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高速金沢・高岡線| 加越能バス
 HIGHWAY EXPRESS TONAMI & TAKAOKA LINE
 *このページは非公式ファンサイトです

兼六園下香林坊金沢駅前〜(北陸道)〜砺波駅南〜高岡駅前〜加越能バス本社前

最終修正:2021.05.15 (94R)

 
 70周年を迎えた加越能バス


MORI SAKETEN.com SINCE 2003

●三たび復活した高岡への直通路線

 ・ 愛称名
 ・ 系 統
 ・ 歴 史
 ・ 車 両
 ・ 乗車のヒント
 ・ 走行音
 ・ 参考文献
 ・ 停留所一覧

 金沢市と富山県砺波市、高岡市を結ぶ短距離の高速バス路線です。

 高岡側では金沢から鉄道では行きづらい砺波、戸出を経由するなど、バスならではの特性を生かしたルートを採用しています。とくに金沢〜砺波間では最も速く安い公共交通機関となっており、金沢へショッピングに向かう女性客なども目立つほか、砺波チューリップフェアの開催時には補助席まで使っての満員状態も見られました。

 金沢市内〜高岡市内間においてはIRいしかわ鉄道(株)、あいの風とやま鉄道(株)の電車より所要時間こそ上回るものの、運賃は750円と電車よりも断然安く、リクライニングシートで快適に乗車できることから少しずつ利用客が増加しているようにも感じられます。

 現在は加越能バス(株)高岡営業所の単独運行路線となっています。


[▼]愛称名

 本路線の愛称名はとくに設けられていません。


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[▼]系 統

                   志
                   貴
                   野
                   中
                 広 学
                 小 校
                 路 前
        (片原町)・───○─○─┐
             └┬┐     ◎加越能バス本社前
          高岡駅前○↑
              └┴●・(読売会館前)
            (降車場)|
        (駅南三丁目)・─・(舘川町)
               |
           瑞龍寺口○
               |
        イオンモール口○
               |
         (佐野)・─・(二塚西)
             |
             ○戸出4丁目
             |
             ○砺波市役所前
             |
    砺波駅南○─┼──・(山王町)
          |
      (大辻)・──・(砺波IC前)
(金沢東IC)      |
   ▲━━━━━━━━━▲(砺波IC)
   |   北陸道
金  ○高柳
沢  |
駅  ○金沢東警察署前
◎──┘
 \
  ○武蔵ヶ辻
  |
  ○南町
  |
  ○──○───◎
  香  広   兼
  林  坂   六
  坊      園
         下

 金沢東IC〜砺波IC間で北陸道を走行しますが、走行時間はわずかで、大部分が一般道走行となっているという異色の高速バスです。乗車時間が1時間半程度の短距離便のため、途中での休憩はありません。車内にトイレもありませんので事前にお済ませ下さい。


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[▼]車 両

 加越能バス(株)の4列シート車両が常用されています。短距離の路線ですので、車内にトイレはありません。また途中、サービスエリア等での休憩もありませんので、乗車前に済ませておきましょう。

 
 ▲石川橋をくぐり、兼六園下を出発

 また、朝の高岡→金沢間の始発便および金沢→高岡の夕方の便には三井アウトレットパーク北陸小矢部線に使用される車両が回送を兼ねて充当されます。

 ::: リクライニングシートの取り扱い方 :::

 高速バスの座席はリクライニングシートになっており、背もたれを倒すことで快適に過ごすことができます。

(1)座席を倒す前に
 後ろにほかの人がいないか確認してください。後ろに人がいる場合は、必ず「倒していいですか?」と一声かけてください。

(2)座席を倒すには
 左右どちらかの肘掛け下(座席や車両によって異なります)にある「ツマミ」を手前上方に引き上げ、背中の重みを背もたれにかけると、背もたれは後方に倒れます。(*車両によっては通路側はボタン式の場合もあります)

(3)座席を戻すには
 背もたれを戻すときは背中を浮かせて「ツマミ」を手前上方に引き上げると、自然に戻ります。

(4)降りるときのマナー
 降りるときは背もたれを戻すのがマナーです(立つ鳥あとを濁さず)。後ろの人が出やすくなるほか、乗務員さんが終点で点検する時に喜ばれます。良い旅はお互い様の気持ちから。

 座席。
 ▲リクライニングシートの例


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[▼]歴 史

 ・ (廃止路線)金高急行線について
 ・ (廃止路線)高岡特急線について
 ・ 高速バス砺波・高岡線の歴史

 現在の「高速バス金沢・高岡線」は金沢市と高岡市を直通で結ぶ路線としては3代目の路線で、古くは国道経由の一般路線バスや、また高速道経由の特急バスが断続的に運行されていた時代がありました。まずはそれらの歴史から紹介させて頂こうと思います。

   + + + + +

 ・ (廃止路線)金高急行線について

 現在の高速バス高岡線の遠い先祖が「金高急行線」です。高速道路が整備される前ということもあり、国道8号線を疾走し、県境を越え、金沢駅からはるばる高岡まで結んでいたようです。現在の都市間長距離バスのはしりともいえそうです。

 この金高急行線は昭和25年(1950年)9月24日に各停の「金高線」として北陸鉄道(株)と富山地方鉄道(株)との相互乗り入れで運行を開始しています。

 2社相互乗り入れの路線ですが、クローズドア制は採られておらず、会社間の区別なく、先方エリアでの乗降も自由にできたといいます。つまり石動〜高岡間でも北鉄バスに乗車できたわけです。

 昭和25年(1950年)9月24日付け北陸新聞夕刊によると、両社は22日に試験運転を実施。正午に県境である天田峠にて北鉄と地鉄のバスが落ち合い、代表者が祝辞を交わしたのち、相互に高岡、金沢へと出発。到着後、それぞれの市長のメッセージを相手方の市長へと手渡したということでした。

 「国立公文書館デジタルアーカイブ」にて公開されている『旅客自動車石川県(一)自昭和二十三年至昭和二十五年』という資料にこれと関係する文書が見られます。これによると、申請時の区界停留所名は金沢駅前、白銀町、武蔵ヶ辻、橋場町、小坂神社前、鳴和、柳橋、森本駅前、森本村、今町、岸川、利屋町、太田、中条、横浜、本津幡、津幡車庫前、倉見口、東荒屋、竹橋、刈安、坂戸、河内、九折、天田峠、安楽寺、後谷、石動駅前、出町口、石動福町、小矢部橋詰、荒川組合前、芹川、荒川小学校前、岡、大滝、福岡駅前、福岡警察署前、大野、荒又、高田島、立野、立野役場前、樋詰、六家、福田、和田、羽広、百姓町、横田、通町、木舟町、大和百貨店前、高岡駅前としていた模様です。

 森本駅前〜横浜間については旧道を利用、また石動駅前〜芹川間や高田島〜木舟町間についても、停留所名から見てそれぞれ旧道を運行していたものと推測されます。津幡のまちなかに確認できる「津幡車庫前」という停留所にも目を惹かれますが、このバス停は登記上の住所によれば、現在の中津幡駅西交差点付近にあったようです。おそらくのちに「中津幡駅前」を名乗る停留所にあたるのでしょう。

