発→穴水16:00着(繁忙期のみ)
 ◆おくのと4号(国鉄) 輪島8:10発→宇出津14:51着(冬季運休)
 ◆おくのと6号(北鉄) 輪島9:20発→宇出津16:45着
 ◆おくのと8号(北鉄) 輪島10:30発→宇出津17:45着(冬季運休)
 ◆おくのと10号(北鉄) 輪島漆器会館13:25発→喜兵衛どん17:20着
 ◆おくのと12号(北鉄) 和倉駅前8:30発→輪島漆器会館12:25着(冬季運休)

 この2年の間に国鉄バス担当便の縮小が急速に進んでおり、2往復のみとなっています。

 入場拝観料、昼食代を含むクーポン料金は和倉〜輪島間が大人3,900円、輪島〜宇出津間が大人5,000円。また輪島駅前で乗り換えた利用の場合の価格も設定されており、和倉〜真浦間大人4,800円、和倉〜飯田間大人5,600円となっていました。

 昼食場所は、北鉄担当便は「真浦観光センター」(ホテルニューまうら)、国鉄担当便については狼煙にあったドライブイン「あすなろ」(4、5号)または「喜兵衛どん」(7号)を利用していたようです。

 

 昭和61年(1986年)3月10日より輪島駅前→和倉温泉ゆきの「おくのと11号」は『わくら号』に、和倉温泉→輪島駅前ゆきの「おくのと12号」は『わじま号』に、それぞれ改称され「おくのと号」グループから離脱しています。

 この時点の「おくのと号」は次の通りの運行となっていた模様です。
穴水→宇出津→輪島
 ◆おくのと5号(国鉄) 穴水8:15発→輪島16:40着
 ◆おくのと7号(国鉄) 宇出津10:35発→輪島18:03着

輪島→宇出津
 ◆おくのと4号(国鉄) 輪島8:10発→宇出津14:51着(冬季運休)
 ◆おくのと6号(北鉄) 輪島9:20発→宇出津16:42着
 ◆おくのと8号(北鉄) 輪島10:30発→宇出津17:42着(繁忙期のみ)

 国鉄担当の穴水発着便は輪島ゆきの片道のみとなっています。北鉄担当便も、輪島駅前で和倉温泉〜輪島駅前間の便と接続しあっていた「おくのと10号」(輪島→喜兵衛どん)と「おくのと13号」(能登飯田→輪島)が消え、単純化が進んでいます。

 拝観料、食事代を含むクーポン料金は輪島〜宇出津間が大人5,200円、輪島〜飯田間が大人3,900円となっていました。

 そして国鉄民営化――。日本国有鉄道改革法のもとに、昭和62年(1987年)3月31日限りで旧国鉄は分割・民営化となり、国鉄バス「おくのと号」はJRバスの「おくのと号」に生まれ変わることとなります。

 
 ▲JRバスの定観の基地だった穴水営業所

 「JR時刻表」昭和63年(1988年)8月号によると、この時点の「おくのと号」は4便(北鉄1便)にまで減り、穴水発着便も繁忙期のみとなっています。内訳は以下の通りです。
穴水→宇出津→輪島
 ◆おくのと5号(JR) 穴水8:15発→輪島17:00着(繁忙期のみ)
 ◆おくのと7号(JR) 宇出津11:10発→輪島18:25着

輪島→宇出津
 ◆おくのと4号(JR) 輪島8:30発→宇出津15:05着(冬季運休)
 ◆おくのと6号(北鉄) 輪島9:20発→宇出津16:22着

           曽  真
     キ     々  浦
     リ     木  セ
     コ     窓  ン   大   木
輪島   会     岩  タ 大 崎 高 ノ
漆器会館 館     前  | 谷 島 屋 浦
○─┬──○─┬─┬─○──○─○─○─○─○─○狼煙(禄剛崎灯台)
  |    ○ |              |
 ◎┘   南惣 ○時国家           ○葭ヶ浦
 輪島駅前                   |
                        |
  ◎───◎─○───┬──○─○─○─○──┘
  穴   宇 遠   ○  恋 見 喜 能
  水   出 島   九  路 付 兵 登
      津 山   十  浜 島 衛 飯
      駅 公   九      ど 田
      前 園   湾      ん

 この時刻表の時点の停留所と寄留地は、穴水駅前、宇出津駅前、遠島山公園、九十九湾、恋路浜、見付島、喜兵衛どん、能登飯田、葭ヶ浦、狼煙、木ノ浦、高屋(北鉄のみ)、大崎島(北鉄のみ)、大谷、真浦センター、曽々木、時国家、南惣、キリコ会館、輪島漆器会館、輪島駅前となっており、このうち太字で表記してある場所については途中下車が可能だったようです。

 なお「大崎島」は「レストラン奥能登」の間違いで、寄留地の表記が修正されないままになっていただけなのではないかとも想像されます。

 穴水、宇出津、輪島の各駅から乗車する場合はバス指定券(400円)が必要となっていたようです。また、下車観光地はつくも湾、喜兵衛どん、禄剛崎灯台、時国家、南惣、キリコ会館、輪島塗となっていました。

 この時点までに新しい寄留地として「キリコ会館」が登場している様子が分かります。現在の会館ではなく、塚田にあった旧のほうの建物ですね。この「キリコ会館」はJR担当の便のみ停車していた模様です。

 平成元年(1989年)に発行された北鉄運賃表の冊子によると、大谷、高屋、木の浦、葭ヶ浦、南鵜飼に運賃区分があることから、これらの停留所にも停車していた可能性があります。

 「葭ヶ浦」はランプの宿の最寄りですし、「南鵜飼」は国民宿舎のとじ荘へのアクセスとして停車していたのかも知れません。

 「おくのと号」では「“定期”観光バス」の名の通り、かなり一般路線バスに近い運行体系を取っていたようで、どの便も途中下車が自由にできたほか、運賃のみの精算により乗車することもできたらしく、地元住民の一般利用も可能だったそうです。

 
 ▲能登平家の里、時国
  平家一門の栄光と滅亡を描いた平家物語は、盲目の琵琶法師が世に広めた

 平成元年(1989年)7月発行の北鉄時刻表によると、この時点の「おくのと6号」は輪島駅前(9:20発)、輪島漆器会館、南惣、時国家、曽々木、ホテルニューまうら、レストラン奥能登、狼煙、能登飯田、喜兵衛どん、九十九湾(遊覧船)、宇出津駅前(16:22着)というコースになっています。

 拝観料、昼食代を含むクーポン料金は宇出津まで大人5,350円、飯田までは大人4,000円とありました。

                      レ
                      ス
              曽 ホテル   ト奥
輪島            々 ニュー   ラ能
漆器会館          木 まうら   ン登
○─┬──────○─┬─┬○──○────○──○狼煙
  |      千 ○ |           |
 ◎┘      枚 南 ○時国家        |
 輪島駅前    田 惣             |
                         |
  ◎・・・・・・・◎─○─┬─○───○─○──┘
  穴       宇 遠 ○ 恋   喜 能
  水       出 島 九 路   兵 登
          津 山 十 浜   衛 飯
          駅 公 九     ど 田
          前 園 湾     ん

 平成2年(1990年)1月に発行された旅行ガイドによると、この時点も「おくのと号」は4便のみの運行で、穴水発着便は4月28日〜5月5日と7月28日〜8月31日の繁忙期のみとなっている様子でした。
穴水→宇出津→輪島
 ◆おくのと5号(JR) 穴水8:15発→輪島17:00着(繁忙期のみ)
 ◆おくのと7号(JR) 宇出津11:10発→輪島18:10着(冬季運休)

輪島→宇出津
 ◆おくのと4号(JR) 輪島8:30発→宇出津15:12着(冬季運休)
 ◆おくのと6号(北鉄) 輪島9:20発→宇出津16:22着

 このガイドブックには各寄留地の停車時間が記載されており、下記の通り停車とあります。

 なお、このとき残っている北鉄担当の便こそが、最後まで耐え抜き、生き残ることになった「おくのと6号」です。

 同年発行の北鉄時刻表によると、拝観料、昼食代を含むクーポン料金は輪島〜飯田間が大人4,000円、輪島〜宇出津間は大人5,350円となっていました。

 平成3年(1991年)1月20日からは担当していた北陸鉄道(株)輪島営業所が七尾営業所の支配下に置かれて「七尾営業所輪島支所」となりました。

 さらに平成3年(1991年)11月1日には七尾営業所が能登営業部の廃止により「能登営業所」と改称されたため、「能登営業所輪島支所」となっています。

 平成4年(1992年)3月25日より「おくのと6号」は宇出津駅前で急行列車「のと恋路号」に連絡することになり、急行列車とのセットプランも販売されるようになったようです。

 平成4年(1992年)版の北鉄時刻表によると、「おくのと6号」のコースは輪島駅前(9:20発)→輪島漆器会館→南惣→時国家→曽々木→ホテルニューまうら→レストラン奥能登→狼煙→能登飯田→喜兵衛どん→九十九湾(遊覧船)→宇出津駅前(16:22着)となっており、そのあとは宇出津駅16:40発の列車に接続、和倉温泉駅18:00着となっていました。

 クーポン料金は輪島〜飯田まで大人4,000円、輪島〜宇出津間大人5,350円で3年前と変化ありません。新商品である宇出津から列車を利用したセットプランについては和倉温泉・七尾まで大人6,520円となっていたようです。

 
 ▲千枚田

 その後、「おくのと6号」は平成5年(1993年)3月25日より「レストラン奥能登」と「遠島山公園」への寄留を廃止しています。「レストラン奥能登」については運営を受託していた奥能登観光開発(株)が平成4年(1992年)6月30日をもって手を引いており、その関係もあってのオミットということでしょう。

 代わって、「おくのと6号」のみの寄留地として「真脇遺跡」が追加されています。

 真脇には縄文時代に4000年もの間にわたって栄えていたという「縄文真脇遺跡」があり、土器、石器、仮面やイルカの骨などが出土。この頃は能都町の新たな観光スポットとして脚光を浴び始めていました。

 「能登の旅'93」によると、この年の「おくのと号」は次の1.5往復のみの運行となっていたようです。
穴水→宇出津→輪島
 ◆おくのと7号(JR) 穴水10:00発→輪島18:40着(冬季運休)

