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 果実
 〜フルーツ・ガール桃子〜

  第7話 「新しい仲間,佐去佐曲」

 おう、漢方薬。
 西洋医学が発達し、化学的に製造された医薬品が手軽に手に入るようになった現代でもなお、天然の生薬を原料とした漢方薬は絶大な支持を得ています。
 やはり効き目がゆるやかで、身体にやさしいということが強みでしょう。
 化学的に生成された薬品は、卓効はあれど、やはり薬というからには毒でもあり、副作用も大なり小なり生じる!
 日本人は医食同源といって、天然の食べ物の成分の中から薬としての効能を得てきた民族でもあるわけです。
 カレーだってそうです。
 カレーの黄色い色の成分はターメリックですが、これもウコンといって、漢方では肝臓に効果のある薬のひとつとしても利用されてきたわけだ。だからハウスから出ている「ウコンの力」などは、肝臓に良いというので、飲み会の前にコンビニへ立ち寄って買うじゃないですか、みんな……。
 しかし、本来は食べ物として食べるのが一番なのです。
 食べ物として食べると、咀嚼します。すると唾液が出る。この唾液の酵素が免疫に繋がる。つまりそれもまた薬なんですよ。
 ましてや、この物語の舞台となった明治末期から大正時代にかけては、いまのようにゲンキーやコスモスといったドラッグストアーはないので、薬といえば東洋医学の漢方薬が当たり前だったわけでしょう。
 水車で粉をひいては調剤し、量り売りする、そういう薬房が各地にあったといいますから。
 さて、薬といえば、薬都という呼び名もあるように富山が有名ですが、私が奥能登町中央図書館で読んだことのある「奥能州霊異叢書」によると、ここ奥能登の門前町にも、総持寺への参詣者を目当てとした薬房がいくつかあり、人気を得ていたとたしかに書かれてあるのです。
 門前に、奥能登にそんな薬房が……と疑問に思う方もおいでるかも知れませんけど、私も一年前まではそんな反応を示すかも知れなかったですけどね、しかしたしかに書いてある……。「奥能州霊異叢書」という本に、それが書いてあります。
 いっておきますが、これはネットには載っていません。さきほど検索しましたが、残念ながら、やはり出ていませんでした。
 いまのネット偏重社会では、全国津々浦々にある図書館というものに実際に足を運んで、現地で調べるということがあまりにも軽視されているように思います。
 図書館にはネットでは得られない情報が無限にあります。
 それなのに、現代は、それらがよく調べられもせずに、ネットに出てないからって捨て置かれていることがあまりにも多い。私は常々、苦々しく思っています。
 もっと図書館を訪れて、先人が残した紙の情報を大切にして欲しいと思います。
 この「奥能州霊異叢書」は、奥能登中央図書館が所蔵し、一般に公開している本ですが、奥能登中央図書館がどこにあるのか、ネットには一切載っていませんでした。さっき検索しても出てきませんでしたので、それは確かです。
 このような場合は市販の地図等を参照、地図に載っていなければ電話帳とか、そういう調べ方をすると良いのですが、最近ちょっと昔のことに詳しいと言っている人はよく、こうしたちゃんとした調べ方もせずに、ネットで検索しても出てこない、ウィキに載っていない。つまり存在しない、こう断言しがち。そんな風にすべてを調べ上げられるのが現代の叡知なのだともいえますが、これは半面、凄く悲しいと思います。
 ウィキかなにかが万能と思い込み、これだけに依存している人たちが、いまこの文書を読んで下さっている方のなかにいるのかいないのか、それは分かりませんけどね、これで全て済むと思ったら間違いです。これだけは私の主張として、言わせて下さい。
 だいたいウィキに書いてあることは本当なのか?
 私も実はこれでわりとウィキが好きで、書いてあることを信じ込んでしまうタイプなのですが、こと自分が興味のある事柄についてのウィキを読むと、おいおいと思うことは多い。なんていい加減なんだ、ってね。当然ですよ。どこの誰が書いているか分からないのですから。