 
 ▲西高岡駅近くの旧道。この道にもかつてはバスの姿があったでしょう

 昭和26年(1951年)6月30日からは地鉄の分社化により、富山側のパートナーが加越能鉄道(株)に変更されています。

 「国立公文書館デジタルアーカイブ」にて公開されている『北陸鉄道株式会社、加越能鉄道株式会社申請一般乗合旅客自動車運送事業運輸協定(相互乗入)認可について』という書類によれば、共同運行会社が加越能鉄道(株)に変わる時点での区界停留所名は下記の通りで、
 金沢駅前、白銀町、武蔵ヶ辻、橋場町、小坂神社前、鳴和、柳橋、森本駅前、森本村、森本役場前、今町、岸川、利屋町、太田、中条(津幡駅前)、横浜、川尻道、津幡四ツ角、本津幡、倉見口、東荒屋、竹の橋、刈安、坂戸、河内、九折、天田峠、五間橋、安楽寺、南谷、後谷、石動駅前、上野本町、越前町、馬場、飯田町、川原町、石動福町、小矢部橋詰、荒川組合前、芹川、荒川小学校前、岡、大滝、福岡駅前、福岡警察前、大野、荒又、高田島、立野、立野役場前、樋詰、六家、福田、和田、羽広、百姓町、百姓町四丁目、横田、通り町、木舟町、末広町、高岡駅前となっていました。

 開業当初の申請内容と比較すると、森本役場前、川尻道、津幡四ツ角、五間橋が追加され、代わって津幡車庫前は見当たらなくなっています。森本駅前、森本村、森本役場前、今町という順序は妙にも感じられますので、森本村と森本役場前は逆に表記されている可能性もありそうです。(森本村役場は昭和24年(1949年)に現在の森本市民センターの位置へ移転している模様です)。

 また、石動駅前〜石動福町間においては上野本町、越前町、馬場、飯田町、川原町の各停留所が設けられ、逆に「出町口」は見当たらなくなっています。これらのいずれかの停留所へ改称されたのでしょう。このほか百姓町〜横田間に「百姓町四丁目」が新設されている点、「大和百貨店前」が「末広町」と改称されている点などに気付きます。

 その後も県境を越えて両県間を結んでいたようですが、昭和28年(1953年)11月15日から北陸鉄道(株)は高岡への乗り入れを廃止し、以後しばらくの間、金高線は加越能鉄道(株)の単独運行となっています。

 
 ▲高岡の大仏

 「富山地方鉄道五十年史」によると、北鉄の一時撤退後は加越能単独で6往復の運行となり、昭和29年(1954年)からは7往復の運行となったとあります。

 この単独運行時代もやはり各停での運行だった模様ですが、昭和37年(1962年)6月10日付の富山新聞に掲載されている同日改正の加越能バス時刻表を見ると、時刻区分に「津幡駅前」「津幡」があり、津幡のまちなかを経由していた様子が分かります。

 この時刻表によると、当時の金高線は次の本数が設定されていたようです。
 ◆金沢駅前〜津幡駅前〜高岡駅前 5.5往復
 ◆金沢駅前〜津幡駅前〜石動   1.5往復

 所要時間は各停だったこともあってか、金沢駅前〜高岡駅前間で約2時間となっていました。

 昭和35年(1960年)4月現在の加越能バス路線図によると、どうやら森本駅前〜津幡駅前四ツ角間は新道、津幡駅前四ツ角より北側は旧道を経由していた様子が分かります。おそらく「津幡駅前」は当時設置されていたらしい「津幡駅前四ツ角」、「津幡」はおそらく北鉄でいう「津幡四ツ角」(四ツ角交差点)のことであろうと思われます。

 この路線図によると、当時の停留所は金沢駅前、六枚町(金沢駅方向のみか)、白銀町、武蔵ヶ辻、橋場町、尾張町、森下町、小坂神社前、鳴和、東金沢駅口、神谷内、法光寺、森本駅前、南森本、観法寺口、今町、八幡、岸川、利屋町、新太田、津幡駅前四ツ角、中条、北中条、横浜、川尻道、津幡四ツ角、河北中央病院前、中津幡駅前、倉見口、杉の瀬、東荒屋、くりから役場前、竹の橋、富田西口、富田東口、刈安、坂戸、河内、九折、天田峠、五間橋、安楽寺、南谷、後谷神社前、石動営業所前、後谷、石動駅前、飯田町口、福町口、石動大橋、水牧口、西芹川、芹川、荒川小学校前、中岡、岡、本領、大滝、新福岡橋詰、福野駅前四ツ角、福岡農協前、荒又橋、荒又、笹川口、高田島、新立野、東五位、六家口、福田六家、福田口、北島、羽広口、横田小学校前、西条口、新横田、横田本町、昭和町、金屋、二丁町、木舟町、末広町、高岡駅前となっていました。

 再び北陸鉄道(株)が運行に復帰するのは昭和37年(1962年)9月1日のことで、このときから「金高急行線」と改称され、それまでの各停を改めて急行路線に格上げ。速達性のアップが図られたようです。

 「高岡駅前」では石動方面の発着していた3番のりばを発車場所としていたようです。当時の特別カラーだった赤白ツートンの北鉄バスは高岡駅前でも非常に目立ち、その存在を充分主張していたといいます。

 昭和38年(1963年)3月31日時点の内容が掲載されている昭和39年(1964年)7月版の「全国バス路線便覧」によると、北陸鉄道担当便3往復、加越能鉄道(株)担当便が3往復(新津幡経由)が記載されていました。
 ◆金沢駅前〜高岡駅前 6往復(北鉄3+加越能3)

 これとは別に加越能単独運行の系統として金沢駅〜石動〜高岡駅前間5往復という便も見受けられますが、これはのちに富山金沢急行線に振り替えられたものと思われます。

 昭和38年(1963年)8月発行の加越能バス時刻表でも当路線は「新津幡」経由となっており、停留所区分は「津幡駅前(新津幡)」とあります。急行化後はこの「新津幡」が津幡駅前に対応する停留所となっていたのでしょう。

 「新津幡」といえば津幡線旧道経由に現存する停留所が思い浮かぶところなのですが、昭和47年(1972年)発行の「金沢市大判都市地図」(昭文社)によれば国立石川工業高専の前に「新津幡」が記載されており、現在の「新津幡」とはまったく別の場所にあったことになります。

 逆に当時は現在の新津幡停留所がなく、かわりに県道加賀爪交差点付近に「加賀爪」という停留所が置かれていたようです。

 急行となったことにより、国道を用いて津幡検問所前交差点を直進し、津幡の市街地を経由せずに高岡へと急いでいた様子が窺えます。そう思えば「新津幡」という停留所名にも、寺井からの特急バスが停車していた「新松任」同様、どこか優等路線のための停留所としての誇りを感じますね。

 同時刻表によれば、やはり金沢駅前〜高岡駅前間で北鉄担当便3往復、加越能担当便3往復の計6往復が運行されていたようです。このほかに加越能単独運行の金沢駅前〜高岡駅前〜富山駅前間の急行バスが5往復あり、合わせれば1時間に1本程度のバスが金高間を行き交っていた様子でした。

 金沢駅前〜高岡駅前間の所要時間は1時間25分。この頃の運賃については150円となっていたようです。

 なお、停車停留所は金沢駅前、武蔵ヶ辻、橋場町、鳴和、森本駅前、新津幡、竹の橋、九折、天田峠、石動駅前、福町口、福岡駅前四ツ角、新立野、横田本町、木舟町、末広町、高岡駅前となっていたようです。

