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曲線| まがり線 能登島交通
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公立能登総合病院〜七尾駅前和倉温泉駅前大橋駐車場〜マリンパーク島の湯〜のとじま臨海公園

最終修正:2021.04.01 (57R)

 
 ノンステップバスが能登島大橋を駆ける


MORI SAKETEN.com SINCE 2003

●能登島つれづれ

 ・ 路線名
 ・ 系 統
 ・ 歴 史
 ・ 小ネタ
 ・ ちょっとひと浴び
 ・ 乗車のヒント
 ・ 参考文献
 ・ 停留所一覧

 石川県の形を“ボールを握った左手”になぞらえると、能登島はちょうどその手のなかにあるボールの位置に当たります。七尾湾に囲まれて浮かぶ能登島は、東西13km、南北6km、周囲72km。北陸3県では最大の規模を持つ島です。

 能登島交通(株)はその能登島にて路線網を展開しているバス事業者で、北陸鉄道グループには属しておらず、まったく独立した事業者です。

 かつては七尾〜佐波間のフェリーボートに接続して島内3方面へ路線を展開していたそうですが、能登島大橋が開通した現在は海を渡って七尾市内へと乗り入れています。

 本路線は能登島バスの本線といえる路線で、他の2路線とは島内の結節点で接続しています。

 車窓で特筆されるのは、なんといっても能登島大橋。七尾湾を豪快に渡って島へと達する巨大な橋ですが、1,050mという橋長を誇りながら、吊橋やアーチ橋ではなく普通のコンクリート橋であるため、車窓からの七尾湾の眺めをさえぎるものは何もありません。

 能登島バスでは「ななお わく楽フリーきっぷ」は使えませんのでご留意下さい。


[▼]路線名

 当初はフェリーボートに接続する路線として、波止場〜曲間で発足。ほかの2路線と同じ条件のひなびたローカルバスに過ぎなかったものと思いますが、能登島大橋の架橋を機にのとじま臨海公園がオープン。そこへのアクセス路線として七尾本土へと直接乗り入れを開始し、一躍能登島バスのフラッグシップの座を射止めました。

 「曲」という地名は、海岸が曲がり込んでに鈎状になっているからで、いにしえの時代は“鈎”や“勾”と書いて「まがり」と読んだともいわれています。


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[▼]系 統


           曲漁港前 曲    祖母ケ浦◎─○─○えの目
 のとじま臨海公園◎    ◎ 入          八  \
         |     \口          ケ   ○勝尾崎口
         └───○──○─┬─┐      崎   |
             曲    | |          ○長崎
              美術館前○ ○向田公園前     |
                    |     野崎口○─○野崎
        南◎     向田宮ノ前○────┐  /
         |\         |  二穴○─○日出ケ島
   ○田尻・久木| \ 能登島郵便局前○
  /|     |  \       ├○   
通○ ○百万石  ○無関 ○──────┤健康センター
 | |    /    別所     |
 └─┼───○閨           ○能登島市民センター
   |          波 本   |
   ○ビハーラの里前 須 止 佐 久 |
   |        曽 場 波 美/
   ○半の浦     ○─○─○─○─◎マリンパーク 
    \      /         島の湯
 妙万寺前○    ○能登島大橋入口
      \  /
   和イ  \/
   倉ン  /
    フ ├◎大橋駐車場
    ォ |
    メ |(能登島大橋)
    | |
  和 シ ○大鳥浜団地前
  倉 ョ |                べ
  温 ン ○和倉温泉東口     国七   イ 恵
  泉 前 |           立尾 松 モ 寿
 ┌○→○→┼→○浜岡クリニック前  病 百 | 病
 ↑    ↓  \         院 新 ル 院
 └○←○←┴←○←\        前 町 前 前
  観 和   浜  ○─○─○─○─○─○─○─○──┐
  光 倉   岡  和 石 祖 松          ○食祭市場
  会 小   ク  倉 崎 浜 百          |
  館 学   リ  温 口          ┌─○─○七尾駅前
  前 校   ニ  泉     小丸山台1丁目| 小  
    前   ッ  駅          ○─┘ 丸
        ク  前         /    山
        前   公立能登総合病院◎     公
                          園
                          下

 能登島バスの路線にはこの曲線のほかに、南線祖母ヶ浦線の島内路線があり、七尾市内へ乗り入れる本路線を幹線とし、ほかの2路線は島内の結節点で接続する支線的な存在となっています。

のとじま  曲漁港前 曲
臨海公園◎    ◎ 入
    |     \口
    └───○──○─┬─┐
        曲    | |
         美術館前○ ○向田公園前
               |
          向田宮ノ前○
               |
        能登島郵便局前○
               ├○健康センター
               |
               ○能登島市民センター
         波 本   |
       須 止 佐 久 |
       曽 場 波 美/
   和   ○─○─○─○─○マリンパーク島の湯
   倉  /
   イ ○能登島大橋入口
   ン |
   フ ├○大橋駐車場
   ォ |
   メ |(能登島大橋)
   | |
 和 シ ○大鳥浜団地前
 倉 ョ |                べ
 温 ン ○和倉温泉東口     国七   イ 恵
 泉 前 |           立尾 松 モ 寿
┌○→○→┼→○浜岡クリニック前  病 百 | 病
|    ↓  \         院 新 ル 院
└○←○←┴←○←\        前 町 前 前
 観 和   浜  ○─○─○─○─○─○─○─○──┐
 光 倉   岡  和 石 祖 松          ○食祭市場
 会 小   ク  倉 崎 浜 百          |
 館 学   リ  温 口          ┌─○─○七尾駅前
 前 校   ニ  泉     小丸山台1丁目| 小  
   前   ッ  駅          ○─┘ 丸公
       ク  前         /    山園
       前   公立能登総合病院◎      下