輪島→宇出津
 ◆おくのと4号(JR) 輪島8:30発→宇出津15:18着(冬季運休)
 ◆おくのと6号(北鉄) 輪島9:20発→宇出津16:22着

 JR担当の「おくのと4号」のコースは輪島(8:30発)→キリコ会館→時国→曽々木→ホテルニューまうら→大崎島→木ノ浦→狼煙→よしが浦→能登飯田→喜兵衛どん→南鵜飼→恋路浜→九十九湾→遠島山→宇出津駅前となっていました。

 「おくのと7号」のコースは穴水(8:00発)→宇出津駅前→遠島山→九十九湾→恋路浜→南鵜飼→喜兵衛どん→能登飯田→よしが浦→狼煙→木ノ浦→大崎島→ホテルニューまうら→曽々木→時国→南惣→キリコ会館→輪島漆器会館→輪島(18:40着)となっていました。同じJR便でも輪島漆器会館と南惣は7号のみの停車となっています。

 北鉄担当の「おくのと6号」のコースは輪島駅前(9:20発)→輪島漆器会館→南惣→時国家→曽々木→ホテルニューまうら→狼煙→能登飯田→喜兵衛どん→九十九湾(遊覧船)→真脇遺跡→宇出津駅前(16:15着)となっており、そのあとは宇出津発の列車に接続、和倉温泉駅17:45着となっていたようです。北鉄便についてはキリコ会館、大崎島、遠島山公園などには停車していなかった模様です。

     キ
     リ
     コ        曽窓 ホテル  大 木
輪島   会        々岩 ニュー  崎 ノ
漆器会館 館        木前 まうら  島 浦
○─┬──○─────┬─┬○──○────○─○─○狼煙
  |        ○ |            |
 ◎┘        南 ○上・下時国家      ○葭ヶ浦
 輪島駅前      惣              |
             真脇遺跡         |
             ○            |
  ◎・・・・・・・◎─○┴○─┬─○─○─○─○─┘
  穴       宇 遠 小 ○ 恋 南 喜 能
  水       出 島 木 九 路 鵜 兵 登
          津 山 駅 十 浜 飼 衛 飯
          駅 公 前 九     ど 田
          前 園   湾     ん

 この時点ではクーポン料金については変化はありませんでしたが、平成6年(1994年)の時刻表では若干値上がりしている様子で、輪島〜飯田間大人4,300円、輪島〜宇出津間大人5,700円、宇出津から列車を利用したセットプランは和倉温泉・七尾まで大人6,800円となっていました。

 平成7年(1995年)3月31日を最後に西日本ジェイアールバス(株)運行便が全廃され、「おくのと号」は北陸鉄道(株)の単独運行路線となります。

 ついに1日1便のみになりながらも、複数便が上下何本も運行されていた時代のままコース名は「おくのと6号」を名乗り続けていました。また、もともとJRバスとの共同運行路線であったこともあり、北鉄の運行する定期観光バスで唯一、「周遊券」での乗車を可能としていたようです。

 
 ▲穴水駅前の定期観光バスのりば

 平成7年(1995年)4月のパンフレットによれば、この時点のコースは輪島駅前(9:20発)→輪島漆器会館→千枚田→南惣→上・下時国家→ホテルニューまうら(昼食)→禄剛崎(狼煙)→喜兵衛どん→九十九湾(遊覧船)→小木駅前(15:35着)→縄文真脇遺跡→宇出津駅前(16:15着)となっていました。

 宇出津→和倉温泉・七尾間の列車乗車券のセットプランも健在で、真脇遺跡を見ず、小木で降りて早めの列車で和倉へ向かうこともできた模様です。

 拝観料、昼食代を含むクーポン料金は輪島〜宇出津間が大人5,700円、列車を乗り換えて和倉、七尾まで行く場合は大人6,800円となっていました。

 ちなみに「おくのと6号」の運用は、宇出津駅前到着後に町野線(曽々木口経由輪島駅ゆき)の一般路線バスに早変わりするため、引き続き輪島方面へ乗り続けることもできたようです。

 そのほか、金沢駅前7:10発の奥能登特急線で終点の輪島漆器会館まで乗車し、ここで「おくのと6号」に乗り換える「特急バスとおくのと6号セットコース」というプランもあり、この場合の価格は大人8,800円となっていました。

      千
輪島    枚     ホテル
漆器会館  田     ニューまうら(昼食)
○─┬──→○─→┬→┬──→○─────→○禄剛崎(狼煙)
  |      ○ |          |
 ◎┘      南 ○上・下時国家    |
 輪島駅前    惣            |
           真脇遺跡       |
           ○          ↓
        ◎←─┴○←┬←──○←──┘
        宇   小 ○   喜
        出   木 九   兵
        津   駅 十   衛
        駅   前 九   ど
        前     湾   ん

 平成8年(1996年)のシーズンからは和倉温泉バスターミナルまで延伸され、宇出津駅前からそのまま南下して和倉へと直接乗り入れる行程に変更されています。もちろん宇出津駅前での下車も引き続き可能となっていました。

 平成9年(1997年)4月1日のシーズンからは単に「おくのと号」と名乗るようになり、冬季運休、3月20日〜11月30日の毎日運行というスタイルとなっています。

 コース的にも「キリコ会館」を追加、喜兵衛どん、九十九湾遊覧船を削除して「見附島」を追加、宇出津駅前での降車扱いをやめ、「穴水とうりゅう」での休憩を追加と、かなり変更が加えられているようです。

 この「穴水とうりゅう」は穴水町と七尾市の間の七尾湾沿いにあった老舗のドライブインレストランで、「北陸物産館とうりゅう」とも名乗り、平成25年(2013年)11月30日まで営業されていました。

 「キリコ会館」についてはこれ以前にもJR担当便が乗り入れていましたが、北鉄の便が寄留するのはこれが初めてのことでした。

輪島             ホテルニュー
漆器会館           まうら(昼食)
○─┬──→○─→○→┬→┬──→○─────→○狼煙
  |   キ  千 ○ |          |
 ◎┘   リ会 枚 南 ○下時国家      |
 輪島駅前 コ館 田 惣            |
             ○真脇遺跡      ↓
    ┌───←────┴←────○←───┘
    |              見
    |              附
    ↓              島
    ○穴水とうりゅう
    |
    ↓
    └─◎和倉温泉

 なお、実は正式な取り扱いとしては平成9年(1997年)2月28日に(旧)「おくのと6号」が一旦廃止となり、4月1日より新しく「おくのと号」を開業したということになるようです。

 平成9年(1997年)9月17日には縄文真脇遺跡に「真脇遺跡縄文館」がオープンし、真脇遺跡においては、こちらへの寄留となっています。建物は縄文土器をモチーフとした外観で、真脇遺跡の遺物を多数展示。館内では学芸員の方が案内してくれたようです。

 
 ▲真脇遺跡縄文館

 平成10年(1998年)3月20日にもコース変更が行われ、このとき禄剛崎(狼煙)への立ち寄りをやめて、大谷峠経由でショートカット。奥能登の先端までは行かないコースとなってしまいました。これは平成9年(1997年)12月3日に狼煙観光センター「あすなろ」が閉館したことも影響していたのかも知れません。

 代わりに「上時国家」と「九十九湾(遊覧船)」への寄留を復活させていますが、狼煙までは行かなくなったことにより、この時点で往年の「おくのと号」のカラーはかなり薄れ、北鉄独自色が強くなってきているといえます。

 なお、この改正より、ほかの定期観光バスともども全席禁煙となっています。

輪島           ホテルニュー
漆器会館         まうら(昼食)
○─┬──→○─→○→┬→┬→○────┐
  |   キ  千 ○ |      |大
 ◎┘   リ会 枚 南 ○上・下時国家|谷
 輪島駅前 コ館 田 惣        |峠
             ○真脇遺跡  ↓
    ┌───←────┴┬←───○┘
    |         ○    見
    |         九    附
    ↓         十    島
    ○穴水とうりゅう  九
    |         湾
    ↓
    └─◎和倉温泉

 
 ▲大谷の分岐

 平成10年(1998年)12月に発刊された「バスジャパンニューハンドブックス 北陸鉄道」にはこの年の9月14日に取材された「おくのと号」の乗車記が掲載されています。車両は北陸鉄道(株)能登営業所(輪島)のエアロクイーン・30-190号車で、この日は取材班を除いても23人の乗客があるなど、かなりの利用率だった模様です。運賃は昼食付き7時間で大人6,300円とあります。

 文中には『テープのほかに肉声の案内が入り、ワンマン運転とは思えない名ガイドぶりだ』と、ワンマン運行となっている様子が綴られていますので、少なくともこのときまでにワンマン化が行われていたことが分かります。

 昼食場所は北鉄グループの「ホテルニューまうら」で、
『サワラと甘エビの刺身、白身魚のフライなど、能登の味覚をコンパクトにまとめたメニューで、山菜入りのそばが美味だった』と記されていました。

 平成11年(1999年)5月発行の定期観光バス時刻表によれば「おくのと号」は3月20日〜11月30日の運行で、コースは輪島駅前(9:50発)→輪島漆器会館(9:55発)→キリコ会館→千枚田→南惣→上・下時国家→ホテルニューまうら(昼食)→見附島→九十九湾遊覧→縄文真脇遺跡→穴水とうりゅう→和倉駅前(16:51着)→和倉温泉(16:56着)。昼食代込みのクーポン料金は大人6,300円となっていました。

 なお、平成12年(2000年)、能登集古館「南惣」は「南惣美術館」と改称されています。

 平成12年(2000年)11月30日には昼食場所だった「ホテルニューまうら」が廃業となったため、平成13年(2001年)3月20日のシーズン開始より昼食場所が「珠洲ビーチホテル」に変更されています。珠洲ビーチホテルはのちの「のとフライト号」では自由食(料金別途)となりましたが、「おくのと号」の場合は昼食代込みのセットとなっていました。

輪島
漆器会館
○─┬──→○─→○→┬→┬─────→┐
  |   キ  千 ○ |      |大
 ◎┘   リ会 枚 南 ○上・下時国家|谷
 輪島駅前 コ館 田 惣        |峠
             ○真脇遺跡  ↓
    ┌───←────┴─┬←──○┴─┐
    |          ○   見  ○珠洲ビーチホテル(昼食)
    |          九   附
    ↓          十   島
    ○穴水とうりゅう   九
    |          湾
    ↓
    └─◎和倉温泉