 昭和38年(1963年)12月8日には竹橋地内の新国道が開通し、集落を避けて北陸本線沿いに直進することが可能になっています。おそらく急行バスはこのときから国道上に「竹の橋」を移設したのではないでしょうか(後年の時刻表では「新竹の橋」表記になっているものも)。

 昭和39年(1964年)に発行された富山地鉄バス時刻表(加越能バスも主要路線のみ掲載)でも、本数や停車停留所などは前年のものと同様でした。

 なお、「国鉄監修 交通公社の時刻表」昭和39年(1964年)9月号によると、当時の国鉄北陸本線のうち、金沢〜高岡間の普通列車は14往復の設定となっており、1時間に1本程度の頻度、所要時間も1時間程度を要しているようでした。運賃は120円だったようです。よって、この時点ではそれほどバスと鉄道の差がなかったのではないかと推測されます。

 
 ▲国宝・瑞龍寺は高岡開町の祖・前田利長の菩提寺

 昭和42年(1967年)2月11日の市電廃止時点ののりば案内によれば、当時の金高急行線は金沢駅前ターミナルの5番標識からの発車となっていたようです。

 のちに高速バスののりばとして使用されることになるのりばですが、この当時は高岡ゆきのほか、高尾、森本温泉、打木、循環川上線の寺町方向が停車していたようですから、郊外路線から市内路線まで様々な行き先が雑多に停まるホームとなっていたようですね。

\ 至・神宮寺\ ┃  金 沢 ビ ル       ┃|  |
 \      \┗━━━━━━━━━━━━━━━━┛|  |
  \      ──────────────────┘  └───
   \
    \
    |   ┌─1──2──3──┐   杜若像●──♀降車場─┐
    |   |        階段|      |  ┌────┘  
    |   |        窓口|      |  |
━━━┓|   └─4─【5】─6──┘      |  |
   ┃|   ┌──────────┐      |  |
   ||   |          |      |  |
   ||   └─7──8──9──┘      |  |
北鉄 ┃|   ┌────────┐        |  |
金沢駅┃|   |        |       /   |
━━━┛|   └10──11──┘      /    |
━━┓ |                ┌──     |
弘 ┃ |   バス待機場所       |階段     |
済 ┃ |                |       |
会 | |  ┌───────┐     |┏━━━━━┓|
ビ | |  |国鉄バス 階段|     |┃     ┃|
ル ┃ |  └─のりば───┘     |┃     ┃|
━━┛ └────────────────┘┃     ┃└───
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛     ┗━━━━
         金 沢 駅

 昭和42年(1967年)6月1日発行の加越能バス時刻表によると、この時点でも運行本数は北鉄3往復、加越能3往復の計6往復となっていたようです。
 ◆金沢駅前〜高岡駅前 6往復(北鉄3+加越能3)

 停車停留所は金沢駅前、武蔵ヶ辻、橋場町、鳴和、森本駅前、新津幡、新竹の橋、九折、天田峠、石動駅前四ツ角、西福町、福岡駅前四ツ角、新立野、横田本町、木舟町、末広町、高岡駅前と記載。3年前のものとほぼ変わらず、「竹の橋」が「新竹の橋」となっている点、「福町口」が「西福町」となっている2点の変化だけです。

 なお、この当時の金沢駅〜高岡駅間の運賃は240円となっていたようです。

 ライバルとなる国鉄北陸本線の列車については、「国鉄監修交通公社の時刻表」昭和42年(1967年)9月号によれば、金沢〜高岡間の普通列車は夜行を除き1日15往復の設定となっており、1時間に1本程度の頻度。所要時間は約50分〜1時間程度となっていたようです。運賃的には普通列車の場合で150円、急行列車では250円となっていました。

 停車停留所のうち「新竹の橋」については、かつて存在していた竹の橋線の「竹の橋」停留所とは異なり、国道上に設置されていたようです。現在、竹橋地先の道路沿いには現在使われていないバスベイらしきものがありますが、どうやらここが「新竹の橋」停留所だったものと思われます。

   急行線専用の
    新竹の橋バス停
至     ↓        至
・──────────────・
津────___─── ───高
幡    バスベイ //   岡
 \\      //
  \\    //
   \\  //
    \\//♀竹の橋
     \〈 (ローカル便)
      \\

 加賀・越中の県境越えといえば源平の合戦で有名な倶利伽羅峠ですが、現在でこそ「くりからトンネル」が通じているものの、この当時の倶利伽羅峠は車の通れぬ古道となっており、南側の天田峠が国道8号線のルートとして使われていたようです。

 天田峠はつづら折の坂道が続く険しい道のりで、冬期は運行も困難だったといいます。当時の新聞には「天田峠通行止」という道路情報がしばしば散見されますね。昭和42年(1967年)6月1日の時刻表では全便が天田峠に停車していたようで、新津幡〜石動駅前間は22分を要しています。

 しかし昭和42年(1967年)12月6日に「くりからトンネル」が開通し、急行6往復(北鉄3往復、加越能3往復)全便がトンネル経由に。「天田峠」停留所は廃止となっています。

 このとき開通した「くりからトンネル」は、北陸本線旧線の旧倶利伽羅トンネルを幅員8m、2車線の国道トンネルに改造したもので、天田峠時代から比べると1.7kmもの短縮に。「県境の壁は破れた」とまで称えられました。

至   九             至
・   折  トンネル┌───┐  ・
津━━┯○━)====|=(━┷━━石
幡  |  ┌──┐ └─┐    動
   |  | ┌┘   |
   |  | └──○─┘
   └──┘    天
           田
           峠

 昭和42年(1967年)12月29日付け北國新聞朝刊には『難所消えて二十日余』との記事が掲載されており、加越能鉄道(株)運行管理課の担当者は『トンネルの開通で両県を行き来する乗客はグンと増えるだろう』と期待していたとありました。

 
 ▲高岡市内には古い町並みも残り、加賀藩前田家ゆかりの町人文化を感じさせます

 昭和43年(1968年)11月13日には北陸鉄道(株)西部営業所が発足しており、これにより北鉄便は泉営業所から西部営業所へと担当が変更されているものと思われます。

 昭和45年(1970年)5月20日の加越能バス時刻表では新津幡〜石動駅前間の所要時間が14分となっており、トンネル開通前と比べると、8分間の短縮が実現している様子がうかがえます。

 この昭和45年(1970年)5月20日発行の時刻表によると、この時点では金沢駅〜新津幡〜高岡駅前間の急行バスが6往復(北鉄3往復、加越能3往復)に加え、金沢駅〜津幡駅前〜高岡駅前間の準急バスが加越能バス単独運行で3.5往復運行されていたようです。
 ◆金沢駅前〜急行〜高岡駅前 6往復(北鉄3+加越能3)
 ◆金沢駅前〜準急〜高岡駅前 3.5往復(全便加越能)

 この準急バスは金沢駅〜石動駅前間は普通便として津幡駅前経由で各停留所に停車し、石動駅前からは小矢部市役所前、西福町、東福町、東芹川、福岡駅前、立野、東五位、福田六家、若富町、羽広、横田小学校前、瑞穂町、横田本町、木舟町、末広町、高岡駅前に停車していた模様です。

 金沢駅前〜高岡駅前間の所要時間は、急行バスが1時間9分、準急は1時間28分となっていました。

 この当時の国鉄北陸本線のうち、金沢〜高岡間の普通列車は1日15往復の設定となっており、1時間に1本程度の頻度。所要時間は50分〜1時間程度となっていたようです。運賃的には、バスは240円、鉄道は普通列車の場合で190円、急行列車の場合で290円となっており、時間的にも価格的にも、その差は僅少といえました。