 ですから、まぁ私が興味ある事柄について推し量れば、全体としてこの程度の精度なんだな、とは思うのですが、しかし自分の知らない事柄について調べるときは、なんとなく、こう書いてあるから正しいのかな? なんて思ってしまうんですよね笑 絶対どこかで、専門家といえる人が「こんな馬鹿馬鹿しい記述の記事を信じるダラがいるのかね?」って断じていることは想像できるのですけどね。でも、私もそうですけど、読み手は結局そこまで精度の高いものを要求してはいないんでしょうね。フィーリングだけ分かればそれで良い……、その上でごちゃごちゃ言ってくる専門家は、自分が美味しいと思った料理をまずい、二流だ、と断じる食通みたいなもので、むしろ煙たい……。
 ネットなんて結局、凡人が頑張って発表する場を得られたので、シャキッてときには取り繕いながら書いている、所詮そんなものだと思うんですけどね。
 こんなことを書くと、「要出典」って書かれるのかな……。
 その、ウィキには決して載っていない「奥能州霊異叢書」という書物に紹介されているのが、いまから私が紹介する「佐去薬房」なのでした。
 店主の佐去村川(75)はまだ徳川時代であった寛永年間にメキシコ(通称:メヒコ)でルチャ・リブレを修め、これとともに門前に漢方をもたらした、まさしく伝説的な人物でした。
 これはウィキには書かれていません。
 村川本人は当時すでに高齢のため、薬の調合に利用する植物や特殊な樹木の皮、生物の牙などの材料は、その孫の佐去佐曲(13)をそれぞれの取引先へ遣わせ、調達していたそうです。
 これもウィキには書かれてないでしょう。
 この佐曲はとても身軽な少年で、低い家屋の屋根くらいならノータッチで飛び乗り、川があろうと橋まで回らずにそのまま助走をつけて飛び越してしまうほどでした。
 父は滋賀県のほうの忍の者だったとも噂されています。
 ウィキには書いてありませんけどね。
 きっとそれは、かれ自身が常に黒装束といっていい上下まっくろな着衣を好み、赤い帯を必ずチョイスし、着物の胸にはなにがどうしても仮面ライダーブラックRXのようなマークをあしらっている……そんな姿をみんな見ていたからでしょう。
 その佐曲が、ちょうどその日、門前より約40kmほど南の志賀という街を訪れていました。
 なんと、ここにも漢方の原材料になる、鹿の角を商う男が住んでいたのです。
 男はキラー・吉田(37)。
 彼は、鹿を捕獲しては角をむしり取って、於古川沿いの小さな露店のような店先に並べていました。
 佐曲の祖父の村川は、その鹿の角を仕入れては、それを削って、すり鉢で細かく粉にし、ある特殊な薬草と混ぜては、肝臓や胆嚢などの不調に特効をもたらす薬として販売、これが絶大なる人気を得ていたのです。
 いまでいえばタナベのウルソのようなものだと思います。
『これを茶のようにして飲用すると胃のもたれなどにも良いといわれていた』
 門前町勝田に住んでおられたプロ賢者の石田石綿氏(79)も、このように証言されています。
 その鹿の角を求めて、佐曲がキラー・吉田の露店へやって来ました。
 するとどうでしょう、そこではなにやら先客がもめている様子でした。
 客らしいのは、桃いろの羽織に身を包んだ少女でした。一匹の白い犬を連れています。
 佐曲はてっきり、連れてきた犬が露店に悪さでもして、そのことについて店主のキラー・吉田がとがめ、喧嘩になっているものかと察したのですが、どうやらそうではないようです。
「誰が鬼だって言ってるんだ、ワシはキラー・吉田やぞ」
 こう吉田が威嚇するのに対し、相手の少女は、
「ちがいます、あんたは鬼です!」
 そのように断じている。
「ワシは鬼じゃない、人間や、キラー・吉田やぞ、弁護士に言うげんぞ」
「わたしには分かります。あんたは鬼です!」
 可憐な少女は店主の振り上げた野太い腕をとっさに掴みあげながら、そう指摘しました。
「はなせ! このドスメロ!」
 店主のキラー・吉田は持ち前の怪力で少女の手を振りほどくと、近くにあった商品の角を手に取りました。
 真っ白な角でした。
 尖端がすごく尖っています。
「これをぶつけるぞ! 証拠だよ、わしが鬼だという証拠を出せよ!」
 店主はいまにも白い角でもって殴りかからんばかりにこれを振り上げました。
 見ているだけだった佐曲は、ううーっ、と勇気を震わせました。
