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和倉線| わくら線 北鉄能登バス
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七尾駅前〜小 島 橋 〜松百〜和倉温泉駅前和倉温泉
    └能登食祭市場┘  └石崎漁港前

最終修正:2021.04.01 (83R)

 
 七尾駅前ターミナル6番で発車待ちの和倉線


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●波止場と温泉街のかおり

 ・ 路線名
 ・ 系 統
 ・ 歴 史
 ・ ちょっとひと浴び
 ・ 小ネタ
 ・ 乗車のヒント
 ・ 走行音
 ・ 参考文献
 ・ 停留所一覧

 七尾駅からJR和倉温泉駅前を経て和倉温泉街を結ぶ、七尾市内の代表的路線です。七尾駅〜和倉温泉間を走る系統は小島橋経由の便と能登食祭市場経由の便の2種類があり、それぞれの系統が交互に運行されています。あわせるとおおむね1時間に1〜2本と本数は豊富で、利便性が買われてか利用は活発なように見受けられます。

 また、七尾駅〜石崎漁港前間には“石崎線”ともいえるような派生系統が存在しており、月曜日〜金曜日のみ、小型・中型車で運行されています。

 和倉温泉は能登観光の基地となる温泉郷で、石川県、というより北陸三県を代表する温泉のひとつです。一年を通じて多くの方が訪れ、賑わっている温泉街なのですが、宿泊客は特急列車でJR和倉温泉駅まで行き、そこから温泉旅館の送迎バスに乗るというパターンが多いため、和倉線の利用客は日帰りで温泉を楽しまれる方や地元の方が中心です。

 担当は北鉄能登バス(株)七尾営業所です。

 「ななお わく楽フリーきっぷ」の利用可能エリアは七尾駅前〜和倉温泉、石崎漁港前間です。


[▼]路線名

 七尾駅〜和倉温泉駅前〜和倉温泉間を結び、駅から離れた和倉温泉街へのフィーダー輸送を担っていることから「和倉線」の名があります。

 和倉温泉は古くは「涌浦」(わくうら)と呼ばれていたそうです。海の底から温泉が湧出していたためで、昔の人たちは泉源の付近を石垣で囲って舟で入浴に通っていたのだといいます。

 延宝2年(1674年)、加賀藩の命により涌浦は「和倉」と改められ、現在の華やかな和倉温泉が形作られていきました。


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[▼]系 統

  和倉温泉◎→┐
      ↑ |             西
お祭り会館前○ ↓     ┌◎石崎漁港前 湊
      ↑ |     |       合 つ 恵
和倉小学校前○ |     ○石崎東4区  同 つ 寿
      ↑ ○香島  /        庁 じ 病
    香島○ ↓   ○石崎駐在所前   舎 ケ 院 寿
       \|  /          前 浜 前 町
  香島中学校前○ ○石崎小学校前     ○─○─○─○─○能登食祭市場
        | |          /        |
  和倉温泉駅前○─○─○─○─○─○─○─○─┐     |
          石 祖 松 国 松 津 小 |     ○桧物町
          崎 浜 百 立 百 向 島 ○小島橋  |
          口     七 新 町 町 |     |
                尾 町   三 └─┬─○─◎七尾駅前
                病     丁   |小丸山
                院     目 ┌─┤城址公園
                前       | :
                  七尾美術館前○ ○西藤橋
                        | :
               公立能登総合病院◎┤ :
                        : :
                     岩屋町○・・

 ・ 七尾駅前〜和倉温泉

 七尾駅〜和倉温泉間のメイン系統は小島橋経由と食祭市場経由の2種類あり、日中は七尾駅前00分発が食祭市場経由、30分発が小島橋経由を基本としたダイヤとなっています(ところどころ運行便が空く時間帯もあります)。

 あくまで七尾の市内線といったロケーションの路線ですが、河口に近く小舟のもやわれる御禊川の雰囲気は港町を感じさせ、赤浦潟の眺めも眼を和ませてくれます。また、のと鉄道の線路と並走していますので、運が良ければ列車との出会いもあるかも分かりません。

 
 ▲大きなホテルが立ち並ぶ和倉温泉街

 和倉温泉街では「香島中学校前」を基点としたラケット循環となっています。ラケット周回後、2回目の香島中学校前までは往路分の乗車ができますが、ここを過ぎると七尾駅→和倉温泉駅前(往路)間の整理券番号が運賃表から消えますので、七尾駅前→和倉温泉→七尾駅前というように引き続き乗車することはできません(金沢の[54]上安原と同様のパターンです)。

 ぜひ和倉温泉で下車し、総湯で温泉につかり、バスターミナルの風情にもひたってから後続のバスで帰るという行程をお楽しみください。


 小島橋経由

 七尾駅前〜津向町間の七尾市内区間は小島橋経由と食祭市場経由に分かれています。往路が小島橋経由の場合は復路も小島橋経由、往路が食祭経由なら復路も食祭経由で、例外はありません。

 この小島橋経由は旧来からのルートで、高浜線も同様の経路で運行されます。基本的に七尾駅前を毎時30分に出るのが小島橋経由ですが、最近は減便により運行される便がない時間帯もあります。とくに土日祝ダイヤでは運行間隔がかなり開くようになってきました。

 小島橋付近は山の寺大橋の新道が開通したことで、いかにも旧道といった雰囲気を帯びてきています。桜川の川沿いをのどかに走るコースです。

 
 ▲和倉温泉に到着……バスは温泉街経由で引き続き復路へ


 能登食祭市場経由

 七尾駅から御祓川に沿った川渕通りを北上し、七尾のフィッシャーマンズワーフ「能登食祭市場」を経由します。基本的に七尾駅前を毎時00分に出るのが食祭市場経由ですが、最近は減便により運行される便がない時間帯もあります。

 こちらはより海岸線に近いコース取りですが、埋め立てが進んでおり、海の雰囲気が味わえるのは御祓川の河口近くくらいです。能登島交通(株)のバスもこちらのコースで運行されています。

 
 ▲温泉街の酒屋さん

  + + + + +

 ・ 七尾駅前〜石崎漁港前

 月〜金に2往復のみ石崎漁港前ゆきの系統があり、これも食祭市場前経由のルートで運行されます。和倉温泉系統との分岐点は「石崎口」ですが、石崎漁港前方向の「石崎口」は石崎口交差点を右折した先の専用のりばに停車します。ちなみにこののりばで降りると、横手の路地を歩けばすぐに和倉温泉駅に到達することができます。

