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 の少女ガール

  第4話 「GMSの死闘」


 GMS!
 それはなんでも売っている場所。食べ物、洋服、本におもちゃ。安心して手にとれるさまざまな商品。雨に濡れずに買い物ができる便利な場所。
 GMS!
 そこへ行けば楽しいものが待っている場所。誰もが満足できるフードコート。催し物。映画にボウリング。楽しいお出かけのシーンがみんなそろう、そんな場所。
 GMS!
 家族が一日中過ごしても飽きない、みんながそれぞれに楽しい場所。パパは模型、ママはファッション、子どもたちはアイスクリームに観覧車。
 ゼネラル・マーチャンダイジング・ストアー。GMSとはなんと素晴らしいところでしょうか。
 日曜日なので、綾子は親友のめぐみとGMSを訪れています。
 目移りするような1階の売り場を並んで歩いていました。
「あっ、これ……」
 めぐみがゲームソフト売り場のショーケースで立ち止まりました。商品を食い入るように見つめています。
「なに見てるの、ぐみちゃん」
「綾ちゃん、これ凄い面白くて凄くて凄いらしいよ!」
「なになに、あんさんぶる水滸伝、か……」
「いま一番人気のRPGなの、ロールプレイングゲームね。凄く面白くて絵が尊い、絵が」
「でも値段がねぇ……」
 値札は14,800円(税抜)でした。
 これでは、日頃のちょっとしたおねだりでは無理で、誕生日か、あるいはクリスマス等のビッグなイベントでなくては難しいのではないでしょうか。
「はぁ……尊いわ……」
「尊いの?」
「少ししたら“麦麦”に出ないかな、そしたらパパにお願いして……」
 めぐみはショーケースに額をくっつけたまま、独り言のようにつぶやいています。“麦麦”とは「麦麦クラブ」のことでした。中古のゲームソフトを売っているお店です。
「あんさんぶる水滸伝か……もしかしたら弟が持ってた気もする」
 綾子はあまりゲームをしないのですが、そのタイトル名には、なんとなく心当たりがありました。
「ほんと?! 弟くん持ってるの綾ちゃん」
「たしかそうだった気が……」
「やたっ、こんど遊びにいくね!」
「今日、いまからでも良いよ」
「ハッピー!!」
 そのとき、館内放送がかかりました。
『お客様にお忘れもののご案内を致します。2階、男子トイレに青い宝石箱のお忘れものがございました。2階、男子トイレに青い宝石箱のお忘れものでございます。心当たりの方は、2階、男子トイレへお戻り下さい』
 綾子は、なんとなく妙な館内放送だなと思いました。
 女子トイレならともかく、男子トイレに青い宝石箱とは。そもそも、そんなものをトイレに置き忘れるのも変です。
 しかも、館内のBGMはなぜか急に「サクラサクラ」に変わっていました。
「ぐみちゃん、ちょっとここで待っててくれる?」
「お手洗い? 一緒にいこ?」
「ううん、ちがうの。ちょっと……ね」
 綾子はシーッと口元に人差し指を立て、片眼をつむるサインをすると、すぐに駆け出しました。
「へんな綾ちゃん……」
 めぐみはショーケースのゲームソフトのジャケットのほうに熱い視線を戻しました。
 胸騒ぎに駆られた綾子は、2階へと急ぎました。エスカレーターではまだるっこしいので、階段です。よほどの剣幕で走っていたのでしょうか、すぐ横のエスカレーターに悠々とつかまっているおばさんが、ギョッと目を見張りました。
 2階へ来ると、キナ臭いような妙な匂いが漂っていました。
 男子トイレのあたりからでしょう。
 トイレへ来ると、そこへ至る狭い通路を塞ぐかのように、『カード会員様募集中!』と書いたたすきを首からかけた従業員が大挙してなかをうかがっていました。
「どいてどいて、もれる!!」
 綾子は大声をあげながら人垣をかきわけました。
「お客様、ここは男子トイレですよ!!」
「わたしは男子よ!!」
 綾子の迫力に、その女性店員は黙って道を開けてしまいました。