 ・ 公立能登総合病院〜のとじま臨海公園

 能登島バスのメインといえる系統です。

 七尾市内では、途中北鉄バスにおいて停留所が設置されている「桧物町」「寿町」「西湊合同庁舎前」「津向町」「香島」には停車しません。

 また「七尾駅前」ではターミナル外のパトリア前に、「和倉温泉」ではつじ薬局前のフリーバス集約乗降場の位置に独自の停留所が設置されているほか、北鉄バスのつつじケ浜の位置は「ベイモール前」、香島中学校前は「浜岡クリニック前」と名称が異なっています。

 「美術館前」では、降車はガラス美術館の正門前ですが、乗車場所は坂を下った道の駅のとじまの向かい側となります。

 終点の「のとじま臨海公園」は、公園というよりも「のとじま水族館」で有名です。石川県唯一のこの水族館では、世界最大の魚類であるジンベイザメなど美しい海の生き物と対面することができるほか、名物のイルカショーも人気です。

 
 ▲のとじま臨海公園にて


 ・ 曲漁港前発着便

 のとじま臨海公園発着のメイン系統のほか、朝夕には「曲漁港前」発着の便もありますが、復路のバスは全くありませんので趣味的な乗車には非常に難易度が高いと思います。

 
 ▲通称“お魚バス”と呼ばれる楽しげなペイントバス


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[▼]歴 史

 ・ 曲線の歴史
 ・ (廃止路線)北陸鉄道能登島線について

 ・ 曲線の歴史

 昭和57年(1982年)4月3日に能登島大橋が架橋される以前の能登島は、島なのですから当然ですが、本土と陸続きにはなっておらず、七尾から船で渡るしか行くことのできない島でした。このため、島内では島内のみのバスが独自に発達していたようです。

 能登島を走ったバスの記録でもっとも古いものは、どうやら臨時運営の国鉄バスだったことが分かっています。

 国鉄OBの方々がそれぞれの回顧録を記した「青い道」という文集に掲載されている文章に、昭和20年代に国鉄バス穴水自動車営業所で能登島島内バスの臨時運営に携わったという一文が見受けられます。

 開始時期や運行形態についての詳しい記述はなく、単に「能登島島内バスの臨時運営や僻地開発のための路線設定、鮮魚輸送のためのトラック輸送も開始した」とあるだけなので、どのような路線をどのような形で運行していたかは不明ですが、少なくともこの時期の能登島で、国鉄による臨時運営のバスが運行されていたことは確かです。

 その後もかつて西島方面へ運航されていたという汽船を代替する便として、船会社であった能登商船(株)が汽船に接続した「西島線」バスを運行したり、同じく中乃島航路の汽船に接続した町営のマイクロバスが佐波波止場〜向田間のみを運行していたこともあったようですが、島内での本格的な路線バス運行については昭和42年(1967年)12月15日に発足した「能登島バス運輸(株)」による路線バス開始まで待たなければならないようです。

 この能登島バス運輸(株)は現在の能登島交通(株)の前身となるバス事業者です。昭和41年(1966年)7月1日にフェリーボート「はまなす」が5往復就航したことを契機に佐波フェリー基地と各集落を結ぶバス誘致の機運が高まったものの、民間事業者では赤字経営を余儀なくされることが予想されたため、第3セクター方式により、能登島町、能登島町農協、建設業者、自動車業者団体、能登商船(株)、そして島内の全集落が出資して設立されたものということです。

 「未来への懸け橋 ビジュアル町史 能登島町」によると、昭和43年(1968年)5月13日からバスの運行が開始されている模様です。

 七尾〜佐波間に5往復運航されていた中乃島線フェリーボートに接続し、佐波の「波止場」(はとば)から各方面へバスを運行。この曲線に関係する方面では波止場〜曲試験場前間が運行されていたようですが、当時は能登島大橋ものとじま水族館もなく、いまでこそ七尾市内へ乗り入れるメイン路線という立場にある曲線も、当時は他の路線と立場を同じくするローカル路線として運行されていた様子です。

 昭和45年(1970年)6月1日には能登島中学校の新校舎での授業が開始されており、このタイミングで「中学校前」停留所が開設されたのではないかと思われます。

 同校は昭和43年(1968年)4月1日に島内の東部、中部、西部の3中学校が統合して発足したもので、統合後もこの新校舎の完成まではそれぞれの旧校舎で授業が行われていたようですね。

 昭和49年(1974年)12月当時の運賃区界停留所は、波止場、本佐波、久美、中学校前、向田宮の前、曲、曲試験場前となっていたようです。波止場〜曲試験場前間の運賃は110円となっていました。初乗り運賃が40円の時代です。

曲試験場前◎─○曲
        \
         ───┐
            |
            |
       向田宮の前○
            |
      波 本   |
      止 佐 久 ○中学校前
      場 波 美/
      ◎─○─○

 なお、「能登島バス運輸」という社名についてですが、昭和50年(1975年)11月7日付け北國新聞朝刊に掲載されているバス運賃値上げを報じる記事では「能登島バス」として紹介されているものの、昭和52年(1977年)11月23日に掲載された同様のバス運賃値上げの記事では社名が「能登島交通」として記載されており、遅くともこの時点までには「能登島交通」という社名となっていた様子がうかがえます。

 昭和54年(1979年)12月現在の曲線の運賃は、初乗り運賃は80円、波止場〜曲試験場前間の運賃は220円と、わずか5年で2倍になっていたようです。オイルショックによる狂乱物価のほどがうかがえます。

 昭和55年(1980年)4月7日には向田交差点に島内で初めての信号機が設置されたようです。それまでは能登島に信号は一つもなく、能登島交通(株)のバスが信号待ちをするという光景は、この日が最初だったことになります。

