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 の少女ガール

  第7話 「スーパーマーケットの死角」


 スーパーマーケット。
 新鮮な野菜、お肉、鮮魚、お菓子、塩干、グロッサリー……。缶瓶詰、調味料、乳製品にパン、お寿司。
 客が自ら手にとって確かめ、自分でカゴに入れていくというセルフサービスは、いまでこそコンビニエンスストアやホームセンター、ドラッグストアーなど様々な業態においてごく当たり前のこととなっていますが、それも最初はスーパーから始まったといわれます。
 セルフサービスは本来は省力化のために始まったのだと思いますが、自分で選び、自分で手に取る楽しみから、レジへ着く頃にはついついカゴのなかがたくさんになってしまい、苦笑してしまうところであります。
 マーケットとは英語で“市場”という意味です。その市場のスーパーな、つまり超級の凄いバージョンというわけですね。
 市場には魚屋さん、肉屋さん、果物屋さん、それぞれ独立した店舗が集まり、客の側が任意に買い回り、それぞれで精算する必要がありますが、凄い市場たるスーパーマーケットでは、これらすべてが一堂に揃い、一度で精算することができるわけです。
 凄いことですよね。
 綾子もその日、近所のスーパーマーケット「ピーマン」を訪れていました。
 弟との夕食にコロッケでも買っていこうと、マイバッグ持参で来店したのです。
 野菜売り場、鮮魚売り場を一通り見て回り、空のカゴを片手にセール品の売り場まで来たときの出来事でした。
 先に平台に並んだ商品を眺めていた老婆が、眼が近いのか腰を大きく曲げて屈みこみました。
 その瞬間でした。
 その瞬間、老婆の懐からボトッと財布のようなものが落ちたのが見えたのです。
 それは明らかに小銭入れでした。
 おばぁさんは品定めに夢中のようで、気がつかないようです。
 綾子は、そのガマ口の小銭入れを拾うと、おばぁさんの肩をつつきました。
「おばぁさん、落としました」
「おやおやこれはご親切に……」
 老婆は押しいただくように財布を受けとると、なかに4つ折りに折り畳んである紙幣を節くれだった指先をたくみに操って数え始めました。
「おかしい?!」
 老婆の指がとまり、またはじめから数え始めました。
「おかしいよ、こりゃ……」
 老婆は2回、3回と数え直しています。
「おかしいよ、こりゃ……あたしゃ朝、1万円札を4枚入れてきたんだよ! 3枚しかないよ!」
 綾子は、どう反応したら良いものか困ってしまいました。
 すると老婆は黄色く濁った眼を剥いて、綾子をにらみつけてきました。
「あんたがとったんだろ!! 正直にお出し、1万円を!!」
「わたし、とってません」
「最初から盗むつもりだったんだろ! 親切ごかして、とんだ詐欺師やこの小娘!」
「わたしはとってません! とるわけがないでしょ、落としたばかりのものを……」
 綾子は涙が出そうになりました。
 無論それは悔し涙で、不当な訴えに憤ってのことでした。
 その頃には騒ぎに気づいたのでしょうか、スーパーのエプロンをした男性店員がどやどやとやってきました。
「お婆さん、どうしたの?」
「どうしたもこうしたもあるかい! この小娘がウラの3万円とったんじゃ! ええか、3万円じゃぞ!」
 いつの間にか3倍です。綾子はさすがに呆れました。
 子ども相手だと思って、それで押しきれると思っているのでしょうか。
 綾子は激昂して言いました。
「監視カメラで見てください! 監視カメラがあるんでしょう?」
 店員数名も、それもそうだと頷きあいながら、
「じゃあお嬢ちゃん、こっちへ来て」
 と綾子を強引な手つきで引っぱりました。
 完全に容疑者扱いです。
 カゴがまだ空だったのも、心証を悪くさせた一端だったのでしょうか。
 銀色の扉を開けた向こう側にスーパーのバックヤードはありました。
 コンクリート打ちっぱなしのどこか寒々とした事務所に、綾子は座らせられました。
 店員3人がその向かい側に立ち、にらみをきかせています。
「ふっふっふ……」
 どうしたことか、3人の店員らは下品な笑みに顔を歪めはじめました。
 綾子が異様な雰囲気を感じていると、やにわにドアが開らき、なんとさっきの強欲ババアまで入ってきました。
「花の少女ガール綾よ! ここは墓場じゃよ、貴様のなぁ!」
 なんとババアは言うなり杖を振り回して襲いかかってきたのです。
「これを杖だと思うなよ!」
 ババアが杖を天井近くまで振り上げると、なんと杖が蛍光灯のように光りだしました。
 杖はビーム・ソードだったのです。
 信じられないことかも知れませんが、それは事実でした。
「よいやぁ!」
 ババアがビーム・ソードを振りかざします。空気を裂くような音が狭い部屋でやけに高く響きました。
「おばぁちゃん! あんたら、まさか異星人だね?!」
 光輝くビーム・ソードを避けながら、綾子はポケットを探りました。
 なんとか綾子はカスタネットを手にすると、急いで打ち鳴らしました。
「花開く! フラワースタート!」
 宣言とともに、綾子のしなやかな身体の輪郭が、見たことのない虹のようなさまざまな色彩に光輝きました。
 子どもの頃、目を閉じると幾何学模様のような帯のような青や黄色のギラギラしたものが万華鏡のように輝いていたことを憶えているでしょう。光はそれと似ていました。
 綾子がくるくるとその場で回転するとともに、虹色の身体に布状のものが巻き付いていき、自然にそれは着衣になっていました。
 顔も同様です。さまざまな色彩の糸が幾本もからまりあって、綾子の可憐な横顔を覆っていきます。やがてそれは赤い仮面となりました。
 花! 華! 花! 華! 花!
 ババアや店員たちの眼には、こう見えたことでしょう。
 いいえ、それは網膜に直接焼き付いた像でなく、脳に入った波形のようなものの断片が、視神経を通じて視野にそのような文字を見せているのかも知れませんでした。
 詳しいことは不明というしかないでしょう。
 綾子は覆面で隠した眼差しを強欲なるババアらへと向けました。
「わたしは花の少女ガール綾!」
 言うが早いか、綾子の手の平からこぼれたように溢れる無数の花びらが、まるで意思を持った蝶かなにかのように舞い、一直線にババアの胸を貫いていました。
「うぬっ!」
 ババアの胸から噴出する赤いガスのような気体。やはり異星人だったのです。
「やろう、やっちまギャーっ!!」
 店員もやはり異星人でした。綾子の仕掛けた花びらのビームに貫かれ、ドドドとガスを噴出しています。
「次はそっちか!」
 綾子がまた手のひらに花びらを溜めました。
「ひええーっ、オ、オレは人間じゃあ、ワシは違う!」
 綾子は無言で花びらでもってその者の胸を串刺しにしました。
 やはり、ガス。
 残忍な異星人を見抜けない花の少女ガール綾ではありません。
 倒れた異星人どもは、まるでアイスクリームが溶けるようにドロドロと形を失っていき、やがてただの水溜まりになって広がりました。
 綾子は新しい花びらを手のひらに溜めると、その水溜まりにふわふわと花を降らせました。
「異星人といっても人間には違いない……。これは手向けよ……」
 綾子は眼を伏せながら、部屋を立ち去りました。


 → 第8話「暗転! 日曜日のドライブ」

*この小説はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。

  令和2年(2020年)3月4日 公開 (3)


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