 男子トイレでは、男性の従業員何人かが、一面に広がった白く光るものを前に、手の施しようもないといった様子で立ちすくんでいました。
 白く光っているものは雪でした。
 なんとトイレのフロアー一帯が積雪で覆われているのです。
「なぜ雪が積もったのだろう……」
 男性店員の一人、おそらく上級の立場にあるものと思われるスーツ姿の人が、ときどき首をかしげながらも、携帯電話でどこかと連絡を取り合っています。
 ――これは異星人のしわざの違いない
 綾子は、そう確信しました。
 そこで、またピ〜ンポ〜ンパ〜ンポ〜ンと間延びしたチャイムが鳴り、その音が消えるより前に、やや食い気味のアナウンスが始まりました。
『お忘れもののご案内です、1階、ゲームソフト売り場にて青い宝石箱のお忘れものです、1階のゲームソフト売り場にて青い宝石箱のお忘れものです、心当たりの方は、1階、ゲームソフト売り場へお戻り下さい』
 スーツの男性が血相を変えました。
 そして携帯電話を耳から外すと、
「ここは私と坂井、坂本、坂八が対応する、あとの者、1階や、1階の応援へ向かえ!」
 と早口で命じました。
 綾子もすぐに走り出しました。
「ゲームソフト売り場だって?!」
 なにしろ、めぐみがそこにいるのです。
 そしてなんらかの異状が、そこで。
 綾子は急ぎました。
「お客様ぁーーー」
 呼び止める女性社員を振りきって、綾子は走ります。
 階段をもどかしげに駆け降りて、最後には数段分をジャンプしてまで急ぎました。
 1階のうりばには、まるで吹雪のような冷たい風が吹き荒れていました。
 そしてゲームソフト売り場は、まるで白峰雪だるま祭りのような状態でした。
 すべてのものに雪が厚く積もっているのです。
 人影さえありません。
 いや、違う!
 人さえ雪に埋もれているのです。
「ぐみちゃん!」
 綾子は真っ青になりながら、叫びました。
 深くごぼる雪に足をとられながら、やっとのことで雪だるま状の固まりにすがると、冷たいのも忘れて雪を五本の指で掻きとりました。
 雪のなかから、人の身体らしきものが見え隠れします。綾子は両手を使って急ぎました。
 しかし、それはめぐみではなく、ジャージ姿のおじさんでした。
「やぁ、ありがとう」
 おじさんは太った頬に雪をこびりつかせたまま、赤いまんじゅうのように満面の笑みを浮かべました。
 綾子は黙ったまま、その近くの別の雪だるまを掻き分けはじめていました。
「ぐみちゃん!!」
 綾子はもう涙半分でした。指さきの感覚が消えて、雪を掻き出すごとに、ぼろぼろに千切れてしまいそうですが、そんな場合ではありませんでした。
「ぐみちゃん……」
 ついに雪のなかから現れためぐみの唇は青く、まつげの先に雪を載せたまま、眼を開くことはありませんでした……。
「イイーッヒッヒッヒ!! イイーッヒッヒッヒ!!」
 店じゅう響くような身の毛もよだつ笑い声がしたかと思うと、なんと、積雪のなかから突然、白髪の老人が顔を出し、ズボリと両腕を突き出して、雪上に出てきました。あたかもタケノコが地面を突き破って生えてくるように、です。
 しかし、その肌はブルーハワイ味のアイスクリームのように青く、赤色の歯、黄色の目玉。明らかに日本人ではありません。
「異星人だね?!」
 綾子は確信を持って問いました。
「いかにも左様、ワシはスタミナ星の科学的権威、ガドドドギ博士じゃ!!!」
 ガドドドギ博士なる者が胸の前で青い手をクロスさせると、それを合図としたかのように、積雪のなかから同じような異星人らしき者たちが次々と這い出てきました。
「GMSを雪で閉ざせば、人々は食糧や衣服を得られず、娯楽も失う!! そして人類に冬が訪れるのじゃ!!」
 博士は高らかと宣言したことでした。
「……くそじじい……」
「なんじゃと?」
「ぐみちゃんを返してから言え!」
 今度はガドドドギ博士が聞き返す間も待たず、綾子はカスタネットを取り出すと、これを打ち鳴らしました。
「花開く! フラワースタート!」
