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 の少女ガール

  第13話 「悪夢の給食! おばちゃんの罠」


 給食!
 学校で過ごす一日のうち、多くの児童にとって最も楽しみなひとときが、この時間なのではないでしょうか。
 4限の途中から、すでに廊下を漂ってくる美味しそうな匂いをかぐと、もうたまりませんね。
 その日はB校時でしたので、12時10分にはお昼のチャイムが鳴りました。
 待ちに待った時間です。
 白衣を着た児童の押す配膳車が次々と教室へ向かっていきます。
 今日の給食は、ライスに肉野菜いため、梅びしお、かす汁です。まぁ酒粕の入ったメッタ汁のようなものですね。
 配膳車の行き交う廊下からも酒粕の特有の香りがぷぅんと広がっています。
「肉いれろよ」
「かす汁だ」
「びしおって何だろうね」
「肉すくなくね?」
「わたし肉」
「肉」
 などと、児童らの賑やかな歓声が教室狭しと響いていました。
 綾子が給食のトレイを持って戻ってくると、隣席のめぐみはすでに待機中でした。
「ぐみちゃん、梅びしお食べる?」
「ほしいほしい!」
「すっぱいもの好きだね」
「梅びしお!」
 さぁ準備もできて、いただきます。
 放送委員会による校内放送のBGMもかかり、カチャカチャと一斉に食器の音が鳴って、楽しい食事の始まりです。
 一刻もはやくお代わりをしたい肉川くんが、かす汁をガッパ食いして一瞬で平らげました。
「肉川くん、ちゃんと噛まないと」
 森先生が思わずたしなめましたが、肉川くんは馬耳東風の様子です。
「うめえ、このかす汁!」
 肉川くんがそう言って椀を手に立ち上がった、そのときでした。
 肉川くんはフラフラっと机に手をつき、そのまま座り込んでしまいました。
 それとともに、クラスじゅうの児童らが身体の異変を覚えはじめた様子で、
「変よ、このかす汁」
「味が酒だ、酒の味が濃い」
「なんかぼーっとしてきたわ」
「うしー、楽しくなってきたぜえ」
 と騒ぎだしました。
 森先生までもが、とろ〜んとした目をしてシャックリしています。
 綾子もたしかに味が妙だとは思いましたが、身体にはとくに変化がないようです。
 しかし、隣のめぐみには異変が生じていました。
「ああん、あつい……」
「ぐみちゃん大丈夫?!」
「あつい……、身体が、あついよお……もうだめ」
 突然めぐみがブラウスのボタンを上から順番に外し始めたので、綾子はあわててそれをやめさせました。
 変でした。掴んだめぐみの手がやけに熱い。
「あやちゃ〜ん、あやちゃん、うふふ……」
 綾子は急にしなだれついてきためぐみを押し止めるのに必死です。
 めぐみはとろんとした目付きで、頬を紅く染めていました。
「おかしい、おかしいよ! このかす汁、なぜお酒が入っているの?!」
 綾子はすっくと立つと、抱きついてくるめぐみをなだめながら廊下へ駆け出しました。
 行き先はもちろん、小学校に隣接している給食調理場です。
 ちょうど調理場では大鍋の洗浄も終わり、おばちゃんたちは食缶や食器の戻ってくるまでの束の間の休憩中でした。
「こんにちは! 6年2組の小戸羽綾子です!」
「あらあら、どうしたの?」
 おばちゃんたちがまかない食の箸を止めて、綾子のほうを見ました。
 まかないのなかに、汁物は見当たりません。
「おばちゃんたち、かす汁は食べたのですか?」
 おばちゃんの一人が血相を変えました。
「あらま?! この子あのかす汁を食べて酔っぱらってないのかい?!」
 その言葉で綾子の疑念は確証に変わりました。
 よく見ると調理場の床には「ウォッカ」と書いた瓶が大量に転がってさえいるのです。
「やはりあのかす汁はお酒が……」
 綾子はポケットのなかからカスタネットを手に取ると、カチ、カチ、カチ、カチと鳴らしました。
「花開く! フラワースタート!」
 綾子の細い身体の輪郭が、見たことのない虹のようなさまざまな色彩に彩られて光りました。
 子どもの頃、目を閉じると幾何学模様のような帯のような青や黄色のギラギラしたものが万華鏡のように輝いていたことを憶えているでしょう。光はそれと似ていました。
 綾子がくるくるとその場で回転するとともに、虹色の身体に布状のものが巻き付いていき、自然にそれは着衣になっていました。
 花! 華! 花! 華! 花!
 とおばちゃんたちの眼には見えたことでしょう。いいえ、それは網膜に直接焼き付いた像でなく、脳に入った波形のようなものの断片が、視神経を通じて視野にそのような文字を見せているのかも知れませんでした。
「わたしは花の少女ガール綾!」
 そして赤いマスクで隠した眼差しをおばちゃんたちへ向けました。
「子どもにお酒は早すぎる! こんなものを食べさせるなんて、ゆるさない!」
「おのれぇ、毎日ウォッカ入りのかす汁を食べさせ、ガキどもの脳の発育に異常を引き起こさせ、学業への意欲も損なわせるとともにアルコール依存症の地獄に引きずり落としてやろうという計画を、あんたは邪魔する気だね?!」
 綾子は返答しませんでした。ポーンと開いた手の平のなかに、みるみる花びらがあふれていきます。
「花奥義、フラワー・パンチ!」
 無数の花びらは、まるで意思を持った蝶かなにかのように舞い、一直線におばちゃんの胸を貫きました。
「あもーっ!」
 おばちゃんの胸から噴出する赤いガスのような気体。やはり異星人だったのです。
「あんたが花のガールか、やってくれたね!!」
 おばちゃんたちが青い肌や赤い目玉をあらわにして、綾子に襲いかかります。
 しかし、綾子の放った花びらはその不気味な身体を貫通。傷口からは、あとからあとからおびただしい量の赤いガスが噴出していきます。
 ガスは異星人らの血液のようなものなのでしょう。
「ゆるさぬぞ花のガール! この首極め腕卍をくらえ!」
「次はそっち!」
 綾子がまた手のひらに花びらを溜めました。
「ぎしー!」
 花びらがその異星人の腹部を串刺しにするまで、一瞬でした。
 バタ、バタと倒れていった異星人たちは、すぐにアイスが溶けるかのようにドロドロと形を失っていき、やがてただの水溜まりになって調理場じゅうに広がりました。
 すべてが終わって、綾子は汗を拳でぬぐうと、
「わたしは去年のお正月にお酒をちょっと飲んでみたけど、まったく酔わなかった……あなたたちは、それを知らなかったのね」
 と言い残し、ウォッカの空き瓶がいくつも転がる給食調理場を後にしました。


 → 第14話「魂の音楽、うたごえの力!」

*この小説はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。

  令和2年(2020年)4月6日 公開 (4)


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