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 の少女ガール

  第12話 「絶望! 老人の館」


 土曜日なので、綾子は町立中央図書館を訪れました。
 先週読みはじめた『悲しみは海の底に 四大公害病』の続きを読むつもりです。
 テーブル席の一角を確保して、10分くらい読みすすんだ頃でしょうか、静かな館内に、やたら不似合いな大声が響き渡りました。
「だから言ってるだろ? 年寄りを優先させろって!」
 なにやら、テーブルをはさんで前の方にある調査カウンターで老人が文句を言っているようでした。
 老人の言葉のイントネーションはこのあたりの高齢者の言葉とは明らかに違い、関東地方特有のアクセントでした。
 その声が綾子の耳に入って、そしていったん耳に入るとそちらにばかり気を取られて集中できません。
「あのさぁ、だから言ってるじゃねえか、どの椅子にもガキがえらそうに座ってんだよ、なんとかしろよ」
 綾子はもう文字を追うこともできなくなりました。なんと老人は、子どもがなんとかかんとかと言っているらしいのです。
「申し訳ありませんが、今日は土曜日ですしね、子どもさんも多く来てますしね」
「ガキが図書館になんの用なんだよ」
 調査カウンターの若い男性職員は、困ってしまった様子でオロオロしています。
 老人は週刊紙を何冊か脇に抱えていました。2冊か3冊でしたが、それくらいでも持ち重りを感じるのか、しきりに持つ手を左右に代えては抱え直していました。
 綾子は不愉快になって、本を畳んで書棚へ戻すと、さっさと閲覧室を後にしました。

 その夜のことです。
 図書館が閉館時間になり、調査カウンター担当の若い職員・燃島は怒り心頭で職場を後にしていました。
「くそ、あの東京言葉の老人め!」
 燃島青年はどうやら昼間応対させられた理不尽な老人のことをなじっているようでした。
「なんでこの俺が、あんなわらびしいクソ妖怪じじいの相手をしてやらないといけないんだ」
 悪態つきつき、手当たり次第に石を投げながら駐車場へ歩いていると、不気味なささやき声が聞こえました。
「お前さんの言うとおりだよな、こうなったら図書館を破壊するしかないよな……?」
「なにっ?!」
 燃島青年が驚いて立ち止まると、背後に男が立っていました。ハンチングをかぶり、夜なのにサングラスをかけ、不審な人着です。
「くそじじいの応対をしたくないんだろ? 図書館なんて暇なじじいばっかりだよ、行き場のない、な? そんなところによく勤めてるもんだよな……あんた」
「うるさい、僕は図書館が好きなんだよ!」
「だからこそじゃねぇか、だからこそ、図書館を爆破するのよ」
「そんなことをすれば、本はどうなる?」
「だからあんたの力を借りたいって寸法よ。本を防護するためにな……なぁに建物も仮に爆破するだけだ、また再建されるぜ!」
「なるほど、そうすれば年寄りを一掃できるな。でもあんなクソじじいどものために死刑になるのはごめんだ」
「安心しやがれ、心配ない、燃島さんよ、あんたは俺に協力さえすればいいんだ、爆破は俺がやる。そして俺だけが捕まる。燃島さんよ、お前はテレビで高みの見物をしてればいいいんだ」
「――よし、やろう」
 燃島青年が不審な男と握手した、そのときでした。
「そこまでだよ異星人!!」
 二人が驚いて振り返ると、そこには赤い仮面に輝くコスチューム、ふくらみかけたつぼみ、凛とした声!
 そうです、そこに立っていたのは花の少女ガール綾でした。
「おのれ、花の少女ガール綾! せっかく燃島を騙して図書館を爆破、貴重な書物を灰に変えて、八塚町民どもの文化を破壊、二度と再建できぬよう上からコンクリートかアスファルトでもって固めてやろうという計画だったのに、それを邪魔する気だな!?」
 驚いたのは燃島青年です。
「待て、あんたはいまなにを言った! 図書館は再建するつもりがないというのか!」
「原住民は黙っていやがれ!」
 異星人の男は燃島をビンタし、黙らせました。この時点で暴行・傷害の現行犯です。
「図書館の人まで騙して、地球をカチャカチャにしようと……許せない!」
 綾子はすぐに手の平をポーンと開きました。その開いた手の平も狭しと溢れる無数の花びらは、すぐに蝶のように舞い、剣となって一直線に異星人の胸を貫きました。
「ぐやぉー!」
 異星人の胸から赤いガスのような気体が吹き出します。致命的な一撃をくらった異星人は、その場でばたっと倒れました。
「ありがとう、お嬢ちゃん……いや、花の少女ガール綾さん!」
「たいしたことないですよ、燃島さん」
「恥ずかしいことだ、怒りに任せて、異星人と手を組もうとするなんて……」
 燃島青年はドロドロと溶けていく異星人の死骸を見下ろしながら、眼を伏せました。
「おじいさんは行くところがなくて淋しいのよ……」
「えっ?!」
 なぜそれを?!
 と、燃島青年は一瞬面食らいましたが、正義のヒロインには心もすべてお見通しということなのだろうと思い直し、明日から心を入れ換えて勤務することを決意しました。
 燃島青年は綾子ののばした手を取り、握手を交わしました。小さな手だな、と青年は思いました。


 → 第13話「悪夢の給食! おばちゃんの罠」

*この小説はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。

  令和2年(2020年)4月1日 公開 (4)


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