 綾子のみずみずしい肉体の輪郭が、雪原を背景に虹のようなさまざまな色彩に彩られて光りました。
 雪の積もった晴れの朝、雪に目が眩んだあとで目蓋を閉じると、青や黄色のギラギラしたベルトのようなものが左右に動きながら盛んに輝いていたことは憶えていないでしょうか。光はそれと似ていました。
 綾子がくるくるとその場で回転すると、虹色の身体に布状のものが巻き付いていきました。いつの間にか、その布が着衣になっているのです。
 花! 華! 花! 華! 花!
 ガドドドギ博士の眼には、そのビジョンが見えたことでしょう。それは網膜に直接焼き付いた像でなく、脳に入った波形のようなものの断片が、視神経を通じて視野にそのような文字を見せているのかも知れませんでした。
「わたしは花の少女ガール綾!」
「なに、お前が花の少女ガールじゃと?!」
「そうよ!」
「ええい、それがどうした、おい、やれ! かかれ!」
 綾子はすでに事を始めていました。手の平からこぼれたように、あふれる無数の花びらが、まるで意思を持った蝶かなにかのように舞い、立ちはだかってくる異星人の1人を貫きました。
「ぐえー!!」
 異星人の胸から鮮血がほとばしりました。
 それはよく見ると、血ではありません。赤いガスのような気体でした。真っ赤なガスが、シューと音をたてて噴出していきました。
 その後ろから別の異星人!
「踏み込みが足りん!」
 異星人は威勢よく叫ぶと、綾子の首もとへ向けて爪の長い手をのばそうとします。
 しかし、そこは花の少女ガール綾です。綾子の手のなかには、すでに次の花びらがありました。
 その花びらの帯がビームのように伸びて、相手の頭部あたりを貫きました。
「うぎー!」
 そしてさらに次の一波。今度は右から襲い来る異星人へ花びらが飛びます。
「ぎゃー!」
 その異星人も一撃で、断末魔を上げて倒れました。
 綾子はガドドドギ博士をにらみつけました。
「あとは博士、あんただ!」
 博士はおのれぇー! と叫ぶと、なんと懐から小刀を取り出し、突然、自らの喉を掻き切りました。
 ブシュウーーと赤色のガスが激しく噴出しています。
「地獄で会おうぞ、ガール少女よ!!!」
 博士は赤色のガスを噴出し終わると、ぐらりと倒れ、雪の上に横たわりました。そして見る間にドロドロと形を失っていき、湯気とともに積雪に青黒い染みを作っていきました。
「ぐみちゃん!」
 綾子は雪に横たわるめぐみの身体を抱き寄せました。
 めぐみは、雪のなかで冷たくなっていました。
 綾はその氷のようになった身体を抱きしめて、青ざめた唇を指さきでなぞりました。
 そのときです、たしかに、綾子の冷えた指先に、かすかに暖かいような感じがしました。
「ぐみちゃん!」
 綾子はたしかに、めぐみの唇から淡い吐息が洩れるのを感じ取ったのです。
「ぐみちゃん……」
 綾子はめぐみの身体を抱きしめながら、口唇を重ねました。

 その頃、月の裏側に設営されたスタミナ星の基地では、暗黒長官ワルバーガーがTVモニターの前でわなわなと震えていました。
「おのれ、花の少女ガール綾め……、優秀なガドドドギ博士を亡きものにするとは……どうしてくれるんじゃ! わしらスタミナ星人の計画が、10年は遅れるんだぞ!!」
 ワルバーガー長官はテレビモニターを殴り付け、破壊してしまいました。
「責任は取れるのか!!」
 粉々になったガラスが、パラパラと床へ落ちていきます。
「いまいましき花の少女ガール綾め、もう許さんぞ、もう許さん!! もう許さんぞ!!」
 長官はスマートフォンを取り出すと、どこかへ連絡を取り始めました。


 → 第5話「許せない、先生のいじめ」

*この小説はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。

  令和2年(2020年)2月23日 公開 (4)


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