 しかし、昭和46年(1971年)4月26日には国鉄のダイヤ改正が行われ、それまで2往復のみの存在であった快速列車「こしじ号」が一挙6往復に増便……。データイムを中心に1時間に1本の頻度で運行されるようになりました。急行料金不要の快速列車ということもあり、金高急行バスに与える影響は非常に大きかったものと想像されます。

 
 ▲ここからもかつては金沢ゆきに乗れたわけです

 昭和47年(1972年)9月26日に北鉄担当便のワンマン化が行われています。おそらく加越能担当便も同様の時期にワンマン化が行われているのではないでしょうか。

 同じ時期となる昭和47年(1972年)12月号の「国鉄監修 交通公社の時刻表」を開くと、当時の金沢〜高岡間の普通列車は快速列車を含めて19.5往復の設定となっていました。本数的には1時間に1本程度の運行運行間隔ではあるものの、データイムは快速便が主流のため、東金沢、森本、倶利伽羅、西高岡といった駅に停車するものはごくわずかなものとなっていました。

 となれば、例えば高岡→森本へと移動するとなると、利用できる列車は高岡駅8:13、10:32、13:46、15:55、17:54発と、このように非常にまばらで、それくらいなら金高急行バスを利用した方が早いという場合もあったことでしょう。金沢駅→西高岡付近(立野など)への利用も同様といえます。

 しかしこれは、逆にいえばそれくらいしか急行バスの強みがなくなったということでもあります。

 昭和50年(1975年)3月頃の北鉄時刻表によると、金高急行線の運行本数は次の通りでした。
 ◆金沢駅前〜急行〜高岡駅前 6往復(北鉄3+加越能3)

 停車停留所は金沢駅、武蔵ヶ辻、橋場町、鳴和、森本駅前、新津幡、竹の橋、九折、石動駅前、西福町、福岡駅前、新立野、横田本町、木舟町、末広町、高岡駅前。所要時間は1時間15分となっていたようです。

 「新竹の橋」が「竹の橋」に変わっています。旧道の竹の橋とは別の国道上のバス停であることには変わらないものの、名称としては「竹の橋」とし、ローカルバスの「竹の橋」の別のりばという扱いになったのでしょう。

 また、「石動駅前」については、停留所名こそ「石動駅前」ですが、現在の駅前ターミナルではなく、大通り沿いの「石動駅口」停留所に相当する位置であったものと思われます。石動駅口には現在も上屋や古い運行系統図があり、石動地区の要衝停留所だった時代を物語るものが感じられます。

 

 なお、北鉄の時刻表ですので加越能単独運行の準急便については記載がなく、存在していたのかどうかも不明です。

 昭和50年(1975年)4月20日に金沢地区の北鉄バス路線で行先番号が制定された際には、北鉄担当便については森本方面を示す[86]番という路線番号が付与されたようです。

 昭和52年(1977年)時点での停車停留所は、金沢駅から順に、武蔵ヶ辻、橋場町、鳴和、森本駅前、新津幡、竹の橋、九折、石動駅前、西福町、福岡駅前、立野、横田本町、木舟町、末広町、高岡駅前となっていた模様です。

 2年前と比べると、「新立野」が「立野」に変わっています。旧道経由便の停留所が消滅し、「新」が取れたのでしょうか。

             石     福    横      高
             動  西  岡    田  木 末 岡
          九  駅  福  駅 立  本  舟 広 駅
          折  前  町  前 野  町  町 町 前
     竹の橋○─○──○──○──○─○──○──○─○─◎
       /
      /
     ○新津幡
     |
     |
     ○森本駅前
金    |
沢    |
駅    ○鳴和
前    |
◎─○──○橋場町
  武
  蔵
  ヶ
  辻

 「高岡駅前」は3番のりば

 昭和53年(1978年)5月1日現在の加越能バス時刻表によると、加越能バス単独運行の準急便は姿を消しており、急行バスも4往復に減少していました。
 ◆金沢駅前〜高岡駅前 4往復(北鉄2+加越能2)

 ダイヤは金沢駅前発が10:00(加越能)、12:10(北鉄)、14:00(加越能)、16:30(北鉄)の4本、高岡駅前発が8:00(加越能)、12:00(加越能)、14:00(北鉄)、18:15(北鉄)の4本で、所要時間は1時間23〜26分となっていたようです。

 なお、北鉄担当分の最終便についてはなんと東部営業所の受け持ちで、湯涌線との共通運用となっていたそうです。
 (情報ご提供:匿名希望さん)

 停車停留所は金沢駅前、武蔵ヶ辻、橋場町、鳴和、森本駅前、国立高専前、新竹の橋、九折、石動駅前、西福町、福岡駅前、立野、横田本町、木舟町、末広町、高岡駅前として記載されていました。

 ここでは、以前の新津幡に相当する停留所の名称が「国立高専前」となっています。この頃には「新津幡」という停留所名を津幡線の現在の「新津幡」に譲り、もとの新津幡はより分かりやすい名称に変更されていたということなのかも知れません。

 
 ▲往時の金高急行は津幡検問所を見ながら走ったか

 同時刻表によれば、金沢駅前〜高岡駅前間の運賃は800円となっていた模様です。これが最晩年の運賃ということになります。ちなみに昭和53年(1978年)10月1日当時の国鉄北陸本線の金沢〜高岡間の運賃は普通列車の場合で410円、急行列車では910円となっていました。

 晩年は金沢駅前ではターミナル11番標識からの発車となっていたようです。ここは湯涌線や錦町B線と同じのりばでした。

\ 至・神宮寺\ ┃  金 沢 都 ホ テ ル   ┃|  |
 \      \┗━━━━━━━━━━━━━━━━┛|  |
  \      ──────────────────┘  └───
   \
    \
    |   ┌─1──2──3──┐   杜若像●──♀降車場─┐
    |   |        階段|      |  ┌────┘  
    |   |        窓口|      |  |
━━━┓♀定期 └─4──5──6──┘      |  |
   ┃|観光 ┌──────────┐      |  |
   ||   |          |      |  |
   ||   └─7──8──9──┘      |  |
北鉄 ┃|   ┌──────────┐      |  |
金沢駅┃|   |          |     /   |
━━━┛|   └10─【11】─12┘    /    |
━━┓ |                ┌──     |
弘 ┃ |   バス待機場所       |階段     |
済 ┃ |                |       |
会 | |  ┌───────┐     |┏━━━━━┓|
ビ | |  |国鉄バス 階段|     |┃     ┃|
ル ┃ |  └─のりば───┘     |┃     ┃|
━━┛ └────────────────┘┃     ┃└───
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛     ┗━━━━
         金 沢 駅

 貴重な県境越え路線だった[86]金高急行線ですが、自家用車の普及が進行するなか、長距離を走る幹線路線の多くがそうだったように、乗客減と渋滞による定時性などが問題となったのでしょう、

 昭和54年(1979年)11月11日に廃止され、高岡へ乗り入れる北鉄バスはいったん姿を消すこととなります。


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   + + + + +

 ・ (廃止路線)「高岡特急線」について

 平成3年(1991年)12月29日、高速道路網の完成に伴い、一旦は幕を閉じた金高急行線が北陸自動車道経由の「高岡特急線」として、日祝日限定で復活を見ます。

 運用は和高急行線(和倉温泉〜高岡駅前)とワンセットになったもので、北陸鉄道(株)は西部営業所および能登営業所(七尾)の特急用バス、加越能鉄道(株)はトップドアのモノコック車が使用されていました。