 そもそも石崎漁港前から和倉駅前まででも徒歩で13分ほどですので、片道は歩いてみるのも良いかと思います。

 
 ▲石崎漁港にて

  + + + + +

 ・ 能登総合病院ゆき

 午前中には七尾駅前到着後、さらに公立能登総合病院まで延長運行する便があり、七尾美術館前経由で運行されます。

  + + + + +

 ・ 七尾駅前〜岩屋経由〜能登総合病院

 このほか七尾駅〜能登総合病院間のみを運行する便も存在しており、西藤橋、岩屋町(化石層)経由で1.5往復のみ運行されています。

 ちなみに、能登総合病院系統の七尾美術館前経由、岩屋化石層前経由は満仁線の能登総合病院経由に乗車すると、両方を同時に乗り通すことができます。


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[▼]歴 史

 ・ 黎明期の七尾〜和倉間
 ・ 北陸鉄道 和倉線の歴史
 ・ (廃止路線)府中波止場線について

 ・ 黎明期の七尾〜和倉間

 七尾駅〜和倉温泉の間には、明治43年(1910年)頃に七尾〜和倉間で「バス」2台によって温泉客の輸送にあたったという説があり、これが事実なら県内でも最初の路線バスということになります(全国で初の「路線バス」は京都の二井商会で明治36年(1903年)に開業)。

 
 ▲明治時代の初代総湯

 「和倉温泉のれきし」(田川捷一・著)によれば、大正4年(1915年)5月12日に和倉自動車(株)という会社が創立され、七尾駅前〜和倉温泉間で七尾線の汽車が発着するごとに乗合バスが運行されるようになったそうで、確かな記録の残っているものとしては、これが和倉で最も古いバス事業のようです。

 北陸鉄道社内報「ほくてつ」創立10周年記念号(石川県立図書館所蔵)によると、その後、大正10年(1921年)4月に「合名会社和倉自動車商会」がやはり七尾駅前〜和倉温泉間でバスを開業させている模様です。

 同社の代表は「多喜館」という旅館(のちに白崎シーサイドホテルを経て現在の「多田屋」)の当主でもあった多田喜教氏が務めていたようですから、列車利用客の旅館への送迎という側面も兼ねていたのかも知れません。

 大正14年(1925年)4月発行の「汽車時間表」の定期乗合自動車便というページには「巴自動車会社」及び「和歌崎三氏」が経営する七尾駅〜和倉温泉間の路線が掲載されており、この時点ですでに複数の事業者が競合する路線となっていたことが分かります。

 なお、当時和倉温泉の有名旅館として知られていたという「和歌崎館」(昭和56年(1981年)頃に廃業)の当主で和倉温泉鉱泉営業組合の組合長も歴任されていた方に「和歌崎得三」氏という人がいたようです。もしかすると、この「和歌崎三」氏とは「和歌崎得三」氏の誤植であった可能性もありそうです。

 同時間表によると、掲載当時の七尾駅〜和倉温泉間の運賃は40銭(冬季50銭)で、所要時間は25分ないし30分。七尾発8:30より19:10まで5本、和倉発8:00より19:00まで5本の運行。特筆として『夜間、暴風及雨雪ノ場合ハ運賃2割増』『降雪多量ノ場合ハ運轉休止スルコトアリ』とありました。

 
 ▲温泉の守り神・弁天崎

 和倉便への新規参入はさらに続き、大正14年(1925年)12月9日には奥能登地方のバスや汽船も運営していた「丸中汽船(株)」が“丸中バス”として七尾駅前〜和倉温泉間のバスを開設。大正15年(1926年)4月には和倉で貸金業や物品販売を営んでいたという「合資会社和倉商工」も和倉温泉〜和倉駅および和倉温泉〜松百〜七尾町作事町間でそれに続き、各社がバスを輻輳させていた模様です。

 国立国会図書館デジタルコレクションにて公開されている「全国乗合自動車総覧」(昭和9年発行)によると昭和3年(1928年)12月1日より丸中汽船(株)は七尾港駅前〜和倉駅〜和倉温泉間という路線も開設していたようです。汽船からも乗り換えできるようにということでしょうか。

 「七尾市史10 産業編」に、丸中汽船(株)が運行していた七尾〜和倉間の昭和3年(1928年)当時の路線図と停留所一覧が掲載されています。これによると、当時の七尾駅前・七尾港駅前〜和倉温泉間は以下のような路線だったようです。

◎和倉温泉            府中町   湊町      ◎七尾港駅前
|                波止場前  波止場前   /
|       三島町波止場前○─○───────○───○矢田新郵便局前
|              |         |
|              |      ┌○─○
○─○─○─○─○─○─○─○┴○┬─┬○─┘広 北陸企業
和 松 松 七 妙 桜 公 良 金| |加合 島 銀行前
倉 百 百 尾 観 川 会 川 沢| |能同 呉
駅 青 茶 セ 院 橋 堂 銀 貯| | 銀 服
前 年 屋 メ 前 詰 前 行 蓄| | 行 店
  会 前 ン       前 銀 \| 前 前
  館   ト         行  ◎
  前   会         前  七尾駅前(丸中車庫)
      社
      前

 この資料には七尾駅前に「丸中車庫」とあることから、同社のバス車庫は七尾駅前にあったらしいことが分かります。本社は府中波止場近くにあったようですが、車庫は本社とは別に存在していたのでしょう。おそらく、この車庫が七尾交通(株)を経て、北陸鉄道(株)初代七尾営業所へと継承されていったのではないかと想像されます。

 七尾駅前〜桜川橋詰間は一本杉通り、妙観院前は山の寺寺院群の旧道を通っていたようですが、図によると「七尾セメント会社前」停留所のあたりも七尾線の南側を走っているように描画されていることから、かつては津向町から松百にかけて、線路より南側にある道が主要ルートだったのでしょう。

 
 ▲山の寺寺院群、妙観院
  大正時代まで門前は海だったそうです。いまでは埋め立てられ、海は遠のいていますね

 また、七尾駅前〜一本杉通りに至るルートは、現在もバスが運行している川渕通りのほかに、現在リボン通り商店街となっている大手町通りにも路線が描かれています。七尾のまちなかには複数の路線があったようですが、どのような系統で運行されていたのかは不明です。

 「鉄道省編纂汽車時間表」昭和9年(1934年)12月号に掲載されている「定期乗合自動車線」一覧表においては、次の3つの路線が掲載されていました。なお、いずれの事業者が経営していたのかは記載がありませんでした。
 ◆七尾駅〜和倉温泉  7.4km 所要30分、運賃20銭
 ◆和倉駅〜和倉温泉  2.0km 所要7分、運賃10銭
 ◆和倉駅〜和倉波止場 2.0km 所要7分、運賃10銭

 昭和16年(1941年)4月15日、七尾近郊でバスを運行していた丸中汽船(株)、(資)和倉商工、(名)和倉自動車商会、浜田善二、藤林菊太郎の5事業者は合併し、「七尾交通(株)」へ。そして同社も昭和18年(1943年)10月13日に戦時統合によって北陸鉄道(株)へ合併されることとなります。


