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038−19
 
 の少女ガール

  第19話 「温泉、それは温かい泉」


 月の裏側……。
 すでに事実として多くの方がご承知かと思いますが、ここにスタミナ星人たちの前線基地があるわけです。
 地球侵略軍のワルバーガー長官は、この基地の最高指令官執務室でテレビモニターを眺めながら、手にしていたワイングラスの角氷をボリボリとむさぼり始めました。
 ワルバーガー長官が、もっとも不愉快になったときの兆候です。
 副官のバナナ中佐が青い顔をますます青くさせながら、長官の命を待っていました。
「おのれ花の少女ガール綾め……これ以上、同胞を失わせはせん! これ以上、同胞を失わせはせん! わしの腹心の部下、マウドギル・ビーフケーキ将軍をつかわせい!!!」
 バナナ中佐はサッと敬礼をすると、すぐにスマートフォンを取り出して、なにやら連絡をとりはじめました。
「バナナよ、聞けい! わしの腹心の部下、マウドギル・ビーフケーキ将軍は最強で、HPは999も! しかも熱湯をだよ! 熱湯を自在に操れるのだ!!」
 ワルバーガーは手にしていたグラスを力ずくで握り、割ってしまいました。
 青い血液が拳からとめどなく流れ落ちます。
 作者はナイアガラの滝を見たことはないので想像でいうしかないのですが、このときワルバーガー長官の拳から流れ落ちる血しぶきは、ナイアガラの滝もさながらという熾烈な光景でした。
 そこにワルバーガーの覚悟が示されていたのでしょう。
 さて、その日のことです。
 綾子は親友のめぐみ家族にさそわれ、小宮出温泉の「ホテルこみやで碧翔閣」へ泊まることになりました。
 弟のケリーも一緒です。
 このホテルは昔、地元経営による有名旅館として知られ、テレビCMも盛んにかかっていたものでした。
 が、長引く温泉不況に耐えかねて破綻。いまは「温・ザ・ライフ」という温泉ホテルチェーンが経営しています。
 めぐみのパパの運転で、ホテルには15時08分頃に現着しました。
 古い観光ホテルを改装した館内は、至るところにバブル期の名残りを感じさせました。
 使われなくなった軽食カウンターやラウンジはカラオケやファミコンのコーナーになっていますし、喫茶店だった洒落た造りの一角には自販機が並べられています。
 ダンスホールなど、ところせましと隙間なく並んでいるのはアーケードゲームです。どれも極めてレトロな昔の筐体でした。
 エントランスで自由に選べる様々な色や模様の浴衣を、綾子とめぐみはじっくり吟味して選びました。
 めぐみがグリーンのストライプの入った浴衣を選び出すと、それじゃあわたしもと綾子は同じ色を手に取りました。弟のケリーは意外にも可愛らしい花柄です。
 エントランスホールとフロントは6階で、部屋は4階でした。エレベーターでは下のボタンを押すことになります。
「お姉ちゃん地下室なの?」
 弟のケリーが不思議そうに首をかしげています。綾子もそれは不思議でした。
 めぐみがケリーの金髪をなでながら、
「川の崖沿いに作られていて、道路の方が高いところにあるからね」
 と教示しました。
 綾子は表情には出さないながらも内心なるほどと思いました。
「おほほ入口は地平にあるけど、川面からは6階ぶんの高さがあるザマスのよ」
 と、めぐみのママがフォローしています。
 綾子はまたもなるほどと思いました。
 めぐみの一家はこのホテルが初めてではないようです。
 4階の「ナメクジの間」には、すでに人数分の布団が敷かれていて、テーブルの上には茶菓子がセットされていました。
 部屋に仲居さんが入らず、宿泊客側で自由にやるというのが「温・ザ・ライフ」チェーンの特徴で、またナイスなところです。食事も気軽に好きなものを好きなだけ食べられるバイキング。その距離感が現代人にとっては逆に気楽で良いというわけですね。
 窓辺のチェアからは美しい大聖寺川の渓谷が見下ろせます。
「綾ちゃん! まずはお風呂でしょ」
 めぐみが綾子の浴衣の袖をひっぱりました。
 綾子は茶菓子を摘まむのも早々に切り上げ、2人で大浴場へ向かうことになりました。
 めぐみのママが、
「あらあらこの子たちはオホホ」
 と笑っています。
 めぐみのパパはケリーの肩を抱きながら、
「じゃあ、おじさんたちも温泉へ行こうか……」