 運行本数は日祝日のみ4往復(北鉄2往復+加越能2往復)で、所要時間は時刻表の上では1時間14分。運賃は金沢駅前〜高岡駅前間は900円、福岡駅前までが700円、石動駅口までが550円となっていたようです。

 停車停留所は金沢駅前、武蔵ヶ辻、橋場町、小矢部インター、石動駅口、福岡駅前、立野、瑞穂町、高岡駅前となっており、途中、金沢東IC〜小矢部IC間は北陸自動車道を利用し、金高急行線時代の運行時よりも約15分の短縮を図っていました。

 金沢駅前ののりばはターミナル4番標識で、ここは温泉急行・温泉特急線と同じのりばでした。

\ 至・神宮寺\ ┃  金 沢 都 ホ テ ル   ┃|  |
 \      \┗━━━━━━━━━━━━━━━━┛|  |
  \      ──────────────────┘  └
   \
    \
    |   ┌─1──2──3──┐   杜若像●────
    |   |        階段|      |  ┌─
    |   |        窓口|      |  |
━━━┓♀定期 └【4】─5──6──┘      |  |
   ┃|観光 ┌──────────┐      |  |
   ||   |          |      |  |
   ||   └─7──8──9──┘      |  |
北鉄 ┃|   ┌──────────┐      |  |
金沢駅┃|   |          |     /   |
━━━┛|   └10──11──12┘    /    |
━━┓ |                ┌──     |
弘 ┃ |   バス待機場所       |階段     |
済 ┃ |                |       |
会 | |  ┌───────┐     |┏━━━━━┓|
ビ | |  |JRバス 階段|     |┃     ┃|
ル ┃ |  └─のりば───┘     |┃     ┃|
━━┛ └────────────────┘┃     ┃└───
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛     ┗━━━━
         金 沢 駅

 運行開始を報じた平成3年(1991年)12月21日付け北日本新聞朝刊によれば、加越能鉄道(株)側からのPRとして、
『金沢市内に行く場合、JRと市内バスを利用した運賃より割安になっている。高速道や駐車場の料金を考えると、自家用車よりもぐっとお得』
 とのコメントが掲載されていました。

 なお、当時のJR北陸本線の金沢〜高岡間の列車運賃は720円、北鉄バスの金沢市内均一運賃は190円となっていました。瑞穂町を利用する方であれば高岡市内でもバスに乗る必要がありませんので、たしかに割安ではありますが……。

 開業日に金沢駅前にて執り行われた発車式では、当時の北陸鉄道(株)常務の方が、
『レジャー・ショッピング・観光にと幅広く利用され、今後平日も運行出来るよう大きく育てて欲しい』
 と挨拶。花束贈呈とテープカットのあと、能登営業所担当の一番バスは高岡へ向けて旅立っていったということです。

 一部区間で北陸自動車道を使用するなど、いっぱしの高速バス然としたルートではありましたが、金沢市内では「橋場町」、高岡地区では「立野」に停まるなど、庶民的なコース・停留所設定が特徴でした。このために所要時間を大幅にロスしており、電車には全く歯が立たなかったものと見られます。

 あえなく平成7年(1995年)4月1日改正で廃止となっています。日祝日のみの運行でしたので、実質的には同年3月26日(日)の運行が最後だったということになります。

 
 ▲今庄の「チャンポン」は高岡駅の名物といえるでしょう

 筆者は平成5年(1993年)頃、夕方16時台の高岡駅前発金沢駅前ゆきに家族で乗車。加越能担当のトップドア車でしたが、車内の設備は簡素そのもので、観光バス的な雰囲気はありませんでした。

 かつて津幡町内のローカルでトップドア・観光マスクの中型車が使われていましたが、なんとなく、これらの車両と似ている気がしました(いま考えてみると、時期的にも、津幡地区廃止と高岡特急線の再開はわずかなタイムラグで一致しています)。

 乗客は他に誰もおらず貸切状態。石動駅口まで延々国道を走ったあげく、ループ状の野端高架橋でJR北陸本線の線路を越えて南下。小矢部インターから高速に乗り、かと思ったら金沢東インターですぐに降り、田中交差点、乙丸陸橋、浅野本町交差点、森山北交差点と真っ直ぐ進み、東山交差点で国道159号線に合流して橋場町に到着。という経路で、子ども心にも回りくどいコースだなと感じたものです。

 ITFさん、乗務員さんより、高岡特急・和高急行の北鉄担当分の行程を教えて頂きました。

・能登営業所担当分
 和倉845発−高岡1025着(和高)
 高岡1050発−金沢1204着(高岡)
 金沢1330発−高岡1444着(高岡)
 高岡1510発−和倉1650着(和高)


・西部営業所担当分
 金沢1620発−高岡1734着(高岡)
 高岡1820発−金沢1934着(高岡)

 乗務員さんによると、西部営業所担当便は日野の空港車両が使用されており、西部の空港車には少なくとも平成15年(2003年)頃までは[特急 高岡駅]の行き先表示が残っている車両もあったといいます。
 (情報ご提供:乗務員さん)

 また、高岡駅前バスターミナルに掲げられていた看板には、廃止後もかなり後年まで「金沢」の行き先文字が残っていました。

 


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   + + + + + +

 ・ 高速バス砺波・高岡線の歴史

 平成22年(2010年)3月20日、当時の北鉄金沢中央バス(株)と加越能鉄道(株)の共同運行により、金沢駅前〜砺波市役所前〜職業安定所前(高岡市)間で開業しています。

 前述の通り、金沢〜高岡間においては国道経由の一般路線バスだった「金高急行線」、高速道経由で運行されていた「高岡特急線」と、いずれも廃止という結末を繰り返し、直通するバスのない状態が長く続いていました。

 そんななか、金沢・富山線で大成功を収めた北鉄金沢中央バス(株)は近距離都市間高速バスの第2弾としてこの「金沢・高岡線」をスタート。再び両都市間がバスで結ばれることとなりました。

 金沢と高岡を直通で結ぶ路線としては3代目の路線で、現代感覚の都市間高速バスとして金高急行線は3たび甦ったことになります。

 運行初日には金沢駅東口バスターミナルにて発車式が行われ、当時の北鉄金沢中央バス(株)社長の方が、
『高岡市は前田利長公によって開かれ、今年、開町四百年を迎える街。加賀藩ゆかりの両都市を結ぶ高速バスは、観光やビジネスで大きな役割を担うことができると、大いに期待しています』
 と挨拶。乗客の代表者から担当乗務員への花束贈呈のあとテープカットを行い、バスは出発したということです。

 運行本数は6往復で、各社がそれぞれ3往復ずつ担当。約2〜3時間間隔の運行となっていました。
 ◆金沢駅前〜職業安定所前 6往復(金中3+加越能3)

 金沢駅前では当初はほかの高速バス路線と同じく2番のりばからの発車となっていました。

 
 ▲元ほくてつバス空港リムジンの21-002号車

 現在はコースが変更されましたが、当初は金沢市内では意外ともいえるルートを打ち出したことも話題になりました。すなわち金沢駅を始発とし、香林坊、兼六園下など市内を後回りで経由したあと、金沢大学の学生街となっている「旭町」に停車、山側環状経由で金沢森本ICより北陸道に乗るというものでした。