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  + + + + +

 ・ 北陸鉄道 和倉線の歴史

 北陸鉄道(株)の発足以降、戦後は北陸鉄道(株)和倉線としての活躍を開始しています。担当は七尾営業所ですが、その基地は現在の場所ではなく、七尾駅前にバスターミナルを併設して立地していたようです。前述の通り、もともと丸中汽船(株)の車庫だったものが七尾交通(株)を経て継承された土地ではないかと想像されます。

 「国立公文書館デジタルアーカイブ」にて公開されている「北陸鉄道株式会社申請による一般乗合旅客自動車運送事業の経営(延長)免許について」という昭和26年(1951年)5月8日作成の文書には当時の路線一覧表が掲載されており、七尾営業部担当の「和倉線」として記載を確認することができます。運行区間は七尾〜和倉間で、距離は10.0km。便数は28となっていました。

 昭和28年(1953年)1月28日には和倉温泉バスターミナルが「和倉自動車分区」として落成します。この年に刊行された「ほくてつ」創立10周年号(石川県立図書館所蔵)によると、『時代感覚にマッチした建築様式』と書かれていますが、これが現代のいまとなっては、なんともレトロな雰囲気を醸し出す建物となっています。

 和倉自動車分区はのちには和倉支所となり、七尾営業所の管理化に置かれ、車両配置もあったようです。

 
 ▲昭和レトロの和倉温泉センター

 昭和28年(1953年)発刊の「ほくてつ 創立10周年記念号」(石川県立図書館所蔵)に掲載されているこの当時の路線概況には、七尾自動車区担当の「和倉線」は七尾〜和倉間8.0kmとして記載されていました。

 なお同資料によれば七尾自動車区は和倉に7両を収容可能な車庫を擁していることになっており、これが和倉自動車分区のことであるものと推測されます。

 昭和32年(1957年)頃の時刻表によると、この時点の和倉線は七尾駅〜和倉温泉間がデータイムは毎時15、45分発のパターンダイヤとなっていたようです。詳しい運行本数は次の通りです。
 ◆七尾駅前〜和倉温泉 31往復
 ◆和倉駅前〜和倉温泉 11往復

 昭和34年(1959年)6月に発行された「全国バス路線便覧」によると、この時点での当路線の運行系統とその本数は次の通り記載されていました、
 ◆七尾駅前〜和倉温泉 39往復
 ◆和倉駅前〜和倉温泉 11往復

 これが昭和39年(1964年)7月版の「全国バス路線便覧」になると次の本数となっており、かなり増強されている様子が分かります。
 ◆七尾駅前〜和倉温泉 43.5往復
 ◆和倉駅前〜和倉温泉 20往復

 この当時の七尾駅前〜和倉温泉間の運賃は30円、和倉駅前〜和倉温泉間は10円となっていたようです。

 昭和44年(1969年)7月21日には七尾市街地の経路が変更され、このときから現行の小丸山公園下(現:小丸山城址公園)経由が採用されているようです。それまでの七尾市中心部の経路は現在とはまったく異なり、一本杉通り経由がメインとなっていたようです。このルートは、のちにまりん号の運行経路として復活しています。

  セ  海
  メ  員
至 ン  学
・ ト  校       光
和 前  前       徳 至・府中波止場
倉─○──○────┐  寺  |(現:食祭市場)
温    :  小島|  前  |
泉    ・・・・・●・・●・・●仙対橋
  (山の寺)   |一本杉通り|
       小島橋○     |
          |     |
          └─○───◎七尾駅前
       小丸山公園下

 この経路変更を経て、昭和44年(1969年)11月30日にワンマン化が実施されているようです。能登地区でのワンマン化は和倉急行線・特急線とともにこれが初の実施だったといいます。同年11月22日付け北國新聞朝刊の記事によると、ワンマン化が行われたのは七尾駅〜和倉温泉間で、73往復の運行となっていたそうですから、かなり頻発していたことが窺えます。

 昭和45年(1970年)6月22日には担当していたと見られる北陸鉄道(株)和倉支所が廃止となっています。これにより、車庫としての機能は七尾営業所本所へ統一され、和倉温泉バスターミナルへの車両配置がなくなったものと思われます。

 
 ▲昭和40年代の4代目総湯

 昭和46年(1971年)4月1日には七尾市立小丸山小学校の西湊教場と御祓教場が廃止され、統合新校舎への移転が完了。これにより、旧西湊校下より小島橋まで和倉線を利用しての通学利用が見られるようになったものと思われます。

 「国鉄監修 交通公社の時刻表」昭和50年(1975年)3月号によると、この当時の和倉線は15〜20分間隔の運行で、運賃は七尾駅〜和倉温泉間が130円、和倉駅前〜和倉温泉間が40円となっていたようです。この40円という価格は当時の初乗り運賃です。

 昭和50年(1975年)7月31日には沿線にあった住友セメント七尾工場が閉鎖となり、これに伴って同時期に「セメント前」停留所が「津向町」と改称されているものと考えられます。

【この頃の和倉線】

◎和倉温泉
|
○温泉口
|
○丸越工業前
 \
  ○イソライト前
  |
  ○─○─○─○─○─○─○─○─┐
  和 石 祖 松 松 赤 津 海 |
  倉 崎 浜 百 百 浦 向 員 ○小島橋
  駅 口     療   町 学 |
  前       養     校 └─○─◎七尾駅前
          所     前 小丸山
          前       公園下

 「イソライト前」は珪藻土製レンガなどを生産するイソライト工業(株)七尾工場への最寄り停留所、「丸越工業前」は同じく珪藻土レンガやコンロを生産している丸越工業(株)本社および工場の最寄り停留所でした。この時代、七尾地区では企業の名称そのままの「(企業名)前」というネーミングのバス停が多く存在しており、ほかに「PS前」「専売公社前」「セメント前」などが知られています。

 その後、遅くとも昭和55年(1980年)頃までには病院の名称変更により、療養所前停留所が「国立七尾病院前」と改称されています。

 昭和55年(1980年)6月発行の北鉄時刻表によると、本路線は平日10〜20分間隔、日祝も20〜30分間隔で非常に高頻度の運行となっていたようです。当時は和倉駅前〜和倉温泉間が棒線一本で、往路・復路ともに同じ道路を走行し、和倉温泉バスターミナルで終点となる形だった模様です。

 当時は全便が七尾駅前〜和倉温泉間の運行で、本数は次の通り記載されていました。
 ◆七尾駅前〜和倉温泉
   和倉温泉ゆき 平日55本、日祝44本
   七尾駅前ゆき 平日54本、日祝42本

 なお、同じ年の「国鉄監修交通公社の時刻表」10月号を参照するに、この当時の運賃は七尾駅前〜和倉温泉間が200円、七尾駅前〜和倉駅前が160円、和倉駅前〜和倉温泉間は80円となっていたようです。