 そんな能登島交通(株)と曲線をとりまく環境が劇的に変貌するのが、昭和57年(1982年)4月3日午後の能登島大橋開通です。

 
 ▲歴史を変えた能登島大橋

 それまで佐波〜七尾間のフェリーボートのみに委ねられていた本土との間が陸路で繋がったことから、曲線は翌日4月4日より能登島大橋を渡って七尾市内へ直接乗り入れ。七尾駅前を経て、本土側のフェリーのりばだった「七尾波止場」を七尾での発着場所としています。

  ◎曲試験場前
   \ 
   曲○
     \曲入口
      ○───┐
          |
      向田局前○
          |
     向田宮ノ前○
          |
          |
          ○能登島役場前
    波 本   |
  須 止 佐 久 ○中学校前
  曽 場 波 美/
  ○─○─○─○
 /
○能登島大橋入口
|
├○大橋駐車場
|
|(能登島大橋)
|
|
 \
  \
   \   国立七尾病院前
和倉駅前○──○──┐   ◎七尾波止場
          |   |
          |   ○七尾駅前
          └───┘

 能登島大橋架橋以前にフェリーが佐波〜七尾波止場間に5便就航していたことを踏まえ、常時5往復と季節便(土日祝と4月〜11月末の毎日)3往復の計8往復が画期的な直通運行を開始。また他の島内路線である南線、通線、祖母ヶ浦線も始発地が「波止場」(佐波)から「大橋駐車場」に変更され、曲線と連絡しあう形に変更されています。

 なお、能登島大橋は当時は有料道路でしたが(平成10年(1998年)7月1日に無料化)、路線バスに関しては全額が県費補助の対象となっていたようで、運賃にはとくに加算されていませんでした。

 能登島大橋を渡った先、七尾市内の和倉駅前〜七尾波止場間においては、北陸鉄道(株)および当時和高急行線を運行していた加越能鉄道(株)、当時鹿島線の免許を持っていた国鉄バスとの運輸協定を結び、七尾方向は降車専用、能登島方向は乗車専用とするクローズドドアが採用されています。このため、七尾市内〜和倉駅前間のみの利用はできないという運行体系となりました。

 「能登島町史 通史編」に掲載されている路線図によれば、七尾市内側では「和倉駅前」「国立七尾病院前」「七尾駅前」「七尾波止場」の4ヶ所のみの停車で、その他の停留所は通過となっていたようです。

 また、七尾駅前では現在もそうですがターミナル内には乗り入れず、当時は駅から徒歩2分の小西タイヤ商会前のポール停留所に停車していました。これは現在、能登島からの到着便が使用しているのりばに当たります。

 
 ▲旧能登島バスのりば(小西タイヤ商会前)

 昭和57年(1982年)7月3日には曲地内に開園した「のとじま臨海公園」(のとじま水族館)への延伸が実施され、観光利用も急増。これにより曲線はほかの2路線とは一線を画し、能登島交通を代表する路線へと成長していくことになります。

 このとき、従来の曲停留所とは別に臨海公園への取り付け道路上に新しい「曲」停留所が新設され、旧来の「曲」停留所は朝夕に残された曲発着便のみが乗り入れるバス停となっていったのではないかと思われます(現:曲漁港前)。

◎のとじま臨海公園
 \
  ○曲試験場前
  |:
  | : 
  |曲◎
  |  \曲入口
 曲○───○───┐
          |
      向田局前○
          |
     向田宮ノ前○
          |
          |
          ○能登島役場前
    波 本   |
  須 止 佐 久 ○中学校前
  曽 場 波 美/
  ○─○─○─○
 /
○能登島大橋入口
|
├○大橋駐車場
|
|(能登島大橋)
|
|
 \
  \
   \   国立七尾病院前
和倉駅前○──○──┐   ◎七尾波止場
          |   |
          |   ○七尾駅前
          └───┘

 その後、昭和58年(1983年)5月8日を最後に七尾〜佐波間のフェリーボートは全便廃止となり、この日、廃航式が行われているようです。これにより能登島へ渡る公共交通機関は路線バスだけとなり、いよいよ重要性が増すこととなりました。

 広報「のとじま」昭和59年(1984年)2月号によると、同年2月10日から七尾市内で「小丸山公園下」「小島橋」の2停留所が新設され、これにより従来は停車していた「国立七尾病院前」停留所が廃止となったということです。この頃は北陸鉄道(株)との協定により、停車できる停留所の数が限られていたのでしょう。

 「能登の旅`84」というパンフレットに掲載されている昭和59年(1984年)4月1日現在の時刻表によると、当時の曲線は次の通りの運行本数だったようです。
 ◆七尾波止場〜のとじま臨海公園 3.5往復
 ◆七尾波止場〜曲        1.5往復
 ◆和倉駅前〜のとじま臨海公園  月金2往復(冬季運休)
                 土曜3往復(冬季1.5往復)
                 日祝3往復(冬季1往復)

 七尾乗り入れ便が計5往復のほか、和倉駅前発着の区間便も繁忙期中心に運行されていた模様です。当時は本土側に和倉温泉東口バス停が設置されておらず、和倉駅前〜大橋駐車場間ノンストップですので、この便は北鉄との運輸協定の範囲外で自由にやっていたのでしょう。

 宮脇俊三先生の『ローカルバスの終点へ』には、昭和62年(1987年)11月30日当時の七尾波止場バス乗り場の様子が次のように描写されています。
『能登島交通のバスターミナルは、吹きっさらしの波止場にある木造の古びた建物であった。入口には「能登海上観光株式会社」と書かれた大きな板が掛けられている。ここが能登島への渡船場だったのである。
 建物の外側には、船の切符売場の跡の小さな窓口が三つ並び、「東島」「中乃島」「西島」と書かれたペンキが剥げかけている。』

 この当時の七尾波止場バス停が、フェリー時代の建物をそのまま使用していたことは間違いなさそうです。しかも「中乃島」のみならず「東島」、さらには「西島」航路の窓口まであるということは、相当に古い時代からの建物だったものと思われます。