 金沢森本IC〜砺波IC間の所要時間はわずか20分程度で、高速道路の走行時間が極端に短い高速バスとなっていたものです。

【当初の経路(旭町・山側環状経由)】
                  志
                  貴 職
                  野 業
                  中 安
                広 学 定
                小 校 所
                路 前 前
             ┌──○─○─◎
             └┬┐
          高岡駅前○↑
              └┴●───┐
               (降車場)|
                    |
                    |
                    |
           高岡テクノドーム前○
                    |
                  ┌─┘
                  |
             戸出4丁目○
                  |
            砺波市役所前○
                  |
         砺波駅南○─┬──┘
               |
               └──┐
                  |
   (金沢森本IC)▲━━━━━━▲(砺波IC)
           |  北陸道
金          〃山
沢          〃側
駅          〃環
前          〃状
◎          〃
↑\          \
└←○武蔵ヶ辻      \
  |           ・(鈴見)
  ○──○───◎     \
  香  広   兼\   旭 ・(若松橋詰)
  林  坂   六 \  町/
  坊      園  \ ○
         下   ・

 
 ▲専用丸板を取り付けた旭町

 開業当初の運賃は、金沢市内〜砺波市内が片道600円、金沢市内〜高岡市内が片道700円となっていました。エリアごとに運賃が異なるため、当初は路線バスのように整理券が発行されていました。

 当時のJR北陸本線の金沢〜高岡間の運賃は740円で、この区間においては差額は40円とわずかではありましたが、これが金沢〜砺波となると、高岡から本数の少ない城端線へ乗り換えが必要となり、その運賃は950円。しかも所要時間は乗り換え時間を加味せずとも1時間以上となっていましたので、これは明らかにバスの方が有利といえました。

 よって、本路線は対高岡というよりも、むしろ金沢〜砺波間での利用がメインとなっていくことになります。

 車両については、北鉄金沢中央バス(株)担当便はほくてつバス(株)から移籍した元小松空港線の車両(21-002号車)を転用、加越能鉄道(株)担当便は古めのサロン付き貸切車(247号車)を転用し、それぞれ充当していました。

 とくに加越能鉄道(株)の本務車両は、当時すでに珍しい存在となりつつあった呉羽ボディのふそうエアロバスKで、ウーパールーパーのようなマスクに強烈なブルーベントガラスが印象的でした。

 この時代は本務車がかなり使いこんだ車両であるためか代走が非常に多く、しかもその代車に、高岡=名古屋線に使用される新型セレガやスペースアローA(エアロエースのOEM車)が高頻度で使われており、一時期は名物代走となっていたものです。

 加越能のエアロバスK。
 ▲当初の本務車だった247号車
 (写真ご提供:ぽんさん)*転載はご遠慮下さい

 平成22年(2010年)7月3日〜8月29日にかけての土日祝(19日間)には、本路線を舞台とした夏休み親子向け企画「乗ってわくわく一日冒険」が開催されました。

 これは「北陸鉄道サマーキャンペーン2010」の一環として企画されたもので、金沢駅7:00発、9:10発の高岡ゆきに乗車する際に「一日冒険です」と申し出ることで「冒険グッズ」が貰え、モデルコースに沿ってバスやその他の乗り物を乗り継ぎながら攻略していくという、大人でも楽しめるような1日の旅を提案するものでした。

 行程は、金沢駅から本路線に乗車し、高岡駅前から万葉線(電車)、富山県営渡船、きときとバスを乗り継ぎ、岩瀬浜駅から富山ライトレール(現:地鉄富山港線)を使い、富山駅前から高速バス富山線に乗車して金沢へ戻るという流れでした。

 
 ▲当時はまだ新湊大橋が工事中の頃でした

 「冒険グッズ」には富山地鉄市内電車の割引券、高岡散策絵図などのパンフレット、夢テラス海王おみやげ引換券、富山地鉄ゴールデンボウル割引券や、北鉄グッズ(走るバス付きボールペンなど)がセットされていました。

 富山県の北日本新聞でも平成22年(2010年)8月11日付け朝刊の「高速バス夏の陣 親子で富山・高岡へ」という記事でこの企画を取り上げており、当時の北陸鉄道(株)企画部長の方からの、
『バス、電車、船などの乗り物を体験し、思い出づくりになれば…。富山の景色も素晴らしい。高岡大仏や瑞龍寺、海王丸、ライトレールなど、古さと新しさが混在する富山の魅力を石川の人にも教えたい』
 とのコメントが掲載されていました。

 
 ▲“一日冒険”のカギとなった「きときとバス」
  当時の車両は加越能担当の本便のミニ版のような雰囲気……

 「乗ってわくわく一日冒険」は翌年も平成23年(2011年)7月1日〜8月31日までの毎日実施。この年には「富山線スタートコース」として富山線のほうで出発し、帰りに高岡線に乗るという行程も可能に。従来の行程は「高岡線スタートコース」となりました。しかし、なぜかその翌年には開催されず、残念ながら2年だけの企画に終わっています。

 平成24年(2012年)1月21日より、高岡駅前バスのりばが旧氷見線ホーム跡地、現在「ソラエ高岡」となっている場所に造成された仮設バスターミナル内へ移転し、本路線ののりばは仮設ターミナル1番のりばへ移設されました。

 これはJR高岡駅の建て替え及び駅前広場の整備工事によるもので、それから実に2年以上にわたって、仮設ターミナルが高岡のバスの玄関口となりました。

 その後、北鉄金沢中央バス(株)担当便では同じく元空港線で使用されていた日野セレガR(24-114号車)が常用されるようになりました。同車は床がカーペット敷き、次停留所表示器は「見るラジオ」付きと、意外と良い仕様だったものです。

 加越能担当便でも、平成24年(2012年)9月頃から日野セレガの297号車や382号車が登場。やはり貸切落としで、正面のアンドン部分に上から行き先板を取り付けているのが特徴となっており、内装はくたびれていましたがシート自体は良く、9列目・10列目は回転サロンシートのため、シートピッチが非常に広く、くつろげたものでした。

 また、その頃の加越能便では本務車の点検時などに完全な貸切車による代走が行われる場合もあり、この場合はバスガイドが車掌として乗務し、停車案内や運賃収受などを担当するツーマン運行となっていました。ガイドさんは車掌カバンを携行しており、車内を巡回して降車場所を聞き取りつつ運賃収受を行う風景には、なんとなくレトロな味わいもあったものでした。

 
 ▲貸切車による代走風景。ガイドさんが車外で案内

 平成24年(2012年)10月1日、金沢地区のグループ会社合併により、金沢側の運行会社は「北鉄金沢バス(株)」となりました。運行は引き続き旧北鉄金沢中央バス(株)を継承した中央営業所が担っています。また、同日には加越能鉄道(株)も社名が変更され「加越能バス(株)」となっています。

 平成24年(2012年)12月19日には山側環状において森本方向の車線が利用する2本目の卯辰トンネルが完成し、上下分離の4車線化が完成。砺波・高岡ゆきについては新しいトンネルを利用するようになりました。金沢駅ゆきについては従来の暫定2車線時代からのトンネルを引き続き利用しています。

至・金沢森本IC
  |
  |\
  ‖ ┃
  ‖ ┃卯
 新‖ ┃辰
 ト‖ ┃ト
 ン‖ ┃ン
 ネ‖ ┃ネ
 ル‖ ┃ル
  | |
  |/
  |
  |
  |
至・旭町