 その後、停留所名の変更はさらに続き、ぽんさんによると昭和55年(1980年)10月20日に「海員学校前」停留所が「小島町三丁目」に改称。昭和56年(1981年)10月20日には従来の「温泉口」が「観光会館前」と改称されているようです。これは同年7月25日に和倉温泉観光会館が開業したことによるものと思われます。

 さらに、一年後の昭和57年(1982年)10月20日には「丸越工業前」停留所が今度は「温泉口」(2代目)へ改称。続いて昭和60年(1985年)11月1日には「イソライト前」が「香島中学校前」と改称されているようで、このあたりのバス停名はこの頃、軒並み改称されている様子がうかがえます。
 (情報ご提供:ぽんさん)

 また、七尾駅前〜和倉駅前間においても同様に改称が進んだようで、昭和58年(1983年)3月〜昭和62年(1987年)4月までの間のいずれかの時期には「赤浦」停留所が「松百新町」と改称されています。

 

 昭和61年(1986年)10月27日からは和倉温泉北側の温泉街への乗り入れが開始されています。これにより、和倉線は現在のようなラケット循環、エンドレス運行の形に変更されたようです。

 同時に復路の温泉街部分にあたる和倉温泉→温泉口(現:香島)間ではフリーバスも実施。各旅館の前に「フリーバス集約乗降場」が設置され、これらではバス停同様、自由に乗降できるようになっています。当時の住宅地図を見るに、当初設置されていた集約停留所は、加賀屋の前と現・インフォメーション広場に相当する場所(簡易保険郵便年金加入者ホーム七尾荘前)の2ヶ所だった模様です。

  温泉街
┌────→┐
|     |
◎─○───○
和 観   温\
倉 光   泉 \
温 会   口  ○香島中学校前
泉 館      |
  前      |
     至・和倉駅前

 昭和62年(1987年)11月1日には温泉口(現:香島)〜観光会館前間に「和倉小学校前」停留所が新設されているようです。
 (情報ご提供:ぽんさん)

 加えて、昭和63年(1988年)から少なくとも平成2年(1990年)までの間に、県道248号線・和倉和倉停車場線の新道が開通したことにより、復路の和倉温泉東交差点〜和倉温泉口南交差点間が新道経由に変更され、「温泉口」(現:香島)と「香島中学校前」は往路・復路で別の道路上にバス停が設置される形となっています。

  温泉街
┌────→┬──
|     :  \
◎←○←○←○   ○温泉口 
和 観 和 温\  ↓
倉 光 倉 泉 ○ ○香島中学校前
温 会 小 口 香\↓
泉 館 学   島中|
  前 校    学|
    前    校|
         前|
          |
      至・和倉駅前

 平成2年(1990年)5月25日には七尾営業所に金沢地区の柳橋営業所から昭和63年(1988年)式の中型冷房車5両が転入し、本路線へ投入されています。車齢2年の準・新車といっていい冷房車の登場は、まだ非冷房車が当たり前であった能登地区ローカル路線に投げ込まれた花束のようなプレゼントだったことでしょう。

 平成3年(1991年)6月の北鉄時刻表によると、この当時の和倉線は、平日は朝夕15分間隔、データイムは七尾駅を毎時15分・45分に発車する30分間隔。日祝は朝夕も含め、七尾駅を毎時00分、30分に発車する30分間隔での運行となっていたようです。
 ◆七尾駅前→和倉温泉→七尾駅前 平日45本、日祝30本
 ◆和倉温泉→七尾駅前      平日のみ片道1本

 当時の七尾駅〜和倉温泉間の運賃は300円となっていました。

 この時代は北陸鉄道(株)七尾営業所が担当しており、平成3年(1991年)11月1日からは組織改正により七尾営業所を改称した能登営業所の担当として、グループ会社の七尾バス(株)発足後も北鉄本体の路線として残っていました。

 平成6年(1994年)12月2日には、当時の北鉄では非常に珍しかった「中古車」のふそう大型乗合バス1両(36-413号車)が能登営業所に導入され、和倉線で活躍を開始しました。冷房付きでスケルトンボディの大型車ということもあり、七尾地区の近代化に一役買ったのではないでしょうか。

 
 ▲能登地区の路線バスではまだスケルトンボディは珍しかった

 コースは長らく小島橋経由のみとなっていましたが、平成7年(1995年)2月12日に「食祭市場前」経由の新ルートが開業されています。食祭市場経由の沿線には北陸鉄道(株)能登営業所があり、この最寄りとして「北鉄車庫前」(現:西湊合同庁舎前)停留所が設置され、一部便は出入庫を兼ねて、北鉄車庫前発着として運行されていたようです。

  和倉温泉◎→┐
      ↑ |
 観光会館前○ ↓
      ↑ |       国     北 つ
和倉小学校前○ |       立     鉄 つ
      ↑ ○温泉口    七     車 じ
   温泉口○ ↓       尾 松   庫 ケ 桜 寿
       \|       病 百 津 前 浜 町 町
  香島中学校前○       院 新 向 ○─○─○─○─○能登食祭市場
        |       前 町 町/        |
    和倉駅前○─○─○─○─○─○─○─○─┐     |
          石 祖 松       小 |     ○桧物町
          崎 浜 百       島 ○小島橋  |
          口           町 |     |
                      三 └───○─◎七尾駅前
                      丁    小丸山
                      目    公園下

 平成8年(1996年)6月の時刻表によると、この時点ではパターンダイヤではないものの、平日はだいたい20分〜30分間隔で、食祭市場前経由が七尾駅を毎時55分ないし00分、10分などに発車、小島橋経由が30分に発車となっており、これに加えて七尾駅前〜食祭市場前〜北鉄車庫前間の区間便がパラパラと運行されていた様子です。

 詳しい本数は次の通りでした。
 ◆七尾駅前→小島・和倉温泉・小島→七尾駅前 平日19本、日祝18本
 ◆七尾駅前→食祭・和倉温泉・食祭→七尾駅前 平日15本、日祝15本
 ◆七尾駅前〜食祭市場〜北鉄車庫前      平日6.5往復、日祝5往復

 運賃については、当時は七尾駅〜和倉温泉間が330円となっていました。

 
 ▲当時の主力、冷房付き中型バス

 平成12年(2000年)7月31日からは、月〜金のみ一部便が「能登総合病院」への乗り入れを開始しています。同病院が小丸山台近くへ移転したことに対応されたもので、七尾バス(株)担当の路線についてはすでに乗り入れが開始されていたところ、北鉄本体担当の路線についてもこの日から延伸が実施され、途中に「七尾美術館前」停留所も新設されました。

 平成13年(2001年)3月4日に七尾バス(株)へ移管され、北鉄本体直営路線として残っていた本路線も、とうとうその手から離れることとなりました。同日には金沢地区でも大規模な分社化が行われており、歴史の流れからみても、それはやむを得ないことといえたでしょう。