 「能登海上観光(株)」は、昭和57年(1982年)12月23日に能登商船(株)が担当していた七尾〜須曽、七尾〜飯田間の航路が廃止されたあと、府中波止場を拠点として七尾湾で観光遊覧船を運航していた会社のようです。航路が廃止されたあと、その建物を譲り受けていたのかも知れませんね。

 宮脇先生はまた、このように書いています。
 『扉をあけて中に入ると、広い待合室があり、壁にバス路線図が掲げてある。それによると、能登島内で路線が三つに分れ、かつての三村へと向かっている。船からバスに代っても、交通体系は変っていないのだ。バスの起点が「駅前」ではなく「波止場」となっているのも、唯一の交通機関であった船への仁義のように思われる。』

 この「路線図」は、もしかすると大橋駐車場のバス乗り場に掲げてある路線図と同様のものだったのかも知れませんね。

 
 ▲大橋駐車場バス停にある路線図

 昭和63年(1988年)1月24日からは北陸鉄道(株)も大橋を渡って能登島への乗り入れを開始していますが、これは能登島交通(株)側が従来の5往復から2便増便して7便体制にしたいと北鉄に申し入れたのに対し、北鉄がその計画を受け入れる見返りとして能登島町内への路線バス開設を求め、双方が合意したという経緯があるようです。

 これに際しては北鉄側でも能登島島内(大橋駐車場〜のとじま臨海公園間)でクローズドドア制が採用され、互いの営業エリアでの競合を避けています。また、このときから曲線の本数は7往復に増強されたため、北鉄便3往復とあわせ、七尾〜能登島間の運行本数は10往復と充実することになりました。

 あわせて、和倉温泉街にほど近い場所に「和倉温泉東口」停留所の新設が行われ、和倉温泉から能登島への観光利用に対応されています。

 しかし、七尾駅前での能登島交通(株)のりばが依然として「小西タイヤ商会前」のポール停留所だったのに対し、北鉄便はターミナル内で発着。和倉温泉に至っては能登島交通は温泉街に入れてすらもらえず、和倉温泉東交差点を右折してすぐの「和倉温泉東口」を和倉温泉の最寄りバス停とするなど、共同運行と言いながらも、ほぼ競合に近い形での両者といえました。

 
 ▲能登島バスの旧カラー

 平成元年(1991年)7月発行の北鉄時刻表によると、能登島交通(株)担当便の運行本数は次の通りで、全便が七尾波止場〜のとじま臨海公園間での運行に統一されていたようです。
 ◆七尾波止場〜のとじま臨海公園 7往復

 平成3年(1991年)9月21日には旧府中波止場跡に七尾フィッシャーマンズワーフ「能登食祭市場」がオープンしています。このとき七尾波止場のバス乗り場にあったという「木造の古びた建物」は撤去された可能性が高そうです。

 この平成3年(1991年)に発刊された住宅地図を見るに、「七尾波止場」のバス停はちょうど現在のコミュニティバス「まりん号」の能登食祭市場バス停付近にあたる市場構内に1ヶ所と、もう一つ現在の府中町交差点南側、いまは「うどんそば山藤家」になっているあたりにも「七尾波止場」バス停が描画されていました。

 能登島交通(株)が前者の方を使っていたのは間違いなさそうですが、北鉄担当便はそこへは入らず、後者の路上バス停としていたのでしょうか?

 また、同じ住宅地図を見るに、この頃までには朝夕に一部存在する曲発着便のみが乗り入れる旧来からの「曲」停留所が「曲漁港前」という独立した停留所名となっているようです。

 平成2年(1990年)〜平成7年(1995年)にかけてのいずれかの時期には、佐波地内のバイパス新道完成に伴い、元は旧道の佐波橋東側にあった「本佐波」停留所が新道上へと移設されているものと思われます。

至    (旧)     至
・    本佐波     ・
波──・・・・●・・・──久
止  \      /  美
場   ────○─
    (新)本佐波

 さらに遅くとも平成7年(1995年)頃までには、曲〜のとじま臨海公園間の経路が変更され、西側から回り込む形の経路に。これによって、旧ルート上にあった初代の終点「曲試験場前」停留所が廃止されているのではないかと想像されます。

のとじま
臨海公園
┌──◎・・
|    :
|    ●曲試験場前
|    : 
|    :   ◎
|    : 曲漁港\   至
└────○─────○──・
     曲   曲入口  佐
              波

 

 平成7年(1995年)発刊の住宅地図によると、「七尾波止場」停留所は府中町交差点東側、海岸通り沿いの能登食祭市場第2駐車場前に1ヶ所のみ表記されていました。食祭市場付近の開発とともに、能登島交通(株)、北鉄ともこの場所へと移設されていたのでしょうか?

 また、遅くとも平成8年(1996年)3月頃までのいずれかの時期には、「ガラス美術館」(平成3年(1991年)7月29日開館)への新たなアクセス道路として北側からの取り付け道路が整備されており、おそらくはこれを契機として、曲線が立ち寄り方式で「美術館前」停留所へ乗り入れるようになっているものと思われます。乗り入れ当初は間合い運用としてのとじま臨海公園〜美術館前間のみの区間便が運行されていた時期もありました。

 この時点での七尾市内の停留所は、七尾波止場、七尾駅前、小丸山公園下、小島橋、国立七尾病院前、和倉駅前、和倉温泉東口の順となっていました。昭和59年(1984年)2月10日に停車しなくなっていた「国立七尾病院前」に再び停車するようになっていることが分かります。