 
 ▲高速バスから転用されたスーパーハイデッカー

 平成14年(2002年)9月発行の定期観光バス時刻表によると、「おくのと号」は3月20日〜11月30日の運行で、コースは輪島駅前(9:30発)→輪島漆器会館(9:35発)→キリコ会館→千枚田→南惣→上・下時国家→珠洲ビーチホテル(昼食)→見附島→九十九湾遊覧→縄文真脇遺跡→穴水とうりゅう→和倉駅前(17:01着)→和倉温泉(17:06着)。昼食代込みのクーポン料金は大人6,300円となっていました。

 なお縄文真脇遺跡の休館日は珠洲ビーチホテル横にある「珠洲焼資料館」を見学することになっていたようです。

 平成15年(2003年)7月6日を最後に廃止となっています。翌7月7日に能登空港開港を控えて行われた定期観光の再編によるものでした。

 最後まで北陸鉄道(株)本体による担当で終わり、能登営業所(輪島)が受け持っていました。北鉄での正式な路線名は「能登半島周遊B線」だったようです。

 このコースの終焉により、下時国家、九十九湾(遊覧船)、縄文真脇遺跡、穴水とうりゅうへ寄留するコースは消滅しました。

 しかし、「おくのと号」のコースのコンセプトは、廃止翌日より運行開始した「のとフライト号」に継承されています。

 そして、平成27年(2015年)4月1日よりその「のとフライト号」は「おくのと号」と改称され、歴史ある「おくのと号」という愛称を名乗る定期観光バスが復活。伝統は現代へと受け継がれていくわけです。


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 ・ 「のとフライト号」時代

 平成15年(2003年)7月7日、能登空港開港に伴い開業した3コースのひとつが「のとフライト号」でした。午後に能登空港を出航する東京便に接続していたため、このようなネーミングとなっていましたが、基本的なコース自体は旧「おくのと号」から受け継がれたものとなっていました。

 和倉温泉を朝に出発し、輪島、珠洲を周遊のあと能登空港を経て和倉温泉へと戻ってくる能登半島内のみの1日コース。担当は七尾バス(株)で、ガイドなしのワンマン運行となっていました。

        千枚田○─→┬───→────┐
 輪島       /   |        |大谷峠経由
 漆器会館○─┬→○    ○南惣      ↓
       | キリコ会館         ┴─┐
       |              /  ○珠洲ビーチホテル(昼食各自・珠洲焼資料館)
  輪島駅前○┤             /
(復路のみ停車)|            /─○見附島
       |           /
       ├──←──┬←──←─
       | 能登空港◎
       |
       |
  和倉駅前○┴───◎和倉温泉
(復路のみ停車)

 平成17年(2005年)4月版の能登半島定期観光バス時刻表によると、「のとフライト号」のコースは和倉温泉(8:20発)→輪島漆器会館→キリコ会館→千枚田→南惣→珠洲ビーチホテル(昼食各自)→珠洲焼資料館→見附島→能登空港(15:00着)→輪島駅前(15:30着)→和倉駅前(16:35着)→和倉温泉(16:40着)。クーポン料金(昼食代含まず)は大人3,300円とありました。

 和倉温泉宿泊客の集客に特化しており、往路は輪島駅前に停車していませんでしたが、輪島市内で前泊の利用者については、予約時にあらかじめ伝えておくことによって輪島漆器会館から乗車することもできるようになっていました。

 昼食場所の「珠洲ビーチホテル」は珠洲鉢ヶ崎バス停前で、隣接して「珠洲焼資料館」があり、休憩中に拝観することもできました。

 昼食については各自支払いの自由食というスタイルながら、乗客はバス車内で配られたメニューのなかから注文を決め、その注文を乗務員がホテル側へ電話連絡しておくことによって、バスの到着時には注文通りの食事がセッティングされているという方式になっていました。

 31-217号車。なんと09年まで現役!
 ▲輪島漆器会館に寄留中の「のとフライト号」

 平成20年(2008年)4月1日、能登地区のグループ会社合併により、担当は北鉄能登バス(株)七尾営業所となっています。

 平成22年(2010年)3月31日をもって輪島漆器会館の発券窓口であった北鉄奥能登バス(株)経営の売店・喫茶店「ビストロ新橋」が閉店しました。これにより、輪島漆器会館から乗車する場合は漆器会館の受付で乗車券の発券手続きが代行されるようになりました。

 能登空港開港時にスタートした各種の定観はいずれも短命に終わってしまいましたが、この「のとフライト号」はさすがに歴史ある「おくのと号」の末裔ということもあって、定観がもっとも苦しかったサバイバル時代をくぐり抜けた末、とうとう「おくのと号」の名称を襲名することになります。


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 ・ そして2代目「おくのと号」へ……

 平成27年(2015年)4月1日より旧のとフライト号は「おくのと号」と改称され、奥能登ブームを支えた歴史あるコース名が復活しました。

 この時点のコースは和倉温泉(8:25発)→輪島塗会館→輪島キリコ会館→白米千枚田→南惣美術館→珠洲ビーチホテル(昼食各自)→珠洲焼資料館→見附島→能登空港(15:00着)→輪島駅前(15:25着)→和倉温泉駅前(16:35着)→和倉温泉(16:40着)。クーポン料金(昼食代含まず)は大人3,500円となっていました。

 基本的に旧「のとフライト号」時代と同様のコースでしたが、“えんむすビーチ”とも呼ばれる見附島から恋路海岸にかけての車窓が楽しめることから、当初のキャッチフレーズは「輪島朝市と“えんむすビーチ”」となっていました。

      白米千枚田○─→┬───→────┐
輪島朝市      /   |        |大谷峠経由
輪島塗会館○─┬→○    ○南惣美術館   ↓
       |輪島             ┴─┐
       |キリコ会館         /  ○珠洲ビーチホテル(昼食各自・珠洲焼資料館)
  輪島駅前○┤             /
(復路のみ停車)|            /─○見附島
       |           /
       ├──←───┬──←─
       |  能登空港○
       |
       ├←─────┐
       |      |能
       |      |登
       ↓ ◎和倉温泉|島
       | ├───→┘
       ↓ ↑
 和倉温泉駅◎┴─┘
(復路のみ停車)

 平成27年(2015年)3月29日、「輪島キリコ会館」がそれまでの塚田町にあった旧館からマリンタウンへと移転オープンし、定観の経路も一部変わりました。

 平成27年(2015年)10月1日からは昼食付に変更され、従来は自由食だった「珠洲ビーチホテル」での昼食があらかじめセットして提供されるようになりました。これによりクーポン料金も大人5,200円に改訂されています。

 75-112。
 ▲元ルネスかなざわ送迎専用だったバスも活躍

 担当は北鉄能登バス(株)七尾営業所で、車両は予約状況に応じて中型車と大型車を使い分けているようです。運用は独立しており、ちりはま号、ななお号のような間合い運用はありません。発足当初からガイドなしのワンマン運行です。

 平成29年(2017年)4月1日より、長い間能登定観の寄留地として定番だった「南惣」への立ち寄りが廃止に――。これで同所へ寄留するコースは姿を消しました。

 代わって新しくコースに組み込まれたのが、観光客から人気の高い「道の駅すず塩田村」でした。

 「道の駅すず塩田村」はかつての「のと恋路号」以来、久々の寄留復活でした。能登独自の“揚げ浜式塩田”はNHKの朝ドラ「まれ」で紹介されたことで全国の人々から強い関心を集めたものと見られ、その期待に応えての措置といえたでしょう。

 また朝市が休みの場合のみ、代替寄留地として能登半島の先端「禄剛崎」へ立ち寄るようになったほか、従来は降車のみであった輪島駅前(ふらっと訪夢)でも乗車手続きを行うことができるようになりました。

 
 ▲南惣へと続く道

 朝市が休みの日のみの措置とはいえ、「おくのと号」の伝統的なコースである狼煙への運行が復活したことは定期観光の歴史を愛好する者にとっては嬉しいニュースといえましたね。

 この改正より和倉温泉での降車順序が入れ替わり、先に和倉温泉バスターミナルで降車扱いを行ってから和倉温泉駅へ向かい、こちらが終着という形に変更されています。

 コースは和倉温泉(8:20発)→輪島駅前→輪島塗会館→輪島キリコ会館→白米千枚田→道の駅すず塩田村→珠洲ビーチホテル(昼食)→珠洲焼資料館→見附島→のと里山空港→輪島駅前→和倉温泉(16:50着)→和倉温泉駅前(16:55着)となりました。クーポン料金は大人6,000円となっていました。

  輪島キリコ会館  白米
      ┌─○┐ 千枚田
      ↑  └→○─→───○─→───┐
輪島朝市  |         道の駅    |大谷峠経由
輪島塗会館○┴┐        すず塩田村  ↓
       |               ┴─┐
       |              /  ○珠洲ビーチホテル(昼食・珠洲焼資料館)
  輪島駅前○┤             /
       |            /─○見附島
       |           /
       ├──←───┬──←─
       |のと里山空港○
       |
       ├←─────┐
       |      ↑能
       |      |登
       ↓ ◎和倉温泉|島
       └→┼→───┘
       ┌←┘
 和倉温泉駅前◎

 平成31年(2019年)4月1日より、昼食場所の「珠洲ビーチホテル」レストランが休業日の場合は代替として垂水バス停付近にある「ホテル海楽荘」での昼食となったようです。

 
 ▲垂水の滝の前にある海楽荘

 令和2年(2020年)4月1日より新たな寄留地として「聖域の岬・青の洞窟」が追加されました。これにより大谷峠の走行がなくなり、再び奥能登のさいはて・狼煙まで回り込んで周遊するようになりました。

 「聖域の岬」は“日本三大パワースポット”とも称されていますが、近年になって大型バスが容易に立ち寄れるよう道路が整備されたことにより、定観のコースとしてデビューすることができたものです。