 同時に北陸鉄道(株)能登営業所は輪島へと移転し、七尾市津向町にあった旧能登営業所管理棟・車庫は七尾バス(株)へ譲渡。「北鉄車庫」停留所も「七尾バス車庫前」と改称されました。

 38-922。
 ▲バリアフリー化をもたらした初期のワンステップバス

 平成13年(2001年)3月4日改正の時刻表によると、この時点では七尾駅発00分に食祭市場前経由、30分に小島橋経由というパターンダイヤが完全に確立されています。これに加えて七尾駅〜七尾バス車庫前(時刻表では「津向車庫」と表記)間の区間便も設定されていました。

 詳しい本数は次の通りです。
 ◆七尾駅前→小島・和倉温泉・小島→七尾駅前 平日19本、日祝15本
 ◆七尾駅前→食祭・和倉温泉・食祭→七尾駅前 平日13本、日祝14本
 ◆七尾駅前→食祭・和倉温泉・食祭→能登病院 平日のみ2本(土曜は七尾駅止まり)
 ◆能登病院→食祭・和倉温泉・食祭→七尾駅前 平日のみ3本(土曜は七尾駅始発)
 ◆七尾駅前〜食祭市場〜七尾バス車庫前    平日3.5往復、日祝2往復

 七尾駅〜和倉温泉間の運賃は350円で、この価格が消費増税(8%)まで長らく続いたものでした。

 これが平成14年(2002年)4月の時刻表になると、七尾駅発00分に食祭市場前経由、30分に小島橋経由というパターンダイヤは同様ながら、月〜金の10時台〜17時台にかけて毎時15分発にも便が設定されており、午前は食祭経由、午後は小島橋経由での運行となっていました。よって、この年のみ平日の午後は小島橋経由が毎時2本存在していたことになります。

 また七尾車庫前発着便も七尾車庫前→七尾駅が6本(うち1本は土日祝運休)、七尾駅→七尾バス車庫前が2本(日祝は3本)などと増加しています。一方で能登総合病院乗り入れ便は片道2便のみとなっており、能登総合病院から和倉温泉への帰り便が無くなっていました。

 詳しい内訳は、次の通りでした。
 ◆七尾駅前→小島・和倉温泉・小島→七尾駅前 月〜金21本、土曜17本、日祝15本
 ◆七尾駅前→食祭・和倉温泉・食祭→七尾駅前 月〜金15本、土曜15本、日祝14本
 ◆七尾駅前→食祭・和倉温泉・食祭→能登病院 月〜金のみ2本
 ◆七尾駅前〜食祭市場〜七尾バス車庫前
   七尾車庫ゆき 月〜金2本、土曜2本、日祝3本
   七尾駅前ゆき 月〜金6本、土曜5本、日祝運休

 平成15年(2003年)4月1日には七尾バス(株)に初のノンステップバス(1301、1302号車)が2両導入され、和倉線に投入されました。ついに七尾地区にもノンステップバス時代が到来したわけです。以降、ノンステップバスは毎年のように増備され、そのつど和倉線には最新の車両が充当されるというパターンが数年間続きました。

 平成15年(2003年)12月16日には石崎漁港前への支線として通称「石崎線」が開業しています。七尾駅前〜石崎漁港前間を月〜金のみ運行されるもので、当初は6往復が設定されていました。石崎地区へのバス運行については昭和40年代から要望されていたようなのですが、道路が狭隘なため大型車の乗り入れが困難とされ、実現しないままとなっていました。

 そのまま路線バスが交通の雄であった時代は終わり、石崎への路線バス乗り入れ話はそのまま自然消滅するかに思われていたのですが、コミュニティバス「ぐるっと7」の登場に石崎地区民のバス路線開設熱は再起。住民らが「ぐるっと7」の石崎乗り入れを熱望した結果、ついに宿願が叶い、七尾バス(株)による一般路線として開業の日を見たものです。

 運行開始初日の出発式では地元青年団による「石崎豊年太鼓」が響くなか、住民の方々の暖かい拍手に送られ、第一便のバスが出発したということです。

 

  和倉温泉◎→┐
      ↑ |             七
 観光会館前○ ↓     ┌◎石崎漁港前 尾
      ↑ |     |       バ つ
和倉小学校前○ ○温泉口  ○石崎東4区  ス つ
      ↑ |    /        車 じ
   温泉口○ ↓   ○石崎駐在所前   庫 ケ 桜 寿
       \|  /          前 浜 町 町
  香島中学校前○ ○石崎小学校前     ○─○─○─○─○能登食祭市場
        | |          /        |
    和倉駅前○─○─○─○─○─○─○─○─┐     |
          石 祖 松 国 松 津 小 |     ○桧物町
          崎 浜 百 立 百 向 島 ○小島橋  |
          口     七 新 町 町 |     |
                尾 町   三 └─┬─○─◎七尾駅前
                病     丁   |小丸山
                院     目 ┌─┘公園下
                前       |
                  七尾美術館前○
                        |
               公立能登総合病院◎┘

 平成17年(2005年)4月1日改正のダイヤによると、この時点の和倉線は七尾駅発00分に食祭市場前経由、30分に小島橋経由というパターンダイヤ。その合間、月〜金のデータイムに石崎漁港前系統が6.5往復運行されています。一方、七尾車庫前発着便はなくなっています。

 詳しい内訳は次の通りでした。
 ◆七尾駅前→小島・和倉温泉・小島→七尾駅前 月〜金15本、土日祝14本
 ◆七尾駅前→食祭・和倉温泉・食祭→七尾駅前 月〜金14本、土日祝15本
 ◆七尾駅前→食祭・和倉温泉・食祭→能登病院 月〜金のみ2本
 ◆和倉駅前→和倉温泉→食祭→七尾駅前    月〜金のみ1本
 ◆七尾駅前〜食祭市場〜石崎漁港       月〜金のみ6.5往復

 

 平成20年(2008年)4月1日には能登地区のグループ会社合併に伴い、七尾バス(株)と能登西部バス(株)が合併して「北鉄能登バス(株)」が発足しました。これにより、和倉線は同社七尾営業所の担当路線となっています。また「七尾バス車庫前」停留所は「七尾車庫前」と改称されました。

 同日改正の時刻表によると、本路線は七尾駅発00分に食祭市場前経由、30分に小島橋経由のパターンダイヤは変わらないものの、石崎漁港前便は4.5往復に減っていました。このほか昼に片道1本のみ、能登病院→七尾駅間の区間便が設定されています。