の臨  曲
と海  漁
じ公  港
ま園  前 曲
◎   ◎ 入
|  曲 \口
└──○──○─┬─┐
        | |
    美術館前◎ ○向田局前
          |
     向田宮ノ前○
          |
          |
          ○能登島役場前
    波 本   |
  須 止 佐 久 ○中学校前
  曽 場 波 美/
  ○─○─○─○
 /
○能登島大橋入口
|
├○大橋駐車場
|
|(能登島大橋)
|
○和倉温泉東口
|
 \
  \
   \   国立七尾病院前
和倉駅前○──○──┐    ◎七尾波止場
          ○小島橋 |
          |    ○七尾駅前
          └─○──┘
            小丸山公園下

 
 ▲のとじま臨海公園の初代“お魚バス”

 平成8年(1996年)6月発行の北鉄時刻表によると、この当時の能登島交通(株)担当便の運行本数は次の通り記載されており、計7往復となっていました。このほか実際には島内のガラス美術館発着区間便もあったものと思われます。
 ◆七尾波止場〜のとじま臨海公園 5.5往復
 ◆七尾波止場〜曲漁港前     1.5往復

 平成12年(2000年)7月31日時点の七尾駅前センター作成時刻表によれば、能登島交通(株)担当便の運行本数は次の通りで、4年前と同じ状況となっていました。
 ◆七尾波止場〜のとじま臨海公園 5.5往復
 ◆七尾波止場〜曲漁港前     1.5往復

 しかし平成12年(2000年)10月1日に七尾側の起点が「公立能登総合病院前」へ変更され、これと同時に当初の発着点だった「七尾波止場」停留所は廃止となり、フェリーボート時代の面影を残すバス停名は消滅しました。

 あわせて七尾駅〜国立七尾病院前間の経路も従来の小島橋経由から「食祭市場」経由に変更。これにより小西タイヤ商会前にあった能登島方向ののりばは現在のパトリア前に変わり、JR七尾駅からのアプロ―チが少し改善されました。また和倉温泉街でもバスターミナルとはいかないまでも、比較的近い場所に「和倉温泉」停留所が新設されています。

 平成13年(2001年)7月3日には「ひょっこり温泉島の湯」がオープンしており、これに前後して久美〜中学校前間で「マリンパーク・島の湯」停留所への乗り入れが開始されているものと思われます。

 
 ▲のびやかな大橋は絵のように美しい

 また、平成14年(2002年)4月1日からは北鉄グループとの間で取り決められていたクローズドドア制が廃止され、七尾本土側である公立能登総合病院〜和倉温泉東口間のみでの区間利用もできるようになりました。これは平成14年(2002年)3月31日限りで七尾バス(株)の能登島線が廃止されたこともあってのものと想像されます。

 これにより、七尾市内でも「祖浜」「石崎口」などが停車停留所に加わったほか、「浜岡クリニック前」(当初は七尾市内方向のみ)および「大鳥浜団地前」と和倉地区での停留所新設も相次いで行われました。

【和倉温泉内】
      ┌─→─┐
ターミナル→|▲  ○和倉温泉
      |   |
 和倉   ○   ○和倉インフォメーション前
 観光会館前|   |
      ↑   ↓                  至
和倉小学校前○   |                  ・
      ├─←─┼─○───○────=====─┬─臨
      |   |和倉温泉 大鳥浜  能登島大橋 ○ 海
      |   |東口   団地前        大 公
      ↑   ↓                橋 園
      |   ○浜岡クリニック前        駐
      |   |                車
      └───┤                場
          |   至
     和倉温泉駅○─○─・
            石 七
            崎 尾
            口


【のとじま臨海公園ゆきの順路】

      ┌──→┐
      ↑   ○和倉温泉
      |   ↓
 和倉   ○   ○和倉インフォメーション前
 観光会館前↑   ↓
      |   |                至
和倉小学校前○   ↓                ・
      ├   ┼→○──→○───→=====→臨
      ↑    和倉温泉 大鳥浜  能登島大橋 海
      |    東口   団地前        公
      |                    園
      ↑
      |
      └←──┤
          ↑ 至
     和倉温泉駅○←・
            七
            尾


【七尾・能登総合病院ゆきの順路】

      ┌──→┐
      ↑   ○和倉温泉
      |   ↓
 和倉   ○   ○和倉インフォメーション前
 観光会館前↑   ↓
      |   |                至
和倉小学校前○   ↓                ・
      ├←──┼←○←──○←───=====←臨
          |和倉温泉 大鳥浜  能登島大橋 海
          |東口   団地前        公
          ↓                園
          ○浜岡クリニック前
          ↓
          ┤
          ↓ 至
     和倉温泉駅○→・
            七
            尾

 また遅くとも平成16年(2004年)4月1日までに向田局前停留所が「向田公園前」と改称されています。これは停留所前にあった向田郵便局が移転し、能登島郵便局となったことに対応されたものと思われます。

 この時点の曲線の運行系統とその本数は次の通りで、全体としての本数は8往復となっていました。
 ◆能登病院〜和倉温泉〜島の湯〜美術館前〜臨海公園 5.5往復
 ◆能登病院→和倉温泉→島の湯経由せず→臨海公園  片道1本
 ◆能登病院→和倉温泉→島の湯→曲漁港前      片道2本
 ◆曲漁港前→島の湯・和倉温泉経由せず→能登病院  片道2本

 平成16年(2004年)10月1日に能登島町は七尾市、田鶴浜町、中島町と合併して新「七尾市」となり、同時に「能登島役場前」停留所は「能登島市民センター」と改称されました。

 
 ▲大橋駐車場にて、島内路線と接続

 平成21年(2009年)4月1日には島内で運行されていた福祉巡回バスが廃止されたことにより「健康センター」停留所が新設されています。

 また、少なくともこの時点までに「桜町」停留所が「恵寿病院前」と改称されているほか、海員学校跡地にて平成20年(2008年)3月27日に「ベイモール」がオープンしたことにあわせ、北鉄バス「つつじケ浜」停留所に隣接して「ベイモール前」停留所が新設されました。また、「浜岡クリニック前」は和倉温泉・能登島方向についても停車するようになり、北鉄「香島中学校前」隣接地にバス停が増設されました。