 このコース変更時より昼食場所が正式に「ホテル海楽荘」に変更され、その向かい側にある垂水の滝の見学も可能になりました。

 垂水の滝は日本海へと直接注いでいる珍しい滝として知られており、風の強い冬などは風にあおられた水が下から上へ流れる「逆さ滝」になることもあるそうです。

          白千
  輪島キリコ会館 米枚  垂  道の駅
      ┌─○┐ 田  水  すず塩田村
      ↑  └→○─→○──○─→────→─┐
輪島朝市  |      ホテル          ├○聖域の岬・青の洞窟
輪島塗会館○┴┐     海楽荘          ↓
       |    (昼食)       ←──┘
       |              /
  輪島駅前○┤             /
  (乗車のみ)|            /─○見附島
       |           /
       ├──←───┬──←─
       |のと里山空港○
       |
       ├←─────┐
       |      ↑能
       |      |登
       ↓ ◎和倉温泉|島
       └→┼→───┘
       ┌←┘
 和倉温泉駅前◎

 コースは和倉温泉(8:20発)→輪島駅前(9:30発)→輪島塗会館→輪島キリコ会館→白米千枚田→垂水の滝・ホテル海楽荘(昼食)→道の駅すず塩田村→聖域の岬・青の洞窟→見附島→のと里山空港(15:55着)→和倉温泉(16:50着)→和倉温泉駅前(16:55着)となりました。

 輪島駅前は乗車のみの停留所に変更され、もし復路で輪島へ向かう場合は「のと里山空港」で乗り換え(バス乗車券を進呈)という対応に変更されています。

 また、毎月第2・第4水曜日など輪島朝市休業日に代替で立ち寄る場所が穴水町旭ヶ丘にある「能登ワイン」に変更となりました。

 クーポン料金(見学料・昼食代含む)は和倉温泉から大人7,000円、輪島からは大人6,500円となっています。

 また同日より車内でWi-Fiが利用できるようになりました。

 
 ▲聖域の岬と持てはやされる珠洲岬


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  + + + + +

●その他の奥能登定観

 絶えることなく寄せては返す能登の荒波……。その波濤の音の繰り返しを耳にしながら眼を閉じると、能登半島定期観光バスの長い歴史のなかで、生まれては消え、消えては生まれ、能登の海辺にたしかなわだちを残した幾多のコースが思い出されます。

 ここでは、それら過去のコースのうち、奥能登エリアで完結する形で運行されていたコースの一生をご紹介していきたいと思います。


 ・ (初代)わじま号

 現行のコースとは異なる初代の「わじま号」で、「おくのと号」から分離する形で別の道を歩みを始めたコースのひとつでした。

 昭和61年(1986年)3月10日より能登の観光地名を入れた新愛称が一斉に付けられ、「おくのと12号」から改称されています。

 コース的には本来の「おくのと号」とはかなり趣きが異なるものとなっていたため、愛称名の一斉改称とともに独立となったのでしょう。輪島が終点なので「わじま号」と命名されたものと思われます。

 「能登の旅`86」に掲載されている昭和61年(1986年)4月1日現在の時刻表によると、「わじま号」は3月10日〜11月30日の間運行で、コースは和倉駅前(8:30)→和倉温泉(8:40)→巌門→総持寺→輪島漆器会館→輪島駅前(12:55着)となっていました。

 拝観料、昼食代を含むクーポン料金は大人3,800円とありました。食事については輪島漆器会館3階の「レストランわじま」でセットされており、コースの最後に食事を取ってから解散という流れになっていたようです。

輪島漆器会館
   ┌─○┐
   ↑ ◎┘
   | 輪島駅前
   |
総持寺○
   |
   ↑
   |
  ┌┘
巌門○
  └┐
   └←──┐
       ↑
   和倉駅前○←◎和倉温泉

 しかし、初代「わじま号」はごく短命に終わり、愛称設定のわずか1年後、昭和62年(1987年)3月に休止されているようです。


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 ・ (2代目)わくら号

 のちに「ゆうとぴあ号」から改称される「わくら号」とは別の「わくら号」です。こちらも「おくのと号」から分離して独立したコースとなった「おくのと号のアジチ」といえるコースです。

 昭和61年(1986年)3月10日より能登の観光地名を入れた新愛称が一斉に付けられ、「おくのと11号」から改称されています。

 「能登の旅`86」に掲載されている昭和61年(1986年)4月1日現在の時刻表によると、「わくら号」は3月10日〜11月30日までの運行で、コースは輪島駅前(13:00)→輪島漆器会館→総持寺→レストラン巌門→和倉温泉(16:35着)→和倉駅前(16:40着)とありました。

 料金には昼食が含まれておらず、大人3,000円となっていたようです。

 担当は北陸鉄道(株)七尾営業所で、朝に和倉温泉から「わじま号」で輪島へ向かい、「わくら号」で和倉温泉へと帰ってくる就務となっていたようです。

輪島漆器会館
   ┌─○┐
   ↓ ◎┘
   | 輪島駅前
   |
総持寺○
   |
関野鼻○
   |
   ↓
   |
  ┌┘
巌門○
  └┐
   └──→┐
       ↓
   和倉駅前○→◎和倉温泉

 この2代目「わくら号」も、初代「わじま号」同様、愛称設定も束の間の昭和62年(1987年)3月に休止されています。

 
 ▲和倉温泉街の午後


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  + + + + +

 ・ はくい号

 史上唯一、羽咋駅前から出発していたコースです。昭和47年(1972年)7月22日に羽咋市からの熱い要望に応えて新設されたもののようです。

 当初は「のとかんこう100号」を名乗り、のちに昭和61年(1986年)3月10日の新愛称名設定で「はくい号」となりました。

 このコースの運行開始にあたっては、鉄道能登線(羽咋〜三明間)の廃止に直面した羽咋市と羽咋市観光協会が、羽咋から奥能登への観光客の導線が絶たれることのないようにとの要望が背景にあったのだといいます。

 初年度の昭和47年(1972年)は7月22日〜8月31日までの運行で、これに際して羽咋駅前では北陸鉄道(株)能登営業部、七尾営業所羽咋支所の職員が連日交替で定期観光バスのPRと旅客整理に当たっていたそうです。とりわけこの年の8月3日には140人もの乗車があり、急遽バスを3両に増強して輸送にあたったほどの人気ぶりだったといいます。

 初代コースは千里浜レストハウス(9:35発)→気多大社→妙成寺→巌門センター→関野鼻→総持寺→輪島漆器会館→輪島駅前(15:10着)というもので、千里浜より金沢発宇出津ゆきの奥能登定期観光バスと梯団を組んでの運行となっていたようです。

 羽咋駅前から千里浜へは連絡バスなどが出ていたということなのでしょうか?

輪島漆器会館
   ┌─○┐
   ↑ ◎┘
   | 輪島駅前
総持寺○
   ↑
関野鼻○
   ↑
 ┌→┘
 ○巌門センター
 └←┐
   ↑
   ○妙成寺
   ↑
   ○気多大社
   ↑
   |
   |
◎─→┘
千里浜レストハウス

 拝観料や昼食代を含んだクーポン料金は千里浜〜輪島間が大人1,450円、輪島から乗り継ぎで曽々木、真浦まで大人1,780円、宇出津まで大人2,700円となっていたようです。なお、バスのみの利用もできたようで、その場合、千里浜〜輪島間800円となっていた模様です。

 当初は千里浜レストハウスを取りあえずの起点としていたようですが、昭和49年(1974年)7月20日のシーズン開始時より、羽咋駅前始発として運行されるようになったようです。

 羽咋駅前では現在の降車場を定観のりばとして使用していた模様です。

 
 ▲この降車場の島はかつて定期観光バスのりばでもあったそうです

 昭和49年(1974年)7月21日付け北國新聞朝刊には『素通り観光地返上へ』とした記事で羽咋駅前始発の定期観光バス運行開始が報じられています。

 記事によれば、このコースは7月20日〜8月31日までの運行で、羽咋駅前(8:45発)→千里浜国民休暇村→気多大社→妙成寺→巌門→輪島駅前(15:15着)という順序での運行とありました。

 巌門→輪島駅前間の寄留地は記事では省略されているだけで、実際には関野鼻、総持寺にも立ち寄っていたという可能性がありそうです。

 また、記事を読むに、この定観は輪島に到着後、帰りは特急バスとして輪島駅前(16:30発)→羽咋駅前(18:54着)という行程で運行されていた様子です。

 拝観料、昼食代を含めたクーポン料金は片道2,000円、復路の特急バスを利用した場合は往復2,950円と記されていました。

 記事に添えられた写真には一般的なツードアの路線車が写っていましたが、ガイドは女性が担当していたようです。

 この記事にもあるように、羽咋市内では「千里浜国民休暇村」にも停車していた模様です。昭和60年(1985年)の住宅地図を開くと、羽咋市の工業高校前〜釜屋新保間の三本松仏壇店の前あたりに「能登半島定期観光バス」とした停留所が記載されているのが見受けられますので、ここが休暇村のための乗降場所だったのでしょう。

 時刻表やパンフレットには記載がないことから、「バス停」として乗車扱いをするだけの場所だったのかも知れません。

 輪島漆器会館
    ┌─○┐
    ↑ ◎┘
    | 輪島駅前
 総持寺○
    ↑
 関野鼻○
    ↑
  ┌→┘
巌門○
  └←┐
    ↑
 妙成寺○
    ↑
気多大社○
    ↑
    ○千里浜国民休暇村
    ↑
    |
    └─◎羽咋駅前

 昭和52年(1977年)7月発行の定期観光バス時刻表によると、「のとかんこう100号」のコースは羽咋駅前(8:50発)→気多大社→妙成寺→レストラン巌門→関野鼻パークハウス→総持寺→輪島漆器会館→輪島駅前(14:20着)となっています。運行は4月16日〜5月10日、7月16日〜8月31日のみとなっていたようです。

 昼食については「関野鼻パークハウス」でお昼時を迎えるダイヤであることから、ここで取っていた模様です。

 また、このコースは予約制ではなく、羽咋駅前からそのまま乗車することができたようです。

 昭和56年(1981年)6月発行の北鉄時刻表によると、「のとかんこう100号」のコースは羽咋駅前(8:50発)→気多大社→妙成寺→巌門→関野鼻→総持寺→輪島漆器会館→輪島駅前(15:00着)となっています。運行は4月27日〜5月6日、7月15日〜8月31日、9月・10月の日祝日という繁忙期に限られていたようです。