 詳しい内訳は、次の通りでした。
 ◆七尾駅前→小島・和倉温泉・小島→七尾駅前 月〜金12本、土日祝13本
 ◆七尾駅前→小島・和倉温泉・小島→能登病院 月〜金のみ1本
 ◆七尾駅前→食祭・和倉温泉・食祭→七尾駅前 月〜金14本、土日祝15本
 ◆七尾駅前→食祭・和倉温泉・食祭→能登病院 月〜金のみ3本
 ◆和倉駅前→和倉温泉→食祭→七尾駅前    月〜金のみ1本
 ◆七尾駅前〜食祭市場〜石崎漁港       月〜金のみ4.5往復
 ◆能登病院→七尾駅前            月〜金のみ片道1本

 

 北陸新幹線金沢開業にあわせて実施された平成27年(2015年)3月14日改正では「小丸山公園下」停留所が「小丸山城址公園」に、「桜町」停留所が「恵寿病院前」に、それぞれ改称されました。

 「恵寿病院前」については能登島交通(株)がすでにその名称で停留所を立てており、同じ場所にありながら会社ごとにバス停名が異なる状態となっていましたが、これが是正され、利用者にとって分かりやすくなりました。

 さらに平成28年(2016年)4月1日には「七尾車庫前」停留所が「西湊合同庁舎前」に、「和倉駅前」停留所が「和倉温泉駅前」に、それぞれ改称されています。

 「西湊合同庁舎前」への改称は行政からの要望などもあったのかも知れませんが、バス停のすぐ前にあるランドマークの名を冠することで一般の利用者にとってより分かりやすくなりました。「和倉温泉駅前」は七尾線の駅名変更後もバス停名はそのまま「和倉駅前」を名乗り続けていたものの、新幹線開通で県外からの観光客が増加し、そういうわけにも行かなくなってきたのでしょう。

 
 ▲加賀屋をバックに

 平成29年(2017年)4月1日改正では石崎漁港前への系統が1日2往復のみと大幅に縮小されたほか、月〜金の食祭市場前経由、土日祝の小島橋経由が一部減便となったために30分間隔のパターンダイヤが崩れ、空白の時間帯が生じるようになりました。

 一方、能登総合病院〜脇間の便が七尾駅前始発に変更されたことにより、振り替えとして能登総合病院〜七尾駅前間のみ運行の便が2本に増えています。また、朝には七尾駅発能登総合病院どまりの区間便も1本登場しました。

 このほか、温泉口停留所が「香島」と改称されています。

 この時点の詳しい運行本数は次の通りです。
 ◆七尾駅前→小島・和倉温泉・小島→七尾駅前 月〜金12本、土日祝6本
 ◆七尾駅前→食祭・和倉温泉・食祭→七尾駅前 月〜金9本、土日祝13本
 ◆七尾駅前→食祭・和倉温泉・食祭→能登病院 月〜金のみ2本
 ◆和倉温泉駅前→和倉温泉→食祭→七尾駅前  月〜金のみ1本
 ◆七尾駅前〜食祭市場〜石崎漁港       月〜金のみ2往復
 ◆七尾駅前〜岩屋町〜能登病院        月〜金のみ1.5往復

 
 ▲温泉街のバス停で……

 令和2年(2020年)4月1日に観光会館前停留所が「お祭り会館前」と改称されました。旧和倉温泉観光会館が令和2年(2020年)4月25日に「和倉温泉お祭り会館」としてリニューアルオープンすることに伴うものでした。

 新生「和倉温泉お祭り会館」は七尾の4大祭り「青柏祭」「石崎奉燈祭」「お熊甲祭」「能登島向田の火祭」についての展示やバーチャルリアリティを使った祭り体験できる施設となりましたが、新型コロナウィルス感染拡大の影響によりオープンは延期に……。令和2年(2020年)6月1日に至ってようやく開業の日を迎えることとなりました。

 この改正時の運行本数は次の通りです。
 ◆七尾駅前→小島・和倉温泉・小島→七尾駅前 月〜金11本、土日祝6本
 ◆七尾駅前→食祭・和倉温泉・食祭→七尾駅前 月〜金9本、土日祝13本
 ◆七尾駅前→食祭・和倉温泉・食祭→能登病院 月〜金のみ3本
 ◆和倉温泉駅前→和倉温泉→食祭→七尾駅前  月〜金のみ1本
 ◆七尾駅前〜食祭市場〜石崎漁港       月〜金のみ2往復
 ◆七尾駅前〜岩屋町〜能登病院        月〜金のみ1.5往復

 七尾駅〜和倉温泉間の運賃は370円となっています。

 
 ▲ときにはポンチョの姿も……

 令和3年(2021年)4月1日より、和倉線と高浜線の指定エリアが1日乗り放題になる「ななお わく楽フリーきっぷ」の発売が開始されました。価格は大人500円で、利用可能区間は七尾駅〜和倉温泉駅〜和倉温泉間および七尾駅〜石崎漁港前間です。

 販売は七尾駅前センター、和倉温泉センターや七尾観光案内所、 和倉温泉駅観光案内所、和倉温泉観光協会、和倉温泉お祭り会館、和倉温泉街の主な旅館のほか、和倉線のバス車内でも購入することができます。

 利用特典として、和倉温泉および一本杉通りの観光施設や販売店、飲食店など14か所で割引や粗品の進呈もあり、いろいろ楽しめそうです。

 七尾駅〜和倉温泉間を往復するだけで元が取れるオトクな乗車券。七尾を訪れたなら、これを利用しない手はありませんね。


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    + + + + +

 ・ (廃止路線)府中波止場線

 かつて、七尾駅と現在の能登食祭市場付近にあたる「府中波止場」とを結んでいたミニ路線が存在していたようです。能登島ゆきフェリーや飯田方面への能登商船フェリーの発着する七尾埠頭へのフェリー接続路線だったのではないかと思います。

 この路線は大正14年(1925年)12月9日に丸中汽船(株)によって七尾駅前〜七尾埠頭間で開業したのが最初で、汽船に接続し、和倉温泉への直通便も運行されていたようです。

 「鉄道省編纂時間表」昭和15年(1940年)10月号には七尾駅〜浜七尾間の路線として掲載されており、七尾埠頭の停留所名が「浜七尾」となっていました。

 ダイヤは2.5往復で、停留所は七尾駅と浜七尾の2ヶ所のみ。距離は0.7qで、所要時間は約2分。運賃は5銭。しかし「目下運転休止中」との記載もされていました。

 
 ▲港町・七尾

 丸中汽船(株)は昭和16年(1941年)4月15日に七尾市内の4事業者と合併して七尾交通(株)となったのち、昭和18年(1943年)10月13日に北陸鉄道(株)に合併されたのは前述の通りです。

 昭和28年(1953年)10月に発行された「ほくてつ創立10周年記念号」(石川県立図書館所蔵)の路線現況には、この路線は見当たらず、まだ運行が再開されていないことが分かります。

 昭和34年(1959年)6月に発行された「全国バス路線便覧」には七尾駅〜府中波止場間2往復として記載されており、北陸鉄道(株)の路線として開業(復活)していることが分かります。