 と誘っていました。
 大浴場はエレベーターで降りた1階になります。
 つまり、川面と同じ高さになるわけです。
 綾子とめぐみは脱衣場で浴衣をほどくと、連れだって湯へと向かいました。
 まだ昼下がりといえる時間帯で、ほかに誰も人はいません。
 ガラス戸を開くと、ほんのりと漂う湯の匂いとともに、湯煙が白く立ち込めていました。
 2人は声の響くのを面白がりながら、互いに石鹸をつかいました。
 石鹸はいろいろな種類が取り揃えてあって、どれも台座に「売店で販売しております!」と書いてあります。
 2人は馬油を使ったという石鹸とハチミツの香りのする石鹸を互いに比べてみながら、身体を流しあいました。
 大浴場の窓の外は大聖寺川の渓流でした。
 その川の向こうには樹木が密に生い茂っています。
 雪が降っていました。
 雪は大粒のものははやく落ちますし、小さいものは風の間にたゆたって遅い。その重なりあうように落ちてゆく粒のゆくえを、湯につかりながら2人は目で追っていました。
 松はすっかり葉を落としたものもあれば、葉を残しているものもあります。
 そのいずれにも菅笠のように雪吊りがかかっていました。
 つつじのような低い繁みにも、その笠はあります。
 背の低い植え込みに不似合いなほど、高く雪吊りは立っていました。
「ぐみちゃん、露天風呂へ行ってみよう」
 綾子とめぐみは、声の反響するのを面白がりながら外へのガラス戸を開けました。
 露天風呂からも、内風呂と同じように渓流とその向いの木立ちが眺められました。
「あっ! 誰かいる綾ちゃん!」
 めぐみはとっさに湯舟へ身体を隠しました。
 見ると、なんと川の向こうの遊歩道の途中、生い茂る木と木の隙間に男が立ち止まっていて、どうやらこちらを見ているようにも思えました。
 綾子が髪の毛のなかに隠してあったカスタネットを取り出すのは一瞬でした。
 綾子は一糸まとわぬ身体を隠しもせずに、カスタネットを打ち鳴らしたのです。
「花開く! フラワースタート!」
 湯のなかで綾子の身体の輪郭が、見たこともない虹のようなさまざまな色に彩られて輝きました。
 そのまま綾子はクルクルと回転すると、透明な光を放つ素肌に布状のものが巻き付いていき、自然にそれは着衣になっていきました。
 花! 華! 花! 華! 花!
 たしかに、めぐみの眼にはそう見えました。
「綾ちゃん!」
 めぐみがすがるように呼び掛けました。
 綾子は仮面越しに慈しむような眼差しを彼女へ向け、すぐに意を決したように川向こうの人影へ目線をうつし、
「わたしは花の少女ガール綾!」
 と宣告しました。
「そこの異星人! あんたねぇ!!」
 言うが早いか、綾子の手の平からこぼれたように、あふれる無数の花びらが、まるで手裏剣のように鋭く射出され、川を挟んだ対岸の男を貫きました。
「ウワーー!!!」
 男が上げたのは、最期の叫びといえました。
 男はしかし、実は綾子らには気付いていなかったようにも見えました。
 なにが起こったのか承知できぬままに、驚きとまどう表情のまま、身体から赤いガスを噴出させて崖から転げていきました。
 血ではなく、赤いガスのような気体がシューと音をたてて噴き出していたことが、つまり、やはり男はスタミナ星人であったという証拠でしょう。
 ムラサキキャベツのように真っ青な肌に、赤色の歯、赤色の目玉……。
 たしかに異星人でした。
 異星人は正体をあらわにしながら、そのまま川へと落ちていき、ボチャーンと渓流に白いしぶきが上がりました。
「やっぱり異星人だった…… ぐみちゃん、もう大丈夫だよ……」
 綾子はお湯のなかでブクブクブクと沈んでいるめぐみの上半身を抱き起こしました。
「ぐみちゃんは、わたしが守ると決めたんだからね……」
 綾子はめぐみが目を醒ますまで、湯のなかでその細い指さきを握って、ずっと見守っていました。
「ぐみちゃんは、わたしが……」
 湯の香りが紅潮した肌にもまつわり、なめらかに濡れていました。


 → 第20話「狂乱のセロハンテープ」

*この小説はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。

  令和2年(2020年)5月7日 公開 (3)


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