 平成25年(2013年)8月頃からは、北鉄金沢バス(株)が運行している富山線に新車のセレガが導入されたことにより、元々同路線で活躍していたエアロバス・36-685号車が高岡線へ転用され、運用に就きました。

 一方、加越能担当便のほうも、平成25年(2013年)12月中旬頃から貸切転用の中2階スペースウィング(12号車)の活躍が見られるようになりました。短距離の高速バスながら中2階とあり、迫力も見晴らしも満点。北鉄便と比べて古めながら、乗りドク車両といえました。

 

 平成26年(2014年)3月29日からは新しい高岡駅前バスターミナルの供用開始に伴い、高岡駅前ののりばが仮設バスターミナル1番から新ターミナル7番へ移設されています。あわせて、本路線の回数券なども扱われていた加越能バス乗車券センターも新しい高岡駅の1階に設けられたバス待合室内へ移転しました。

 平成26年(2014年)4月頃からは北陸鉄道(株)金沢駅前センターに設置されている自動券売機において、本路線の片道乗車券が購入できるようになりました。

 平成26年(2014年)5月頃より北鉄金沢バス(株)担当便はエアロエース(31-913号車)がメインで使われるようになり、一挙に車両面のグレードも向上されています。

 

 平成27年(2015年)1月9日より、高岡側の終点が道路沿いの職業安定所前停留所から若干延伸され、営業所構内にある「加越能バス本社前」に変更されました。

  志
  貴 職
  野 業
  中 安
  学 定
  校 所
至 前 前
・─○─●┐
高    ◎加越能バス本社前(新設)
岡
駅
前

 同日より「加越能バス本社前」停留所前には高速バス利用者専用の待合室がオープンしています。これは公式サイトによると同社の厚生施設「清明会館」の1階を改装したものだそうで、トイレも備え、冷暖房も完備された快適な待合室となっています。

 
 ▲オープンした高速バス待合所

 平成27年(2015年)3月14日、北陸新幹線金沢開業に伴って、並行在来線となるJR北陸本線は第3セクターの「IRいしかわ鉄道(株)」と「あいの風とやま鉄道(株)」に分割されて路線移管。これにより金沢〜高岡間の鉄道運賃は820円に値上がりし、バス運賃の720円との差が100円に広がりました。このためもあってか、それまでは非常に少なかった金沢〜高岡市内間の利用も微増していくこととなります。

 平成27年(2015年)7月16日より金沢市内の経路が変更され、富山線と同様のコースで兼六園下始発に。両路線ののりばが揃えられました。

 加えて「南町」「金沢東警察著前」「高柳」の各停留所からの乗降も可能になりましたが、旧経路上に設置されていてた「旭町」については停車廃止ということになりました。

             志
             貴
             野
             中
           広 学
           小 校
           路 前
        ┌──○─○─┐
        └┬┐    ◎加越能バス本社前
     高岡駅前○↑
         └┴●───┐
          (降車場)|
               |
               |
               |
      高岡テクノドーム前○
               |
             ┌─┘
             |
        戸出4丁目○
             |
       砺波市役所前○
             |
    砺波駅南○─┬──┘
          |
          └──┐
             |
(金沢東IC)      |
   ▲━━━━━━━━━▲(砺波IC)
   |   北陸道
金  ○高柳
沢  |
駅  ○金沢東警察署前
◎──┘
 \
  ○武蔵ヶ辻
  |
  ○南町
  |
  ○──○───◎
  香  広   兼
  林  坂   六
  坊      園
         下

 この経路変更により、乗合バスで山側環状の東長江〜金沢森本IC間を乗車することはできなくなりました。また、金沢森本ICにおけるトランペット状のジャンクションをぐるぐると何回転もループする乗り心地も過去のものということになりました。

 あわせて、この改正より朝に高岡・砺波を出る金沢方向の加越能バス(株)担当便が片道1本増便されています。この便は三井アウトレットパーク北陸小矢部線の送り込み回送も兼ねたもののようです。

 601号車。

 よって、運行本数は次のようになりました。
 ◆兼六園下〜加越能バス本社前
   高岡ゆき 6本(金沢3+加越能3)
   金沢ゆき 7本(金沢3+加越能4)

 また、この平成27年(2015年)7月16日からは専用の10枚綴り回数券が金券式(券面に区間も記載)に変更されています。

 同路線の回数券は、当初は使用期限なしでスタートしたものの、平成26年(2014年)4月1日に消費増税による運賃値上げもあったことから使用期限が定められた券が販売されていましたが、将来、いずれかの時期に再び消費税率変更が行われる可能性が高くなってきたため、運賃改定があった場合は差額を支払うことで使用できるようにしたものと見られます。

 平成28年(2016年)2月頃より、加越能バス(株)担当便においては301号車(日産ディーゼル・スペースアローA――エアロエースのOEM車)が連日登場するようになった時期もありました。もともと4列シート時代の名古屋線で使用されていた車両で、シートピッチも広く、フットレスト完備とグレードの高い車両でした。ただしトイレは「業務用」として閉鎖され使用できませんでした。

 
 ▲兼六園下交差点にて

 一時はレギュラー化したものとも思われたのですが、この車両は定員が少なく、多客時には積み残しが生じるリスクがあったようで、平成28年(2016年)5月頃からは先代の本務車であった12号車(スペースウィング)が再び登板するようになっています。

 平成28年(2016年)7月16日より高岡市内で経路変更が行われ、「瑞龍寺口」「イオンモール口」の2停留所が新設されました。国宝・瑞龍寺やイオンモール高岡と金沢が直結されることにより、観光やショッピングにより便利になりました。これにより従来停車していた「高岡テクノドーム前」停留所は経由しなくなりました。

 また、同時に金沢を夕方に出る砺波・高岡ゆきが片道1本のみ増便されましたが、これも加越能バス(株)の担当で、三井アウトレットパーク北陸小矢部線で運用された車両の高岡への返しを兼ねた運行となっています。

 これで本路線の本数は都合7往復となりました。
 ◆兼六園下〜加越能バス本社前 7往復(金沢3+加越能4)

 至・加越能バス本社前
       |
   高岡駅前○─┐
         |
       ┌─┤
       | :
   瑞龍寺口○ :
       | :
イオンモール口○ ●高岡テクノドーム前
       | :
     ┌─┴・・
     |
戸出4丁目○
     |
 至・砺波市役所前

 平成29年(2017年)4月1日からは加越能バス(株)担当便の車両に「FREE Wi-Fi」が搭載され、乗車しながらスマートフォンやタブレット端末でのインターネットが気軽に楽しめるようになりました。同年6月16日からは北鉄金沢バス(株)担当便の車両にも拡充されています。

 
 ▲武蔵ヶ辻に停車する加越能のエアロバス

 平成30年(2018年)4月頃より、加越能バス(株)担当便には貸切車から転用されたふそうエアロバス・105号車が常用されるようになりました。同車は前面のアンドンもLED式行先表示器に改造され、完全に高速車としての体裁に改められています。これにより、高速バス黄金期の雰囲気を味わえた12号車は姿を見せなくなってしまいました。

 なお、105号車は運用開始後しばらくしてから車体に施された「Kaetsuno Kanko」というロゴが消され、「Highway Express 高岡・砺波⇔金沢」という表示に変更されています。

 平成30年(2018年)12月1日には香林坊ののりば再編が行われ、高岡方面のりばは従来の7番・日銀前から、能登方面の特急バスや小松空港リムジンバスと同じ6番・東横イン前に変更されました。これにより、香林坊から金沢駅方面へ向かう特急バス、高速バスは全て東横イン前での発着に統一されたことになります。

