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 の少女ガール

  第3話 「恐怖! 人喰いブリ」


 綾子が焼き上がった目玉焼きをトーストにはさみ終えると、ちょうど弟のケリーが起きてきました。
「おはよう、お姉ちゃん」
「おはようケリー、漬け物あるわよ」
「ハッピー!!」
 弟のケリーは金色の前髪をなびかせながら飛び上がりました。
 ケリーは4年生で、綾子と同じ小学校に通っています。
「さぁニュースでも見ましょう」
 リモコンでテレビを点けると、ちょうど「モーニング朝」をやっていました。
 スタジオは、人喰いブリの話で持ちきりのようでした。
 最近、富山県の沿岸部で出没し始めた人喰いブリ。ニュースでもたびたび取り上げられています。
 はじめは埠頭で釣りをしていた人がやられたそうです。飛び魚のように海から飛び上がってきたブリに、パクっとやられたわけです。それから、漁師。港湾関係者も何人か犠牲になりました。
 そのうち、ついに人喰いブリは鳥のように空をも走って、海辺の村を襲うようになっていきました。
 そういう事件のあらましを、VTRがおどろおどろしい音楽とともに流しています。
 ケリーが漬け物をポリポリさせていたのを飲み込むと、
「おそろしいね……、人に食べられるのが仕事のブリが、人を食べちゃうなんて……」
 とつぶやきました。
 テレビ画面では、一番右の席に座っているコメンテーターの男性が、これは警鐘ですよ、いや、警鐘どころか、いままで地球温暖化を野放しにしてきたことへの呪詛ですよ! と憤っていました。
「ブリは一尾だけなのかしら……」
「もしもそのブリが一尾だけなら、八塚までは来れないだろうね」
 八塚も砂丘の上につくられた沿岸の街なのです。ただ、富山の海との間には日本海に突き出した能登半島が存在していますから、海だけを泳いでくるには相当な距離があります。
「ブリはさぁ……八塚までは来れないよね、お姉ちゃん」
「……そうね、そうだといいけど」
 テレビは天気予報のコーナーに変わっていました。当地とは関係のない関東地方の気温や、東京では傘がいるのか等……どうでもいい情報が羅列されます。
 どうかと思うのは、北陸では雨とともに強い風にも警戒が必要です、などと断言されていますが、ここ八塚町は晴れているのです。風もありません。どうやらここでいう北陸とは新潟県のことを言っているようでした。
 たしかに今日の新潟県は大荒れのようです。しかし、繰り返すようですが石川県は晴れているし、お隣の富山県も同様です。
「結局は関東から見ているだけか……」
 綾子がひとりごちると、ケリーは食パンをモグモグしながら、うーん? とこっちを向きました。
 画面はスタジオに戻り、女性アナウンサーらの和気藹々としたやりとりをテレビは映し出しています。
 のんびりした笑顔を見せている女性アナウンサーに、司会の男性が、
「採銅所さん、分かる?」
 と問いかけました。
「えへへ、わかりませーん」
 と女子アナ。
 そこで突然、画面の上部にニュース速報のテロップが出ました。
『人喰いブリは、ついに八塚町沿岸に出現』
 司会の男性が血相を変えて、
「えーここで速報です」と固い口調で告げました。
 コメンテーターの方々も、一瞬で顔を引き締めているのは、さすがにプロといえます。
 司会のキャスターはいつになく硬い声で、
「石川県の八塚町沿岸で人喰いブリが確認されました。石川県、えー八塚町です。人喰いブリが石川県でも目撃されたとの情報が、たったいま入りました。付近にお住まいの方は……」
 たわいもない話の途中だった女性アナも、いまは神妙な表情をしています。
「こわいよ、お姉ちゃん」
 ケリーの青い瞳が、すがるようにふるえていました。
「大丈夫よ、お姉ちゃんケリーを守ってあげる。その前にちょっとトイレよ」
 綾子はトイレのドアーに鍵をかけると、カスタネットを取り出しました。
「フラワー・タクシー!」
 綾子はトイレの窓から飛び出して、巨大な花びらに着地しました。あたかも花びらはそこで待っていたかのようでした。
