038−20
花の少女ガール綾
第20話 「狂乱のセロハンテープ」
綾子が焼き上がった目玉焼きをトーストにはさみ終えると、ちょうど弟のケリーが起きてきました。
「おはよう、お姉ちゃん」
「おはようケリー、漬け物あるわよ」
「ハッピー!!」
弟のケリーは金色の前髪をなびかせながら飛び上がりました。
「さぁニュースでも見ましょう」
リモコンでテレビを点けると、ちょうど「モーニング朝」をやっていました。
スタジオは、かねてからのセロハンテープ不足の話題で持ちきりのようでした。
画面の右上にも、
『[なぜ?]セロハンテープが品薄[長蛇の列も]』
とのテロップが表示されています。
一番右に座っているコメンテーターの男性が、
「セロハンテープは冷静に考えれば足りてるんだから、こんな開店直後の文房具屋さんにね、列まで作って買い占めに走るのはバカげてますよ」
と発言していました。
皆さんもご存知かと思いますが、最近、セロハンテープをガムのように噛む遊びが流行っていますね。
そのことから一部の人が買い占めに走り、品薄が生じてきているらしいのです。
画面は左側に座っている美人の女性弁護士を映し出しています。
女性弁護士は白い歯を見せながら、
「元々セロハンテープは一人の客が3つも4つも買っていく性質のものではなく、店側もそう大量には用意していないでしょうからね……」
とコメント。するとカメラはまた右側の男性コメンテーターへスライドし、
「それが一度に多量に買っていくセロハンテープ中毒者のために売り切れが続出、本当にセロハンテープを必要とする客が困っているんですよ!」
男性コメンテーターは、そう一喝しました。
「セロハンテープをガムみたく噛むなんて、ほんと東京では変な遊びが流行ってるねケリー」
「ぼくのクラスでもやってるやついるよ」
「ほんとなの?! ケリーあんた真似したらバッドだよ!!」
「ぼく大丈夫だよ、そんなダラな遊び」
ケリーは大人びた顔つきでコーヒーを飲んでいます。
「ならいいけど……」
パンの耳を口に入れながら、綾子はそこはかとない胸騒ぎを感じました。
そして、その胸騒ぎが的中するのです。
綾子が登校すると、6年2組のクラスには驚くべき光景が広がっていました。
どういうことなのでしょうか、どの机にもセロハンテープのディスペンサーが置かれ、どの子もテープを口にして、クチャクチャ噛みまくっているのです。
「うまい!」
「おいしい!」
「たまんない!」
クラスメイトらは色とりどりのディスペンサーからテープをビーッと引き出すと、クシャクシャ丸めてそのまま口に入れています。
「ほんとうに美味しい!」
「クラゲのような歯応えよ」
「そして、それとともに、なんともいえない甘味がわいてくる!」
クラスメイトらは口々に感想を伝えあっています。
床にはおびただしい数の異物が散らばっています。
噛み終えて吐き捨てられたセロハンテープのクズでした。
「なんなの?! なんなの?! なんなんなの?!」
綾子が教室を見回すと、な、な、なんと親友のめぐみまでもが机にセロハンテープのディスペンサーを置いていました。
「ぐみちゃん!!!」
「綾ちゃんおはよう」
「おはようじゃないよ! おはようじゃ! このテープ台は誰にもらったの?」
「図工室の先生だよぉ〜」
図工室の先生とは、5年1組の担任で冲和子先生です。
綾子もその先生のことは知っていました。
図工室の火気責任者として入口に名札がかかっていますし、清掃の時間に図工室の担当にあたったとき、掃除の指導をするのが冲和子先生でしたから。
「とにかく、こんなもの噛むものじゃないでしょ!?」
綾子は慌ててテープのディスペンサーを取り上げると、その場で窓から投げ捨てました。
「綾ちゃん! ひどい!!」
めぐみが涙目になりながら綾子の裾を掴むので、綾子もまた情けなくて半泣きになってきました。
「ぐみちゃん! 正気なの?!」