 傍観者でよいのか?
 その疑問がもう一人の自分に突き刺さったのでしょうか。
 次の瞬間には、
「キラー・吉田さん、おちついて!」
 佐曲は角を強引に取り上げ、旧知の店主をなだめていました。
「なんだガキ、邪魔しやがって! そこへ直れ!!」
「ぼくですよ、佐去の孫の佐曲です、これを買いに来たんです!」
「これってなんや、チンチンか!」
「角ですよ!」
 少年は白い角を、尖った方を上にして掲げ持ちました。
「おお……あんた佐去さんの孫の……」
 店主もそれで少し冷静さを取り戻したのか、まぁまぁとなだめる佐曲に促されて、露店にしつらえた粗末な椅子にギシッと座り直しました。
 少女はそんな佐曲をねめつけています。
 佐曲は毅然としていました。
「きみもだよ、どうしてこの人を鬼だなんて言うんだい?」
「その鬼の角よ!」
 と、少女は言いました。
「角……」
 なんとしたことか、そうこうしているうちに、佐曲の手のなかで、その白い象牙のような角は熱くなっていく……!
「うわっあつい」
 佐曲は思わず角を取り落としました。
 カラーンと乾いた音がして、角は床に落ちました。
 驚くべきというしかないでしょう、その落ちた角が、みるみるうちに発光し、もう電熱線ストーブのように赤くなり、ついに火を吹きました。
 それが露店の机に燃え移るや、すぐに布を伝って火が広がり、ごうごうと燃え始めました。
「火事だ!」
 佐曲が叫んで、近くにあった毛布で初期消火をこころみました。
「だから言ったのよ! 見なよ、こいつ鬼よ!」
 その通りでした。店主は見るもおどろおどろしい赤鬼に変わっています。
 佐曲少年はつばを飲みました。
「なんてことだ、キラー・吉田さんが鬼だったなんて。ところできみは?」
「私は桃子! あんたは猿か?!」
「ぼくは佐去佐曲! 猿ではない!」
「こっちへきなさい!」
 佐曲の手を、桃子はぎゅっと握ると、引っ張りました。抗議する間もなく、桃子は驚くべき力で、佐曲をひっぱる!
 その手のなかは汗ばんでいて、2人の手のなかで、どちらの手汗とも分からずまざりあう……。
 すべらないように、汗のにじむ手は佐曲の細い指さきを握りかえす!
 2人は急いで川縁の土手まで飛び出しました。
 それを鬼が追ってきます。
 桃子はその場でパラパラを踊り始めました。そしてさらに、羽織の袖からペロペロキャンディーのような道具を素早く取り出しました。
 桃子はその渦巻きにそって、指さきを滑らせていきました。その渦巻き部分がバネ仕掛けのようにパカッと上方へ開き、中身の鏡が陽光を反射させました。
 桃! 百! 桃! 百! 桃!
 そのような文字が、空中のなにもないところに浮かび上がっては消えました。
 桃子はその鬼に鏡面を向けました。
「フルーツ・ミラクル! 鏡の刺身よ!」
 桃子が叫ぶや、鏡から光線が一瞬でのび、鬼の身体をみごとに貫きました。
 桃子は、苦悶しながら倒れ込む鬼に背を向けました。
「爆発」
 そう桃子は宣告しました。
 そして桃子の身体が1cmほど横へずれると同時に、鬼の肉体から火花が飛び散りはじめました。
 ──鬼は爆発しました。
 その爆風が燃え盛る火事場を包み隠します……。
 すべてが終わったあと、綾子のかたわらで、一匹の猿が、きびあんころをもちもちと食べていました。
 それが白い犬にはひどく不服なのか、ワン、ワン、ワンと吠えたてながらチョロチョロ周囲を回っています。
「ネコちゃん、先輩らしく落ち着きなさいよ」
 犬は桃子をチラッと見上げてから、グルグルグル……と低く唸って、もちを食べる猿を見つめています。
「この子も、人間に変えられていたんだよ……」
 桃子は猿の頭をなでました。その後方で、延焼した周辺の家屋が屋根まで燃えて、ドサドサドサーと音をたてて崩れ落ちています。カンカンカンと火消し組の鐘の音が近付いてきました。まだ当時は消防車がなかったんでしょうね。


 → 第8話「恐怖の見世物小屋」へ

*この小説は完全なるフィクションです。実在の人物・団体・地名・書籍名とは、なんら関係ありません。

  令和3年(2021年)4月10日 公開 (3)


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