 この改正時点の運行本数は次の通りで、5年前のものと同様となっていました。
 ◆能登病院〜和倉温泉〜島の湯〜美術館前〜臨海公園 5.5往復
 ◆能登病院→和倉温泉→島の湯経由せず→臨海公園  片道1本
 ◆能登病院→和倉温泉→島の湯→曲漁港前      片道2本
 ◆曲漁港前→島の湯・和倉温泉経由せず→能登病院  片道2本

 平成24年(2012年)4月1日には能登島中学校と香島中学校が合併し、能登香島中学校が発足。能登香島中学校正門前に「中学校前」停留所が新設されていますが、このバス停はスクール便のみが停車するため、一般利用はできません。なお、旧能登島中学校の最寄りであった島内の「中学校前」停留所も引き続き存続しており、停留所名の改称も行われていません。

 
 ▲能登島からの通学便

 平成27年(2015年)3月14日からは和倉観光会館前8:35発のとじま臨海公園ゆきの区間便が朝に片道1本新設されています。時刻表には「臨時便」と書かれていますが、これは旅館のチェックアウト後、水族館へ向かう観光客の利用に特化した便となっています。

 平成29年(2017年)7月20日からは「のとじま水族館」をPRする全面ラッピングの施された中型新車1両が導入され、曲線を4往復する就務にて活躍が開始されました。

 ラッピングのデザインは金沢市内の北鉄バスに存在するのとじま水族館ラッピングバスと似た雰囲気のもので、園内を散歩するペンギンや水槽を泳ぐジンベエザメ、イルカショーなどが楽しげにデザインされています。また、この車両には同社では初のLED式行き先表示が採用されました。

 
 ▲新車のラッピングバス

 令和2年(2020年)4月1日より健康センター〜向田宮ノ前間に「能登島郵便局前」停留所が新設され、一方で中学校が廃校になって久しく、なにもないバス停と化していた「中学校前」停留所は廃止となりました。


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   + + + + +

 ・ (廃止路線)北陸鉄道「能登島線」について

 前述のように、かつては北陸鉄道グループも能登島大橋を渡って能登島へと路線バスを運行していました。路線名は「能登島線」で、運行経路は七尾波止場〜七尾駅前〜和倉温泉〜のとじま臨海公園間でした。

   のとじま臨海公園◎  曲
           └──○┐
               |
           向田局前○
               |
          向田宮の前○
               |
         能登島役場前○
               |
             須曽○
              /
             /
            ○大橋駐車場
            ┃(*放送では「能登島大橋駐車場」)
       能登島大橋┃
 和倉温泉○→┐    ┃
     ↑ |    |
観光会館前○ ↓    |
     ↑ |   /
   和倉○ ↓  /    国
 小学校前├←┼─○和倉温泉 立     小   小
     ↑ ↓    東口 七     島   丸
  温泉口○ ○温泉口    尾 松   町   山
      \↓       病 百 津 三 小 公 ◎七尾波止場
 香島中学校前○   祖 松 院 新 向 丁 島 園 |
       |   浜 百 前 町 町 目 町 下 |
   和倉駅前○─○─○─○─○─○─○─○─○─○─◎七尾駅前
         石
         崎
         口

 北陸鉄道(株)能登島線の開業は昭和63年(1988年)1月24日のことです。同年1月7日付け北國新聞朝刊によると、能登島交通(株)が従来は5往復を七尾市内へ乗り入れていたところ、2便増便して7便体制にしたいと北鉄に申し入れたのに対し、北鉄がその計画を受け入れる見返りとして能登島町内への路線バス開設を求め、双方が合意したという経緯があるようです。

 北鉄能登島線が3往復(うち1往復のみ七尾波止場発着)で開業したことにより、能登島交通(株)も増便分を含む7往復を運行することから、七尾〜能登島間のバスはこれ以前の5往復から10往復へと倍増したことになります。

 運行開始初日は七尾駅前11:00発のとじま臨海公園ゆきの発車時に出発式が行われ、当時の水野副社長が、
『能登島大橋の開通以来、両地域の経済など公的交流がより密接になり、利用者の要望にこたえ地域の足を確保することになりました』
 とあいさつ。七尾市内の本宮保育園児より担当運転士への花束贈呈、テープカットのあと、「和倉温泉 能登島臨海公園」との方向幕を出したバスは一路、能登島へ向けて出発していったということです。

 能登島交通(株)が七尾市内(本土側)でクローズドドア制をとっていたのに対し、北鉄バスは島内区間である大橋駐車場〜のとじま臨海公園間をクローズドドアとし、島内では臨海公園ゆきは降車専用、七尾駅前ゆきは乗車専用としていました。

 また、島内では「大橋駐車場」「須曽」「能登島役場前」「向田宮の前」「曲」「のとじま臨海公園」のみの停車となり、その後「ガラス美術館」などがオープンしたあとも停留所は新設されませんでした。

 和倉温泉〜和倉温泉東口間は和倉線とともに開業当初からフリーバス区間に指定され、停留所以外のフリーバス集約停留所で自由に乗り降りできるようになっていました。

 鳴り物入りで開設された能登島線ですが、しかし、石川県立図書館に所蔵されている社内報「ほくてつ」平成2年(1990年)4月号によると、本路線は営業係数(100円の収入を得るのに必要な費用を示す指標)が200を超えていた赤字路線としてリストアップされており、昭和63年度(1988年度)の営業係数は313、つまり100円の収入を得るために313円の費用が必要な路線となっていたようです。