 輪島駅前到着後、帰りは特急バスとして輪島駅前16:30発→羽咋駅前18:54着で運行され、これを組み込んでの往復利用もできたようです。

 昭和57年(1982年)発行の「能登の旅`82」によると、羽咋駅前→輪島駅前間の拝観料、昼食代を含むクーポン料金は大人3,700円となっていました。

 
 ▲能登の一ノ宮,気多大社

 昭和59年(1984年)のシーズンより「千里浜レストハウス」への寄留が再開されているようです。羽咋始発のため千里浜なぎさドライブウェイは通らないものの、千里浜までは立ち寄って気分だけでも味わって貰おうということだったのでしょうか。これによりクーポン料金は大人3,900円に値上げされています。

 輪島漆器会館
    ┌─○┐
    ↑ ◎┘
    | 輪島駅前
 総持寺○
    ↑
 関野鼻○
    ↑
  ┌→┘
巌門○
  └←┐
    ↑
 妙成寺○
    ↑
気多大社○
    ↑
    ○千里浜国民休暇村
 ┌─→┘
千○
里└←───◎羽咋駅前
浜
レ
ス
ト
ハ
ウ
ス

 「能登の旅`86」に掲載されている昭和61年(1986年)4月1日現在の時刻表によると、「はくい号」は羽咋駅(8:50発)→千里浜レストハウス→気多大社→妙成寺→巌門→関野鼻→総持寺→輪島漆器会館→輪島駅前(14:30着)となっていました。運行期間は7月15日〜8月31日のみに縮小されています。

 拝観料、食事代を含むクーポン料金はやはり大人3,900円となっていたようです。

 これが最後の姿となり、昭和62年(1987年)3月改正で休止となっています。


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   + + + + +

 ・ ゆうとぴあ号→わくら号

 昭和62年(1987年)1月11日に「ゆうとぴあ号」として開業しています。北陸鉄道(株)七尾営業所が担当していたものと思われます。

 国鉄七尾線で運行を開始した大阪〜和倉温泉間の直通特急列車「ゆぅトピア和倉号」とタイアップしたコースで、当初は同特急列車の運行日のみの設定でした。

 朝に和倉温泉を出発し、輪島市内などを巡ってJR和倉温泉駅前へ戻り、特急列車「ゆぅトピア和倉号」の出発時刻に合わせて終了という行程でした。

 「交通公社の時刻表」昭和62年(1987年)6月号によると、定観「ゆうとぴあ号」は1月1日〜12月27日の間の日曜日のみ運行で、コースは和倉温泉(8:30発)→輪島漆器会館→総持寺→巌門→和倉駅前(14:10着)→和倉温泉(14:15着)。クーポン料金は大人4,400円となっていました。

 昼食はレストラン巌門でセットされていたようです。

 同時刻表によると、特急列車「ゆぅトピア和倉」号は毎週日曜日のみの運行で、ダイヤは和倉温泉14:47発で金沢より特急「雷鳥28号」に併結され、終着の大阪には19:09着となっていました。和倉の温泉宿チェックアウト後、列車時刻までのひとときに能登半島見物をして貰おうという趣向だった様子が、このダイヤからも見て取れます。

   輪島漆器会館
   ○←──┐
   |   ↑
   ↓   |
総持寺○   ↑
   ↓   |
  ┌┘   |
巌門○    |
  └─┐  ↑
    └→─┤
       |
 和倉温泉駅◎┴←◎和倉温泉
 (下車のみ)   (乗車のみ)

 昭和63年(1988年)3月26日より「ゆぅトピア和倉」号が毎日運行となったため、このゆうとぴあ号も翌27日より通年運行となりました。

 平成元年(1989年)7月発行の北鉄時刻表によると、「ゆうとぴあ号」は通年運行で、コースは和倉温泉(8:40発)→輪島漆器会館→総持寺→レストラン巌門→和倉駅前(14:20着)。クーポン料金は大人4,750円となっていました。

 
 ▲JR和倉温泉駅

 平成3年(1991年)9月1日にはJR七尾線が電化し、「ゆぅトピア和倉号」は「スーパー雷鳥」が大阪から直接乗り入れる形となって発展的解消。この「ゆうとぴあ号」も、平成3年(1991年)12月1日より「わくら号」と改称されています。

 平成3年(1991年)11月1日には担当していた七尾営業所が能登営業部の廃止により「能登営業所」と改称されました。

 平成4年(1992年)発行の北鉄時刻表によると、「わくら号」は通年運行で、コースは和倉温泉(8:40発)→輪島漆器会館→総持寺→レストラン巌門→和倉駅前(14:20着)。クーポン料金は大人4,750円。3年前の「ゆうとぴあ号」時代の同様のものとなっていたようです。

 平成5年(1993年)3月25日より、総持寺と巌門の間に「富来ふるさと文化センター」への寄留を追加しています。増穂浦の現在「道の駅とぎ海街道」となっている場所で、ギネスブックにも載った「世界一長いベンチ」の最寄りとして脚光を浴びていました。

 「ふるさと文化センター」はのちに多数のコースが立ち寄ることとなりますが、この「わくら号」の寄留開始がその草分けとなりました。

 平成5年(1993年)発行の北鉄時刻表によると、「わくら号」は通年運行で、コースは和倉温泉(8:40発)→輪島漆器会館→総持寺→ふるさと文化センター→レストラン巌門→和倉駅前(14:46着)。クーポン料金は大人5,000円となっていました。

輪島漆器会館○←──┐
      ↓   |
   総持寺○   ↑
      ↓   |
ふるさと文化○   |
  センター|   ↑
     ┌┘   |
レストラン○    |
   巌門└─┐  ↑
       └→─┤
          |
    和倉温泉駅◎┴←◎和倉温泉
    (下車のみ)   (乗車のみ)

 平成7年(1995年)4月版の能登半島定期観光バス時刻表によると「わくら号」は通年運行で、コースは和倉温泉(8:40発)→輪島駅前→輪島漆器会館→総持寺→岸壁の母ゆかりの地→巌門(昼食)→和倉駅前(14:35着)。クーポン料金は大人5,000円となっていました。

 「岸壁の母ゆかりの地」は「ふるさと文化センター」と同じ場所です。

 なお、毎月10日・25日と正月三ヶ日は輪島の朝市が休みのため、この場合は代替として「千枚田」への寄留を追加していた模様です。

 
 ▲ふるさと文化センターは現在の「道の駅とぎ海街道」

 平成10年(1998年)3月20日より、全席禁煙となっています。また大幅なコース変更も実施され、外浦側の「岸壁の母ゆかりの地」と「巌門」への寄留が廃止され、代わりに内浦側の「穴水とうりゅう」(昼食場所)と「祭り会館」への寄留が開始されています。

 同時期に穴水とうりゅうで昼食を取っていた「こいじ号」が廃止されていることから、取引先であった穴水とうりゅうへの配慮から、昼食場所を維持するためにコースを変更したものではないかとも推測することができます。

 「祭り会館」は現在の和倉温泉お祭り会館とは別の施設で、中島町横田の久麻加夫戸神社近くにある「能登中島祭り会館」です。

輪島
漆器会館○←○輪島駅前
    | ↑
    | |
    ↓ |
    ├→|→┐
 総持寺○ ↑ ↓
      | ○穴水とうりゅう
      ↑ ↓
祭り会館○─┴─┤
        |
        |
  和倉温泉駅◎┴←◎和倉温泉
  (下車のみ)   (乗車のみ)

 
 ▲寄留が開始された「祭り会館」

 平成11年(1999年)5月発行の定期観光バス時刻表によると、「わくら号」は通年運行で、コースは和倉温泉(8:40発)→輪島駅前(9:50発)→輪島漆器会館→総持寺→穴水とうりゅう(昼食)→祭り会館→和倉駅前(14:35着)。クーポン料金は大人5,300円。なお、毎月10日、25日と1月1日〜3日の輪島朝市定休日は輪島市内フリー観光となっていました。

 平成13年(2001年)3月4日、北陸鉄道(株)能登営業所の合理化により、七尾バス(株)へと移管されています。

 そして、その1年後の平成14年(2002年)3月31日を最後に廃止されました。


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  + + + + + 

 ・ のとれいんぼう号

 当時の柳田村が進めていた“ふれあいの里づくり”の目玉であった「柳田植物公園」への寄留を売りとしていたコースです。

 昭和62年(1987年)7月15日の開業で、どことなく、そのコース名に80年代らしい"なにか"が感じられる珍コースです。正式な路線名は「能登半島周遊C線」だったようです。

 当初のコースは、輪島駅前(11:00発)→輪島漆器会館→南惣→真浦センター(昼食)→上時国家→下時国家→柳田植物公園→なぎさドライブウェイ→金沢駅前(17:40着)というもので、終点は金沢駅となっており、こいじ号の別バージョンのような路線としてのスタートだったようです。

 拝観料や昼食代を含むクーポン料金は大人5,300円となっていた模様です。

 柳田植物公園からは能登地区広域農道――現在の珠洲道路を経由し、穴水此木より能登有料道路を使って一気に千里浜まで抜けていたものと思われます。

輪島
漆器会館    曽々木
○┬───→─┬─┬○──○真浦センター(昼食)
◎┘     ○ |
輪島駅前   南 ○上・下時国家
       惣 |
         ↓
       ┌←┴○柳田植物公園
       |
       |
       ↓
       ▲(穴水IC)
       ┃
       ┃
千里浜    ┃
レストハウス ┃
     ○─▲(千里浜IC)
    な|
    ぎ|
    さ↓
     └─▲(今浜IC)
       ┃
       ┃
       ┃
       ▲(内灘IC)
       └────→◎金沢駅前

 担当は北陸鉄道(株)輪島営業所で、車両については能登定観用としては初めてのものとなる47人乗りふそう中型観光バス2両(77-989,990)が導入され、「おくのと6号」とともに本コースにも充当されています。

 中型バスによる運行は、定期観光バスが合理的な運行へと傾いていく象徴ともなっていたのではないでしょうか。

 
 ▲77-989.990と同じタイプの車種(ふそうサンシャイン)
  (*この車両ではありませんが、このようなスタイルの中型バスが使用されました)

 昭和63年(1988年)のシーズンは8月1日〜8月20日のみの運行で、この年から行き先が和倉温泉に変更されています。よって、金沢駅まで足を伸ばしていたのは最初の年だけだったことになります。

 コースは輪島駅前(11:00発)→輪島漆器会館→南惣→真浦センター→上時国家→下時国家→柳田植物公園→穴水とうりゅう→和倉温泉(16:50着)となっていました。

 和倉ゆきに変更されたことにより、クーポン料金は大人4,700円に値下げされています。昼食は変更なく真浦センター(ホテルニューまうら)を利用していたものと思われます。