 いえ、たしかにそこで待っていたのです。綾子のカスタネットによって、花びらは呼び出されたのでした。
 まるでキントウンのように、花は綾子を乗せて空を走りました。
 およそ3分も経たぬうちに、海沿いに作られた七福神センターも越えて、白尾の灯台まで来ました。
 浜辺に警察のパトカーが5台も集まって、さかんにパトランプを回転させています。後方には救急車さえ待機していました。
 綾子は花びらから飛び降りると、砂浜に着地しました。
「なにをしとるんや、お嬢ちゃん! 人喰いブリが出たというのに!!」
 警察官の1人が凄い剣幕で綾子を注意しました。
「規制線がしてあるんやから、入ったらだちゃかん! ほやろ!」
 振り向くとその通りで、空を飛んできたので立入禁止のテープをも越えてきてしまったようでした。
 綾子は、
「ブリは出世魚といって、成長にしたがって名前が変わっていきます……」
 と静かにいいました。
 警官たちは顔を見合わせてから、急におだやかな顔を見せて、
「ほらほら、だめやだめや、おじさんといっしょにあっちへいこう、な」
 と、なだめるような声で綾子の肩に手のひらを当て、移動をうながしました。
 そのときです!
 ドギャー、ウゲハー、と大声が上がりました。複数です。
「しまった!」
 綾子の目に、巨大なブリが青空をバックに影法師になって、左から右へと滑空していくのが見えました。
 それはまるで空をゆく新幹線のようでした。
 と、巨大ブリは急旋回し、地上を目指して直進してきます。
 そして、トンビが油揚げをさらっていくかのように、次々と警官が餌食になっていきました。
「至急至急、至急至急、八塚4から本部! 応答省略! ブリにあっては、ギャーオー」
 また1人、警察がパクっと食べられました。
 綾子はカスタネットを取り出すと、打ち鳴らしました。
「花開く! フラワースタート!」
 綾子のしなやかな身体の輪郭が、まるで虹のようなさまざまな色で光輝きました。
 綾子がくるくるとその場で回転するとともに、虹色に光る身体に布状のものが巻き付いていき、自然にそれは着衣になっていました。
 そして同じように、きらびやかな糸が絡まりあい、いつしか赤いマスクとなって、綾子の可憐な横顔を覆いました。
 花! 華! 花! 華! 花!
 生存している警官には、たしかにそのようなビジョンが見えたでしょう。それは網膜に直接焼き付いた像でなく、脳に入った波形のようなものの断片が、視神経を通じて視野にそのような文字を見せているのかも知れませんでした。
「わたしは花の少女ガール綾!」
 そして綾子は赤い覆面からのぞく凛とした眼差しを、いまにも飛びかかる人喰いブリへと向けました。
「異星人の呼び出した暗黒の魔物よ、立ち去れ!!」
 綾子の手の平からこぼれたように、あふれる無数の花びらが、まるで意思を持った蝶かなにかのように舞い、一直線にブリへと注がれていきます。
 そして巨大ブリの身、ちょうどトロの辺りでしょう。その辺りにヒットし、赤い鮮血がグシャッとほとばしりました。
 いえ、それは血ではないようでした。
 赤いガスのような気体が、シューと音をたてて噴出しているのです。
 ブリがドサッと音を立てて浜に落ちると、いつの間にかブリは、人のような形に変わっていました。
 しかし、それは明らかに人間ではありません。ムラサキキャベツのように真っ青な肌に、赤色の歯、赤色の目玉……。
 砂浜の上動かなくなった人型のものは、やがてまるでアイスクリームが溶けるようにドロドロと形を失っていき、砂によごれた染みを広げていきました。
「異星人がブリに化けていたのね……」
 無人のパトカーの回転する赤色灯が、綾子の赤い仮面を淋しく照らしていました。


 → 第4話「GMSの死闘」

*この小説はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。

  令和2年(2020年)2月20日 公開 (4)


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