 これを思うと、需要を見込んでの参入というよりも、自社のエリアでほかの事業者が勢力を拡大しようとしていることへの牽制という意味合いもあったのかも知れません。

 わざわざ1往復のみを七尾波止場発着としたのも、能登島交通(株)だけが免許を持っている区間というものを看過できなかったためという可能性もありそうです。

 平成元年(1991年)7月発行の北鉄時刻表によると、能登島線の運行本数は次の通りとなっていたようです。
 ◆七尾波止場〜のとじま臨海公園 1往復
 ◆七尾駅前〜のとじま臨海公園  2往復

 平成10年(1998年)3月15日の大改正で七尾バス(株)へと管理委託されています。

 平成12年(2000年)7月31日改正時点の時刻表によれば能登島線の運行本数は次の通りで、発足当時と同じものとなっていたようです。
 ◆七尾波止場〜のとじま臨海公園 1往復
 ◆七尾駅前〜のとじま臨海公園  2往復

 しかし、そののち平成12年(2000年)10月1日より公立能登総合病院へと乗り入れを開始。七尾波止場発着便が廃止され、代わりに能登食祭市場経由に変更されています。これは能登島交通(株)担当便の病院乗り入れに合わせたものと思われます。

 この時代の能登島線のワンマンテープをお持ちのぽんさんより、掲示板に書き込んでいただいた情報を引用させて頂きます。

▼ぽんさんからのコメントです
 ・和倉温泉街経由ののとじま臨海公園ゆきです。と言っていました。声は末期の温泉特急のテープの人です。

 ・和倉温泉からフリー区間のためテープが手動になりますが、フリー区間終了後もテープは手動のままとなっていました。乗車扱いをしないためかと思います。

 ・大橋駐車場は「能登島大橋駐車場」とコールしていました。

 ・のとじま臨海公園発は、整理券が逆転14で運賃表示器はあらかじめ和倉温泉東口にセットするよう業務放送がありました。行き先放送は、和倉温泉街、食祭市場前経由七尾駅前ゆきです、となってました。七尾ゆきの方はテープスイッチは始発から手動でした。

 ・能登島島内でも普通に停留所放送をしていました。クローズドアであることは往復ともいっさい触れられていませんでした。

 ・路線図ではあやしい書き方になっている和倉温泉街は、和倉温泉東口→和倉小学校→和倉温泉→温泉口の順に停車していました。

 ・和倉駅での列車乗り換え放送は、能登島線でも同様でした。ちなみに和倉温泉以降は行き先放送が「能登食祭市場前経由七尾駅前ゆきです」となっていました。
 (情報ご提供:ぽんさん)

 この時点の七尾駅ゆきの和倉温泉街での経路は、下記の通りとなっていたようですね(開業当時から?)。ということは、この経路を規制緩和後の能登島交通(株)も踏襲したということなのかも知れません。

      ┌○─→┐
      ↑和倉温泉
      |   ↓
 観光会館前○   |
      ↑   ↓
      |   |                至
和倉小学校前○   ↓ 和倉温泉東口         ・
      ├←──┼←○←───←───=====←臨
          |          能登島大橋 海
          ○温泉口             公
          ↓                園
          ○香島中学校前
          |
          ↓ 至
      和倉駅前○→・
            七
            尾

 平成13年(2001年)3月4日改正で正式に七尾バス(株)へと移管されています。

 この改正時点の能登病院時刻表によると、能登島線の能登総合病院乗り入れ便は病院ゆき1本、能登島ゆき2本の計1.5往復となっていたようです。

 

 七尾バス(株)担当となった能登島線ですが、それも束の間、乗合バス規制緩和の年である翌平成14年(2002年)3月31日の運行を最後に廃止となりました。これにより、能登島交通(株)のバスも七尾市内での乗り降りが自由にできるようになり、結果的に便利になったのは皮肉なことです。

 思えば、共同運行とはいえ何となく他人同士という感が強い両者で、クローズドドア制もそうですし、七尾駅、和倉温泉とも能登島交通(株)担当便はターミナルに入れず、北鉄側も能登島島内では主要停留所のみしか停車が認められていないなど、互いに牽制しあっている雰囲気が感じられたものでした。

 能登島線は廃止となりましたが、その後も能登半島定期観光バスの経路として能登島大橋〜島内〜中能登農道橋(ツインブリッジのと)というコースは継続されています。能登島線の残した上陸への第一歩はいまも生きているというわけです。


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[▼]小ネタ

 ・ 中ドアはあっても使用せず

 能登島交通(株)では前乗り前降り制が採用されており、従来はトップドアの車両が連綿と導入されていました。現在は中扉のある車両が導入されていますが、実際には使用されず、やはり確固として前乗り前降り式を守っています。

 中扉は使用するつもりはないものの、バリアフリー法の関係で付けているものと思われます。同じように中扉があるのにあえて使用しない事業者としては岐阜県の濃飛乗合自動車(株)が有名ですね。

 
 ▲中扉はあっても使用せず、荷物置き場に

   + + + + +

 ・ 本社は波止場に

 能登島交通(株)の本社は「波止場」停留所から斜面を下った海岸沿いに位置しています。ここはそのバス停名からも分かるように、かつて能登島のフェリーのりばだったところ。フェリー接続バスだった能登島交通(株)は、いまもかつての港を根城にしているというわけです。

 

 かつてフェリーが着岸していたものと思われる桟橋はいまも残っていますが、発着する船はむろん無く、島民が釣り糸を垂らしているばかり。乗船券うりばや食堂(旧角口食堂)の廃墟も淋しく、バスのエンジン音が響くときだけ、活気が生まれます。

 なお、乗船券うりばの建物は平成31年(2019年)1月時点では残存していましたが、そのときにはすでに朽ち果てており、なかば崩壊が始まっている状況でした。

 遅くとも令和元年(2019年)6月までに解体され、現在は更地となっています。

 
 ▲平成21年(2009年)当時の乗船券うりば跡
 (*営業所員の方より敷地内撮影の許可を得て撮影したものです)