 和倉温泉が終点となったことにより、輪島を朝の少し遅めの時間に出て、和倉温泉へ帰着する「おくのと号」の変形バージョンともいえるコースへと変化しました。

【和倉温泉ゆきに変更】

輪島
漆器会館
○┬──→─┬─┬───○真浦センター(昼食)
◎┘    ○ |
輪島駅前  南 ○上・下時国家
      惣 |
        ↓
      ┌←┴○柳田植物公園
      |
      |
      ↓
      |
 穴水   |
 とうりゅう○
      |
      |
      └→◎和倉温泉

 平成元年(1989年)7月発行の時刻表でも「のとれいんぼう号」は8月1日〜8月20日のみの運行で、コースは変更ないものの、拝観料、昼食代を含むクーポン料金は和倉まで大人4,850円となっていました。

 平成2年(1990年)8月1日からは「喜兵衛どん」への寄留を追加しています。この時点のコースは輪島駅前(11:00)→輪島漆器会館→南惣→上時国家→ホテルニューまうら(昼食)→喜兵衛どん→柳田植物公園→穴水とうりゅう→和倉温泉(17:25着)となっていました。運行期間が8月1日〜8月20日のみであることには変化はありません。

 「ホテルニューまうら」での昼食後は大谷峠を経て珠洲市内へ抜け、「喜兵衛どん」へ寄留。そこからは農免道路――現在の珠洲道路を通って「柳田植物公園」へ急いでいたものと思われます。

 一見地味なコースですが、まだ珠洲特急が運行を開始するより以前に初めて本格的に珠洲道路へ乗り入れた北鉄バスということになり、この免許がのちの珠洲特急の運行開始をスムーズにした面もあるのではとも想像されますね。

 喜兵衛どん経由へのコース変更により、拝観料、昼食代を含むクーポン料金は大人5,650円に値上げされました。

【喜兵衛どん経由に】

輪島
漆器会館        ホテルニューまうら(昼食)
○┬──→─┬─┬──→○──┐
◎┘    ○ |      |
輪島駅前  南 ○上・下時国家|
      惣        ↓
               |
      ┌←─○←──←○┘
      |  柳    喜
      |  田    兵
      ↓  植    衛
      |  物    ど
 穴水   |  公    ん
 とうりゅう○  園
      |
      |
      └→◎和倉温泉

 平成3年(1991年)1月20日からは担当していた北陸鉄道(株)輪島営業所が七尾営業所の支配下に置かれて「七尾営業所輪島支所」となりました。

 さらに平成3年(1991年)11月1日には七尾営業所が能登営業部の廃止により「能登営業所」と改称されたため、「能登営業所輪島支所」となっています。

 平成4年(1992年)3月25日からは「南惣」と「下時国家」への寄留をやめ、代わって「珠洲焼資料館」を追加。さらに「柳田植物公園」にてお茶とお菓子による休憩も追加されています。

 「珠洲焼」は平家時代から製造されていたものの、室町時代を最後に忽然と途絶え、昭和50年(1975年)2月に現代・珠洲焼の復活が試みられるまで、長い間、幻の古陶といわれていたそうです。「珠洲市立珠洲焼資料館」はこの珠洲焼の歴史を感じさせる施設として平成元年(1989年)4月4日、珠洲市鉢ヶ崎海岸にオープンしました。

 平成4年(1992年)版の北鉄時刻表によると、「のとれいんぼう号」は8月1日〜8月20日までの運行で、コースは輪島駅前(10:25発)→輪島漆器会館→時国家→ホテルニューまうら→珠洲焼資料館→喜兵衛どん→柳田植物公園→穴水とうりゅう→和倉温泉(16:50着)となっていました。

 拝観料、昼食代を含むクーポン料金は大人5,650円と記載されていました。

 平成5年(1993年)3月25日からのシーズンでは「見附島」への寄留も開始されているようです。また、この年より運行期間が3月25日〜11月30日までに拡大されました。

 
 ▲暮れなずむ穴水湾。景色はいつも無言だ

 平成7年(1995年)4月版の能登半島定期観光バス時刻表によると、「のとれいんぼう号」は3月25日〜11月30日までの運行で、コースは輪島駅前(10:25発)→輪島漆器会館(10:30発)→千枚田→上時国家→ホテルニューまうら(昼食)→珠洲焼資料館→喜兵衛どん→見附島→柳田植物公園→穴水とうりゅう→和倉温泉(16:43着)となっていました。

 拝観料、昼食代を含むクーポン料金は大人5,900円で、ほかに金沢駅前7:10発の奥能登特急線で終点の輪島漆器会館まで乗車し、朝市見学を各自で済ませてから「のとれいんぼう号」に乗り換えるという「特急バスとのとれいんぼう号セットコース」も用意されており、こちらは大人7,900円となっていました。

           千
           枚 ホテルニュー
           田    まうら(昼食)
輪島漆器会館○┬──→○──┬──→○──┐
      ◎┘      |      |
      輪島駅前    ○上時国家  |
                     ↓
                     |
            ┌──○←─○←○┴─○珠洲焼資料館
            |  柳  見 喜
            |  田  附 兵
            ↓  植  島 衛
            |  物    ど
            |  公    ん
     穴水とうりゅう○  園
            |
            |
            └→◎和倉温泉

 平成9年(1997年)2月28日を最後に「千里浜・巌門めぐり和倉」や「ホットスパ和倉」とともに廃止となっています。


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   + + + + + +

 ・ ゆういち号

 平成3年(1991年)9月1日、JR七尾線の電化開業に伴い新設されています。

 電化の恩恵として大阪からの「特急スーパー雷鳥3号」や名古屋からの「特急しらさぎ3号」が和倉温泉駅まで直通で乗り入れを開始することに着目し、列車の到着から旅館のチェックインまでの空き時間を有効に活用し、奥能登の魅力をも味わって貰おうという趣向だったようです。

 「ゆういち」とはあたかも人名のようですが、輪島の「夕市」のことです。大人3,000円、昼食なしの午後半日コース。夕市が休みとなる毎月10・25日と1月1・2・3日は運休となっていました。

 おそらく北陸鉄道(株)能登営業所(七尾)が担当していたものと思われます。

 平成4年(1992年)発行の北鉄時刻表によると、「ゆういち号」は毎月10・25日と1月1〜3日を除く毎日運行で、コースは和倉駅前(13:20発)→和倉温泉(13:30発)→輪島漆器会館→和倉温泉(17:15着)となっていました。クーポン料金は大人3,000円でした。

 なお、「ゆういち」は朝市とは異なり住吉神社が会場となっています。

 住吉神社
    ★・・ 
      :
輪島漆器会館○┐
       |
       |
       |
       |
       |
       |
       |
   和倉駅前○←◎和倉温泉

 最晩年である平成6年(1994年)版の北鉄時刻表においてもコースや時刻は同様で、クーポン料金が大人3,200円に値上がりしていることだけが違いでした。

 平成7年(1995年)4月に廃止となり、短命に終わったコースですが、「北陸鉄道五十年史」発刊当時、最新のコースであったこともあって、本文や年表にも紹介されており、活躍期間のわりにはその名称がよく知られているコースといえます。


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  + + + + +

 ・ 能登さいはてめぐり号

 和倉温泉を出発し、奥能登の先端である狼煙の灯台などを巡り、輪島、和倉温泉へ帰着するコースでした。「おくのと号」とコンセプトが似ていますが、出発点が和倉温泉であることと、コースが逆順になっている点が異なります。正式な路線名は「奥能登周遊D線」。通称として「さいはて号」とも呼ばれていたようです。

             奥能登
輪島           塩田村
漆器会館○┬←────────○←──○狼煙
     |             |
輪島駅前◎┤             ↑
     |             |
     ↓             |
     ├─→┬─→○→○─→○──┘
     |  ○  恋 見  珠洲ビーチホテル
     |  九  路 附  珠洲焼資料館
     |  十  海 島
     |  九  岸
     |  湾
     |
     |
     |
     └◎和倉温泉

 平成7年(1995年)4月に登場したコースです。この年は新感覚のコースが多数新設されていますが、その多くは結局短期間で姿を消しており、唯一、このコースのみが能登空港開港まで生き永らえることができました。

 内浦から先に珠洲へと上がっていくコース取りは、ちょうどこの年の3月31日をもって廃止されたJR担当の「おくのと7号」を思わせ、食事場所は同じくJR担当だった「おくのと2号」が利用していた狼煙のドライブイン「あすなろ」となっていました。ある面では「おくのと号」のJR担当便の代替コースという部分もあったのかも知れません。

 平成7年(1995年)4月発行の能登半島定期観光バス時刻表によると「能登さいはてめぐり」は通年運行で、コースは和倉温泉(8:20発)→九十九湾(遊覧)→見附島→喜兵衛どん→珠洲焼資料館→禄剛崎(昼食)→奥能登塩田村→輪島漆器会館→輪島駅前→和倉温泉(17:00着)となっていました。

 拝観料、昼食代を含むクーポン料金は輪島まで大人5,800円、和倉まで大人7,000円となっていました。

 このほか、金沢から「まうら号」を利用し、輪島漆器会館で和倉温泉へ向かう「能登さいはてめぐり」に乗り継ぐ「まうら号とのとさいはてめぐりセットコース」も存在しており、これは大人6,700円となっていました。まうら号の価格が大人5,400円ですので、プラス1,300円で和倉温泉までOKというプランです。

 寄留地のうち、目新しいものは「奥能登塩田村」です。同所は平成7年(1995年)4月28日完成のようですから、オープンにあわせてさっそく盛り込まれたのでしょう。

 平成9年(1997年)4月1日からは狼煙のドライブイン「あすなろ」の閉店に対応され、食事場所が珠洲鉢ヶ崎の「珠洲ビーチホテル」に変更されています。

 平成9年(1997年)6月発行の北鉄時刻表によると「能登さいはてめぐり」は通年運行で、コースは和倉温泉(8:20発)→九十九湾(遊覧)→喜兵衛どん→珠洲焼資料館→狼煙→奥能登塩田村→輪島漆器会館→輪島駅前(15:50着)→和倉温泉(17:00着)となっていました。