 この路線の距離は0.8kmしかなく、これはこの時点の北鉄の全系統のなかで最も短いものです。ちなみに2位は小坂神社前〜専光寺墓地の1.1km、3位は山田先出〜草深間の1.2kmですが、2位の専光寺墓地はお盆のみの墓参バスですし、3位は区間便です。1位が逆に独立した路線というところに凄みを感じます。

 昭和39年(1964年)7月に発行された「全国バス路線便覧」にも、やはり七尾駅前〜府中波止場間2往復として記載されていました。七尾駅前〜府中波止場間の運賃は10円となっていたようです。当時の初乗り運賃でしょう。

 府中波止場へは、昭和40年代には崎山、百海方面へのバスが経由していたことが分かっており、この路線はそれらの経路の代替路線としても機能していたのかも知れません(その頃の経路は崎山線参照)。

 昭和55年(1980年)4月25日に休止となっているようです。

 この路線の廃止後、昭和63年(1988年)1月24日には能登島線の発着停留所「七尾波止場」停留所として復活。さらに90年代後半には「能登食祭市場」停留所が開設され、府中波止場から名は変えたものの、七尾港周辺へのバス路線は消えることなく息づいています。

 
 ▲かつての府中波止場跡に開館した能登食祭市場


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[▼]ちょっとひと浴び

 ・ 和倉温泉総湯

 和倉温泉の総湯は和倉温泉バスターミナルのすぐ近くにあります。ラケット循環となっている和倉線。ここはひと浴び楽しんでから残りの区間に乗り、完乗といきましょう。往復で2つの経由地を使い分ければなお完璧です。

 平成23年(2011年)4月29日に新装完成した総湯は、入湯料も共同浴場らしく大人460円と安いのですが、ボディソープ、シャンプー類、ドライヤーはちゃんと備え付けられており、休憩室も無料開放されています。さすがは名だたる温泉地の総湯といったところでしょうか。

 建替えで綺麗にはなりましたが、湯の出てくるところがそのまま飲み湯となっているスタイルは変わらず。源泉100%の証しですね。湯は熱く、呑むととてつもなく塩からく、苦い味がします。石川県内の温泉はだいたい塩味のものが多いようですが、和倉の湯の泉質はどこよりも群を抜いてしょっぱいです。

 毎月25日(土日の場合は翌月曜日)は休業日です。

→公式サイト

 和倉温泉総湯。


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[▼]小ネタ

 ・ 「集約停留所」
 ・ 七尾営業所と「ジャンボマリン」
 ・ 七尾〜和倉間に走るかも知れなかったトロリーバス

 ・ 「集約停留所」

 七尾地区のフリーバス区間には、時折「フリーバス集約停留所」と書かれたバス停標識が立っていることがあります。和倉線の場合は、ちゃんと時刻表も掲げられていますが、これはもちろん正式なバス停ではなく、いわばバス停の姿を借りた「目印」で、フリー乗降の円滑化のために、設けられているものと思われます。

 和倉線では、短い区間内にかなり集中しており、ほとんど旅館ごとに立っているようです。また、「インフォメーション」のように、名称のある集約停留所も、和倉線だけの存在です。この「インフォメーション」は、もともと特急バス用に新設された停留所でしたが、和倉線のフリー乗降区間内にあることもあり、そのまま集約停留所として使われているものです。

 このため、バス停に名称はあり、時刻欄にも和倉線の時刻が掲げられていますが、車内放送では和倉温泉のつぎは香島となり、「インフォメーション」は無視されています。

 なお平成28年(2016年)3月31日を最後に中能登特急線、七尾特急線は廃止となりましたので、「インフォメーション」は正式な停留所ではなくなり、ほかの地点と同様に集約停留所としての機能を残すのみとなりました。

 

 →フリーバスについて

  + + + + +

 ・ 七尾営業所と「ジャンボマリン」

 食祭市場経由便に乗車すると途中に「西湊合同庁舎前」停留所があり、この海側に北鉄能登バス(株)七尾営業所が広がっています。

 
 ▲七尾営業所管理棟

 この七尾車庫は、もとの北陸鉄道(株)七尾営業所で、かつて七尾駅前にあった旧七尾営業所を移転し、昭和45年(1970年)6月10日に落成。管理棟内には能登地区の各営業所を管轄する「能登営業部」も設置されていたようです。

 営業所ができた当初は、敷地の西側を住友セメント七尾工場への貨物線が走っており、線路沿いの車庫となっていた模様です。住友セメントは七尾の主力産業の一つで、いまの津向町停留所もかつては「セメント前」を名乗っていたようですが、地元に原材料がなくなったこと等から、昭和50年(1975年)7月31日をもって撤退しているようです。工場跡地は、現在カナカンや川崎造船所などになっています。線路跡の痕跡もいまでは分かりません。

 平成3年(1991年)11月1日には北陸鉄道(株)の組織改正で営業部制度が廃止され、「能登営業部」も廃止。同時に営業所名も七尾営業所から「能登営業所」へ改称されています。

 
 ▲七尾基地

 その後、平成13年(2001年)3月4日には七尾地区の全面移管とともに北陸鉄道(株)能登営業所は旧輪島支所へ移転していき、その後釜として、もともと小丸山に置かれていた七尾バス(株)本社がこちらへ移転、以後は七尾バスの拠点となりました。平成20年(2008年)4月1日のグループ会社合併後は北鉄能登バス(株)七尾営業所となり、現在へ至っています。

 
 その一角に、このようなマリンスポーツ用品の販売店があります。「ジャンボマリン」は北陸鉄道(株)の海洋事業部門として営業されていたマリンスポーツ用品、モーターボート販売店のブランド名です。「ジャンボマリン七尾店」は元々小丸山基地にあったようですが、その用地を七尾バス(株)が初代本社・車庫として使用することになったため、平成3年(1991年)12月1日より七尾営業所へ移転したものです。

 その後、北陸鉄道(株)は平成11年(1999年)4月にマリン部門から撤退しているのですが、しかし、ここにはいまもなお、ジャンボボールと同じ見慣れたロゴの「ジャンボマリン」の文字が……。

 北陸鉄道(株)が撤退した後、当時の従業員の方が独立して同じ店名で営業を続けているということなのかも知れませんが、詳細はよく分かりません。北鉄時代にはなかった「KT」の文字が、北鉄グループの営業していたジャンボマリンとは別の店であることを示しているようにも思えます。

 なお、これらの写真はすべて敷地外から撮影しています。管理責任のある方からの許可を得ずに営業所構内へ立ち入ることは絶対にしないでください。

  + + + + +

 ・ 七尾〜和倉間に走るかも知れなかったトロリーバス

 「石川百年史」という書物によると、大正7年(1918年)、「加能無軌条電車(株)」という会社が設立され、七尾〜和倉間に“無軌条電車”を走らせる計画が打ち立てられたという旨が記されています。“無軌条電車”とはトロリーバスのことで、現在立山黒部アルペンルートで運行されているような、架線から電気を取り入れて走るバスが能登で走るかも知れなかったことになります。