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[▼]ちょっとひと浴び

 ・ ひょっこり温泉 島の湯

 「マリンパーク島の湯」停留所の目の前にあるのが「ひょっこり温泉 島の湯」です。曲線から祖母ヶ浦線、南線との乗り換えを少し遅らせて入浴タイムに充てるのも良いと思います。

 入館料は大人550円。入口の券売機で入館券を購入し、フロントで下足箱の鍵と指定ロッカーキーを交換する方式です。湯の感じは和倉温泉と似ており、なめてみると強い塩気と苦味があります。浴場にはボディソープ、シャンプーの無料備え付けも完備されていますので、タオル1枚持参するだけでOKです。

 入浴後には大広間の休憩室でリラックスしたり、食堂では名物の「能登島バーガー」を味わうこともできます。なかなか満足度の高い施設で、1時間程度ならあっという間です。

 毎月最終金曜日は休湯日となっています。

 


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[▼]乗車のヒント

 能登島交通(株)では中ドアのある車両でも「前乗り・前降り(運賃あとばらい)」で、前ドアしか開閉しません。乗車時は降りる人が済んでから整理券を取って乗車して下さい。

 能登島交通(株)の「七尾駅前」停留所はバスターミナル内ではなく、JR七尾駅を出て左側の、道路を渡った場所にあるショッピングセンター「パトリア」の前です。また「和倉温泉」もバスターミナル内ではなく、その北側の青海荘近くに停留所が設置されています。お気をつけ下さい。

 

 島内路線との乗り換え地点は、南線が「大橋駐車場」、祖母ヶ浦線が「マリンパーク島の湯」です。時刻表では七尾市内のバス停でものとじま臨海公園ゆきと同時刻に南ゆき、祖母ヶ浦ゆきが存在し、あたかも3台のバスが同時に到着するように見えますが、実際には1台のバス(のとじま臨海公園ゆき)に乗り、それぞれの乗り換え地点で乗り換える方式です。

 乗り換え地点で乗り換える際は、降車のとき乗務員さんに告げた上で、整理券を持ったまま次のバスに乗り換えてください。次のバスの運賃表には乗り換える前のバスの整理券番号も表示されますので、目的地では乗り換え前のバスの整理券を使って通し運賃を精算できます。

*運行ダイヤについては能登島交通の公式サイトをご参照下さい。

 バスむすめ。ところでバスが他社のものなんですが……。


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[▼]参考文献

 「北國新聞縮刷版」各号
 「北鉄時刻表」各号
 「青い道」(青い道の会・編)昭和52年
 「能登島町史 通史編」
 「能登島町史 資料編第二巻」
 広報「のとじま」各号
 「未来への懸け橋 ビジュアル町史 能登島町」
 「知られざる北陸路」(今川千栄子・著)
 「ローカルバスの終点へ」(宮脇俊三・著)
 「最新旅行案内10 北陸」昭和36年(日本交通公社)
 「メーサイズ七尾市」各年版(刊広社)
 「能登の旅`84」(能登半島観光協会パンフレット)


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[▼]停留所一覧

↓ 曲線 ↓
公立能登総合病院こうりつのとそうごうびょういん *起終点
小丸山台1丁目こまるやまだい1ちょうめ  
小 丸 山 公 園 下こまるやまこうえんした  
七 尾 駅 前ななおえきまえ *ターミナル外・パトリア前
食 祭 市 場しょくさいいちば  
恵 寿 病 院 前けいじゅびょういんまえ *桜町より改称
ベ イ モ ー ルベイモールまえ *北鉄「つつじヶ浜」に隣接
松 百 新 町まっとうしんまち  
国立七尾病院前こくりつななおびょういんまえ  
松  百まっとう  
祖  浜そはま  
石  崎  口いっさきぐち  
和倉温泉駅前わくらおんせんえきまえ  
浜岡クリニックはまおかクリニックまえ *北鉄「香島中学校前」に隣接
和倉小学校前わくらしょうがっこうまえ  
観 光 会 館 前かんこうかいかんまえ *丸板は「和倉観光会館前」
和 倉 温 泉わくらおんせん *ターミナルではありません
和倉インフォメーションわくらインフォメーションまえ  
和倉温泉東口わくらおんせんひがしぐち  
大鳥浜団地前おおとりはまだんちまえ  
大 橋 駐 車 場おおはしちゅうしゃじょう *南ゆき接続
能登島大橋入口のとじまおおはしいちぐち  
須  曽すそ  
波  止  場はとば *車庫
本  佐  波ほんさなみ  
久  美くみ  
マリンパーク島の湯マリンパークしまのゆ *祖母ヶ浦ゆき接続
能登島市民センターのとじましみんセンター *「能登島役場前」より改称
健 康 セ ン タ ーけんこうセンター *09年4月新設
能登島郵便局前のとじまゆうびんきょくまえ *2020年4月1日新設
向 田 宮 ノ 前こうだみやのまえ  
向 田 公 園 前こうだこうえんまえ  
美 術 館 前びじゅつかんまえ *朝1便は通過
曲  入  口まがりいりぐち  
まがり  
のとじま臨海公園のとじまりんかいこうえん *起終点
↓ 七尾方面ゆきの経路 ↓
(和倉温泉東口)わくらおんせんひがしぐち  
(和倉小学校前)わくらしょうがっこうまえ *能登島方向に停車
(和倉観光会館前)わくらかんこうかいかんまえ *能登島方向に停車
(和 倉 温 泉)わくらおんせん *能登島方向に停車 ターミナル外
(和倉インフォメーション前)わくらインフォメーション *能登島方向に停車
(浜岡クリニック前)はまおかクリニックまえ  
↓ 曲漁港前ゆき ↓
(曲  入  口)まがりいりぐち  
曲 漁 港 前まがりぎょこうまえ *起終点

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