 拝観料、昼食代を含むクーポン料金は輪島まで大人5,910円、和倉まで大人7,130円となっていました。

 平成10年(1998年)3月20日より、全席禁煙に。また通年運行から冬期運休(3/20〜11/30の運行)に変更されています。

 平成11年(1999年)5月発行の定期観光バス時刻表によると、「能登さいはてめぐり」は3月20日〜11月30日の運行で、コースは和倉温泉(8:20発)→九十九湾(遊覧)→見附島(車窓)→喜兵衛どん→珠洲ビーチホテル・珠洲焼資料館(昼食)→禄剛崎→奥能登塩田村→輪島漆器会館→輪島駅前(15:50着)→和倉温泉(17:00着)。拝観料、昼食代を含むクーポン料金は輪島まで大人6,100円、和倉まで大人7,300円となっていました。

 輪島支所担当だった「おくのと号」に対して、能登営業所本所(七尾)が受け持っていたようですが、七尾地区の合理化に伴い、平成13年(2001年)3月4日に七尾バス(株)への管理委託が開始されています。

 平成14年(2002年)3月20日からは「喜兵衛どん」の閉館に対応し、新しい寄留地として「恋路海岸」が新設されたほか、従来は車窓からの見学であった「見附島」が下車観光に変更されています。この2つの新設寄留地はいずれも自然景勝地ですが、料金は変更せず、代わりに九十九湾にて記念品を進呈する形で対応されたようです。

 平成14年(2002年)9月発行の定期観光バス時刻表によると「能登さいはてめぐり号」は3月20日〜11月30日までの運行で、コースは和倉温泉(8:20発)→九十九湾(遊覧)→恋路海岸→見附島→珠洲ビーチホテル(昼食)・珠洲焼資料館→禄剛崎→奥能登塩田村→輪島漆器会館→輪島駅前(15:50着)→和倉温泉(17:00着)。拝観料、昼食代を含むクーポン料金は輪島まで大人6,100円、和倉まで大人7,300円となっていました。

 平成15年(2003年)4月27日より七尾バス(株)へ正式に移管されますが、間もなく平成15年(2003年)7月6日の運行を最後に廃止となります。廃止後、コースの一部は「のと恋路号」として継承されていますが、これも現在は廃止となっています。

 「さいはて号」の廃止により、奥能登の最先端・禄剛崎へ足を伸ばすコースは全て姿を消したこととなります。能登の最先端へ行ってみたいというニーズは少なからずあり、人気が高かったコースとされています。もしもこのコースのまま、能登空港は九十九湾の後に立ち寄りとする形などとして継続運行されていれば、さてどういう結果になっていたでしょうか。

 その後、奥能登の最先端まで足をのばすコースは現在の「おくのと号」で復活しました。


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  + + + + +

 ・ 輪島ゆったり号

 平成15年(2003年)7月7日、能登空港開港にあわせ開業した3コースのうちの一つです。午前の羽田発能登空港便で到着した観光客が、ちょい乗り気分で手軽な観光を楽しみながら輪島市内へ向かうというコンセプトで運行されました。しかし、気軽過ぎてあまりにもコースが淋しく、予約制のコースとしてはパンチ力に欠けたのかも……。

 担当は能登中央バス(株)で、おもに小型貸切バスタイプの車両が使用されていました。ガイドなしのワンマン運行で、能登空港には受付窓口がないため、到着ロビーにて乗務員さんがプラカードを手に利用客を出迎えていたそうです。

輪島漆器会館○─┬─○キリコ会館
     /  |
輪島漆芸○  ◎┤
 美術館  輪島↑
      駅前|
        └←┐
          └←┐
        能登空港◎

 平成17年(2005年)4月版の能登半島定期観光バス時刻表によれば「輪島ゆったり号」のコースは能登空港(11:20発)→キリコ会館→輪島漆器会館(輪島市内で自由食)→輪島漆芸美術館→輪島駅前(15:25着)。昼食は各自負担別払いとはいえ、料金は大人1,600円となっており、定期観光バスとしてはかなり安価でした。

 輪島駅前到着後、同時刻に到着し和倉へ向かう「のとフライト号」に乗り換えて和倉駅前、和倉温泉へ向かうことも可能となっており、その場合は特急バス同額の1,200円を別払いすることになっていました。

 また、公に案内はされていませんでしたが、希望がある場合は能登空港→輪島駅前間で乗合バスとして区間乗車することが可能でした。乗合免許で運行する定期観光バスらしい特例といえます。ちなみに運賃は路線バスと同様の570円だった模様です。

 平成19年(2007年)3月31日をもって廃止となっています。

 
 ▲輪島漆器会館にて


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 ・ のと恋路号

 平成15年(2003年)7月7日、能登空港開港にあわせ開業した3コースのうちの一つです。午前の羽田発能登便の航空機で到着した観光客を受け、奥能登を一周して輪島、和倉温泉へ帰着するコースでした。

 のと鉄道能登線を走っていた急行列車「のと恋路号」の愛称を襲名し、新たな奥能登観光の目玉となることが嘱望されましたが、利用客が航空機利用者にほぼ限定されてしまうことが裏目となったか、利用は低迷していました。

 
 ▲愛称の元になったパノラマ急行「のと恋路号」

 担当は能登中央バス(株)で、ガイドなしのワンマン運行でした。「輪島ゆったり号」と同様、能登空港では到着ロビーにて乗務員さんがプラカードを手に利用客を出迎えていたそうです。

      キ        曽
      リ        々
      コ  千     木
      会  枚     海  仁江
      館  田     岸  塩田村
  ┌←──○←─○←──┬─○←─○←─┐
  |          |       |
 ◎┤          ○上時国家   |
輪島|                  ↑
駅前|                  |
  |     ┌→──→───○─→──┴─○珠洲ビーチホテル(自由食)
  | 能登空港◎    恋路海岸
  ↓
  |
  |
  |
  ↓
  └─◎和倉温泉

 平成17年(2005年)4月版の能登半島定期観光バス時刻表によると「のと恋路号」のコースは能登空港(11:20発)→恋路海岸→珠洲ビーチホテル(自由食/各自負担)→仁江塩田村→曽々木海岸(車窓)→上時国家→千枚田→キリコ会館→輪島駅前(16:05着)→和倉温泉(17:05着)となっていました。

 クーポン料金は大人3,000円となっていました。

 仁江塩田村は以前の「奥能登塩田村」と同じ場所です(現:道の駅すず塩田村)。

 昼食については各自支払いの自由食というスタイルながら、乗客はバス車内で配られたメニューのなかから注文を決め、その注文を乗務員がホテル側へ電話連絡しておくことによって、バスの到着時には注文通りの食事がセッティングされているという方式になっていました。

 
 ▲珠洲ビーチホテル

 その後、平成18年(2006年)4月28日には仁江の奥能登塩田村が「道の駅すず塩田村」として新装オープンを果たしています。

 平成20年(2008年)4月1日、グループ会社合併により能登中央バス(株)は「北鉄奥能登バス(株)」となりました。この頃の車両は、主に小型扇カラー観光バスタイプの62-003号車が使われていました。同車は旧能登中央バス(株)が初めて自社購入した貸切車であり、かつては能中バス独自のオリジナルカラーを纏っていた車両にあたります。

 平成22年(2010年)3月31日をもって廃止となりました。

 これにより、能登空港を出発点とする定期観光バスは全て姿を消し、また長年奥能登の定観バス寄留地として知られていた「上時国家」に寄留するコースが全廃となっています(のちに「わじま温泉郷号」が寄留し、一時的に復活)。

 
 ▲能登空港ロビー


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 ・ わじま温泉郷号

 世界農業遺産に指定された「能登の里山・里海」を巡る期間限定の定期観光バスで、北鉄奥能登バス(株)輪島営業所が運行を担当していました。読み方は「わじまおんせんきょう号」です。

 「世界農業遺産」は国連食糧農業機関により、農業の営みとそれにかかわる景観・文化・生物多様性などに富んだ地域を認定する制度で、日本では平成23年(2011年)6月11日に、この「能登の里山と里海」のほか、新潟県佐渡市の「トキと共生する佐渡の里山」が初めて認定されました。

 ガイドさんは乗務していませんでしたが、案内人として輪島弁で案内する地元ガイド「あかり人」が同乗していたようです。

 このコースはまずは平成24年(2012年)4月28日〜11月4日のシーズンから運行が開始されました。当初はコースは2種類に分かれており、それぞれ毎日運行となっていました。

 開業当初のコース・時刻は、以下の通りでした。
【1】総持寺・間垣コース
 運行日:4月28日(土)〜9月10日(月)、9月16日(日)〜11月3日(土)
 料 金:大人4,900円、小人3,400円
輪島駅前(11:00)→能登空港(11:30)→総持寺祖院(昼食・「座禅体験」又は「禅の里交流館」)→男女滝→上大沢(間垣)→ゾウゾウ鼻展望台→キリコ会館→輪島駅前(16:40着)

  ゾウゾウ鼻
    展望台
上大沢○─→○→┐
   ↑    └┬─○キリコ会館
   | 輪島駅前↓
男女滝○    ◎┤
   ↑     |
   |     ↓
   └←─┐  └→┐
      ↑    |
      ├←─┐ ↓
      |  └←┴─┐
 総持寺祖院○      ○能登空港

【2】朝市・千枚田・平家の郷コース
 運行日:4月29日(日)〜11月4日(日)
 料 金:大人5,900円、小人4,400円
輪島駅前(9:00)→輪島漆芸美術館→輪島漆器会館(朝市・ミールクーポンによる自由食)→白米千枚田→輪島塩・揚げ浜塩田→窓岩ポケットパーク→時国家(奇数日は時國家、偶数日は上時国家)→能登空港(15:40着)→輪島駅前(16:00着)

            白 揚
            米 げ
            千 浜
            枚 塩
輪島漆器会館      田 田
    ┌○─→──→─○→○→┬─○窓岩ポケットパーク
輪島漆芸↑ ┌←┐       ↓
 美術館○←┘◎┤       ○時國家
       輪島駅前     ↓
        ↑       ○上時国家
        |       |
        └←─┐    ↓
           └←┬←─┘
         能登空港○

 能登空港での航空機との接続のほか、金沢からの特急バスとの接続も考慮されたスケジュールで、特急バスとセットの料金プランも用意されていました(通常料金の1,000円増し)。