 この会社を創立したのは大阪の古賀式無軌条電車工務所の北陸担当だったという藤井氏という方だそうで、無軌条電車のメーカーが能登半島で実績を築こうと考えてのものだったのでしょうか。将来は七尾から羽咋、富来、高浜へも延ばす計画だったとありますが、しかし、この計画は計画のみに終わってしまい、実現には至らなかったようです。

 


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[▼]乗車のヒント

 おおむね30分〜60分に1本は運行され、乗りやすい路線です。末端部はラケット状にループしていますので、ここは温泉を楽しんでから、次のバスで完乗といきましょう。

 一方、石崎漁港前系統は月曜〜金曜のみの運行で本数もわずかですが、終点の石崎漁港から石崎口や和倉駅前まではごく近いので、片道を徒歩でクリアするのも容易だと思います。

 和倉線では温泉街がフリーバス区間となっていますが、バスを待つときは時刻表も設置されている「集約停留所」を利用するのがベターです。また降車についても各ホテルごとに集約停留所が設置されていることもあり、これらの集約停留所の前での降車となるようです。

※運行ダイヤは北陸鉄道の公式サイトをご参照下さい。

 


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[▼]走行音

 

 ・ 七尾駅前→和倉温泉 (28-769)
   [→走行音をダウンロード]

 平成27年(2015年)に録音した和倉線の走行音で、車内放送は旧バージョンの「佐久間さん」時代のものです。和倉線は小島橋経由と食祭市場前経由が交互に運行されており、こちらは食祭市場前経由便の走行音となります。

 車両は能登地区、加賀地区のローカル路線にところ構わず登場する日野レインボーIIですが、この769号車と白山バスの767号車が登場第一陣でした。この頃の年式では大型車(ブルーリボンII)のエンジンとも似た音を響かせます。

 


 ・ 七尾駅前→石崎漁港前 (23-986)
   [→走行音をダウンロード]

 こちらは月〜金のみ運行される派生系統・石崎漁港前ゆきの走行音です。能登地区ではもはや標準車となっているといえる日野レインボーII。そのあくまで軽やかなサウンドが一番の特徴です。車内放送は旧バージョンの「佐久間さん」時代のものです。


 ・ 七尾駅前→香島中学校前 (61-211)
   [→走行音をダウンロード]

 平成12年(2000年)6月、まだ北陸鉄道(株)の路線だった時代の和倉線の走行音です。食祭市場前経由で、途中、現在の西湊合同庁舎前を経由しますが、まだ停留所名は「北鉄車庫前」で、懐かしさを憶えます。石崎口の手前で流れる「あすなろツアー」の勧誘放送もまた懐かしいもののひとつです。


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[▼]参考文献

 「北陸鉄道の歩み」
 「北陸鉄道五十年史」
 昭文社エアリアマップ「能登半島」
 「ほくてつ」創立10周年記念号
 「汽車時間表」大正14年4月号(日本旅行文化協会)
 「鉄道省編纂時間表」昭和15年10月号
 「鉄道省編纂汽車時間表」昭和9年12月号
 北陸鉄道社内報「ほくてつ」各号
 「七尾市明細図区分図」各号((有)日本地政協会)
 「七尾市史10 産業編」
 「北國新聞縮刷版」各号
 「北陸鉄道ポケット時刻表」各号
 「石川百年史」石林文吉・著
 「和倉温泉のれきし」田川捷一・著(能登印刷出版部)
 「全国乗合自動車総覧」昭和9年発行(鉄道省・編)
 「全国バス路線便覧」昭和34年・39年版(全国旅客自動車要覧編集室)


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[▼]停留所一覧

↓ 和倉線 ↓ (フリーバス区間・和倉温泉→香島)
七 尾 駅 前ななおえきまえ *起終点
小丸山城址公園こまるやまじょうしこうえん *15年3月「小丸山公園下」より改称
小  島  橋こじまばし  
小島町三丁目こじままちさんちょうめ  
津  向  町つむぎまち  
松 百 新 町まっとうしんまち  
国立七尾病院前こくりつななおびょういんまえ  
松   百まっとう  
祖   浜そはま  
石  崎  口いっさきぐち  
和倉温泉駅前わくらおんせんえきまえ*16年4月「和倉駅前」より改称
香島中学校前かしまちゅうがっこうまえ ラケット起点
香   島かしま ↓ *17年4月「温泉口」より改称
和倉小学校前わくらしょうがっこうまえ
お祭り会館前おまつりかいかんまえ ↓ *2020年4月「観光会館前」より改称
和 倉 温 泉わくらおんせんバスターミナル ↓ *起終点
(集約停留所)  ↓ *能登島交通、加越能「和倉温泉」隣接
(集約停留所)  ↓ *美湾荘・あえの風
(集約停留所)  ↓ *海望
インフォメーション  ↓ *インフォメーション広場前
(集約停留所)  ↓ *寿苑・のと楽
(集約停留所)  ↓ *ホテルα-1
(香   島)かしま
(香島中学校前)かしまちゅうがっこうまえ ラケット終点
↓ 食祭市場経由 ↓
(七 尾 駅 前)ななおえきまえ *起終点
桧  物  町ひものちょう *旧読み方「ひものまち」
能登食祭市場のとしょくさいいちば  
寿   町ことぶきちょう  
恵 寿 病 院 前けいじゅびょういんまえ *15年3月「桜町」より改称
つ つ じ ケ 浜つつじがはま  
西湊合同庁舎前にしみなとごうどうちょうしゃまえ *16年4月「七尾車庫前」より改称
(津  向  町)つむぎまち  
↓ 石崎漁港ゆき ↓
(石  崎  口)いっさきぐち  
石崎小学校前いっさきしょうがっこうまえ  
石崎駐在所前いっさきちゅうざいしょまえ  
石 崎 東 4 区いっさきまちひがし4く *丸板、放送は「石崎町東4区」
石 崎 漁 港 前いっさきぎょこうまえ *起終点
↓ 能登病院ゆき ↓
(小丸山城址公園)こまるやまじょうしこうえん *15年3月「小丸山公園下」より改称
七尾美術館前ななおびじゅつかんまえ  
公立能登総合病院こうりつのとそうごうびょういんまえ *終点
↓ 能登病院(岩屋経由) ↓
(公立能登総合病院)こうりつのとそうごうびょういんまえ *起点
岩  屋  町いわやまち *「岩屋化石層前」だが和倉線では運賃表、放送ともに岩屋町
西  藤  橋にしふじはし  
(小丸山城址公園)こまるやまじょうしこうえん *15年3月「小丸山公園下」より改称
(七 尾 駅 前)ななおえきまえ *終点

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