「ガムだって最初は酢酸ビニルなどの合成樹脂に甘味料を加えて作られていたわけじゃない! だからセロハンテープは美味しいのよ!!」
めぐみは泣きながら綾子の背中をポカポカ叩きました。
その様子を見て、ガキ大将の山黒が綾子の前にヌッと立ちはだかりました。
「おい小戸羽綾子! 俺たちのセロハンテープをなんで奪うんだよ!!」
山黒がテープをクチャクチャ噛みながら綾子に凄みました。
「そうだ、そうだ」
何人かから声が上がりました。
「デンプン糊の甘味がなんともいえないですよね」
「まわりに迷惑をかけない分、タバコよりは良いわ!」
「セロハンテープはパルプから造られている自然材料よ!」
どんどんクラスメイトらが立ち上がり、やがて綾子を取り囲みました。
詰め寄るクラスメイトらに後ずさりするうち、綾子は窓際まで追い詰められてしまいました。
綾子は歯噛みしながら、窓を蹴破って外へと飛び出しました。
そして涙混じりに校庭を走りました。
頬の涙が風に舞い散ります。
「こんな流行を作ったのはスタミナ星人だ! なにもないところに無理矢理はやりを作るなんて! セロハンテープは噛むものじゃないのよっ!」
綾子は図工準備室のドアを勢いよく蹴破りました。
そこには冲和子先生がジャージ姿のままヨガのポーズをとり、空中に浮かんでいました。
空中浮揚を行っていたのです。
「あら、誰け?」
冲和子先生の問いかけに、綾子は答えませんでした。
「花開く! フラワースタート!」
綾子のあどけない身体の輪郭が、見たことのない虹のようなさまざまな色彩に彩られて光りました。
子どもの頃、目を閉じると幾何学模様のような帯のような青や黄色のギラギラしたものが万華鏡のように輝いていたことを憶えているでしょう。光はそれと似ていました。
綾子がくるくるとその場で回転するとともに、虹色の身体に布状のものが巻き付いていき、自然にそれは着衣になっていました。
花! 華! 花! 華! 花!
と、そのように冲和子先生の眼には見えたでしょう。
それは網膜に直接焼き付いた像でなく、脳に入った波形のようなものの断片が、視神経を通じて視野にそのような文字を見せているのかも知れませんでした。
「あんた誰け?! 生徒け!」
「わたしは花の少女ガール綾!」
そして覆面で隠した眼差しを冲和子先生へ向けました。
「セロハンテープは噛むものじゃないでしょう!」
「どいね、おもっしー!! セロハンテープは噛むものやがいね!」
冲和子先生は座禅を解いて近くにあったノコギリを手に取りました。
「セロハンテープは噛むものじゃないよ!!」
綾子の手の平からこぼれたように、あふれる無数の花びらが、まるで意思を持った蝶かなにかのように舞い、一直線に冲和子先生のジャージを貫きました。
「もやよーーっ!!!」
冲和子先生が赤いガスのような気体を噴き出して、倒れました。
「……血も涙も……ないがかいね……」
それが先生の最期の言葉でした。
先生の肌はいまや、ムラサキキャベツのように真っ青で、しかも赤色の歯、赤色の目玉……。
やはり異星人だったのです。
冲和子先生だったその異星人は真の姿をあらわにしたあと、まるでアイスが溶けるようにドロドロと形を失っていき、やがてただの水溜まりになって広がりました。
すべてが終わってから、綾子は先生の机の上にセロハンテープのディスペンサーが置かれていることに気付きました。
綾子はそのディスペンサーからビーッとテープを引き出し、指さきで丸めてポイと口に含んでみました。
「……まずい!」
唾液に濡れたそれをくずかごに投げ入れると、綾子は図工準備室の電気を消し、立ち去りました。
明かりの消えた暗い準備室のなかで、2つの鋭い目が光っていることに、綾子は気付かなかったのでしょうか。
→ 第21話「はびこる魔の手、地底の大洞窟」
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