 また朝市・千枚田・平家の郷コースにおいては昼食が1,000円分のミールクーポンによる「自由食」となっているのも新味でした。

 朝市が休業の日は代替として重蔵神社宮司による「能登の風土・生活・お祭り」のお話が披露されたようです。

 なお、この時期は総持寺祖院がちょうど能登地震からの復興工事中だったようですが、工事中の大祖堂を見学ステージから観覧することができたようです。

 車両は加賀白山バス(株)野々市営業所より小型貸切車25-042号車が北鉄奥能登バス(株)輪島営業所へ転入し、使用されていました。

 
 ▲曽々木の窓岩に風は吹く

 平成25年(2013年)もやはり4月27日〜11月4日に運行されましたが、【1】の間垣コースが奇数日、【2】の千枚田コースが偶数日のみの運行となりました。また【1】のコースは「総持寺・黒島・間垣コース」とし、総持寺と男女滝の間に、新たに黒島(角海家)が寄留地に加わっています。

【1】総持寺・黒島・間垣コース
 運行日:4月27日(土)〜9月9日(月)、9月17日(火)〜11月3日(日)の毎奇数日
 料 金:大人5,900円、小人4,400円
輪島駅前(10:45)→能登空港(11:20)→総持寺祖院(昼食・「座禅体験」又は「禅の里交流館」)→黒島(角海家)→男女滝→上大沢(間垣)→ゾウゾウ鼻展望台→キリコ会館→輪島駅前(17:00着)

  ゾウゾウ鼻
    展望台
上大沢○─→○→┐
   ↑    └┬─○キリコ会館
   | 輪島駅前↓
男女滝○    ◎┤
   ↑     |
   |     ↓
   └←─┐  └→┐
      ↑    |
      ├←─┐ ↓
      |  └←┴─┐
 総持寺祖院○      ○能登空港
     /
    /
   ○黒島(角海家)

【2】朝市・千枚田・平家の郷コース
 運行日:4月28日(日)〜11月4日(月)の毎偶数日
 料 金:大人5,900円、小人4,400円
輪島駅前(8:45)→輪島漆芸美術館→輪島漆器会館(朝市・ミールクーポンによる自由食)→白米千枚田→輪島塩・揚げ浜塩田→窓岩ポケットパーク→時国家(奇数月は上時国家・偶数月は時國家)→能登空港(15:30着)→輪島駅前(16:00着)

            白 揚
            米 げ
            千 浜
            枚 塩
輪島漆器会館      田 田
    ┌○─→──→─○→○→┬─○窓岩ポケットパーク
輪島漆芸↑ ┌←┐       ↓
 美術館○←┘◎┤       ○時國家
       輪島駅前     ↓
        ↑       ○上時国家
        |       |
        └←─┐    ↓
           └←┬←─┘
         能登空港○

 平成26年(2014年)のシーズンは5月5日〜10月31日までとなり、コースは1種類のみになりました。

 コースは輪島駅前(8:30発)→マリンタウン→輪島朝市→時国家(奇数月は上時国家・偶数月は時國家)→輪島製塩→白米千枚田(昼食)→キリコ会館→輪島漆芸美術館→禅の里交流館→総持寺祖院→能登空港→輪島駅前(16:10着)→マリンタウン(16:20着)というものとなっていました。

 「マリンタウン」への立ち寄りはホテルルートイン輪島の宿泊客への対応と思われます。

 料金は大人5,900円。昼食は白米の千枚田にて、地元でとれたお米を使ったおにぎりセットが用意されていた模様です。

          キ 白
          リ 米 輪
   マリンタウン コ 千 島
        ○ 会 枚 製
  輪島朝市  | 館 田 塩
    ┌○──┼─○─○─○─┐
輪島漆芸↓   ↑       |
 美術館○  ◎┤       ○時國家
    |  輪島駅前     |
    ↓   ↑       ○上時国家
 禅の里├→─→┤
 交流館○   └──┐
    |      └─┐
 総持寺○    能登空港○
  祖院

 平成27年(2015年)シーズンは4月25日〜10月31日の毎日運行。コースは引き続き1種類で、前年と同様のコースでした。なお、朝市が定休日となる第2、第4水曜日は運休となっていました。車両は中型セレガ(19-050)が使用されていました。

 残念ながら、このシーズンを最後に運行されなくなり、フェードアウトしています。おそらく「わじま温泉郷号」運行休止のリソースを割いてのことでしょうか、翌年からは「わじま周遊バス」が2年間にわたり運行されることとなります。

 
 ▲この間垣の里を定観が走っていた


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  + + + + + +

 ・ のと恋路号(2代目)

 北陸デスティネーションキャンペーン特別企画として、平成27年(2015年)10月3日〜平成28年(2016年)3月27日までの土日祝に運行された期間限定の定期観光バスで、JR七尾線に運行される観光特急列車「花嫁のれん」に和倉温泉駅で接続し、恋路海岸、千枚田、輪島などを巡るコースとなっていました。

 愛称名の「のと恋路号」はかつてのと鉄道で運行されていたロマンスカーの名前であり、同列車の廃止後は能登空港発着で運行されていた定期観光バスが襲名していたこともありましたが、このコースはその名称の復活となりました。

 コースは和倉温泉駅(11:55発)→和倉温泉バスターミナル(12:05発)→能登島大橋・ツインブリッジのと(車窓)→恋路海岸→見附島→白米千枚田→輪島キリコ会館→輪島ふらっと訪夢(16:15着)→和倉温泉駅(17:20着)→和倉温泉バスターミナル(17:25着)というものです。

 接続列車は金沢駅を10:15に出発する観光特急「花嫁のれん1号」で、この列車は和倉温泉駅に11:37着。定期観光バスの旅を終えたあとは、和倉温泉駅を17:41に出発する特急「能登かがり火10号」に乗車して金沢駅に18:39に到着することができました(列車の代金はコースには含まず)。

 昼食代と輪島キリコ会館の入館料がセットになったバス料金は大人5,500円となっていました。

輪島
キリコ会館
   ┌○┐ 白米千枚田
   ↓ └←○←┐
輪島○┤     ↑
駅前 ↓     └←─←─┐   
   |          ○見附島
   ↓          ↑
┌←─┼───→─────→○恋路海岸
|  ↑
|  | 
|  |  ツインブリッジのと
↓  └←─○←┐
└┐      |
 ↓ ○和倉温泉|
 | |    ↑
◎┴─┴─→○→┘
和倉温泉駅 能登島大橋

 運行は北鉄能登バス(株)七尾営業所で、バスガイドさんも乗務。また食事は弁当が車中食として用意されていた模様です。

 残念ながら観光特急の2次交通としての人気はあまり得られなかったようで、平成28年(2016年)4月以降の運行は設定されず、ワンシーズンで終焉となってしまいました。


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[▼]乗車のヒント

 定期観光バスは予約制となっています。このコースは始発地の和倉温泉出発時刻までに予約がなく、乗車予定の利用者がいなかった場合は運休となります。

 なお、のりばは和倉温泉駅ではなく、温泉街の和倉温泉バスターミナルとなりますのでお間違えのないようご留意下さい。

 北鉄予約センターでの予約は3日前が締切となり、2日前以降は和倉乗車の場合は和倉温泉センター、輪島乗車の場合は輪島旅行センターへ電話する必要があります。詳しくは必ず公式ホームページやパンフレットをご確認下さい。

 乗車当日は発車時刻の15分前までに窓口で乗車手続きを行う必要があります(そのままいきなりバスに乗ることはできません)。旅行代理店で発券された船車券やクーポン券を持っている場合も同様で、窓口での手続きは必ず必要です。

 なお、定期観光バスですので始発地の和倉温泉バスターミナルからの乗車であれば、当日でも空席がある場合は予約なしで乗車することができます。この場合も窓口でお尋ね下さい(そのままいきなりバスに乗ることはできません)。

 進行方向の左手が海となりますので、眺めの良い席は車両の左側となります。

 詳しい情報は北陸鉄道公式サイトをご覧下さい。

 *このページは郷土の定期観光バスに関して趣味として研究している非公式ファンサイトであり、コースの情報や時刻等を紹介しているものではありません。実際にお乗りになる場合やご検討なさっている場合は北陸鉄道公式サイトをご覧になるようお願いします。


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[▼]参考文献

 「北陸鉄道五十年史」
 「北鉄時刻表」各号
 北陸鉄道社内報「ほくてつ」各号
 「能登の旅」各号
 「定期観光バス時刻表」各号
 「やさしい人情・美しい自然 国定公園能登半島」昭和44年(1969年)
 「JTBのポケットガイド 金沢・能登」JTB 平成8年(1996年)
 「ミリオン 金沢・能登北陸 みどころ」東京地図出版 平成2年(1990年)
 「ブルーガイドパック 能登・金沢」実業之日本社 昭和52年(1977年)
 「ブルーガイドブックス 能登・金沢と北陸」実業之日本社 昭和50年(1975年)
 「最新旅行案内 北陸」日本交通公社 昭和36年(1961年)
 「北國新聞縮刷版」各号
 「国鉄監修交通公社の時刻表」各号
 「羽咋市・羽咋郡明細区分図」日本地政協会
 「めぞん一刻 11巻」(高橋留美子・作)小学館
 「バスジャパンニューハンドブックス 北陸鉄道」星雲社
 「青い道」(青い道の会・編)昭和52年(1977年)
 「和倉温泉のれきし」(田川捷一・著)能登印刷
 「わくら物語」(北陸中日新聞七尾支局・編)


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[▼]別れの挨拶

 皆さま、最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 やさしい人情、変化に富んだ美しい自然の能登半島をまわる定期観光バス。その概況と歴史を辿って頂きましたが、こちらでお別れでございます。

 日本海の荒波が作り上げてきた豪快な外浦海岸、波静かな入江・内浦海岸、昔ながらの風俗や文化が生き続ける能登の疑似遊覧は、いかがでございましたでしょうか。能登には素晴らしいところがたくさんございます。どうぞ四季折々の能登半島を思い浮かべて頂ければと思います。

 なにかと行き届かなかった点はお許し下さいませ。また、皆様方には実際に能登をお訪ね下さったとき、楽しいご旅行ができますよう、心からお祈り申し上げます。それでは、どなた様もごきげんよう、さようなら。

 ありがとうございました。ありがとうございました。


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