もりさけてんTOP > 小 説 > 花の少女ガール綾 > 第24話

038−24
 
 の少女ガール

  第24話 「綾子の涙」


 その日、綾子の家の電話が鳴りました。
 電話の主は国際浜北大学の表教授でした。
『綾子くん、話したいことがあるので、私の研究所へ来てくれたまえ』
 表教授はそのように告げました。
 綾子は電話を置くと、すぐに着替えをはじめました。
 トントントンとノックする音が綾子の部屋に響きました。
 どうせ弟のケリーでしょう。
「着替え!! 博士に呼ばれたの、秘密研究所へ行ってくるから!」
 綾子はドア越しにそう言いましたが、返答はありませんでした。
 綾子はボタンをとじ終え、靴下を履きながら、無視かよ、と思いました。
「反抗期かな……」
 独り言を言いながら、綾子は花びらに乗り、研究所への空の旅にとりかかりました。
 表教授の秘密研究所は高松の下伊丹町にありました。
 その商店街の路上にある特定のマンホールの蓋を開いて、もういちど閉じることで、秘密の階段が空中に姿を現します。
 綾子はそれを昇りました。
 教授はちょうど食事中で、その箸を置いて綾子の応対をしてくれました。
 教授はサイドボードから古びた巻き紙を取り出すと、食べかけのシーフードヌードルをすみに寄せ、テーブルいっぱいに広げました。
「この古文書を見たまえ、3日前、能登町の縄文真脇遺跡から出土したものだ」
 綾子は教授の広げた古文書を読もうとしましたが、読めませんでした。
 文字が難しすぎるのです。
「読めません」
「わっはっは、そうじゃろうな……綾子くん、ここにはこう書いてある。48の石板を集めれば、伝説のロボットが復活するとな……」
「伝説の、ロボット……?」
 綾子はゆっくりと言葉を反芻してみましたが、よく意味が分かりませんでした。
「48の石板を集めるのだ、そうすれば、伝説のロボット、グランドレイズが復活する! 48の都道府県を巡るのだ!!」
「グランドレイズ……それがロボットですか?」
「そうじゃ、これで異星人の基地を攻撃できるようになる、根こそぎじゃ!!」
「いまは不要です」
「なにっ?!」
 教授が気色ばみました。
「ロボット、その名はグランドレイズ……異星人を根絶やしにするには必要なものだ。それが不要だとキミは言ったのだぞ?!」
「わたしの力だけで、異星人は倒せています。ロボットなどと……、わたしはドラえもんではありません」
「綾子くん! 」
 綾子は駆け足で幻の階段を降りました。二段飛ばしです。
 教授はわたしの力を本当にお認めでない……だからロボットなどと……。
 綾子の脳裏に葛藤が生まれていました。
 マンホールの蓋を開けてすぐに閉じ、秘密の階段を消そうとした、そのときです。
「ひひひひひ……」
 一人の老婆がその一部始終を眺めていることに綾子は気づきました。そして笑うのです。
「ひひひひ見つけたぞ、表教授の秘密研究所を……」
 綾子はすぐにカスタネットを取り出しました。
「花開く! フラワースタート!」
 綾子のしなやかな身体の輪郭が、見たことのない虹のようなさまざまな色彩にられて光りました。
 子どもの頃、目を閉じると幾何学模様のような帯のような青や黄色のギラギラしたものが万華鏡のように輝いていたことを憶えているでしょう。光はそれと似ていました。
 綾子がくるくるとその場で回転するとともに、虹色の身体に布状のものが巻き付いていき、自然にそれは着衣になっていました。
 顔もそうです。可憐な横顔に色とりどりの布がからみつき、やがてそれは美しい仮面に変わりました。
 花! 華! 花! 華! 花!
 と老婆の眼には見えたでしょう。
 キモノ! バイセル!
 いいえ、それは網膜に直接焼き付いた像でなく、脳に入った波形のようなものの断片が、視神経を通じて視野にそのような文字を見せているのかも知れませんね。
 詳しいことは分かりません。
「わたしは花の少女ガール綾!」
 そして覆面で隠した眼差しを老婆へ向けました。
「異星人は、私に勝てません!」
「ひっひっひ、面白い、ガール綾ひひひひひ」
 老婆は杖を手にして、立ち向かってきました。
 綾子はそれを宙返りでかわすと、手のひらに力を込めはじめました。
 綾子の手の平からこぼれたように、あふれる無数の花びらが、まるで意思を持った蝶かなにかのように舞い、一直線に老婆の胸を貫きます。
「ひぃーー!」
 老婆はその一撃を受けるや、火花を飛ばして爆発しました。
 いえ、違います!
 火花ではない!
 赤いガスのような気体が、シューと音をたてて噴出しました。
 不気味な真っ青な肌に、赤色の歯、赤色の目玉。その場で倒れ、動かなくなった老婆は真の姿をあらわにしたかと思うや、まもなくドロドロと溶け始めました。
 まるでヨーグルトが溶けるように、です。
 やがてそれは形も色も失っていき、ただの水溜まりになって広がりました。
「平和は、わたしが守るんだよ……」
 綾子は自分の手のひらに視線を落としました。
 生命線のながさが、分からなくなっています。
「平和は守るんだよ、わたしが……だから、わたしは強いんだ」
 ──綾子はまったく強い、異星人に負けることは絶対にない。
 表教授は学会でそう発表したと綾子は聞いています。
 綾子もそれは、額面通りその通りの言葉であるものと受け取っていました。
「わたしは、そのために我慢してるんだよ、いろいろ……!」
 綾子の仮面の内側は濡れていました。
 感傷的になってしまったがために……、このとき綾子は、自分を見つめている何者かの眼が光っていることに、まったく気付かなかったとのちに証言していたことでした。


 → 第25話「古本屋の少年」

*この小説はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。

  令和2年(2020年)6月19日 公開 (3)


MORI SAKETEN.com SINCE 2003

もりさけてんTOP > 小 説 > 花の少女ガール綾 > 第24話 inserted by FC2 system