 

 平成31年(2019年)4月1日からは、路線開業以来、金沢側の運行事業者として尽力されていた北鉄金沢バス(株)が運行から撤退。以後は加越能バス(株)の単独運行となりました。

 近年は乗車人員も少しずつ上昇に転じているようにも感じられるところなのですが、全国的にバス乗務員不足が問題となっているなか、4月施行の働き方改革関連法に対応する必要性もあり、運行からの撤退という選択を迫られたものと思われます。

 金沢バス担当だった便は多くが加越能担当としてそのまま継承されましたが、始発の金沢発高岡ゆき、最終の高岡発金沢ゆきの1往復は減便され、よって計6往復体制となりました。なお、回数券は従来通り使用できるそうです。

 また、この改正では同時にこの高岡線および富山線は金沢駅(東口)でののりばが「東口1番のりば」に変更されました。能登特急ののりばが西口へ移動することに伴い、その空きを利用してスライドした形です。

 兼六園下を始発地としている富山線、高岡線は、市内の混雑などで金沢駅に遅れて到着することもしばしばで、名古屋線や白川郷・高山線の発車時刻とバッティングしてしまうケースがままありましたので、のりばが分けられることにより、こうした混乱が解消されそうです。

 
 ▲姿を消した金沢バス担当便

 加越能単独運行となったことにより、追加の専用車として貸切車だったふそうエアロバス・103号車が本路線に転用されました。従来からの専用車である105と同じ出自を持つ車両で、行き先表示のLED改造や側面ロゴの追加など、まったく同様の改装が施され、金沢線でのデビューを果たしています。

 平成31年(2019年)4月10日からは「スマホ回数券」の取り扱いが開始されました。これはウェルネット(株)が提供するスマホアプリ「バスもり」にて金沢・高岡線の回数券が決済できるというもので、これを駆使することにより、窓口へ出向くことなく24時間いつでも回数券を購入することができるようになりました。

 仕組みとしては予約制高速バスに多い携帯乗車券の回数券版のようなもので、利用の際には、バスの運賃箱に設置されたQRコードを読み込んだ上で、スマホ画面上のOKボタンを操作、表示される乗車券画面を乗務員に提示することで運賃精算完了となります。スマホそのものをタッチして決済するようなものではありません。

 令和2年(2020年)1月14日より運賃の改定が行われ、金沢〜砺波間は650円に、金沢〜高岡間は750円に、それぞれ値上げとなりました。

 
 ▲最近はこうした車両も目立つように

 令和2年(2020年)4月1日には土日祝のみ片道1本の増便(加越能バス本社前8:20発)が行われ、土日祝ダイヤでは6.5往復の運行となりました。

 令和3年(2021年)4月1日より運賃改定が行われ、砺波地区・高岡地区とも同一運賃の大人750円均一に統一されました。なお、改定前に発行された回数券は1枚の使用ごとに現金で大人100円(小人50円)を追い銭することによって改正後も使用できるそうです。


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[▼]乗車のヒント

 この路線は全て自由席の近距離高速バスであり、乗車前の予約は必要ありません(予約することはできません)。

 金沢駅前から乗車の場合を除いて、普通乗車券は販売されていませんので、バス停でそのまま乗車し、降車のときに現金で運賃を精算してください。車内では千円札までの両替もできます。なお、金沢駅前から乗車の場合に限り、金沢駅前センター入口の自動券売機で専用片道乗車券を購入できます。

 オトクな金沢・高岡線専用の10枚綴り回数券は金沢駅前センター、高岡駅前案内所および金沢・高岡線バス車内で販売されています。金沢・高岡線専用回数券以外の回数券は使えませんのでご注意ください。

 わずか1時間半程度の短距離路線ですので、車内にトイレはありません。また途中サービスエリア等での休憩もありませんので、用足しは事前にお済ませ下さい。

 短距離の路線ではありますが、法令で義務付けされていますので乗車中はシートベルトを忘れずカチッとお願いします。

*運行ダイヤ・運賃等は北陸鉄道の公式サイトをご参照下さい。


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[▼]走行音

 

 ・ 高速砺波・高岡ゆき(金沢バス担当便),停車停留所案内
   [→走行音をダウンロード]

 平成31年(2019年)3月31日限りで姿を消した北鉄金沢バス(株)担当便の、高柳発車後に流れる停車停留所などの案内放送を収録しました。停留所のみならず行程もくわしく解説されるのが北鉄流です。


 ・ 砺波市役所前→金沢駅前 (31-913)
   [→走行音をダウンロード]

 平成26年(2014年)12月に録音した、旭町経由時代の高速バス砺波・高岡線(北鉄金沢バス(株)担当便)の走行音です。砺波駅南を発車後、まもなく砺波ICから北陸道へ。金沢森本ICまでは高速走行が続きますが、カーブの連続する峠道にもかかわらず見事な定速維持でした。

 いまでは金沢バス担当便も過去のものとなってしまいましたね。

 


 ・ 金沢駅前→砺波駅南 (加越能-12)
   [→走行音をダウンロード]

 加越能バス(株)担当便の以前の本務車だった日産ディーゼル・スペースウィングのありし日の走行音です。90年代の高速バスといえば、ラウンドガラスが特徴のスペースウィングを思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。かつては北鉄でも同型車が活躍していましたね。

 以前の高速バス高岡線は、そんなスペースウィングに気軽に乗れる路線でもありました。

 往年の名車・スペースウィングの豪快なエンジン音をごゆっくりお楽しみください。


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[▼]参考文献

 北陸鉄道社内報「ほくてつ」各号
 「北陸鉄道五十年史」(北陸鉄道株式会社)
 「ブルーガイドパック能登・金沢」(実業之日本社)
 「金沢市大判都市地図」昭和47年版(昭文社)
 「北鉄時刻表」各号
 「加越能鉄道 バス・電車時刻表」(昭和38年、42年、45年、53年版)
 「地鉄バス時刻表」(昭和39年版)
 「富山新聞」(昭和37年6月10日付)
 「北日本新聞」各号
 「富山地方鉄道五十年史」
 「全国バス路線便覧」昭和39年版 (全国旅客自動車要覧編集室)
 「国鉄監修交通公社の時刻表」各号


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[▼]停留所一覧

↓ 金沢側の停留所 ↓
兼 六 園 下けんろくえんした *起終点
広   坂ひろさか  
香  林  坊こうりんぼう  
南   町みなみちょう *15年7月16日停車開始
武 蔵 ヶ 辻むさしがつじ  
金 沢 駅 前かなざわえきまえ *のりば:東口1番
金沢東警察署前かなざわひがしけいさつしょまえ *15年7月16日停車開始
高   柳たかやなぎ *15年7月16日停車開始
↓ 砺波・高岡側の停留所 ↓
砺 波 駅 南となみえきなん *砺波駅南口広場
砺 波 市 役 所 前となみしやくしょまえ  
戸 出 4 丁 目といで4ちょうめ  
イオンモール口イオンモールぐち *16年7月新設
瑞 龍 寺 口ずいりゅうじぐち *16年7月新設
高 岡 駅 前たかおかえきまえ *のりば:北口7番
広  小  路ひろこうじ  
志貴野中学校前しきのちゅうがっこうまえ  
加越能バス本社前かえつのうバスほんしゃまえ *起終点・15年1月8日新設

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